第一四四話 出港
「とっとと荷を積み上げろ~! 早くしないと出港が送れるぞ~~もっと気合入れろぉお!」
甲板の上から船長らしき男の声が、彼の眼下で忙しなく動き回る水夫達に注がれる。
その声を受けながら、白と青の横縞のシャツを着て、頭にエンジ色のバンダナを巻きつけた水夫が大小様々な荷物を船の中に運び入れていた。
カモフラージュの為の所為とはいえ、やってる事は本格的である。
確かにこれを見て、騙すための作業と思うものはいないだろう。
一行はその姿を見ながら、出港の時を待っていた。
ミャウに関しては少し早く来すぎたかしら? とも零している。
予定の時刻まではまた一時間程あるようだ。
そして双子の兄弟に関しては、陽光に出来上がった剣の刃を照らしながら、感嘆の声を漏らしている。
「ここまでよくなるなんてね」「あの叔父さんの腕はすごいね」「ドワーフだけあるよね」「うん、そうだね」
「ドワーフ? ドワーフというとあのドワーフかのう?」
ゼンカイが首を傾げながら質問をする。生前ゲーム好きだったゼンカイにとって、ドワーフの名前はよく知るところだ。
「そうだね」「酒好きに鍛冶好きの種族」
ウンジュとウンシルの言葉にミャウも会話に入り込み。
「やっぱりそうだったのね。でもドワーフは本来この国にはいない種族だから、珍しいわよねぇ」
話を聞くにミャウもドワーフと言う種族は知っていたが、実際にみたのは初めてだったようで、確信はもてなかったようだ。
「まぁでも」「いい鍛冶師が見つかって」「良かったよね」「今後も利用させてもらおうよ」「ドワーフの中でも」「相当な腕の持ち主なのは間違いないしね」
双子の兄弟の言葉には、ミャウも同意であった。今後装備の件はギルに任せるのが一番であろう。
ただ彼らが妙にドワーフに詳しそうな点は気になってるようだが。
「皆様おまたせ致しました~~! 搭乗準備が整いましたので、どうぞ列になって順番にお入りくださ~い!」
ミャウ達が軽く談笑を初めて30分ほどが経った時、船から降りてきた一人の水夫が声を上げた。
いつの間にか周りには同じ目的で集まった冒険者達が、集まり始めている。
尤も依頼書にあるように、いかにも冒険者といった格好の人物は少ない。
皆平服を身にまとい、武器に関しても、怪しまれないよう、あくまで護身用程度にしか見えないものを精々差し持っているぐらいで、ミャウとゼンカイに関しても武器は身につけていない(勿論いつでも取り出せるようアイテムボックスにはしまっているが)
ちなみにミャウの今の出で立ちは、赤を基調とした腰丈までのチェニックに、動きやすさを重視した水色系のホットパンツである。
ゼンカイに関しては鎧を脱いで、白の開襟シャツに黒のズボンという形である。
一方ウンジュ、ウンシルに関してはいつもと全く変わらない姿である。
彼らはジョブからも判るように、踊り子としても生計を立てている身の上である為、普段の格好から軽装であり、あまり冒険者らしさが無いからである。
腰に差し持つ曲刀にしても、護身用として違和感のある物ではない為そのままだ。
「なんか二人は楽でいいわね」
ミャウがそう言うと、二人は笑顔を浮かべ、
「面倒じゃないのも」「仕事を請けた理由」
と明るく述べる。
甲板の左舷からは、乗り場に向かって丈夫そうな板が渡され、それを踏み板に、集まった者達が一列になって移動を始める。
船は木製の帆船であるが、見た目には中々の風格を感じさせる立派なものだ。双子の話では元々商船として使っているものを、そのまま利用しているらしい。
そして一行が甲板の上に到着し、ミャウが腕を広げ大きく深呼吸する。
それを見ていたゼンカイも真似をした。潮の香りが心地よい。
上空では海鳥が甲高い声を上げ、小円を描くように飛び回っている。
空は快晴。船旅にはもってこいの航海日和である。
久しぶりの船とあってかゼンカイも相当にはしゃいでいた。甲板を走り回り、海面を見下ろしては子供のように喜んでみせる。
「お爺ちゃん。恥ずかしいからあまりウロチョロしない」
ミャウが落ち着きのないゼンカイの襟首を掴んで、引きずりながら定位置に戻す。
正直放っておくと海に落ちかねなく、危なっかしいのだ。
そしてそうこうしてる内に、全ての乗客(の振りをしている冒険者)の搭乗が終わった。
人数は百人以上は間違いないか。一応商人ギルドから派遣されたものも乗り込んでいるようだが、それでも水夫も含めると結構な人数である。
とはいえ、船幅は十分に広く、全員が搭乗してもかなりの余裕があるが。
「おやっ?」
間もなく出港かと思えたその時、誰かがミャウとゼンカイに目を向け声を発した。
その声の方にミャウが身体を向ける。
そして黒目を少しだけ大きくさせた。
見覚えのある顔である。
ギルの店でひと目見ただけではあるが、印象的だった為記憶に残っていたのだろう。
二人と目があったその男は、ミャウの方へと近づいてきた。
その距離が狭まるにつれて、やはり間違いないな、とミャウは眉間に皺を寄せた。
どうやら彼も冒険者だったようだ。
しかし、すでにミャウはギルの人となりは理解し、好意も持っている為、あの時汚い言葉を吐き捨て、出て行ったこの男にいい気持ちは抱いていないのだろう。
だが、だとして、なぜこちらに近づいてくるかは、ミャウには理解出来ない様子であった。
様子からして二人に気づいている可能性も高そうだが。
見るに男は前とは違い、高そうなコートを身に纏っていた。派手なデザインも施されているが、生地が重そうであまり動きやすそうには見えない。
おまけに汚れ一つ無く、それも新たに新調したのかと思わせる。
ミャウとゼンカイも今回の為に衣装は購入したので人のことは言えないが、それでも依頼の事を考え、デザインよりも動きやすさを重視している。
冒険者として考えるなら、依頼にそった格好で望むのは当然の事だ。
更に改めて見れは、かなりチャラそうな雰囲気も感じさせる。耳にピアスを何個も付け、首元から腕、指に至るまで綺羅びやかな装飾品のオンパレードだ。
彼は一体何の目的でこの船に乗り込んだのか目を疑うレベルである。
あえて餌を巻くという意味であるなら、まぁ納得出来ないこともないが。
「ヘイ! 君も冒険者?」
ミャウの前にたつや否や、男がそんな事を言い出した。思わずミャウの目が丸くなる。
どうやら彼は、二人の事を覚えていて近づいてきたわけではないようだ。
「いやぁ本当、なんか君かわうぃぃいねえぇえ! 一人ならさ、僕と一緒に組まない? こうみえても僕ってちょうパネェし! しっかり君の事をまもってあげうぃいいよぉお?」
どうやら彼には隣のゼンカイと双子の兄弟が目に入らないようだ。
しかし以前ギルに話していた口調とはだいぶ異なっている。
恐らく女の子に対する時だけこんな口調なのかもしれないが、気に入られようとしてやっているのなら、間違いなく逆効果であろう。
「結構です」
瞼を閉じ、唇を真一文字にしてミャウがきっぱり断り拒否感を露わにした。
だが、彼は諦めるどころか、う~ん、と肩を波のようにうねらせ。
「いいねぇ! かわうぃいいねぇえ! そのウブな感じ最高だよぉ! でもねぇ、照れなくたってうぃいいんだよぉお? ほら! 僕にぃい、身を委ねてくれればね」
ウィンクを決めてくるその姿に、ミャウはブルルと肩を震わせた。
しかし壮大な勘違いである。一体どこからこの自信が湧いてくるのか? そうとうにポジティブな精神を持ってるようである。
「言っておくがのう。ミャウちゃんはわしらとパーティーを組んでるんじゃぞ? それにお前なんでそんな話し方なのじゃ? 前にあった時と違うのう。正直キモいのじゃ」
なんとゼンカイ! しっかりこのチャラ男の事を覚えていたようである。
だがしかし、ゼンカイにキモいと言われるぐらいだ、やはり相当にキモいのだろう。
「あん? なんだジジィ? おれはこの可愛い子ちゃんと話してんだよ。とっとと消えろ! 糞が!」
……すさまじい程の、豹変ぶりである。
「ちょっと! お爺ちゃん私の仲間なんだけど!」
ミャウは尖った瞳で文句を述べた。猫耳もピーンと立たせ、不快という気持ちを、身体全体で表現している。
「え? このキモい爺さんが? だったらもうそんなのと組むのはやめちゃいなよ~やめちゃいなよ~、あははぁ! 大事な事は二回言っちゃった」
髪を掻き上げながら、そんな事を言う。ミャウの機嫌などなんのそのである。
雰囲気的にはどこかマンサを感じさせるウザさがあるが。それでも彼の方が一億倍ほどマシである。
「いい加減」「あっちいきなよ」「しつこいのは」「嫌われるよ?」
双子の兄弟も眉を顰め、嫌悪感を露わにそう告げる。
「あん? なんだテメェ! 横からしゃしゃり出てきてふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ! 同じ顔してキモいんだよ糞が!」
双子の兄弟の蟀谷に、血管が浮かび上がり、ピクピクと波打った。
「全く失礼な奴じゃ! ミャウちゃんだけじゃなく、ウンジュとウンシルにまで!」
流石のゼンカイも、チャラ男の態度は腹に据えかねるようで、思わず大声で怒鳴りあげてしまっていた。
すると――。
「え? ミャウだって?」
「ミャウってあのミャウ・ミャウのことか?」
「アルカトライズを壊滅させたとか言う――」
辺りが急にざわめき始め、更に何人かの冒険者が近づいてくる。
「あ、あの、貴方様があの、ミャウ・ミャウ様で?」
「え? え、えぇまぁ」
「やっぱり! いや一度お会いしてみたいと――」
その声を皮切りに、彼らの周りにぞくぞくと冒険者達が集まってくる。
「ちょ! その可愛い子ちゃんには僕が最初に……」
「邪魔だどけ!」
突然の事に抗議しようと試みるチャラ男であったが、次々集まってくる冒険者に見事弾き飛ばされ、甲板の上に無様に転がっていく。
その姿にミャウやゼンカイ、そして双子の兄弟はザマァ見ろと笑みを零した。
だが、その後は囲まれた冒険者達からの質問攻めにあい、辟易してしまう事になるのだが――。
ちなみにゼンカイもその名を知られ、同じように怒涛の質問攻めに合うが、むしろ喜んで回答していたという。
そして――。
「錨をあげろぉおおぉおおおお!」
船橋から船長の大声が海原に鳴り響き、オオォオ! という水夫の気合の入った叫びが後に続く。
すると、手早く錨が上げられ、手慣れた手つきでもやい綱が解かれ、帆柱に真白い巨大な帆が張り上げられた。
そして、いよいよ船が出港を始めたのである――。




