第一五〇話 絶体絶命のピンチ
十五門の大砲に狙われ、今は正しく絶体絶命のピンチといえる。
おまけに三姉妹が魔法で創りだした防壁は、既にほとんど機能していないと言っても過言ではない。
「マ、マズイわね流石にアレを喰らうのは……」
眉間に皺を刻み、ミャウが呟く。形の良い顎に指を添え必死に対策を練ようとしているようだが、あまりに時間が足りない。
「お、おいおいおい! 何だよ! 誰かこの三姉妹以外に魔法で防げる奴はいないのかよ!」
冒険者の誰かが叫んだ。だが答えは返ってこない。
彼女たちの唱えたのは、魔法の壁を姉妹で同時に発することで三重とし、より強固にしたものだ。
それを持っても防ぎきることが出来なかったのだ。
中途半端な防御魔法など何の意味もなさないことを、殆どの冒険者が肌で感じているのだろう。
「だったら」「彼女たちに頑張ってもらうしかないよね」
え? と皆の視線が集まる中、邪の力の影響か、精神的にすっかり疲弊しきっている三姉妹の両脇に双子の兄弟が立ち、かと思えば軽やかなステップを魅せ始める。
「大勇の舞!」「増魔の舞!」
三姉妹を中心に、踊りながら一周し、ウンジュとウンシルが声を上げる。
その瞬間甲板に刻まれた二つのルーンが重なりあい、暖かく優しい光の粒子が浮かび上がり、そして彼女たちを包み込んでいく。
「これ、凄く心地いい……」
「それに、何か心強いものに守られてるような――」
「魔力も――漲ってくる!」
「これで」「いけるかな?」
双子の兄弟のその問いかけに、はい! と声を揃えて応える三姉妹。
そしてキッ! と破れた魔法の壁を睨めつけ、再びトリプルマジックウォールを唱え直す。
すると、破れた箇所は見事修復され、黒い不穏な光も消え去った。と、同時に鳴り響く轟音。響く衝撃。魔法の防壁に再び、大砲の十五連撃が激突する。
だが今回は波も荒れる事はなかった。全ての衝撃が壁の外側で遮断されたからだ。
しかも壁は傷ひとつ付いていない。三姉妹の顔も自信に満ち溢れている。
「よっしゃぁあ! これでもう敵の攻撃は怖くないぜ!」
ムカイがガッツポーズを決め叫びあげると、周囲の冒険者達が歓喜の声を上げた。
「いや」「そんな簡単な話でもないよ」
だが、双子の兄弟は彼らの喜びを叩き折るかのように、厳しい表情で告げる。
「これはあくまで」「ルーンの効果が続いてる間だけ有効」「効果が切れれば」「むしろより強い疲労感に襲われる」「効果は大体」「60分ってところだよ」
60分――と誰かが不安そうに呟く。
「だ、だったら効果が切れたらまた繰り返せば――」
「駄目だよ」「これは無理して底上げするスキル」「二回目は」「しばらく効かない」
誰かのため息が漏れた。
「上等じゃない! 60分もあれば十分よ! ちょっとあんた!」
だが、再び空気が重くなりかけた時、ミャウは一人余裕の笑みを浮かべ、ガーロックを呼びつける。
「な、なんだよ畜生。どうせ、どうせ全員――」
馬鹿言ってんじゃないわよ! とミャウが怒鳴り。
「諦めてどうするの! それよりもこっちからも仕掛けるのよ! あんたの船の魔導大砲はまだ使えるんでしょ?」
「何? あ、あぁ使えはするが……」
「よし! だったら魔法の使えるものはこのガーロックを連れてあの海賊船に移動して! 魔力が込められれば、魔導大砲は動くはずよ! 後はガーロックに狙いをつけてもらって!」
「おお! さすがミャウちゃんじゃ。確かにあの大砲なら、幽霊船じゃろうが木っ端微塵じゃ!」
そ、そんな簡単に行くかよ、とガーロックがぼやくが。
「つべこべ言わない! あんただって死にたかないでしょうが! それにここで協力しておけば、少しは罪も軽くなるかもしれないわよ!」
ミャウの言葉にガーロックはピクリと反応し。
「……判った。一か八かだ! おい時間がねぇんだ! さっさと俺を連れてけ!」
ガーロックが立ち上がり、何故か偉そうな言葉を口にするが、文句を言っている時間はない。
何人かの魔法の使い手は、ガーロックを連れ海賊船シーデビル号へ移動した。
そして間もなくして船長自らが船を操縦し、右舷を敵船へと向ける。
「大砲の準備だ! 急げぇええぇえ!」
ガーロックが声を張り上げると、三門の大砲が船体より姿を見せ、ガーロックの指示で目標へと狙いを定める。
「撃てぇええぇえ!」
敵の船目掛け、発射命令を下すガーロック。その顔は生き生きしており、とても捕まっているとは思えないが。
とはいえ、ガーロックの力強い号令と共に、砲身が前後に動き、同時に爆轟。そして敵船に着弾した! と思われたが――。
「そ、そんなぁ」
「嘘だろ……」
一行の回りにいる冒険者たちから、落胆の声が漏れる。
海賊船から発射された砲撃が、敵船を破壊することはなかったからだ。
なぜなら、敵もまた、こちら側のような魔法による防御壁を張っていたからである。
それは一行の乗る船を襲った砲撃のように、闇色に染まる壁であり――そして明らかに三姉妹の唱えた魔法より、強固なものであった。
「これじゃあ、もうどうしようもないぜ……」
半ば諦めたような台詞を誰かが吐く。
「はぁ? 何を言ってるんだい君たちは! 冒険者がこれだけ雁首揃えてなさけなうぃいいいねぇええ! 誰か我こそは何とかしてやるという猛者はいないかういぃいよぉおお!」
チャラ男がまるで人ごとのように声を張り上げる。これには、唯でさえイライラの募ってる冒険者達には我慢がならなかったようで。
「だったらてめぇが何とかしてみろよ!」
「そうだ! 口ばっかで何も出来ねぇ半端モンが!」
「大体なんでテメェみたいのがこの船に乗ってやがんだ! 場違いもいいとこなんだよ!」
一斉にバッシングを受け、流石にチャラ男も顔が引きつり、後退りするようにしながら、上半身を仰け反らす。
「そうね。折角だからやってもらいましょう」
そこへ放たれたミャウの宣告。それに、え? と全員が振り返る。
「あんたもそこまで言ったんだから、自分で責任を取ることね。ねぇ船長。この船は小舟は積んであるの?」
「うん? あぁ。何かトラブルが合った時の為に何隻かはな。だがそれがどうかしたのか?」
「オッケ~。だったら私達はその小舟にのって、あの船を目指すわよ! いいかな? 皆?」
ミャウの考えを理解したのか、ウンジュとウンシル、そしてゼンカイが、勿論! と力を込めて返事し頷いた。
「お、おいおい本気かいあんたら。そんな事して一体どうなると?」
「勿論敵の防壁を打ち砕くためよ。だってあれは魔法の力に違いないもの。つまりあの船には、この三姉妹と同じように魔法を使ってる術者がいる。それを叩けば、こっちの魔導大砲でも撃墜可能なはずよ」
ミャウの意見に、なるほど、と船長は顔を伏せ考えこむ仕草を見せる。
「だが防壁があるのに近づけるのか?」
再び船長が質問するが。
「大丈夫の筈よ。見る限り壁は前方だけに張られているもの。上手く回り込めば、潜り込めるはず」
ミャウの返しに、今度はムカイが会話に割り込み。
「なる程そういう事か。おい船長。その小舟は何人乗りだ?」
そう船長に問いかけた。
「うん? あぁ大人八人程度は乗り込めるはずだが」
「よし! だったら俺たち三人も付き合うぜ! お前らばっかりにいいとこみせてられねぇしな」
ムカイは意外と勇敢な事を言う。
「ありがとう。バレるとマズイから小舟は一隻ぐらいしか出せないと思うけど、人数は多いに越したことはないしね」
そう言ってミャウは、チャラ男を振り返り。
「後一人分あいてるけどあんたはどうする?」
そう言って意地悪な笑みを浮かべた。
すると――。
「……わ、判った! 僕もい、いくうぃいいいねぇえ! お、女の子が行くっていってるうぃいいのにいぃい! 男の僕が行かないんじゃ格好つかないからうぃいいねぇ!」
え? とミャウが、いやゼンカイも双子も、その場の冒険者全員が目を丸くさせた。
そう、自分で言っておきながらも、ミャウも、そして誰もが、本当に彼が行くとは思わなかったのである。
「邪魔にならなければいいのじゃがのう……」
ゼンカイに不安がられるようでは、正直かなり危ないといえるだろう――。




