第十四話 最深部にて
ゼンカイは初のレベルアップを心から喜び、とにかく先ずはとステータスを唱えた。
妙にうきうきした顔で、
「さぁ一体どうなったかのぉ」
と浮かび上がった表示に着目する。
ステータス
名前:ジョウリキ ゼンカイ
レベル:2
性別:爺さん
年齢:70歳
職業:老人
生命力:65%
魔力 :100%
経験値:24%
状態 :良好
力 :中々強い(+1%)
体力 :超絶倫(+1%)
素早さ:エロに関してのみマッハを超える
器用さ:針の穴に糸を通せるぐらい
知力 :酷い!ゴブリン以下!
信仰 :何それ?
運 :かなり高い(+1%)
愛しさ:キモ可愛いと言えなくも無い
切なさ:感じない
心強さ:負けないこと
「力、体力、運がちょっとプラスになってるね。まぁレベル2ならこんなところかな。あ、でも生命力なんかは確実に上がってるから結構戦いは楽になると思うよ」
ミャウは顎を人差し指で押さえながら、ゼンカイに説明するような感じに話す。
だが、とうの本人は口を半開きにしたまま、どこかポカーンとしたようにステータスを見上げていた。
その表情は、もしかしたらさっきの戦いで頭の線が一本切れてしまったのでは? と思わずミャウが心配してしまうほどだ。
とりあえず意識がしっかりしてるか確認するため、爺さんの顔の前でミャウは右手を振ってみる。
「なんでじゃ……」
声が漏れてきたので、ほっと胸を撫で下ろす。
だが妙にプルプルと震えてるのが気にかかる。
年が年だけに、トイレが近いってだけの話しならば問題ないのだが。
「なんでじゃん!」
ミャウの肩がビクっと震え、猫耳がぱたんと後ろへ倒れた。
急に隣で大声出されたらそれは驚くだろう。
「なんでわしの知力が変わっとらんのじゃ!」
その言葉でミャウの耳が前後にピクピクと揺れ動いた。
そして納得したように顎を引き口を開く。
「あのね、お爺ちゃん」
言って少し腰を落とし、小さい子に向かって聞かせるような優しい口調で話を紡げる。
「レベルアップしてもね、ステータスの【かなり高い】とか【超絶――】」
そこで、一旦言葉を切ったミャウの顔が少し赤らむ。
「き、【キモ可愛いと言えなくも無い】とか基本的な部分は変わらないの」
視線を完全に別の項目へ切り替え、ミャウが言い変えた。
年の割に結構うぶな娘である。
「そ! それじゃあレベルアップしても何も変わらんってことかのう!?」
ゼンカイは左右に広げた両手を羽のようにバタバタさせながら、少し語気を強めにミャウへ問いかける。
すると彼女は、ううん、と首を横にふり、体力の横に付いた+1%という部分を指差し説明を続けた。
「レベルが上がるとね、この+の数値が増えて行くの。どれが上がるかは基本ステータスと、後はジョブ次第だけどね」
ゼンカイは一応は納得したように頷いてみせるが、まだ疑問というよりは確認事項が残っていたようだ。
「だったらいずれはあの知力の横にも+が付くかのう!」
期待を込めた瞳をミャウに重ねる。が、再びミャウは首を横に振った。
今度は、どことなく哀れんだような表情が織り交ざっている。
「残念だけど……」
その口調はまるで余命宣告を告げる医者のようだ。
「基本ステータスによっては全く上がらない物もあるのよ。お爺ちゃんの知力は……ご、ゴビュリンな、みだから」
深刻な表情から一転。
こみ上げた笑いを喉奥に押し戻すが、崩れた顔は中々戻しきれず、発声さえも乱れてしまう始末である。
当然その後、ゼンカイが不機嫌になったのは言うまでもない。
「ほらお爺ちゃん。いつまでもむくれてないで。そろそろ行かないと依頼終わらないよ」
壁際でいじけたように座り込むゼンカイ。
ミャウの言葉を背中で受け、ちらっと振り返るもまた壁に向き直りぶつぶつと何かを呟きはじめる。
ミャウは何とも困り果てた様子だ。
「わし傷付いちゃったんじゃ……何かご褒美が無いと動けんのう――」
小さな声でブツブツ言ってるかと思えば、今度は敢えて聞こえるような声でねだりの言葉を吐いた。
当然ミャウは一度は怪訝そうに眉を顰めるが、直ぐに表情を取り直し何かを考える仕草をみせる。
正直かなり図々しい爺さんではあるのだが、ミャウもちょっと笑いすぎたかなと後ろめたい気持ちもあったりしたのだろう。
「判った。じゃあ街に戻ったらお爺ちゃんの行きたがってたところ連れて行ってあげるから。それでいいでしょ?」
ゼンカイの両耳が大きく跳ねた。
「わしの行きたかったところ?」
あえてそれを聞き直すところがまた嫌らしい。
「だから、奴隷のお店よ。行きたかったんでしょう?」
耳を尖らせ、眉を狭め、あくまで不承不承といった雰囲気ではあるが、ミャウはそれを約束した。
「よっしゃぁあ! 流石ミャウちゃんじゃ! わし、がぜんやる気が出てきたぞい!」
ラジオ体操のように身体を動かし始めたゼンカイ。現金な物である。
「それじゃあさっさと先に進むわよ。大分時間喰っちゃったし」
ミャウはそう言ってゼンカイに戦利品の回収はしっかりさせ先を急いだ。
因みにバットの戦利品はバットそのもの。実際はその飛膜と爪に材料としての価値があるらしいが、捌き方にコツがあるので、バットの遺骸そのものを持っていって引き取って貰うのが常識だそうな。
その後も魔物が現れる度にゼンカイが戦い、ミャウがそれを観察する、というパターンを繰り返しながら二人はいよいよ洞窟の最深部へとたどり着いた。
最初の穴を抜けここまで3時間ぐらい掛かっただろうか。
最後方にあたる位置には入り口を更に広げたような大口が開かれ、そこを抜けた先にはちょっとした足場があった。
二人が並んで立つには少々心許ない物である。
もしここで戦うとしたら動きは大分制限されてしまうだろう。
足場は切り立った岩壁の上にあり、眼下では多数の魔物が群れをなして存在していた。
場所は広々としたドーム状の空間である。
面積としてはゼンカイの知る限り学校の校庭ぐらいを有しているだろう。
天井は高い。二人からみて5mぐらい、階下の地盤からならば12、3mぐらいはある。
「随分と多いのう」
足場の上で両膝を付き、ゼンカイが下を覗きみながら小さな声で発した。
隣ではミャウも伏せる形で同じように魔物の群れを俯瞰している。
身を屈めているのは敵に気づかれないようにする為だ。
ランタンの灯りも消している。
だが現状この場は十分に明るい為、視界には苦労しない。
「しっかしのう初めて見るのが一匹混じっとるのう」
階下を覗きみていたその視線を少し上げ、ゼンカイが誰にともなく呟く。
するとミャウがコクリと一つ頷き、厳しい表情を浮かべた。
「本当参ったわね。あれはゴールデンバット。バットのユニーク形態ね」
「コミュニケーションは付かんのか?」
「付かないわねぇ」
ミャウは割りと冷静に返した。
因みにゴールデンバットは文字通り金色のバットである。
体長は2m程度、翼を広げたら更に大きいか。通常のバットとは比べ物にならない体格だ。
ゴールデンバットは身体全体が燦然としており、ランタンが無くとも周囲が明るいのはそれが要因となっている。
「しかし、ユニークか! あれじゃろ? レアアイテムとか落とす珍しい魔物じゃろ? わしわくわくすっぞ」
ゼンカイがえらく呑気な口調で述べるが、それほど簡単な話では無いのだろう。
隣で伏せるミャウの眉根は寄せられ、耳を左右別々の動きで回転させながら何かを考えるように顎に指を添えている。
「あのね。確かにユニークが珍しいのも確かだし、あの魔物もかなりの価値があるけど――」
彼女の話によると、ゴールデンバットはその色からも判るように、その身にも多量の金を保有してるらしい。
その為、飛膜一つとっても通常のバットより遥かに高い値が付くそうだ。
ミャウはそこまでを簡潔に説明し、でもね、と一旦瞼を閉じ、そしてすっと見開いてから、
「正直そんな手放しで喜べる状況でも無いのよ」
と話を紡ぎ顔を険しくさせる。
「問題は何点かあるけど……まず第一にレベル」
ミャウはそう言って、順序立てて説明していく。
「ユニークは、基本となる種の魔物より圧倒的にレベルが高いのよ。さっきまでお爺ちゃんが相手してたバットはレベル2ってとこだけど、あのゴールデンバットは推定レベルが10~12。お爺ちゃんのレベルがまだ2だから、普通に戦って勝つのは厳しい」
ゼンカイのつぶらな瞳を見つめながら、話は続いていく。
「それに……まぁこれは見たら判ると思うけど、ユニークが現れると周囲の魔物がそこに多く集まってくるのよ。ユニークを守るためにね」
その言葉を聞いてゼンカイは改めて、階下と天井を交互にみやった。
下では未だにややこしいと感じているスダイムとゴブリンが合わせて五十体程、上を見上げればバットの大群が逆さまになった状態で同じく五十。合計一〇〇体の魔物が一体のユニークを守っていることになる。
「わしには倒せんか……何とも悔しいのう」
ゼンカイが口惜しそうに述べる。
「レベル差がありすぎるからね。ただ、お爺ちゃんでもその攻撃力ならダメージを与えることは可能だと思うわ。でも防御の面も考慮すると分が悪いわね。間違いなく一発貰っただけで死んじゃうわよ」
ミャウはそう断言した。
レベルの差というのはそれ程大きい物なのだろう。
「う~む。やっぱりあれかのう? 死んでしまったら教会で目覚めて金銭とか減ってしまうのかのう? それともセーブポイントからやり直しかのう?」
一体何を心配してるやら。そもそも爺さんは失うお金も無ければセーブもしていない。
「はぁ? 何いってるの? 死んだらそれで終わりに決まってるじゃない」
ミャウは不機嫌を露わにして応えた。
この状況で何をふざけてるんだ、と咎めるような口ぶりである。
「そ! そうなのかい! しかしわし転生しとるぞい? ほれほれ」
言ってゼンカイはごろごろと転がった。
一体それで何を証明したいのかは謎である。
「それは知ってるけど……だからって死んだらすぐ生き返るって、そんなはずないじゃない。少なくともこの国の人は死んですぐ生き返ることは無いわよ」
ミャウの返しに、残念じゃのう、と淋しげに呟くゼンカイ。
世間の厳しさを身にしみて感じたと言ったところである。
「そういうわけだから、死んだら元も子もないし……一旦引き返す? 報酬は貰えなくなっちゃうけど……」
ミャウがゼンカイに選択を迫る。
確かに今はまだ敵に気付かれていない。
このまま引き返せば少なくとも死ぬことは無いだろう。
「……のう? 思ったんじゃが別にあのユニークというのはミャウちゃんがやっつけてしまえば良いのでないのかのう? ミャウちゃんのレベルなら特に問題は無いような気がするんじゃが」
ゼンカイが意外とまともな意見を述べた。
確かにミャウのレベルは16である。
例えゴールデンバットのレベルが12であったとしても問題なさそうだ。
「……それも厄介な点があってね。確かに私なら倒せると思う。でもねアレを先に倒しちゃうと今度は他の魔物が恐れを無して逃げ出しちゃうのよ」
ミャウがそう語ると、逃げ出す? とゼンカイが疑問の声を上げる。
「そう。ユニークは他の魔物より圧倒的に強い存在だからね。この場ではボスみたいなものなのよ。だからボスが倒されると魔物たちはパニックに陥って一斉に逃げ出すの。そうすると場合によっては洞窟から出ちゃう魔物が出る可能性も高い。魔物が外に出ないよう駆除して欲しいという依頼なのに、私達の行為でそれを誘発しちゃったら元も子もないでしょう?」
そこまで聞いて、なるほどのう、とゼンカイが頷く。が、直ぐにミャウを見つめ返しつぶらな瞳に力を込め言を発した。
「それでもやはりわしは逃げるのは嫌じゃのう」
ミャウは口元を少し緩ませ、だったらと話を続ける。
「方法は一つね。私があのゴールデンバットを倒さないよう上手く引きつけておくから、お爺ちゃんは他の魔物達を相手にして倒しちゃって。……出来る?」
最後の言葉は質問というよりも出来るという答えを前提とした確認であった。
「勿論じゃ!」
ゼンカイは昂然と返事を返した。
その姿をミャウは初めて頼もしいと感じたような瞳で見る。
「それじゃあ……【アイテム:ポーション】」
ミャウが唱えるとその手の中に透明な小瓶が現れた。
「これ持ってて。危なくなったら中身を飲んでね。それである程度傷が癒えるから」
言ってゼンカイに手渡すと、
「ほう、これがポーションか! 意外と小さいのう」
とゼンカイが燥ぐ。
「アイテムボックスにしまってもいいけど、いざとなった時の事を考えたらポケットにでも入れておいた方が良いかもね」
ミャウの助言に素直に従い、ゼンカイはズボンのポケットにそれをしまった。
「それじゃあ、先ず最初に私がここを飛び降りて一直線にあのユニークに向かうから。魔物たちはそれで暫く私に狙いを定めると思う。そしたら後方からお爺ちゃんが魔物達を倒していって」
「了解じゃ」
「一応、出来るだけ魔物は倒さないようにするし、ゴールデンバットも、お爺ちゃんに止めを刺させるように誘導するから、雑魚を片した後はお願いね」
その言葉にゼンカイは力強く、任せておけ! 伊達に年はとっておらんわい! と張り切ってみせる。
二人の表情は真剣そのものであった。
正面に捉えるユニーク相手の初の共同作戦。
そう今まさに戦いの火蓋は切られようとしていたのだった。




