第一三五話 決別のための決着
剣を構え目の前に立ち塞がるミャウの姿に、レイドは怒りを露わに叫んだ。
「どういうつもりだミャウ! お前まで私にそんな物を向けて!」
「私だから向けるのよ!」
言下にミャウが叫び返す。
そのやり取りに、ケネデルとジンも戸惑いをみせていた。
「二人共ここはミャウに任せてくれんかのう? いや、ここはあいつやないと駄目なんや」
「ブルーム……そうだな! ミャウ! やってやりな!」
「ひゃんひゃるひょひゃ! わふぅひゃひゅいひょるひょ!」
三人の言葉を受け、ジンはケネデルに向かって軽く頷く。やらせてやろうという意思表示であった。
それにケネデルも納得を示す。
「ありがとう皆――さぁ! レイド・キチクランス! イチ冒険者として! あんたに引導を渡してあげる!」
レイドの表情に憎悪の炎が灯った。眉間に怒りの峡谷を作り上げ、彼女の姿を睨めつける。
「いいだろう! ならばこの私自ら! ミャウお前をこのランスの錆にしてくれる!」
「出来るものならやってみるのね!」
怒りの形相を浮かべ、レイドの体中から発せられた闘気に髪も逆立つ。
そして、右手で構えたランスの先端をミャウに向けた。
レイドの持つランスは、形状は重騎士の扱う傘状の鍔を持つ円錐状の長槍である。
先端が鋭く尖っているが刃は付いておらず、完全に突く専用の武器なのが一般的だ。
そして【ゲドウランス】は底面から先端までの長さが、2メートル、色はバイオレット。
だが非常に凶々しい彩色がされており、通常のランスと異なり、螺旋を描くように溝が彫られ、そこに細かい牙上の刃が無数に施されている。
「ククッ。ミャウ、このランスはな、掠っただけでもこの牙が柔肌に喰い付き、肉を抉る。その痛みたるや、激痛を通り越して快感さえ感じるほどだぞ」
ミャウの姿を上から下まで舐めるように見回し、下衆な笑みを浮かべる。
「……お前がどういうつもりで私の前に立ち塞がるかは知らないが、お前程度の力でジェネラルの称号を手にし私に勝とうなど、身の程しらずもいいとこだぞ? どうだ? この際私に協力して一緒にここをだ」
「能書きはいいからさっさと掛かって来なさいよ。この皮被り野郎!」
瞼を軽く閉じ半目の状態で、小馬鹿にしたように挑発する。
そのミャウの声に、思わず周囲から、プッ、という笑い声が漏れた。
「こ、この野良猫がぁあぁ! 人が優しくしてりゃ調子に乗りやがってぇえええぇ!」
レイドは完全に頭に血が上った状態で、ミャウ目掛けランスを突き出した。
ブォン! と言う重い風切音が辺りに広がる。が、そこにミャウの姿はなく、前方に跳躍し軽やかに宙返りしたその姿が、レイドの目の前に迫った。
「むぅ!」
天地が逆になった体勢にも関わらず、ミャウは難なく手持ちのヴァルーンソードを、横に振るった。
だが、刃がその顔を捉える直前に、レイドは上半身を傾け、首を回した。
ミャウの一閃は結果的に、レイドの髪の毛を数本を刈り取り、側頭部に軽い切り傷を残すに留まった。
彼女の身は刃を振るった勢いで独楽のように回転するが、ミャウは両足を広げその力を利用するようにしながら、レイドから数歩分の距離を取った位置に軽やかに脚をつける。
「ふぅ。なる程な。猫だけに動きの素早さには自信があるようだな」
レイドはミャウへと身体を向け直し、槍を構えたまま、逆の手で顎を拭う。
「だが、次はそうはいかぬぞ。我が最高の技をみせてやる」
レイドが表情に自信を漲らせる。
「……どうした? 身体と刃が震えているぞ? 今になって怖くなったか? だがもう遅い、お前は私に牙を剥いたのだからな!」
レイドの顔中に太い血管が浮かび上がり、ビクンビクンと波打ち始めた。
「さぁ覚悟を決めろ! 【ヘルハンドレットキルランス】!」
空気を一気に引き裂くような雷声を上げ、レイドのスキルがミャウに繰り放たれる。
その勢い凄まじく、一般の騎士が一撃を放つのが精一杯であろうその間に、正しく百撃の突きが彼女の細身に襲いかかった。
その猛打は、槍衾さえも彷彿させる物で、瞬時に現れた槍の大群にミャウは身動き一つ取ることが出来ないでいる。
そして、レイドの視界の中で、ミャウの脚が、手が、胸が、顔面からその猫耳に至るまで、刳り、砕き、貫いていく。
「はぁ――はぁ、はぁ」
その荒ぶる息は、最高の技を繰り出したことによる疲れからか、それともミャウのあられもない姿をその眼にしたからなのか……。
床に仰向けに倒れるソレは、既にレイドの知るものではなかった。
引き千切れたような四肢は、床に転がり、胸当てはボロボロに破壊され、顕になった胸部からは、肋骨がはみ出してしまっている。
可愛らしかった耳も抉られ辛うじて残った一本の糸で、ブランブランとだらし無く揺れ動き、当然顔などは見る影もない。
「お、お前が悪いのだぞ……私に逆らったりするから――」
レイドはどこか哀しげな瞳で、ミャウの亡骸を見下ろした。
だが、その時。
「酷いわね、レイド」
え!? とレイドが目を見張った。一体誰の声か? と辺りを見回すが、それは間違いなく目の前のミャウの亡骸から発せられたものであった。
その証拠に、彼女の身は、このような状態であっても、僅かに残った部位を利用し、ズリズリと身体を引きずるようにしながらレイドに迫っていた。
「ひ、ひいいぃいいいい!」
情けない声を上げて、レイドが手にしたランスで再度彼女の遺体にトドメを刺した。
「この! この! この!」
何度も、何度も、何度も突き刺し、ミャウの身が挽き肉へと変わっていく。
「――酷いわレイド」
「どうしてこんな事を?」
「痛い、痛いわ」
ハッ! とした顔で再びレイドが周囲を見回した。
どういうわけか、彼らの戦いを見守っていた皆の姿が無く、代わりに無数のミャウの屍が彼を取り囲んでいた。
目玉の取れかかった者、腸のはみ出した者、腐敗が進み鼻につく臭気を放っている者。
それらの、まるでアンデッドのようなミャウの群れがレイドの身にゆっくりと迫ってくる。
「う、うわぁああぁあ! 来るな! 来るなぁあああぁあ!」
レイドはそのランスを振るい続けた。迫るミャウの身体に何度も何度も何度も、だが、一人倒れる毎にまた一人また一人と屍の数は増えていく。
そうそれはレイドにとってまるで悪夢のような――。
「終わったようやな」
ブルームが片目をこじ開けながら、そう述べる。
その声を聞き、ジンやケネデルは不思議そうにレイドの姿をみやる。
レイドはミャウの足元で膝をつき、項垂れるような姿勢でブツブツと何かを呟き続けていた。
この状態になったのは、今まさにレイドが口にしたスキルを放とうとしたその時であった。
急に彼の膝がガクンと崩れ、今の状態に陥ったのである。
「一体どうなってるんだこれは?」
ジンが不思議そうな顔で述べるが。
「ま、あれやな。ミャウの事が震えてるように視えてた時点で、このおっさんの負けは決定してたようなもんやな」
その言葉に、ケネデルが、そういえば、と呟き。
「確かに彼女は別にかわりも無いのに、変だなとは思ったがな。しかし一体どうやったのかな?」
背中に投げかけられたケネデルの疑問に、ミャウが振り返り回答する。
「レイドと戦う直前、この武器に幻の付与を与えたのです」
その言葉に、あ! と何かを思い出したようにジンが声を上げる。
「そうか! それじゃあ、最初のレイドの一撃を躱したあの時に――」
「成る程ね。カウンターで入れた一撃で既に勝負が決まってたってわけかい」
ミルクも納得したように顎を引いた。
「そう。この付与があれば、掠っただけでも相手の脳を冒し幻覚を見せることが出来る――スキル名は【ブレインハック】」
そう言ってミャウがレイドを見下ろす。
「――ャウ……るな、――かずく、な……」
ブツブツと言葉を繰り返すレイドに、憂いの瞳を向けながら、さよなら、と一つ呟いた。
「ひょひゃっんひゃひゃ」
牢から出たゼンカイがミャウに言葉を掛ける。
その声にクルリと振り返り、猫耳を軽く振りながら、
「えぇ。終わったわ」
と軽く微笑んだ。
「さぁ、これでもうこのおっさんも抵抗できんやろ。捕らえるなら今やで?」
ブルームの言葉で、ハッ! となった、騎士達がレイドに近づき、その身を拘束した。
先ほどと違って、まるで抵抗する様子が無く、騎士たちも拍子抜けしたような顔になる。
「もうこれで、あのおっさんがミャウに絡んでくることもないやろ。これだけの事をしたんや。良くて終身刑ってとこやな」
「これで今度こそ本当に開放だなミャウ」
「うん。今度こそ、ね」
皆を振り返り、ミャウは安堵の表情を浮かべた。
「う、う~ん。……あ、あれ? ど、どうして、み、皆さん。そ、外に!?」
眼を覚まし、パチクリと瞳を瞬かせるヨイをみやり、ブルームが、そういえば、とホウキ頭を擦った。
「ヨイちゃんの事をすっかり忘れとったわ」
「え? え?」
ヨイがわけがわからないと疑問符の付いた顔を見せる。
その姿に皆がクスクスと笑顔を綻ばせた。
「ひ、酷いです! せ、説明して、ほ、欲しいのです!」
「うん、まぁそやな。て、そういえばわいらは、もう開放って事でえぇんやろ?」
ブルームが改めてジンとケネデルの二人に尋ねる。
すると――。
「我が言葉に、それ当然! とあり!」
聞き覚えのある力強い声が、地下牢にこだました。
「ひょぉ! ひょろんひょうじ!」
先ずゼンカイが声を上げ彼を振り返り、皆も後に続く。
すると逞しい体躯を誇る彼が金色の髪を揺らしながら近づいてくる。
「ラオン王子殿下、わざわざこのようなところまで来て頂けるとは」
ケネデルが恭しく頭を下げ、皆もそれに倣う。
「我が言葉に! ……本当によくやってくれた、妹のことも含めて心からの御礼を申し上げたくてな、とあり!」
その言葉に――やはり皆はクスクスと笑った。以前と変わらないその姿に安心もしたようだ。
そしてラオンは気恥ずかしそうにしながらも、今日は皆城に泊まると良い、と提案してくれた。
そして後日改めて、その功績を称える場を設けると言う。
一行には断る理由も特に見当たらなかった。わざわざこう言ってくれてるのだからと、その申し出を潔く受け、その日は王宮内で一夜を明かすのだった――。




