第一四五話 船の中
辺りは随分な喧騒に包まれていた。各テーブルは平民を装った冒険者達で埋め尽くされ、中には立ったままの状態で、己のこれまでの武勇を今日見知ったばかりの者にきかせているのもいる。
そして他にも色々な女性に声を掛けて回るような、一体何をしにきてるがわからないのも紛れており、ミャウもそんな男に声を掛けられ続けた中の一人だ。
ただ、ミャウが名前を言ってしまえば、皆、恐れおののくように離れていってしまうので、尾ひれの付いた噂もこんなときは役に立つわね、等と話していたりもするが。
そんな一行も、今は船内にある食堂で夕食を摂っていた。
甲板での件もあるのでなるべく目立たない隅の方の席に腰を下ろしている。
その席から奥の方では、冒険者たちが多く集まり随分と盛り上がってるようだ。時折、ガハハっ! と豪快な笑い声も聞こえてくる。
だがその席が目立つためか、今は一向を気にするものがいない。それは、四人にとってはむしろありがたい事といえるだろう。
外はすでに日は落ち、甲板に出れば綺麗な星空を眺める事もできる。
だがこの船旅はあくまで仕事であるため、ミャウも星を愛でるような女の子らしい気持ちを抱くことはないようだ。
食事を摂りながらも話すことは、海賊が来た時にどうするか? の作戦が主である。
「まぁそんなに気負わなくても」「海賊のレベルは22~25程度」「僕達なら」「問題にならないレベルだね」
ちなみにウンジュとウンシルに関しても二人共レベルは32である。
ミャウに関しては将軍との戦いまで終え、レベルは35と少しだけ高いが、そこまでの大差はない。
ゼンカイにしてもレベルは29。ミャウは上手く行けば今回の依頼で30に達してもらい、次のジョブに転職出来ればなと考えているようだ。
「そういえば二人共30超えって事はもう転職は終わったんでしょう? 今は何てジョブなの?」
「おお! 確かにわしも教えて欲しいのじゃ!」
「……別に」「大したジョブじゃないよ……」
ウンジュとウンシルはそう言って口を噤む。その姿にミャウとゼンカイは顔を見合わせ。
「いや、いいから教えてよ。ジョブとか知っておいた方が戦いの時役に立つし」
「そうじゃのう。わしらの間に隠し事はなしじゃ水くさい」
双子の兄弟は顎を下げた状態から、軽く上目遣いを見せ、二人揃って、はぁ、と溜息をついたあと。
「……ーパー」「……ンサー――」
そう蚊の鳴くような声で呟いた。
だが二人にはよく聞こえなかったようで、え? と再度聞き直す。
「だから! スーパー!」「ダンサーだってば!」
兄弟は若干ヤケ気味に声を張り上げた。普段はあまり感情を高ぶらせない二人であるが、この時ばかりはトマトみたいに顔を赤面させて、恥ずかしいという感情を露わにしている。
「スーパー……」
「ダンサー……」
「……ぷっ、ぷぷっ……」
「ミャ、ミャウちゃん、笑ったら、クッ、わ、悪いのじゃ、よ、クククッ」
思わず顔をそむけ、口元を手で覆い忍び笑いするミャウ。そしてそれを注意するゼンカイもまた、笑いを堪えきれていない。
「クッ、だから」「嫌だったんだよ」
不機嫌そうに顔を歪ませる二人に、ミャウとゼンカイが顔は笑ったままお詫びする。
その様子に更に二人はムッとした表情を見せるのだった。
「はぁ、でもジョブが変わったって事はやっぱり、新たなスキルとかも覚えたのよね?」
ようやく笑いの感情を押し戻し、ミャウが尋ねる。
「まぁね」「新たな踊りも色々とね」
それは楽しみじゃのう、とゼンカイが関心したように頷いた。
「でも今日は海賊現れなかったわね。まぁまだ判らないけど」
「でも情報だと」「現れるのは昼間が多いからね」
とは言え、ミャウ達四人は念のため気を張るのを忘れていない。こういった談笑中であっても、いざと慣れば直ぐに武器を取り出せるよう気持ちを引き締めている。
だが全ての冒険者がそういう心持ちでいるわけでもない。これだけの人数がいれば其々の質に隔たりがあるのは致し方ないともいえるが――。
「やぁ! かわうぃー猫耳ちゃ~ん。またあったねぇ~ヒック!」
思わずミャウを含めた四人が、うんざりといった顔になった。
原因は勿論、わざわざ一行のテーブルにまで近づいてきたチャラ男である。
「全く! ヒック! さっきは、妙な邪魔が入ったけど、ヒック、どうだいこれから、甲板に出て星を眺めながら、二人の将来に――」
「絶対にいかない。てか、あんた一応冒険者なんでしょう?」
一応皆平服を着用し続けているが、当然ここにいるのは、商人ギルドの者か水夫を除けば冒険者のみの筈である。
だが、この男の様相を見ると、それも怪しく感じてしまう。
「ヒック! 勿論さ! 僕はこうみえてかなり腕はうぃいいいん! だよねぇえ」
そう言って右手に持ったグラスの中身を飲み干す。そして左手の瓶を傾け、再度グラスの中身を満たした。
顔の赤味ぐあいといい、相当に寄っているのは間違いないだろう。
「その腕のいい冒険者さんは、そんなに酔っ払っていて無事仕事をこなせるのかしら?」
眉を落とし、皮肉めいた言葉で言いのける。
だがチャラ男は、持ちろん! 君の言うように腕はいいからね! と自信ありげに自分の胸を叩く。
その姿にやれやれとミャウが瞼を下げ、ため息を一つ吐いた。
「それに、ヒック。もしかして君うぃ~~は知らないのかなぁ? 海賊は昼間に現れるって話しなんだぜぇええ! ヒック」
「それぐらい知ってるわよ。でも念のためって事があるでしょ?」
「確かに、常に危険と隣り合わせで生きていくのが冒険者というものじゃからのう」
ゼンカイが尤もらしい事を言った。ただ間違ってもいない。
「あっははは。何を言ってるんだい。折角ギルドが、こうやって上手い食べ物やお酒も用意してくれてるんだよぉお? 夜ぐらいは楽しまないとねぇ。それに僕以外にもお酒を飲んでる奴らなんて、たっくさんいるじゃな~い?」
グラスと瓶を握った両手を広げて、チャラ男がおどけてみせる。
確かに彼の言うように、周りを見るに、好きにお酒を飲み、いい気分になってるものも多い。
今回船に積まれた荷物の内、食べ物と酒だけは本物でかなり多く用意されているようだ。
勿論冒険者に少しでもやる気になってもらおうと、ギルドから差し入れられたものではあるのだが。
しかし、ミャウはその酒に溺れる他の冒険者にも、同じように腹を立てている様子であった。
酒を飲んでも飲まれない、そういった強さを持ったものならともかく、そうでなさそうなのがゴロゴロといる。
正直冒険者としての心構えが足りないのではないか? と呆れ半分怒り半分といったところなのだろう。
「ね? だからさぁ。子猫ちゃんも僕と一緒にお酒を楽しもうぜ?」
「しつこいわね。私は飲まないし、あんたになんて付き合わないから、さっさとどっかいってよ」
ミャウがしっしと追っ払うように手を振るが、しかしこの男、まだ諦めようとしない。
これは流石にしつこいなと、兄弟とゼンカイが腰を浮かし始めた。が、その時――
「うわったぁあぁあ!」
何か叫び声のような物が聞こえ、かと思えば人が山なりに飛んできて――チャラ男の身に落下した。
「ぐふぇえええ!」
人と床の間に挟まれる形で、チャラ男の身体が完全に潰れてしまった。おまけにどうやら気を失ったようであり、グラスは床に転がり、瓶も手から零れ落ちてしまっている。
だが、どうやら中身は殆ど飲み干してしまっていたようで、床が汚れる事はなかった。
これだけでも水夫としてはありがたい事だろう。
チャラ男が気を失った事はどうでもいい話ではあるが。
「お、おい! ムカイ! 力を入れすぎたこの馬鹿!」
頭を禿げ散らかした男が上半身を起こし、奥の席に向かって不機嫌そうに叫び上げる。
その姿に、思わずミャウと双子が、あ!? と声を上げた。
すると、ハゲた男も気がついたようで、おお! と指をさす。
「知り合いかのう?」
しかしゼンカイだけはどうやら覚えていないようであり、ミャウが微かに苦笑しながら、ほら! 確か、え~と。
そう言ってミャウも、あれ? と首を捻る。しかも双子の兄弟も一緒になって頭を悩ませていた。顔は覚えていても名前が出てこないという奴であろう。
「チャビンだよ! ハゲール・チャビン!」
堪らず男が先に回答を示した。すると、ゼンカイを除いた三人が、あ~、と思い出したように頷いた。
だがゼンカイはまだ首を捻っている。
「いやぁ悪い悪い。つい力が入っちまってよ」
程々に赤味を帯びた顔をした筋肉質の男が、ハゲールに謝りながら、近づいてくる。
すると、ミャウ達四人の姿に気がついたのか、黒目を動かし一行を視界に収め。
「うっぁあああぁあぁあ!」
ビシッ! と指を突きつけ発せられた大声に、ミャウの耳がピーンと立つ。
「おお! こやつは覚えておるぞ! 確か……チョコボールじゃな!」
「ムカイだよ! なんだよチョコボールって!」
速攻でムカイのツッコミが入ったのだった。




