第一三七話 入れ歯の出来
ゼンカイとミャウは、城から紹介を受けた義歯を扱う店で、出来上がった入れ歯を待っていた。
数日前に店を訪れ、ゼンカイの口内を見てもらったところ、出来上がりまで3日掛かるという事で、それまでは適当に王都で過ごして出来上がりを待っていたのである。
「こちらでございます」
白衣に身を包まれた壮年の男が、高級そうなケースに入れ歯を乗せてやってきた。
ニコニコと営業スマイルを見せながら、二人に近づいてくる。
この店に訪れた際、王室の紋章が入った紹介状を持参してきたのだが、その中身を確認した途端、この店員の態度は豹変した。
まるで高貴な身分の賓客を扱うかのように、恭しく頭を下げ、丁重に話を聞き接してくれる。
そしてそれは受け取りにきた今も変わらず。
上等な革製のソファーに案内され、紅茶と焼き菓子まで用意してくれた。
ただミャウはそれには手を付けなかった。入れ歯のないゼンカイでは紅茶はともかく、菓子を食すことが出来ないので、申し訳なく思ったのだろう。
ただそれはこの店員も理解してるようで、前に来た時は焼き菓子は用意されてはいなかった。
今回用意されたのは恐らく、入れ歯の出来を確認して貰うという意味もあるのだろう。
二人の目の前のローテーブル。クリスタル製の天板の上に置かれた入れ歯は、店員曰く惜しみなく最高級の材料を使った至高の逸品との事。
確かに只の入れ歯にも関わらず、歯牙の一本一本が真珠のような輝きを放っている。
「ひょひぇひゃ、ひゃひゅひょひゃ! ひゃっひぇひぇひぇひょ?」
店員はゼンカイの発言に首を傾げた。言っている言葉が理解できなかったのだろう。
「あの、早速付けさせてもらってもいいですか?」
ゼンカイの代わりにミャウが尋ねた。すると店員が、はい! 勿論でございます! と満面の笑みで入れ歯を更にゼンカイの前に近づけた。
まるで高級な指輪でも勧められているようである。ケースも意匠が施された立派なものだ。
「どう? お爺ちゃん?」
ミャウが尋ねる。ゼンカイは歯抜けでしわしわの目立つ口の中に、入れ歯をはめ込んだ。
齢140(ステータス状は70)の、見た目にもしっかりお爺ちゃんの彼だが、入れ歯をはめるとどことなく若さが漲ってきているような雰囲気を感じさせた。
勿論それでも爺さんであることには変わりないのだが――。
ゼンカイは入れ歯をはめた口をモゴモゴと動かし、カチン、カチン、とカスタネットのように鳴らしてみる。
中々心地よい音色だった、
「もしよかったらこちらをどうぞ」
店員がテーブルの上の焼き菓子を勧めると、待ってました! と言わんばかりにゼンカイが眼を輝かせ、その菓子に手を付けた。
何せこの3日間、歯がないが為にお粥のような柔らかいものしか口にしていない。
それだけに、菓子を頬張るゼンカイの顔は幸せそうだった。
「調子はどう?」
「うむ。食事には問題が無いのじゃ~~!」
すくっと立ち上がり、歯型のついた焼き菓子を差し上げる。ミャウも久しぶりに聞いたそのハキハキとした声に、僅かに口元を緩ませた。
「あっはっは。私どもは腕のよい義歯職人を抱えておりますからね。ゼンカイ様の口内もしっかり確認させて頂き、収まりも噛み心地も徹底的にこだわらせて頂きました。何せ王室からの依頼でもありますからね。職人も随分気合いを入れてくれたようです」
店員は笑い声を一つ挙げた後、誇らしげに説明を加えた。確かに私生活においては全く問題が無さそうではある。
「ふむ。確かに良い品じゃな。じゃが、もう一つ確認しなければいけないことがあるのじゃ!」
ゼンカイは握りこぶしを作ってミャウを見た。ミャウも一つ頷くが、店員は不思議そうな顔をしていた。
一体これ以上何を確認する必要があるのか? といった表情である。
「あの、すみません。そこをお借りしてもよろしいですか?」
ミャウは店の裏に見える庭を指さしいった。
この店は壁がガラス張りのようになっていて、中からでも外の様子がよく見える。
そして、店舗の裏側にはミャウの言うようにこぢんまりとした庭が接していた。
裏口となるドアを抜ければそこに出ることが出来る。
「は、はぁ別に構いませんが――」
店員は怪訝な声ではあったが承諾してくれた。
二人は早速庭に場所を移す。それほど広くはないとはいえ、これから行う事には十分であった。
ミャウとゼンカイが庭の中央で対峙した。後からやってきた店員も、店の事を気にしながらも二人の様子に目を向けた。
「それじゃあ行くわよ」
そう言ってミャウがその手にヴァルーンソードを現出させた。
そして、来るのじゃ! とゼンカイも入れ歯を取り出し構えを見せる。
そこまで見て、店員が眼を見開き慌てだした。
「ちょ! ちょっと! 一体何をする気で!」
しかし制止するような声を店員が発した時には既に遅し、ミャウの振るった斬撃をゼンカイが入れ歯を盾にして受け――。
「ほ、本当にごめんなさい――」
店に戻り、テーブルの上に置かれた入れ歯を前にした店員が愕然と項垂れて全身に暗い影を落としていた。
それは当然今日とりに来たばかりのゼンカイの入れ歯であったが、今は見る影もなく粉々に砕け散ってしまっている。
「いえ、勿論お客様の為にお作りしたものですから、どう使われても構わないのですが――」
そう言いながらも、店員は恨めしそうに二人の姿を見上げるようにして覗き込む。
「ただ、これはあくまで入れ歯ですので、そのような戦闘用等ということは想定していないのですよ」
店員の言葉にミャウはしゅんと肩と耳を落とした。確かに言われてみれば当然の事でもある。
ゼンカイの手にした新しい入れ歯は、ミャウが軽く放った斬撃でいとも簡単に砕け散った。
その直後の店員とゼンカイの顔は絶句といった感じであり、暫く呆け続けていたが、冷静に考えてみれば何も説明なく、このような事を試した自分たちに責任がある事を知った。
ミャウとゼンカイは最初にコレを頼みに来た際も、ゼンカイに合う入れ歯を頼んだにすぎないのだ。
「とにかく。私共も受けた依頼は達成する必要がありますので、今回のはしっかりと修復させて頂きますが、あくまで入れ歯は日常生活の補助的な役割を果たすに過ぎないというのを考慮して下さいね? あんな無茶な使い方をして、壊れた等と言われましても、当方としては責任を負いかねますので――」
先ほどと打って変わって厳しい物言いであった。とはいえそれは当然であろう。
普通に考えてみれば入れ歯を武器にするほうが間違いなのだ。
結局二人は入れ歯の修正をお願いする事にした。武器にならないとはいえ、やはり入れ歯は必要だからだ。
直しに関しては一から作るよりは早く仕上がるので、後日には出来ているとの事であった。
「とはいえ困ったわね。お爺ちゃんの入れ歯。武器に使えないとなると他の手も考えないと」
「ひゃひゅひょ、ひゃひゅひょひゃい?」
「う~ん。でも王都で一番の義歯を扱う店みたいだしね。他となると――」
そう言って顎に指を添え、ミャウは思考する。
「まぁとにかく一度城に向かいましょう。何せ費用もすべて出してもらってるわけだし、早速壊してしまったことは……謝らないと」
ため息混じりにミャウが述べ。そして二人は城へと向かった。
「わが言葉に! そのような事気にする必要なし! とあり!」
城に辿り着いた二人を出迎えてくれたのは、ラオン王子殿下とエルミール王女であった。
二人共あの一件からかなりの多忙を極めているようだが、ゼンカイとミャウが訪れたとあって少ない時間をさいて話を聞いてくれているのだ。
「しかしのう。戦闘に耐えられない入れ歯を作るなど、けしからんのじゃ! その男! 死刑なのじゃ!」
王女はすっかり元気を取り戻している様子であった。とはいえ、そんな事で死刑にされては店員もたまったものではないだろう。
「いや、流石にそれは。それに本来入れ歯は武器として使わないというのは、よく考えてみれば当たり前ですし」
苦笑いを浮かべながらミャウが述べる。
「わが言葉に! してこれからどうするのだ? とあり!」
ラオンの問いかけに、はい、と応え。
「とりあえず入れ歯がないと不便なのはたしかなので直してもらうことになってます。ただ、今回は私達の責任でもあるので、修理費はこちらで出そうと思ってますので」
その言葉に、ラオンとエルミールが顔を見合わせ。
「わが言葉に、無理はせぬでいいぞ、とあり……」
「というかお主らでは無理じゃと思うのじゃ」
え? とミャウが疑問の声を発すると、二人がその入れ歯に掛かった金額をそっと教えてくれた。
「え、えぇええええぇええぇええぇ!」
思わず素っ頓狂な叫び声を上げるミャウ。となりのゼンカイも理解できないのか指折り数えてみてるが、思考が停止し煙が出始めている。
「我が言葉に! 費用のことは心配せずとも良い! とあり」
「そうじゃな。お主たちは妾を救ってくれたのであろう? ならば遠慮することなど無いのじゃ~~文句言う奴がいるなら死刑なのじゃ~~~~!」
相変わらずの過激な発言だが、疑問符の入ってるあたり、やはり攫われた記憶がないのであろう。
「しかしのう。最近は本当に忙しくてまいるのじゃ! 全くおかげ様で勇者ヒロシ様を探す暇もないのじゃ! 腹ただしいのじゃ~~!」
両手をぶんぶん振り回す王女の姿に、ミャウはなんと返していいか判らず苦笑するに留まった。
何せエルミール王女はすっかり忘れているが、その勇者ヒロシは七つの大罪を持つという能力者達に攫われたままなのである。
そして、今回の件でエビスが捕らわれ、少しはその事も判るかと思ったのだが、エビスは中々連中について口をわらないらしい。
「あ、あのそういえばウエハラ アンミについてはどうなりましたか?」
ミャウが思い出したように二人に尋ねた。彼女もやはり、エビス同様捕らわれてはいたのだが――。
「我が言葉に、調度良かったとあり!」
ラオンの発言に二人が目を丸くさせてると、王女がフォローを入れてくれる。
「実はその事もあってお主達に会いたかったのじゃ。あの娘、もしあの時の誰かが来たなら面会をしたいといっておったからのう」




