第一四八話 海賊退治
護衛商船と海賊船シーデビル号とを結ぶ橋が掛けられた。
橋といっても、厚めの板を使った簡易的な物である。
幅も海賊たちが一人一人渡ってこれる程度の物であるが、それが合計四カ所に掛けられた。
勿論このまま放っておけば、海賊たちが商船に乗り移ってくるだろう。
だが、一行からしてみれば、橋が掛けられた時点で勝利は決まったようなものだった。
「よし! もういいわ! 作戦通りお願いよ!」
ミャウがそう叫びあげ、己の手にもヴァルーンソードを現出させる。
そして同時にアイスエッジのダブルコーティングにより、氷の付与を強め、掛けられた橋の一つに駆け寄り、冷気の纏った刃を振り下ろす。
「『フリージングソード』!」
ミャウの一撃は橋を直接斬るというよりは、スキル発動と同時に増幅した冷気を、そのまま叩きつけるといった感じであった。
その結果、商船と海賊船を結ぶ橋が、ピキピキピキッと高めのメロディーを奏でながら、凍りついていき、極厚の氷の橋へと変化する。
これにより、既に渡り始めていた海賊の何人かは脚を滑らせ、海面に真っ逆さまに落ちていった。
な、何! とガーロックが驚きの声を上げた。
そしてミャウの所為とほぼ同時に、冒険者達の中にいた魔法の使い手が同じように、氷の魔法で橋を凍結させて行く。
「我が吐息は大気を伝いその全てを凍てつかす、フリージングブレス!」
ムカイと共に別の橋の前に向かったガリガが魔法を唱え、橋に向かって氷結の息を吹きかけた、それによってその橋もまたミャウがやったようにカチカチに凍りつき、やはり何人かの海賊が海に落ちた。
「アイスタッチ!」
「フリーズドライ!」
氷の魔法及びスキルは他方でも発せられ、こうして商船と海賊船を結ぶソレは全て氷の橋へと変化した。
「くっ! てめぇら! 逆らう気か! てか、護衛が乗っていたのかよ!」
悔しそうに歯噛みするガーロック。だがその姿を尻目に、ミャウが氷から風の付与へと変えたヴァルーンソード片手に、舷から一気に海賊船へと飛び移る。
「護衛? 馬鹿ねあんたら。あの船に乗ってる客は全て冒険者よ!」
ミャウの発言に、なっ! とガーロックが絶句してみせた。
「最初からこっちの目的はあんたら海賊。氷の魔法やスキルで、橋を凍らしたのも、船と船を固定して、逃げられないようにするためよ! さぁ覚悟しなさい!」
ミャウの言うように、板の橋が凍りついた事で、舷にまでその効果が及んでいる。
海賊たちは商船側の狙いに気づき、橋を外そうとしているが、完全に凍りついたそれを外すのは簡単ではない。
「くそ! 舐めるなよ小娘! だったらてめぇら全員皆殺し! いや、女以外は皆殺しだ! せめて女だけは奪っていってやるよ! おらぁてめぇら! 気合いれろぉお!」
ガーロックの咆哮に、海賊たちが鬨の声を上げ、先に飛び移ったミャウを囲もうと、男どもが動き出す。
「俺達を舐めんなよ!」
「へへっ。でも安心しな、命だけは――」
「嵐剣の」「舞!」
海賊たちの下衆な言葉が言い終わる前に、ウンジュとウンシルの二人も海賊船に飛び移り、甲板に脚を付ける前に空中で舞うように回転しながら、剣を振るい、何人もの男どもの首を跳ね飛ばした。
「な、こいつら! つえぇ!」
「私の事も忘れてもらっちゃ困るわね! ハリケーンブレイド!」
スキルを発動させ、横薙ぎに振るった刃から生まれた暴風が、次々と海賊たちを飲み込み、風の刃で切り刻みながら空中へと巻き上げていく。
そして肉片と血の雨が周囲の海賊たちへと降り注いだ。その光景に先ほどまでヤル気に満ちていた海賊たちの様子が戦々恐々といった雰囲気に変わった。
「せ、船長! こっちからも冒険者達が!」
周囲に海賊の声が轟いた。その発言の通り、腕に覚えのある冒険者達が、次から次へと海賊船に乗り込んでくる。
これには海賊たちも狼狽の色を隠せない。
「レインアロー!」
商船側から、今がチャンスとばかりに、ハゲールが現出させたクロスボウを構え、上空に向かって次々と連続で矢を撃ち放っていく。
天高く上昇した数十本の矢は、ハゲールのスキルの効果によって、一気に急降下し、正しく雨のごとく海賊たちの頭上に降り注いた。
矢面に立たされた海賊たちからは、叫喚の響きが発せられる。
「百鬼掌!」
氷の橋もなんのそので、海賊船に突撃したムカイが、その豪腕を振るった。スキルの効果で太く真っ赤に染まった腕による掌底は、向かってくる海賊たちを次々と打ちのめしていく。
「おらぁ! こんなもんかぁ!」
雄叫びを上げるムカイのその姿は、海賊からしてみれば正しく鬼そのものであろう。
「おお! さすがアルカトライズで活躍しただけあるな!」
「噂に違わぬ腕前!」
ミャウ達からしてみれば、ただ海賊たちが弱いだけなのだが、この活躍(?)のおかげでよりムカイ達一行の株が上がる事になったのは間違いない。
「ミャウちゃん! わしも今行くのじゃ!」
そう言って、ゼンカイが氷の橋を渡ろとしているが、足元が滑るのか、ソロリソロリと中々に頼りがない。
「お爺ちゃん。別に無理しなくても大丈夫だから!」
ゼンカイを一瞥しミャウが言う。確かに既に海賊どもも半分以上が倒され、このままいけば間もなく制圧可能であろう。
だがそれで引いてしまうようでは冒険者としての面子が立たない。
ゼンカイはこうなったらと、トリャー! と氷の橋にダイブ! ヘッドスライディングのような格好で、海賊船に移動し、更に舷近くに立っていた海賊に、勢いに任せたジャンピングヘッドバットを喰らわせる。
「ぐふぇ!」
ハゲ故にダイヤモンドばりに固いゼンカイの頭突きは、かなり効いたようで、海賊は頭を押さえながら蹲った。
そこへゼンカイは右手に前もって購入しておいた、プラチナソードを現出させ、海賊の首を容赦なく跳ねた。
「悪いのう。戦いは非情な物なのじゃ」
そう言って、更に二人、三人とその剣で腕を切り、胴体を貫き、喉を突く。
入れ歯が無いとはいえ、これまでの戦いでレベルアップを重ねてきたゼンカイを相手するには、この海賊たちでは少々役不足だったといえるだろう。
「影縫いの舞!」「剣神の舞!」
先ずウンジュが軽いステップで甲板を舞うように動きまわり、そして海賊たちの影を踏んでいく。その瞬間海賊たちが何かに縛られたかのように動きを止めた。
そして、その後に続いたウンシルの剣舞が先の舞いで身体を縛られた海賊たちの命を奪い去っていく。
「あの二人、使えるスキル手に入れたわね」
海賊たちを斬り捨てながら、ミャウが余裕の表情で感嘆の声を漏らす。
そして、他の冒険者達の活躍も相まって、海賊たちは次々とその数を減らし――遂に残ったのはガーロックと僅かな部下だけとなった。
しかも帆柱を背にした海賊たちは、完全に冒険者達に囲まれる形となり。
「さて。どうするの? まだ抵抗するなら――」
「判った! もうこんなん無理に決まってる! 素直に降伏する! だから命だけは! この通り!」
ミャウが全てを言い切る前に、ガーロック達は床に膝をつき、許しを乞うように甲板に頭を擦りつけ懇願してきた。
その姿にミャウは一つ嘆息をつくも、わかったわ、と応え、荒縄を持っていた冒険者達に指示し、縛り上げさせる。
元々から、少なくとも船長だけでも生け捕りにする手筈ではあったのだ。
そうでなければ奪われた品の隠し場所や、他にどれぐらい海賊が潜んでいるのかの情報を掴むことが出来ないからだ。
その後は手分けして船内の確認を取り、海に落ちてまだ息のある者や甲板で生き残っている海賊達を、船長たちと同じように縛り上げ、自分の乗ってきた船へと連行した。
勿論それが終わってからは、凍らしてた橋を元に戻すのも忘れない。
海賊船に関してはそのままというわけにも行かないので、商船と繋げて曳航する形となった。
海賊たちを打ち倒し船長を捕えた事で、商人ギルドからやってきていた者は、喜び冒険者達を褒め称えた。
こうして一旦は海賊退治の任も決着が付いたように思えたのだが――。
「なんかちょっと妙な話しよね」
海賊退治も終え、冒険者たちの乗る船は旋回し、ポセイドンの街へと戻る帰路に付いていた。
既に日は完全に落ちてしまっており、昨晩と同じように四人は食堂で夕食を摂っていた。
因みにムカイ達に関しては、やはり集まった冒険者相手に、海賊退治の話を合わせた武勇伝に花を咲かせている。
勿論今回は、他にも活躍した冒険者達は多かった為、互いに互いを褒め称えるといった様子はあちらこちらでもみられたわけだが。
しかし、ミャウに関してはあまり納得の行かない面持ちであった。
「ガーロックって奴、奪った荷の隠し場所はあっさり吐いたみたいだけど、他の海賊に関しては、知らない内に消えてたって言うんでしょ? そんな馬鹿な話あるかしら?」
「でも嘘を言ってる様子もなかったって」「それに、何故かその話をする時だけブルブルと震えていたとか」
「なんじゃろうかのう? 神隠しとかじゃろうか? 怖い話じゃのう」
神に一度は会っているゼンカイが、神隠しを恐れるというのもおかしな話である。が、確かに海賊の件だけはミャウも解せない様子だ。
「なんか本当にこのまま終わるのかなって感じなのよねぇ……」
天井を見るようにしながら、ミャウが眉を八の字に開いた。何か言いようのない不安を抱いているようである。
「いやぁいやぁ! なんだい折角僕の活躍で依頼を達成できたというのに、ヒック! 随分と湿気た顔してるじゃうぃいいぃかい? そうだ! それなら僕とどこかふたりきりになれる場所でしっぽりと――」
「しないわよ! てか結局あんた何もしてなかったじゃない!」
懲りずにまたまたミャウに声を掛けてきたチャラ男に、彼女は呆れとも怒りとも取れる言葉をぶつける。
「嫌だなぁ。僕は海賊たちがこの船に乗り込んでこないよう敢えて、船の上に残っていたんだよ、ヒック! そのおかげで海賊どもは全くこの船を攻め込めなかったじゃないかぁあ!」
「物は」「言い様だね」
「全く調子の良い奴なのじゃ」
双子とゼンカイは眉を開くようにしながら言う。彼の態度にすっかり呆れ返ってる様子である。
「もういいからあっち行ってよ。正直私いまあんたと――」
「おいお前ら! ちょっと甲板に出てみろ! 何か偉いことになってるぞ!」
ミャウが手でシッシッ、とチャラ男を追い払おうとしたその時、息急き切るように数名の冒険者が食堂に飛び込んで来て、捲し立てるように叫びあげた。
その様子に、一瞬にして食堂内の空気が変わり、そして一行もまた、席を立ち、瞳をパチクリさせているチャラ男を余所に、ダッシュで甲板に向かうのだった――。




