第一三〇話 スペシャルメニュー
「ちなみに彼女の服や料理の材料は全部、君の持ってるものから使わせてもらったよ」
ゼンカイは更にしれっと言い放った。その言葉にエビスが指をプルプルと震わせている。
「クッ! 勝手なことばかりいいやがって!」
「君がこれまでやった事を考えれば、これぐらい安いものだと思うよ。あ、1,000,000エンもお支払いありがとうね」
ウィンクを決めながら何気に料金をゲットするゼンカイ。勿論その分、さらにエビスのステータスは下がる事になる。
「す、ステータスがまた……」
「まぁそろそろ本当に覚悟決めた方が良さそうね」
「散々あたし達を辱めてくれたお礼はしないとな」
「あ、あんな事して、ぜ、絶対に、ゆ、許しません!」
ゼンカイの横にミャウ、ミルク、ヨイの三人が並んだ。
当然だが女性陣の怒りは相当なものである。
「さて。どうするのかな? と言っても。流石にもう運命は決まってるとは思うけどね」
髪を優雅に掻き揚げキラキラエフェクトをまき散らしながら、余裕の笑みで白歯がキラリ。
「ぐ、ぐふっ! ぐふふっ! 甘い甘い甘い甘い甘~~~~いぃいい!」
「うん? 君にはデザートは出してないと思うけどね?」
「はっ! 下らない事言ってるけどね! 切り札は最後までとっておくものなのさ!」
そういうが早いか、エビスはエルミール王女に腕を伸ばした。
「イケメンパスタ!」
だが、エビスの手が、エルミールの身体を掴むその前に、ゼンカイのスキルが発動。左右の手からロープのように長く丈夫なパスタが飛び出し、エビスの身体にくるくると巻きつき縛り上げた。
そしてもう一方のパスタもエルミール王女に巻き付く。しかしこちらに関しては熟れに熟れたマンゴーに手を掛けるが如く、優しくそれでいてしっかりとその身を包み込み、ゼンカイ達の前まで引き寄せられていく。
「君のような、下衆な人間の考えることは本当に判りやすいね」
ため息混じりにゼンカイが言う。
だが当のエビスは、巻き付いたソレを何とかしようと必死なようだ。
「ちっ、畜生が! な、なんだこの鬱陶しいものは! くそ! くそ!」
「悪いけど特殊な小麦粉と、究極の捏ね方で創りあげたパスタさ。そう簡単に千切れやしないよ」
エビスは、ムギィ! グギィイ! と顔を真っ赤にさせて抜けだそうと試みてるが、確かにパスタはびくともしない。
「さぁ、それじゃあ君専用に決めるよ! イケメンフルコース!」
そう叫びあげ、藻掻くエビスに駆け寄り、オードブル! とフォークをぶっ刺し、スープ! と巨大スプーンで頭を殴りつけ、メインデッシュ! とナイフで斬りつけた。と、同時にパスタも切れエビスが吹き飛ぶ。
「ぐ、がぁ、い、イテェ、畜生!」
腹部を押さえながら憎々しげにゼンカイを睨むエビス。
「中々しぶといね! でもこれで決める! 本日のスペシャル!」
そう言ってゼンカイが、パチン、と指を鳴らした。その瞬間、エビスが泡の中に閉じ込められる。
「こ、今度は何だ!」
慌てた様子で泡を叩くエビスだが、弾力性に富んでおり、全く割れそうにない。
そして、その泡の中に、ゼンカイが何気に現出させた袋の中身をぶち撒けた。
「ゴホッ! ゴホッ! な、なんだこれ! 白い粉?」
「パスタといえば小麦粉!」
朗々とゼンカイが発言し、エビスが目を丸くさせる。
「そしてイケメンと言えばキャンドル――」
髪を掻き揚げながら、ゼンカイがこれまたどこからともなく、炎の灯ったキャンドルを取り出してみせる。
「な!? 貴様何をする気だ!」
「……判らないかな? その泡の中は非常に密閉された空間。そして大量の小麦粉とキャンドルとくれば?」
「く、くれば?」
そう! とゼンカイがクルリと回転し。
「これがイケメンスペシャルメニュー!」
語気を強め、そして――その手のキャンドルを泡の中へ。
その瞬間泡の中に舞う小麦粉が燃焼し、そして――。
「華麗なる小麦粉と聖炎の輪舞曲――」
静かに呟き、軽やかな動きで身を翻したその瞬間、その背後で大爆発が起き、轟音と衝撃波が彼の横を突き抜けた。
「やったわ!」
「あぁ――流石ゼンカイ様! これなら流石に無事じゃすみませんわ!」
「あ、悪は滅びる、の、のです……」
「汚らしい屑の肉片なんか拝みたくありませんけどね」
「ゆ、勇者、さ、ま?」
ミャウ、ミルク、ヨイ、そしてちゃっかりアンミも、エビスに決められた大技に感嘆と喜びの声を漏らす。
エルミールに関しては少しだけ光の戻った瞳でゼンカイを見据え、疑問符混じりの声を発す。もしかしたら誰かと勘違いしてるのかもしれない。
そしてゼンカイは、彼女たちに応えるように、笑顔を覗かせるが――その額にはかなり汗が滲んでいた。
「ぐひゅ! ぐひゅ、ひゅぐうぅうう!」
え? とゼンカイが後ろを振り返り、彼女たちも目を見張る。
「ク、ククッ、どうしたのかな? そんな顔して……?」
煙が掻き消え、中から姿を現し声を発したのはエビスであった。
身体のあちこちに出来た痣や焦げ跡が、爆発の爪痕を感じはさせるも、両の脚に根を張り、しっかり立ち続けている。
「くそ! なんてしぶとい奴だい!」
「エビス――ゴキブリみたいな奴!」
「まさ、か、まだ立ってられる、なんて、ね……」
「……何か様子がおかしい?」
どうやらミャウは、ゼンカイの変化にいち早く気がついたようだ。
そう、彼の声はどこか辿々しく、圧倒的に有利な状態の筈なのに息も荒い。
「くひぃ! あの時拘束を解いたままだったのがまずかったねぇ。おかげでギリギリのところでデポジットして、ステータスを底上げしたよ」
エビスが口端をいやらしく歪めた。
「そ、そっかぁ。でも、アノ技は消費が激しくてね……パスタとの併用は、む、り――」
そこまで口にすると、ゼンカイがドサリと床に倒れてしまう。
「え? そんな! どうしちゃったのよ!」
「ゼ、ゼンカイ様!」
「か、回復、ま。魔法を――」
「そ、そんな、まさかアンミを助けたから?」
四人が倒れたゼンカイに駆け寄り、心配そうにその顔を覗きこむ。
「アハッ。どうやらちょっと無理しすぎたみたいだね。参ったなぁ。こんなとこで、ご、めん、ね」
最後にそう言い残し、ゼンカイがそっと目を閉じる。
「え? やだ、嘘でしょう!」
「そんな! ゼンカイ様!」
ミャウとミルクの二人が慌ててその身を起こそうとするが、次の瞬間、ゼンカイの身が淡い光に包まれた。かと思えば段々と彼の身体が縮み……。
遂には元のゼンカイの姿に戻ってしまうのだった――。




