第一二七話 覚醒
「うぉおぉおおおおおおおおぉお!」
ゼンカイの身体が突如発光し眩いばかりの光に広間が包まれた。
老人の身体に暴行を加え続けていた男たちは、全員吹き飛び壁に激突し、ミャウ、ミルク、ヨイを取り囲み、今まさにその熱り立った肉棒を突き立てようとしていた不埒な連中も動きを止め、光に目を細め手を翳している。
「ケホッ……何これ――」
漸く男の汚らしいモノから開放されたミャウが、軽く咳き込みながら眩しさに顔をしかめた。
「ゼ、ゼンカイさ、ま?」
ミルクも右手で顔を覆いながらも、その光景に疑問気に呟く。
「ま、眩しい、で、です……」
力のない声でヨイが囁く。男達から開放されたとはいえ、涙の跡は消えていない。
幼女にとっては、余程こわい思いだったのであろう。
そして――光が少しずつ萎んでいき――ついに完全にその現象が収まった時、光の中から現れたのは……ゼンカイでは無く、一人の青年の姿。
「な、一体なんだって言うんだ――」
上からその光景を眺めているエビスが、ワナワナと唇を震わせながら言う。
「……ゆ、ゆうしゃ、さ、ま?」
ふと、すっかり光の亡くした双眸で虚空を眺めていたエルミール王女が、その人物に反応し呟いた。
両の目も彼を捉え離さない。
「勇者だと……何を馬鹿な」
どこか悔しそうにエビスが歯噛みする。
その顔には未だ疑問符が浮かんだままだ。
だが、それは階下の者達も一緒であった。突然姿を現した男に戸惑いを隠しきれず、ざわめき始めている。
「て、てめぇ一体何者だ!」
集団の一人が、ついに耐え切れなくなったのか、声を荒らげ誰何する。
すると青年の瞳が開いた。
「……何者? 僕は……何者、そう、そうだ僕は、ジョウリキ ゼンカイ!」
その言葉に女性達は目を見開き驚きを隠せない様子だ。
「そんなあれが、お爺ちゃ、ん?」
目を瞬かせながら、ミャウがゼンカイ(?)をみやる。
その記憶では頭には一切の髪の毛など生えてはいなかった筈なのだが――今はふわっとしたウェーブの掛かった黒髪を有し、ある意味ではキモかわいいといえなくもなかった程度の顔は、細い眉と張りのある肌。
そして整った目鼻立ち。
タイプとして言うなら間違いなくイケメンといえる。
「ゼンカイ様? 嘘、そんな……」
ミルクも戸惑いを隠しきれていない。何せ常に自分を見上げ彼女にとってはマスコット的な小柄な体格であったゼンカイも、今は細い中にもどことなくがっちり感のある高身長である。
正直ミルクの愛したゼンカイとはまるで違う人物がそこに立っているのだ。
「あ、あれが、で、でも、な、なんで、あ、あんな、か――」
ヨイもまだ少し潤んだ瞳で、ゼンカイを名乗る彼に着目していた。そして、気になるのはその出で立ちであり、これには他の男共も同じ疑問を持ったようだ。
「ゼンカイ? てめぇがあのジジィだっていうのかよ! てか! それ以前にテメェはなんでそんな格好をしてやがるんだ!」
再び男の一人が叫んだ。直前までその場にいたゼンカイの姿と彼がまるで別人のようというのも勿論であるが、彼の着ている服が、およそこの場にそぐわない物である事にも疑問を感じたのであろう。
なぜなら青年はその身にコックコート……料理人が着るような格好をしていたからである。
「……僕がなんでこんな格好をしているか? フッ、そんなのは聞くまでもないね」
青年はそう言って自らの髪を掻きあげた。なぜかは判らないが、髪が揺れると同時にキラキラしたエフェクトが宙を舞う。
そして青年は彼らをしっかり見据えながら宣言する。
「だって僕は、イケメンッ! だからね!」
言って青年がニッコリとスマイルを決めた。汚れ一つ無い真っ白な歯がキラリと光る。
勿論それは入れ歯ではない。
そして、皆の時が一瞬止まった。
「……え? イケ、え?」
ミャウもどうやら戸惑っているようだ。
「な、何わけのわかんねぇ事いってんだテメェは!」
男の声にイケメンは顎に指を添え、う~ん、と唸ってみせた後。
「そう言われても……まぁそうだね。敢えて詳しく言うなら僕はイタリアン料理のシェフ、ジョウリキ ゼンカイとも言えるけどね。ただイマイチ記憶がはっきりしないんだよねぇ――」
そう言って天井を見るようにしながら小首を傾げた。
だが彼の話を聞く限り、ゼンカイその人である事は間違いなさそうであり。
「ただ――」
目を伏せ、一言呟く。そして突如目つきを鋭くさせエビスの手下達を見回しながら口を開く。
「彼女達が、ミャウちゃん、ミルクちゃん、ヨイちゃんなのは判るし、そして僕にとって大事な人である事も判るよ。そして――」
空気が変わる。人の良さそうな笑みは残したままであるが、そこに漂うは紛うことなき怒り。
「君たちが僕の大切な彼女たちに酷いことをしたというのもね。それは、絶対に許せないことさ」
そう言って、イケメンに変化したゼンカイが一歩踏み出す。
「な、なんだとテメェ! やる、え?」
男共が眼を見張った。なぜなら既にそこにゼンカイの姿は無かったからだ。
そして――。
「イケメンフォーク!」
その声は彼女たちを取り囲む男共のすぐ横から聞こえてきた。
ハッとした表情で男たちが声の方を振り返る。
「な、いつの間に! てか、お前それフォークってよりトライデントじゃねぇか!」
「君たちがなんと言おうと僕がそういえばこれはフォーク!」
ゼンカイ。中々強引である。
「そして、君たちのような薄汚れたばい菌が,
大事な淑女達の側にいるのを僕は許さない!」
怒気の篭った声で言い放ち、ゼンカイが素早くフォークを引く。
「イケメーンスピア!」
「て、お前スピアって言ってんじゃ、ぐぇ!」
ツッコミを入れる男の脇腹に、容赦なくゼンカイのフォークが突き刺さり、更に反対側に貫通し次々と周りの男達を貫いていく。
腹を抉られ、腰を引き裂かれ、肛門から口まで串刺しにされた男共は当然息の根などあるわけもなく、さながら汚らしいバーベキューの具材と言ったところか。
「な、なんだこいつ! 一瞬であんなに全員!」
「てか、見た目と違って、あ、あぶねぇ――」
ゼンカイはゆらりとその身を翻し、しかしニコニコとした笑みは絶やさない。
だが、この状況では男共からしてみれば、ただただ不気味さが増すだけである。
「こんな材料じゃとてもいい料理は期待できないね。もちろん、君たちもだけど――」
言ってゼンカイはフォークに突き刺さった屑肉を捨て去り、その得物を消し去った後、イケメンナイフ! と叫び上げる。
「な、ナイフってだからそれは、既にグレートソードみたいなもの――」
「だから僕がいえば、これはナイフ! さぁ! 君たちはもう皆の前から消え去れ! イケメン千人斬り!」
叫びあげゼンカイが目にも留まらぬ早さで、男共の間を駆け抜け、すれ違いざまにナイフを振るった。
一閃一閃ごとに男たちの絶叫がその広間にこだまし、首を跳ね、腕が飛び、肉片が舞う。
あまりの出来事に、俯瞰しているエビスも口を半開きにしたまま言葉が出ないようだ。
そしてあっという間にほぼ全員が絶命し、解体された肉体が床に転がる。
だがゼンカイはそれでも納得しきれていないようで。
「イケメーン微塵切り!」
再び技名を叫ぶと、ゼンカイがナイフを振るう度に転がった肉片が更に骨ごと細かく切り刻まれていき、ついには粉末状にまで変わり果て影も形もなくなった。
残ったのは、元の黄金など微塵も感じられないほど、床を紅く染めた鮮血だけである。
「僕は女性の敵は許さない! イケメンだからね!」
そんなセリフを吐きながらゼンカイはクルリと身を反転させる。
すると部屋の端で静観を決め込んでいたブラックの身体がビクリと震えた。
「ちょ! ちょっと待ってよ、ヒッ!」
瞬時にして目の前に迫ったゼンカイに、ブラックは驚きを隠し切れてない。
「い、嫌だなぁ落ち着いてくれよ。ほ、ほら僕は彼女たちに手を出してないよ? だってほら、僕も君と同じくイケメンだからね」
「……イケメン?」
疑問符混じりにゼンカイが問う。
「そ、そうだよ。ほら僕達イケメン同士、仲良く出来ると思うんだぁ」
ゼンカイが顎に指を添え、彼の顔をマジマジと見つめる。
「確かに、顔はイケメンだね」
「そ! そうだろ! だからさぁ。ここは」
「でも」
ブラックの喋る途中に、言を割りこませ。
「君は心はイケてない。だったらその顔は心に合わせるべきだ」
「……え? 何いって――」
「イケメンバーナー!」
ゼンカイ再びスキル発動。炎に包まれた右手で、ブラックの顔を鷲掴みにする。
「ひぎぃいいぃいいい! 熱い! 熱い熱い熱い熱い熱いぃいい! 焼けるゥゥううう!」
その顔からジューッ、という肉と皮膚の焼ける音がした。ブラックからゼンカイが右手を放すとその顔は焼けただれ、二目と見られない物に変わり果てていた。
そして完全に気を失ってしまった彼は、そのまま床に崩れ落ちた。
「手を出さなかったことに免じて命だけは助けてあげるよ。僕は、イケメンだからね」
そう言い残して今度は瞬時に彼女達の側に移動する。
広間ではブラックも気を失い、彼女達に手を出そうとした野獣たちも誰一人残っていない。
「あ、え、え~と、本当におじいちゃ、ん!」
問いかけようとしたミャウの唇をゼンカイの人差し指が塞いだ。
そしてニッコリと微笑みながら、イケメンリフレッシュ、と呟く。
すると、ミャウの両頬がプクリと膨らんだ。
「大丈夫。口の中がスッキリする水だよ。それで嗽してみて」
その言葉にミャウは頬をクチュクチュと動かし、そして口の中の水を床に吐き捨てた。
「それじゃあ――」
言ってゼンカイが立ち上がり、イケメーンシャワー、と両手を広げた。
するとどこからともなく清らかな水が文字通りシャワーのように降り注ぎ、彼女たちの身体を清め、床を汚してた血や肉骨粉も洗い流していく。
こうしてすっかり綺麗になった床は再び黄金の輝きを取り戻す。
「うん。これで綺麗になったね。僕は料理人としての後片付けも忘れない! だって僕はイケメンだからね!」
ゼンカイが振り返り様にキメ顔スマイルを見せ、白い歯を覗かせた。
正直言ってる事はわけが判らないが、ミャウもミルクもヨイも、その両頬を紅く染めている。
「あ、あの。貴方は本当にゼンカイ様なのですか?」
ミルクがミャウの疑問を引き継ぐように尋ねる。
「……それは間違いないよ。ただ恐らく僕は君たちの知ってるゼンカイとは少し違ってるんだろうね。それは何となくわかるんだ」
若干寂しそうにそう答える。確かにこの変化は凄まじく、とても少しで済まされるようなものではないだろう。
「だけど僕自身は前の姿がどんなものだったかもわからないんだ。――ごめんね」
「そ、そんな! おじい、え~と、ゼンカイ、さんが謝る必要ないですよ!」
突然の変化にミャウもどう対応していいか判らない様子だ。
「違うんだ……確かに元の姿も思い出せない僕だけどはっきりしている記憶もある。僕は君たちを救いたかった――だけど、もっと早く姿を現せられればひどい目に合わせなくて済んだのに……」
「ゼンカイ様……」
「ゼ、ゼンカイ、さ、さん」
落ち込んだ様子を見せたゼンカイを目にしたミルクとヨイが眉を落とし呟く。が、その時。
「いい加減下らない話はそこまでにしておくんだな! 屑が!」
上から降り注いてきた汚らしい言葉にゼンカイの表情が変わる。
「どうやら僕にはまだやることが残ってるようだね。それに麗しい淑女にいつまでも裸体を晒させておくわけにはいかない。だって僕は、イケメンだから、ね!」
そう宣言し、ゼンカイは声の方を振り返り、顔を限界まで歪ませたエビスを睨めつけた――。




