第一四六話 海賊
「てか、あんた達もこの依頼請けてたのね」
ムカイとハゲールを交互に見やりながら、ミャウが言う。少し呆れたような口ぶりなのは、ムカイが酒を飲んでいるのが確認できるからであろう。
それでも、誰も助けようとせず放置されている、チャラ男よりは幾分マシだが。
ちなみにハゲールは、ムカイの言葉に対し、いいクッションがあったから助かった、と言って立ち上がっている。
「それにしてもあんたといい、皆気が緩み過ぎじゃないの? 今海賊に襲われたらどうすんのよ?」
責めるような問いかけに、ムカイは後頭部を擦りつつ、大して飲んでるわけじゃねぇよ。それにどうにも盛り上がっちまってな、と返す。
ちなみにハゲールが飛んできたのは、己の武勇伝を話そうとして、つい熱くなって再現するためのフリだけのつもりが、本当にあたってしまったとのことであった。
「盛り上がるねぇ。でも貴方そんな誇れる武勇伝なんて――」
「おや? 確か噂のミャウ・ミャウにゼンカイだよな?」
「おお! 王女を救った英雄が集結ってとこか!」
折角目立たないようにしていたのに、ムカイと接触した為か、またワラワラと冒険者達に囲まれる一行。
ミャウはうんざりだと言わんばかりに、一つため息を吐くが。
「でも、集結って一体……?」
「いや、このムカイの旦那から聞いたのさ! 彼と一緒にアルカトライズに乗り込んで、王女を攫った奴らを壊滅させたんだろ?」
「はぁ? ……ムカイと?」
「わしらがじゃと?」
思わず疑問の声を発するミャウとゼンカイ。当然だが彼らの助けを借りた覚えなど二人にはない。
即座にミャウの瞳がムカイに向けられる。すると彼はそっぽを向きながら、口笛を吹き始めた。
それを見たミャウが、改めて大きなため息を吐き出し口を開く。
「あのね。別にあたしたちこいつらとは――」
「ちょ! ちょっとこっちで話そうぜ!」
ミャウが指を立てながら周りの冒険者に説明しようとしたその時、ムカイがゼンカイとミャウの手を取って明後日の方へ駆け出す。
「て、ちょ! 何するのよ!」
「そうじゃ! 突然何なのじゃ!」
冒険者達から離れたところで、手を放してきたムカイに、二人が抗議の声をぶつけるが。
「すまん! つい口が滑ったというか、口走っちまったてか、話の流れで、俺らも王女救出に向かったって言っちまったんだよ」
ミャウは、どうせそんな事だと思った、とジト目でムカイをみやる。
「全くしょうのない奴じゃのう」
これにはゼンカイですら呆れ顔である。
だがムカイは平伏するように深く頭を下げ、
「頼むから話を合わせといてくれ! この通り!」
と二人に懇願してきた。
「呆れた。だいたいそんな嘘ついたってすぐバレるじゃない」
「いや、でもよぅ。王女の護衛を務めたのは事実じゃねぇか」
「オダムドにも行かず、引き返してしもうたがのう」
しかしムカイは諦めない。そこを何とか! と頭を下げまくってくる。
その姿がだんだんと哀れに思えてきたのか、仕方ないわね、と不承不承に二人が承諾した。
これでも一応はかつての仲間である。例え今バレても自業自得なところもあるが、今回にしても海賊退治という目的を共にこなす事になるわけである。
話を合わせてそれで気が済むなら、致し方無いといったところなのであろう。
「恩に着るぜ!」
そう言ってムカイは意気揚々と冒険者達の輪に戻っていった。それにミャウとゼンカイも続き、暫くは再び冒険者たちから色々と聞かれたりもしたが、ホラ話、とは思えないほどにムカイの口ぶりは巧みであり、冒険者達は彼に釘付けになっていた。
勿論嘘である事はミャウとゼンカイ、双子の兄弟ですら知っていることなので、ある程度したところで、四人はその場を後にしたわけではあるが――
食堂を出た後は、とりあえず皆一旦船室に戻ることとなった。船室と言っても個室ではなく雑居部屋で、殆ど寝るためだけにあるようなところだ。
小さな部屋の左右に3段ベッドが置かれ、各部屋六人まで寝ることの出来る相部屋である。
勿論男と女は部屋が別にあるため、其々何かあった時の対応、また朝はどこに集まるかを決めて、ここで皆は一旦別れることとなった。
その夜は、皆仮眠を取る程度で熟睡とまではいかなかったようだ。可能性が低いとはいえ、夜に襲われた時の事を考えていたからであろう。
だが、結局それは杞憂に終わり、一行は無事に次の日の朝を迎えた。
ゼンカイは朝の湖風に当たろうと、甲板に移動する。するとそこにはミャウと双子、そして昨日冒険者達に調子のいい事を話していた、ムカイ達の姿があった。
「おはようお爺ちゃん」
ミャウがゼンカイの姿を確認し朝の挨拶を述べる。潮風が吹き、太陽を浴びた健康的な朱色の髪が僅かに揺れた。
自然と猫耳の脇に彼女の手が伸び、ゆっくりと手櫛で髪を掻きあげる。そして潮の香りをたっぷり吸い込み、朝の恵みを全身で取り込むように大きく伸びをした。
そしてゼンカイは他の者とも挨拶を交わし、身体を解すためと、ゼンカイは軽くその身を動かしはじめる。
「それにしても海賊は本当に現れんのかねぇ。そんな雰囲気じゃねぇだろ?」
ムカイが大海原の先に見える水平線を、どこか遠くを見るような瞳で眺めながら、そんな疑問の声を発す。
「現れるとしたら」「今日が一番確率が高いんだけどね」
双子の兄弟の話に、そうなのかねぇ、とムカイが返す。どうも緊張感が足りないような気もする。
「ムカイ。依頼の説明の時にも、二日目が一番危ないってあっただろう?」
ハゲールがやれやれと言わんばかりにムカイに告げる。
どうやら彼はハゲとはいえ、ムカイよりも頭が回りそうだ。
「確かにそういう、話だったな……」
ふと聞こえたボソボソとした声に皆の目が丸くなる。
「て、なんだガリガかよ。急に現れるなよびっくりするだろう!」
腕を振り上げ、ムカイが抗議するように言うが。
「いや……ずっといたんだが……」
「…………」
どうやら誰一人とした気づいていなかったようだ。ちなみに昨晩もしっかりムカイの傍に居たらしい。
「何かお前だんだん影が薄くなってないか?」
ハゲールは痩せたヘビ顔の男に問いかけるが、それはガリガではない。
「俺はこっちだ……」
その弱々しい声は、やはり誰にも届かなかった。
それから暫く、六人……もとい七人は、暫く甲板で話を続けた。
その会話で判ったのは、今はムカイはレベルが25のハイモンク、ハゲールはレベル26のクロスシューター、ガリガはレベル27のサーチメイジであるという事であり。
一番目立たない男が三人の中では尤もレベルが高いのであった。
結局その後も、太陽が中天の位置に来るまで、何も変わったことがなく、船は海上を進み続けていた。
このままいけば、途中で旋回して戻ることになってしまうらしい。
商人ギルドの面々からも、もしかして作戦が漏れていたのか? と心配する声も上がったほどではあったのだが――その時であった。
「海賊船だぁあぁああぁあ!」
水夫の声が船内に響き渡り、周囲の冒険者の顔つきが変わった。
流石にこの辺りは冒険者の集団と言うべきか、皆腕がなるぜといった、狩人の表情にすっかり変わっている。
それはミャウ達に関しても一緒だ。四人は速攻で甲板に駆け上がり、上から船長が望遠鏡で眺める方向に顔を向けた。
「……え? 一隻?」
ミャウはどこか驚いたような表情で、そう呟く。
視線の先には、黒い帆にドクロのマークを描いた、いかにもという感じの海賊船が見えるのだが――
そしてその姿に、ゼンカイは特に疑問を抱くことなく、腕がなるのう、と張り切っているが、ウンジュとウンシルもミャウと同じように疑念の表情を浮かべている。
これには勿論理由がある。ゼンカイは忘れているのだと思われるが、依頼の説明では、海賊は数隻がまとめて現れるとあったのだ。
「もしかしてあれは囮かしら?」
「かもしれないね」「油断しないようにしないと」
「おお、なんか海賊が現れたんだって?」
ミャウと双子の兄弟が話していると、随分と呑気な声が横から聞こえてくる。
「見ての通りよ」
ミャウがため息混じりに振り向くと、ムカイが太い腕を回しながら、腕がなるぜ! 等と張り切りだした。
「でも、船が一隻って変だよな? どっかに隠れているのか?」
ハゲールはどうやらミャウ達と同じ疑問を抱いたらしい。やはりムカイより頭は回るようである。
「いや、違う。あの船以外多分いないな……」
またもや突然現れた(実際はずっと近くにいたのだが)ガリガの声に、ミャウはビクリと身体を震わせるが。
「あ、ガリガさんでしたね。でも、いないって?」
「あぁ。こいつサーチメイジになってから索敵の魔法が使えるようになったんだよ」
「え? いや、俺は使えないけど?」
ハゲールが何気に肩へ手を置いたのは、またもや別人のヘビ顔であった。
「俺はここだよ……」
何はともあれ海賊船が一隻であることには間違いがなさそうなのだった。




