第一三九話 再会
「その様子だと、しっかり話は聞いたみたいだな」
アンミとの面会を終え、部屋を出た二人にジンが言う。
浮かない表情をみた事で察したのだろう。
「まぁね。まさか魔王が本当に……しかも元勇者だなんてね。当然あんたも知ってたんでしょう?」
ジンは、勿論、と眉を押し上げる。
「その事も忙しい原因の一つさ。少しでも情報を集めようと、かつて美神 シズカと呼ばれてた時代の資料も引っ張りだして調べてるよ。まぁ現状で判ってるのは例の古代の勇者よりも更にとんでもない強さを持っているって事。それと彼女はヒロシと同じで、トリッパーだったって事ぐらいかな」
トリッパー……、とミャウは呟き考える仕草を見せた。
彼女にとってはそれは初耳であったからであろう。
「その最強とされるぐらいの女勇者、いや今は女魔王だな。が、更にエビスみたいな力を持った連中、そして四大勇者まで手中に納めてるんだ。いや、現状はヒロシすらもどうなってるか判らないんだったな。アルカトライズの件もあったし、今後何を仕掛けてくるか判らないしな、とにかく軍の配置も含めて相当に慌ただしいのは確かだ」
ミャウは、そう……、としか返す言葉が出てこない様子だった。
話が大きすぎて付いていけないという部分もあるのかもしれない。
「まぁその辺はこっちの仕事だ。勿論何かあったらあんたらにもまた手を借りることもあるだろうけどな。冒険者ギルドにもマスター・クラスの要請を出してるぐらいだが、あんたらはレベル以上の力を持ってるし、頼りにしてる」
「そこまで言ってくれるのはありがたいけど、マスター・クラスが出てきたら出番なんかなさそうね」
言って、自虐的な笑みを浮かべる。
するとゼンカイがミャウの裾を引っ張り。
「ひゃふひゃ~ひゃひゅひっえ、ひゃんひゃ?」
そう尋ねる。ミャウは彼の言葉を理解し、マスター・クラスについて説明した。
その話によると、個々のジョブの最高職に達したものをいうらしく、最低でもレベル100を超えなければ成ることが出来ないジョブらしい。
また例え100を超えたからといって、誰もがマスター・クラスに達する事が出来るというものではなく、非常に希少な存在として扱われているようだ。
「ちなみにスガモンも、そのマスター・クラスの一人ね」
そこまでの説明を聞いて、ゼンカイは納得したように一人頷く。
「既にソードマスターのケンシン、それにヒーローのグインがこちらに向かってくれているらしいぜ。この二人が王都にいるだけでも、大分指揮が上がるだろうから助かるよ」
ジンの発言にミャウも眼を丸くさせて驚いた。どうやらこの二人は相当に有名らしい。
「て、そんな二人がいるなら私達じゃ更に出番がないわね」
半目にし、嘆息を付くミャウだが。
「まぁ今はまだそうかもしれないが、お前らならその内、いや近いうちにでもマスター・クラスに達する事も可能じゃ無いか? 俺はそんな気がしてならないぜ」
ジンの言葉に、ゼンカイは自信満々に胸をたたき、ミャウは、まさか、と遠慮がちに右手を左右に振る。
そして話も程々に、二人はジンに暇を告げて城を後にした。
王子、王女との謁見、そして面会とが終わった時には時刻はとっくに昼を過ぎていた。
二人は帰りに遅めのお昼を食べた。歯の事もあったので、美味いお粥の出す店で食事を済ます。
ゼンカイは早く固形物が食べたくてしかたないようであったが、あと一日の辛抱だからと、ミャウが宥めた。
その後は、ギルドでアネゴと話しながら時間を潰し、そして夜になって次の日の予定を決め、一旦二人は別れたのだった。
「はい。こちらでございます。今度こそ本当に大事にお使い下さいね」
次の日は、開くのとほぼ同時に二人は店を訪れ、修復の終わった入れ歯を受け取った。
昨日の事もあってか、店員からはしつこいぐらいに、入れ歯の扱いについて指導されてしまっていた。
だが当然二人もこの入れ歯に関しては、もう無茶は出来ないことを感じているようだった。
何せ王国から費用を出して貰ってる上に、その金額も目玉が飛び出る程に高いのだ。
これでまた壊れてしまいました等といっては申し訳が立たないだろう。
「とは言え困ったわねぇ」
道々、ミャウが顎に手を添えながら、誰にともなく呟く。
「わしも、何か別の武器を探さないといかんかのう」
ゼンカイがミャウの方を向き、後ろ足で歩きながらそんな事を言った。
だがミャウはゼンカイを見下ろしながら、何かを思考し、首を捻る。
「正直今となっては、お爺ちゃんが入れ歯以外の武器を使うところ想像できないのよね」
「そ、そんな事は無いのじゃ! そもそもわしみたいなナウなダンディーが、入れ歯というのがおかしいのじゃ。ここはかっこ良く大剣なんかを持ってじゃのう……」
そう言って剣を構える動作を見せるゼンカイだが、その小さな背では大剣を持っても引きずられるのが落ちだろう。
「あ、ちょお爺ちゃん危ない!」
どうじゃ! どうじゃ! と型のような何かを見せながら、後ろ向きで動きまわるゼンカイに、ミャウが注意を促す。
が、そこにドスン! と何者かの脚が当たった。
「ほらお爺ちゃん言わんこっちゃない。子供じゃないんだから――」
「いい意味でセンカイ元気そう」
その声に、え? とミャウが正面に視線を移し、ゼンカイも、おお! と彼女を見上げる。
「セーラちゃんなのじゃーーーー!」
声を上げながら、ゼンカイが年甲斐もなく燥ぎだし、うほ、うほ、と聞こえてきそうな妙な動きも見せた。
するとセーラが腰を落とし、ゼンカイの顎を指で撫でる。
すると爺さんは、まるで猫のようにゴロゴロと喉を鳴らした。
「セーラ。驚いた、もう指も動くんだね」
そう言って、優しい微笑みを浮かべる。以前のようなぎこちなさはない。
それから少しの間、セーラと二人は談笑する。どうやら現在もあの魔導技師の元でお世話になってるとの事で、二人と出会った時は、買い物の帰りで店に戻るところだったらしい。
そこで折角だからと、二人はセーラに付いて行き、あの店に立ち寄ってみる事となった。
何せ今は少し時間に余裕もある。
「まったく忙しい時に、妙な客連れてくんじゃねぇよ」
セーラと一緒に店に着くなり、男は憎まれ口を叩く。
「いい意味で、そういいながらポンさん暇してる」
「俺の名前はゴンだっつってんだろ。全く、さっぱり名前を覚えようとしねぇ」
それは諦めた方がいいですよ、とミャウが愉快そうに笑ってみせる。
「……ふん。随分明るくなったみてぇだな」
一瞥をくれながら、鼻息まじりにゴンが零した。
「いい意味で耳にしたレイドの事」
セーラはそう口にした後、ふん! とまるでゴンのように鼻を鳴らして。
「いい意味でざまぁみろ」
と付け加える。
「しかし、そのおかげで随分城も大変だって耳にしたがな」
ゴンの言葉にミャウは苦笑いを見せた。彼の耳が早いのか、それとも既に街なかに知れ渡っているのか。
「いい意味で私もはやく復帰しないと」
「かっ! たくてめぇは無茶ばっか言いやがって! 一々細かい調整まで指図してきやがってうざったいたらありゃしねぇ。なぁあんたら、もうこの嬢ちゃん連れて帰ってくれよ」
後ろのセーラを親指でさしながら、ゴンが二人に言うが、本気には感じられず。
「そういいながらも、喜んでるようにみえるがのう」
ゼンカイの台詞にクスリとミャウが笑った。
「冗談じゃねぇ! こいつ勝手に部屋の中掃除しだすわ、頼んでもいないのに飯作り出すわこっちはほとほと困ってんだよ」
「いい意味でそれもリハビリ。いい意味でそれに請けた仕事は責任取れ」
瞼を閉じしれっと言い放つセーラに、これだよ! とゴンが頭を擦った。
「でも、セーラも随分自由が効くようになった感じに見えるけどね」
「……いい意味で、でもまだまだ以前のようなのは無理。戦闘は厳しい」
自分の右腕を眺め、握ると締めるを繰り返しながらセーラが返す。
「ま、とは言え本来なら日常生活レベルまで戻すのも最低一年は掛かるってのを、ここまで縮めたんだ。その根性だけは褒めてやるよ」
ゴンは何気なく言ってはいるが、実際のところはきっと想像を絶するような苦労があった事だろう。
「凄いわねセーラ。はぁ、こっちも頑張らないとね」
ため息混じりに零すミャウに、セーラが目を向け。
「いい意味で何かあったのか?」
その質問に、私がというか、とゼンカイをみやる。
そして、実はね、とこれまでの経緯を話して聞かせた。
「いい意味でゼンガチと入れ歯は必須。いい意味で困ったな」
そう言ってセーラが顎に指を添える。何かいい手が無いかと思考してるようにも思えるが、こればっかりはセーラでもどうしようも無さそうだ。が、ふと、ちょっとそこで待ってろ、と言い残し、ゴンが奥へと引っ込んでいった。
その姿を何だろう? と一行は見送りながら、彼が戻るのを待つ。
すると暫くしてゴンが戻り。
「ほら、これ」
そうぶっきらぼうに、折りたたまれた一枚の紙をミャウに手渡してきた。
「え? これって?」
不思議そうに紙に目を向けるミャウ。ゼンカイもそれを興味ありげに眺めている。
「それを持ってポセイドンのギルってヤツを訪ねてみろ。なんとかしてくれるかもしれねぇ」
「え? ポセイドンって海商都市ポセイドンの事よね? て、このギルって人、義歯職人なの?」
「あん? ちげぇよ。そいつは鍛冶師だ」
面倒くさそうに応えるゴンに、鍛冶師? とミャウが目を丸くさせる。
「入れ歯で鍛冶師……」
思わず零すミャウだが、ゴンが顔を向け口を開く。
「その爺さんの入れ歯は武器として使うんだろうが。だったら義歯師なんてあてにしたって仕方ねぇだろ。まぁ別に行く行かないは自由だが、そいつは偏屈だけど腕は確かだ」
その言葉に、ほぉ、そう言われてみれば一理あるかもしれんのう、とゼンカイが感心したように返し、ミャウも頷く。
「その考えは無かったわね……ポセイドンか――行ってみるお爺ちゃん?」
ミャウの問いかけに、勿論じゃ! と元気よく返すゼンカイ。これで次の目的がとりあえず定まった二人ではあるが。
「いい意味でミャウ……」
二人が辞去しようとした時、少し寂しげにセーラが呼びかけてくる。
そしてその表情から察したミャウは。
「……ヒロシの事よね? ごめん。まだ情報掴めてないんだ。でもラオン王子やあと情報集めが得意って奴にも頼んでるから。それにギルドも引き続き調査を進めてるし」
そう、と顔を落とすセーラだが、
「な~に。心配無用じゃよ。何せわしに次ぐ勇者のアイツじゃ。きっと笑って戻ってくるじゃろうって」
とゼンカイが冗談交じりに返す。
するとセーラが薄い笑みを浮かべ、いい意味できっとそうだね、と述べ、そして二人を見送った。
「セーラちゃんの為にも、あの馬鹿は早く見つけんとのう。じゃがその為にはやはり入れ歯は必要じゃ!」
ミャウと目的地に向かって歩き出したゼンカイが、改めて何かの決意を固めるように声を上げた。
それにミャウも頷いて返す。
こうして二人は海商都市ポセイドンに向けて、歩みを進めるのだった――。




