第一二九話 幸せへのディナータイム
エビスは怒りとも戸惑いとも取れる表情を露わにしながら、ゼンカイに目を向けていた。
何せ自信の源であったステータスの数値が一気に劣化してしまったのだ。
これでは到底今のゼンカイに勝てそうにない。
「さぁ。そろそろ観念したらどうかな。まぁでもいくらイケメンの僕でも、今更許す気はないけどね」
言って髪をフヮサッと掻き上げる。サラサラヘアーにキラキラエフェクトが迸り、妙に様になっていた。
「くそ! 調子にのってるみたいだけどね! 私にはまだ奥の手がある! さぁアンミ! お前の出番だ! やれ!」
エビスが相棒のアンミに顔を向け、語気を強めて命じた。
するとアンミはユラユラと揺れ動き、そして、突如その姿を消した。
「え!? 消え――」
「ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ……呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪」
ミャウが驚き、瞬きしてる間に、アンミがゼンカイの影の中から姿を現し、その背後に立った。
「クヒッ! 影から影へ移動するアンミのスキルさ! さぁお前の得意な闇魔法でそいつを――」
「勿体無い」
ゼンカイがアンミを振り返り憐憫な瞳で彼女を見つめ、その両の手で簾のように前に垂れた彼女の黒髪を優しく包み込む。
「……はぁ?」
エビスが思わず間の抜けた声を発した。
だがゼンカイは構うこと無く、アンミの髪を手繰り寄せゆっくりと撫でてみせる。
するとアンミが不気味な呟きを止め反応する。
「……え? あ、あの――」
それはとてもか細い声ではあるが、ゼンカイの所為に戸惑っているのは判る。
そしてゼンカイは彼女の額から表情がわかるよう手櫛で髪を左右に分けた。
「うん。やっぱり可愛いよ君」
確かにゼンカイの言うように、くりくりっとした大きな瞳に小さな鼻、ぷるんとした桜色の唇と、一度顔を晒せば先ほどとは別人のような可愛らしい美少女である。
「そ、そんな。アンミはそんな、可愛いいなんて、そ、そんな事……」
両手を顎から包むように頬に添え、顔を真っ赤にさせて慌て出す。
「アンミちゃん。いい名前だね」
ニッコリとイケメンスマイル炸裂。するとポーッとした様子でアンミの大きな瞳がくるくると回り出す。
「でも今の格好はイケてないね。磨けば光るのに勿体無い! そうだ! だったら、イケメンコーディネート!」
ゼンカイが声を上げウィンクを決めたその瞬間、彼女を中心にゼンカイが忙しなく動き始め、メイクアップ、カット、ヘアメイク、ドレスアップをほんの数十秒ほどの間に済ませてしまい――。
「お待たせいたしました。お姫様」
貴婦人を出迎えるような恭しい所作で、まるで別人のような姿に変貌した彼女に頭を下げた。
「す、凄い、これがさっきの彼女?」
「あの子、こんなに可愛らしかったのかい」
「み、見違えた、よ、ようです」
ミャウ、ミルク、ヨイの三人がほぼ同時に、称えの言葉を漏らす。
そう彼女は確かに生まれ変わった。
顔全体を覆っていた黒髪は、前髪を少し残し、後は自然に背中側に流され、ゼンカイの手入れに寄って、潤いを含んだ、艶のある美しい髪にセットされている。
顔は素のままでも十分可愛らしかったが、すっぴんの良さを活かしたナチュラルメイクにより、肌の白さと柔らかさが強調されて可愛らしさに磨きがかかり。
見窄らしかった服装も、ドレスタイプのワンピースに変わっていた。清潔感のある白は今の彼女によく似合う。
「さぁ、こちらへ」
アンミの手を取り、ゼンカイは何時のまにか用意されていたテーブルに彼女を案内し、椅子を引いた。
「え、あ、あの?」
あまりに急な出来事にアンミも思考が追いついていないのか、首を忙しく動かしながら、オロオロしっぱなしである。
「大丈夫。アンミちゃんにぴったりのディナーを用意したからね」
ここで再びイケメンスマイル! 白い歯が眩しい。
そしてエビスに関しては唖然としたまま、完全に固まっている。
アンミはわけもわからないまま取り敢えず席につく。
するとゼンカイは他のメンバーの下へ瞬時に移動し、皆もお腹がすいたよね? と彼女たちも席に案内した。
「え、え~と」
「ゼ、ゼンカイ様の手料理が食べられるなんて、し・あ・わ・せ」
「ほ、本当に、い、いいのですか? こ、こんなときに?」
ゼンカイ、にこやかに微笑みつつ。
「大丈夫。イケメンディナータイムが発動中だから、食事の邪魔は誰にもさせないよ」
そう言ってゼンカイが食事の準備にとりかかる。よく見ると皆が座るテーブルの周囲はカーテン状のオーラに包まれており、その外側にいるエビスはまるで時が止まったかのようにピクリとも動かない。
そしてゼンカイは一体どこから出したかは知れないが、ミャウとミルクにはワインを、アンミとヨイにはぶどう酒をグラスに注いでテーブルに置く。
四人がなんとなく不思議そうにそれを飲んでる間に料理が運ばれ。
「先ずはオードブルのリフレッシュトマトと赤白フィッシュの微笑みジュエルです」
そう言って出されたのはトマトを器にした中に赤身と白身の魚が上手く調和して盛りつけられたものであった。オレンジ色のソースがキラリと光り、確かに宝石のような輝きを放ち微笑みの優しさを醸し出している。
「あっさりとしていて、でも濃厚で食材の旨味を十分に引き出した至高の逸品ね!」
ミャウがなんとなくそれっぽい事を言ってシェフを褒め称える。
そして次々と料理が運ばれ皆も舌鼓を打ち――。
「触手カボチャとエロウニのテリーヌ仕立て白濁ココナッツの雨模様です」
「カボチャの甘みに触手の食感。エロウニの風味が混ざり合って上から注がれた暖かい白濁ソースが見た目に綺麗……最高ですわゼンカイ様!」
ミルクが感動のあまり瞳を濡らした。
「オーク豚のマーブルステーキ脂身コンボのドラゴンフレイムです」
「こ、これ、中から、も、燃え上がるような肉汁が、しゅ、しゅご、あ、あちゅぃ、れ、れも、おいちぃ」
ホフホフしながら肉を頬張るヨイ。とても熱そうだが、迸った肉汁が口元を伝うと少しだけ卑猥さが増す。
「ユニコーンミルクの冷製アイス一角器の処女仕立てでございます」
ゼンカイの説明によると、生まれて間もないユニコーンの柔らかい角を使ってる為、器ごと食べられるらしい。
そして、そのデザートを前にして――。
「アンミ、アンミこれ以上食べられません……」
ヒック、ヒックと餌付きながら彼女が言う。
「どうしてかな?」
「アンミにはこれを、ヒック、食べる、ヒック、資格が無いからです。だってアンミは不幸でなきゃ、ヒック、いけないから。それが運命だから、ヒック、不幸でないと誰もアンミの事なんて、使ってくれない、です」
どうやらアンミは名だけのパートナーであるエビスに玩具のように扱われ、さらに彼女が不幸であるように教えこまれた事で、すっかり陰鬱な思考が染みついてしまったようだ。
「……そんなことはないよ。誰だって幸せになる権利はある。アンミちゃんだって例外じゃない」
「でも、でも……」
「それに例え他の誰もがアンミちゃんを不幸にさせようとしても、僕だけは君には幸せになる権利がある! と言い続けるよ。そして君が幸せになる努力だって惜しまない。だって僕はイケメンだからね!」
決め台詞と共にイケメンスマイル。するとアンミの両目から宝石のような雫がポロポロと流れ落ちてきた。
「アンミは、幸せになってもいいのですか?」
「勿論よアンミちゃん!」
「あたし達も協力するぜ!」
「よ、よかったら、と、友達に……」
ゼンカイだけでなく、彼女たちもアンミを受け入れると約束した。
そして、アンミは涙ながらに最後のデザートに手を付ける。
「凄く……甘くて美味しい。アンミ、幸せです――」
そして全員が料理を完食し、ディナーが終了したと同時に辺りが輝き始め――そしてテーブルも周りを覆っていたカーテンも姿を消した。
「あ、アンミ! 貴様なんだその格好は! お前は不幸でなければいけないと言っておいただろう! それがアノ方の助けにもなるんだ! さぁさっさと!」
ゼンカイ達とエビスの時間軸が重なりあった瞬間、エビスが醜悪な表情でわめき始める。
だが――。
「エビス……ヨシアス――アンミもう決めました! もうアノ方とは手を切ります! そしてあんたみたいなキモくて臭くて性格最悪の糞野郎にも協力しないです!」
握りしめた両拳を顔の前に持って行き。アンミは力の限り叫んだ。しかし言ってる事は中々の毒舌だ。
「そういう事さ。アンミちゃんは幸せになる道を選んだんだ。だからもう君のような愚か者の助けにはならない。残念だったね」
ゼンカイがきっぱりと言い切り、いよいよエビスの顔色も変わってきた。
確実に追い詰められ始めてるのは間違いなさそうだが、ゼンカイは更に彼の足元に一枚の紙を投げつける。
「こ、今度はなんだ……て、はぁ? 食事代1,000,000エン! なんで私が!」
「女の子の食事代を男が立て替えるのは当たり前だよね」
「お前ふざけんなよ!」




