第一四一話 頑丈な歯
ゼンカイとミャウの二人は、例の竈型の建造物の中に案内された。
そして部屋にはいると、四角形の木箱を二つ並べられ、そこに座るよう促される。
するとギルは、ちょっと待ってろ、と言ってどこかへ消えた。
二人は改めてキョロキョロと部屋を見渡す。ハンマーや研磨に使う工具、鞴や鋳型などが見受けられた。
更に奥の壁際には炉も確認が取れた。横には黒光りする石も多量に積み重なっている。
炉の近くには、床を長方形に繰り抜き槽とした箇所もある。焼入れに使用しているのかもしれない。
それらを見るに、ここがギルという鍛冶師の作業場である事は間違いが無さそうだ。
「ほら、茶だ。口に合うかはわかんねぇけどな」
再び二人の前に戻って来たギルは、木箱に腰を掛ける二人の足元にカップを置いた。
カップの中では、波々と注がれた紅色の液体が小刻みに揺れている。
そして自分の分の木箱を持ってきて、それにヨイショと腰を下ろした。
カップの形はギルの分も含めて、其々バラバラであった。そういった事に頓着が無いのかもしれない。
だが、飲み物を持ってきてくれたのは彼なりに気を使っての事なのだろう。
二人は折角なのでとカップを持ち上げ、中身を啜った。
「美味しいですありがとうございます」
にっこりと微笑んでミャウが礼を述べる。
ギルは、うん、とぶっきらぼうに返し、自らもズズズッ、とカップの中身を啜った。
その姿に、クスリとミャウが微笑する。
なんだ? と言いたげにギルが顔を眇め、黒目を上げた。
「あ、いえ。なんかちょっとゴンさんに似てるかなとか」
左手を振りながらそう告げると、はぁ? とギルが両目を見開く。
「冗談じゃねぇ。あんな偏屈と一緒にするなっての」
その返しにミャウは再度クスクスと肩を震わせ、ゼンカイも、似たもの同士というやつじゃのう、と呟いた。
それに対し、フンッ、と鼻をならし瞼を閉じて、若干の不快感を覗かせる。
「あ、気に触ったならごめんなさい」
ミャウは再び左手を左右にふり謝罪しつつ、ところで、と話を紡ぐ。
「先程装備の匂いって言ってましたが、あれは?」
ミャウの問いかけにジロリとギルが黒目を動かす。
ミャウの表情が若干引き攣った。まずい質問だったかな? とでも思ったのだろう。
「あんたの装備、まぁ見えてるソレもそうだが、ヴァルーンソードか? しっかり使い込んでる匂いがしたからな。かなり大事にもしてるんだろ」
ギルの言葉にミャウが目を見張った。どうやら機嫌を損ねたわけではなかったようだが、それにしても、今、愛用の武器はアイテムボックスに収納してる筈である。
にも関わらず何故判ったのか? と驚きが隠せないようだ。
「よ、よく判りましたね」
率直な質問をギルにぶつける。
「当然だ。俺は世界中のあらゆる装備を見てきたし、伊達に何十年もハンマーを振り続けていたわけじゃねぇ。鍛え上げた物の事はしっかり五感に刻まれてる。だから判るのさ。それに装備ってのは本人も知らないうちに自分の存在を使用者に染み込ませてるものなのさ」
その回答に、ミャウは納得したように頷いてみせる。
「それじゃあ、わしの装備もわかるかのう!」
ゼンカイが急に立ち上がり、当ててみろと言わんばかりに胸を張り腕を組む。
「うん? 入れ歯だろ?」
あっさりと応えたギルに、おお! と声を上げ、
「凄いのじゃ! 流石なのじゃ!」
と感心して見せるが。
「いや、手紙にそう書いてあるしな」
ゼンカイ、ズコッ! と前のめりにコケてみせる。
「まぁ変な匂いはしてるなと思ったがな。流石に入れ歯を武器だなんてのは初めてだからわかりっこねぇよ」
変な匂いとは何じゃ! とゼンカイがプリプリと怒り出す。
だが、そんなゼンカイを尻目に、ミャウがギルに右手を差し出すようにしながら、その桜色の唇を動かし始める。
「それで、お爺ちゃんの入れ歯の件なんですが……なんとかなりそうでしょうか?」
うん――と瞼を閉じ、ギルは腕を組む。少し何かを考える仕草を見せ。
「俺は鍛冶師であって、入れ歯なんてものは手を付けた事がねぇ。大体そんなものは普通専門の義歯に任せるべきだろうよ」
真剣な声でそう告げられ、やっぱりそうですよね……、とミャウは瞳を伏せ、その猫耳が垂れる。
当てが外れたかとがっかりしたのかもしれないが。
「だがな――」
ギルがそう言を繋げると、ミャウの顎が上がり。
「それが武器だって言うなら話は別だ。そっちは俺らの方が専門だしな。それなのに出来ないなんて腑抜けた事言ってたんじゃ鍛冶師としては失格だろうよ」
右目だけ開き、二人を見ながらそう言った。思わずミャウとゼンカイの顔に明かりが灯る。
「それじゃあ!」
「わしの入れ歯を作ってくれるのかのう!」
腰を浮かせ興奮気味に前のめりで聞いてくる二人を、まぁ落ち着け、とギルが宥める。
「とりあえず元がどんな物か知りたいとこだな。何かソレがわかるもん持ってるか? 材料になるものでもあれは話は早いんだがな」
「判るもの……」
顎に指を添えミャウが思考する。
すると、ハッ! と両目を見開き、ゼンカイに顔を向け口を開いた。
「お爺ちゃんアレよ! あのアンミちゃんから受け取った……」
その言葉にゼンカイもピーンッときたようで、懐をガサゴソと弄り、これじゃ! と小さな欠片を取り出した。
「何だこれは?」
ゼンカイから差し出されたソレをマジマジと眺めながら、ギルが問う。
「それはお爺ちゃんが武器として使ってた入れ歯の一部です。その歯で……判りますか?」
ミャウは顔を伏せ、ギルの顔を覗き込むようにしながら恐る恐ると聞いた。
よくよく考えてみれば、こんな欠片ぐらいでは文句を言われて突き返されるのが落ちかもしれない。
「ふむ……」
だがギルは、それに対して特に文句のようなものもいうこと無く、黙って立ち上がると、作業場にある台の方へ歩いて行き、入れ歯の欠片を乗せる。
その行動に、疑問の表情を浮かべながらも、二人も立ち上がり、近くまで寄っていった。
するとギルは、壁に掛けられているハンマーの一本を手に取り、柄を肩に掛け戻ってくる。
それはかなり柄の長いハンマーで、武器としても十分使えそうな代物であった。全体的に綺麗な白金色なのが特徴的である。
「あぶねぇからちょっと下がってろ」
二人に注意を促し、少し距離を置いたのを確認して、ギルが両手でハンマーを振り上げた。
そして、その小さな欠片目掛けて思いっきり叩きつける。手加減の無い重い一撃であった。低く鈍い音が辺りに広がる。
ハンマーを振り下ろし少しの間をおいて、フンッ! とギルが鼻息を荒く吹かせながらそれを持ち上げた。
「……なんてこった――」
するとギルは両目をこじ開け、何か信じられないものをみたかのような、驚きの声を発した。ちょっとした戸惑いも感じられる。
「お前らもちょっと見てみろ」
ギルに促され、ミャウとゼンカイも近づき、台の上に目を向けた。
すると、台は歯の欠片を中心に放射状に亀裂が入っていた。歯のあった部分に関しては完全に台にめり込み窪みを作ってしまっている。が、にも関わらず歯そのものは無傷である。
見る限り、台そのものは、激甚な作業にも耐えられそうな程に頑強な作りである。
にも関わらずこの有り様なのである。ミャウも思わずあんぐりと口を開け固まってしまっているぐらいだ。
「おお! 流石わしの入れ歯じゃ! 大したもんじゃわい!」
ゼンカイに関しては呑気に己が入れ歯の性能に歓喜しているが、ギルはやれやれと嘆息を一つ付き。
「全く。とんでもないものを持ってきてくれたもんだぜ。たく、この【オリハルコンのハンマー】でさえ傷ひとつ付かねぇなんてな。雰囲気でかなりの物なのは判ったが、ここまでとはな」
誰にともなく発せられたギルの言葉に、オリハルコン! とミャウが両の耳を立て叫びあげた。
相当な驚き用である。
「おお! おりはるこんとはかっこえぇのう」
ゼンカイが、瞳を少年のようにキラキラさせながら言う。
「そんな呑気な……いい? オリハルコンはこの大陸一固い鉱物として知られてるものなのよ。正直それのハンマーがある事にも驚きだけどね――」
立てた人差し指を上下に振りながら、諭すように告げるミャウだが、ゼンカイはそのオリハルコンよりも丈夫な歯であった事をしり、どこか嬉しそうだ。
「しかしこれは弱ったなぁ」
ふと、ギルが後頭部を掻きながら声を漏らした。
「正直これだけ頑丈な物を作り直す材料となるとアテがねぇぞ」




