第一二二話 金の正体とバンク
空腹の狼達が、久方ぶりの餌にでもありつけたかのように、男たちの有り様は狂気じみていた。
降り注ぐ金という金に目を乱々と輝かせ、手を伸ばし奪い合う。
それを何故かエビスは楽しそうに見ている。その目的がどこにあるのか、一行に知る由もない。
ただ一人ミャウだけは、一枚の紙幣を眺めながら何かを考察するように顎に指を添えた。
「さぁお前たち。金に夢中になるのはいいけどねぇ、目的を忘れちゃ駄目だよぉ。よくみてみなよぉ、今この場には金も女もある。お前たちの欲望のはけ口が転がってるんだ。金はいくらでもやろう。いくらでも降らせよう。だが、今以上に裕福になりたければ、容赦なくその女共を襲え! 汚せ! 貪り尽くせ! 欲望に欲望を重ねてみせろ!」
エビスの発言はあまりに薄汚れており、愚劣でもあったが、その口ぶりは至極朗々としていた。
そしてその発言が、今の今まで戦意を喪失していた男共の目に再び狂気を蘇らせた。
「この、女どもを自由にできる上……」
「金まで手に入るんだ――」
「やらない手は……」
ギラギラとした野獣の瞳には、先ほととは違う凄みが感じられた。
その姿にミルクの表情が変わる。
「ふん! 成る程ね。金の力って奴かい? でも所詮雑魚は雑魚だよ!」
「その通りじゃ。じゃがヨイちゃんはわしの後ろにしっかり付いとるのじゃぞ」
獣の唸りを上げながら、ジリジリと近づいてくる男達に、ゼンカイの表情も真剣味を増す。
が、その時。
「ばっかじゃないの」
ミャウが呆れたようにいい、そして手に持っていた一枚の紙幣を、集団の中に投げ入れた。
その瞬間に再び男たちが一枚の紙幣に群がる。だが、ミャウは目を細めながら、可哀想な者を見るような表情でそれをみやり言う。
「本当お金に踊らされて馬鹿みたい。どうせそんなのすぐに使えなくなるってのに」
ミャウがしっかり皆の耳に届くよう声を大にして言う。
すると、周囲の男たちの動きがピタリと止まった。
「つかえ、なく、なる?」
「おいねぇちゃん! デタラメ言ってんじゃねぇぞ!」
「そうだ、金が使えなくなるわけねぇだろ! ふざけたことぬかしやがって!」
「ふん。貴方達こそお目出度すぎるわよ、そんな偽物掴まされて喜んじゃってね」
男共の声にミャウが腕を組み返す。それを聞き、にせ、もの? とエビスの手下たちがざわつき始めた。
「そう。私は仲間から聞いたわ。エビスというのはチート持ちの男で、自由に金を生み出すと。だから多分あのバックがチートで創りあげたものの筈よ。そこから幾らでも紙幣が出てくるとなったら、アイツの能力はお金の偽物を創りだすとしか考えられないわ」
指を上下に振りながら、ミャウが周囲の男たちに知らしめるよう言を紡いでいく。
「つまりその紙幣は王国がわからしてみれば完全に偽札。そんなのは近いうちにすぐバレるわよ。本物の紙幣には魔印が所々に打ってあって、それで本物か偽物かを識別出来るようになってるしね」
ミャウの説明に男共の顔がポカーンとした物に変わった。飢えた獣のような鋭さは既に無い。
「さぁ! どう! 図星でしょう! ふん。それにしてもこんな力だなんてね、言っておくけど偽札の作成は王国じゃ重罪よ!」
ミャウがエビスに指を突き刺しキッパリと言い切った。するとエビスが顔を伏せ、ワナワナと震え始める。
「お、おいボスどういうこった!」
「つまり俺達に寄越してた金も全て偽物だったって事か!」
「そうなったら流石に話が――」
手下たちがエビスに向かって声を荒らげた。彼らも結局はエビスに金で雇われているような輩なのだろう。
そういう奴等は金での結びつきがなくなれば例え主だろうと容赦なく切り捨てる。
ただでさえ男たちは四人の腕に恐れ戦いていたのだ、こうなっては最早――。
「ぐふっ、ぐふ、ぐふ、ぐふふふふふふぅううふうう! ぎゃ~っはっはっはっはぁああぁあ! いやぁ君面白いねぇ~中々の迷推理だよぉ~でもねぇ、ざんね~ん。この紙幣は正真正銘本物さぁ」
は? はぁ? とミャウが目を皿のようにさせ、そして反論する。
「そんな筈無いじゃない! その力で創りあげた紙幣なら! あんたが何を言おうが偽物――」
「誰がお金を創りだしたなんて言ったのかなぁ?」
え? とミャウが目を瞬かせる。
「ぐふぅ。どうやら君は私のこのバックを見てそう思ったのだろうけど、ざんね~ん。しょうがないな、教えてあげるよ。私の過度な裕福の罪を元に手に入れた能力は【バンク】。何種類化の効果を持った複合チートさぁ」
「バン、ク……?」
ミャウがその言葉を呟くように復唱した。
「そうさ。そして今してみせたのはウィズドロー。これは私の希望した額を、指定した範囲内から徴収し、文字通り引き出す力なのさ」
得々とエビスが話してみせる。
「指定した……徴収、て! あぁ! もしかして王都で発生してる謎の泥棒騒ぎってあんたね!」
ミャウが何かを思い出したように叫ぶ。確かに王都では唐突に金品が奪われるという事件が発生し、盗賊による仕業と疑われていたのだが。
「あんた偽造じゃなくてもそれ普通に窃盗じゃない! それだって十分に罪になるわよ!」
再び指を突き刺し怒鳴るミャウだが、エビスは一瞬目を丸めた後、クヒッ、ヒィ――と不気味な引き笑いをみせる。
「窃盗? それがどうしたのかなぁ? ここはアルカトライズ。盗賊家業なんかが普通に行われてる街だよぉ? 他人の財を盗むなんて日常茶飯事的に行われてる事さぁ。それにね私の力は広い範囲で少しずつ徴収している、犯人探しをしたところでそうそう私にたどり着かないさ」
「少しずつだからって……」
「何じゃ? 現金玉でも作る気かのう?」
「何いってんのお爺ちゃん?」
ゼンカイのボケにミャウが気づく筈もなかったのだ。
「……まぁ現金玉みたいのは作れないけどね」
どうやらエビスはボケにきづいたらしい。さすが同じ転生者だけはある。
「どっちにしても私が聞いたからにはもう言い逃れは出来ないわよ! て、王女の誘拐ってだけで十分な罪だけどね!」
ミャウがビシッと指を突きつけ言い放つ。
「言い逃れ? それ以前の問題さ。ここまで聞いた君達を私が逃すわけ無いだろ? まぁでも安心してよぉ。そこのジジィ以外は、暫くは楽しませてあげるから」
クヒュッ! と薄気味悪い笑みを浮かべ、そして下の手下を見回す。
「……とは言え、君の余計な話で、皆の気が一旦削がれたのは確かだね。そこだけは流石と褒めておこうか。だから、見せてあげるよ、私の更なる力をね」
「更なる力?」
「ふん! どうせハッタリなのじゃ!」
「そうですわゼンカイ様。あのような下衆が何をしようと恐れるに足りません!」
「で、でも、な、なんか。ぶ、不気味です!」
四人の声を受けエビスはニヤリと唇を歪める。
「さて、それじゃあ先ずは、そこの黄金から頂いておくとしようかな……デポジット!」
エビスが声を上げ、バッグの口を大きく広げた。
すると、ゴルベルスの黄金像が浮き上がり、勢い良くその口の中に吸い込まれていく。
「な!?」
ミャウを含めた四人が、驚きのあまりあんぐりと口を広げた。
アイテムボックスに収める事さえ困難な巨大な像を、一瞬にしてバッグの中に入れてしまったのだ。
驚くのも無理は無いといったところか。
「くふふ、かなりビックリしたみたいだねぇ。でもこれだけじゃないよ!」
語気を強め、エビスは今度は先ほどと同じようにバッグから紙幣を取り出し、そしてそれを再びその中に預金した。
「……像の事は兎も角、自分で出したお金をまたソレに戻してどうしようってのよ?」
表情を戻し、ミャウが怪訝そうに尋ねた。
「ククッ、私のデポジットはね。預金すればするほど自分の能力値にプラスしていく力なのさ。だから私のレベル自体は精々33程度でしかないけどねぇ、ステータス的には軽くレベル100を超えるぐらいの力があるんだよねぇ」
その言葉に一行が目を見張った。よもやこの男がレベル100超えとは……思いがけない真実である。
「だけどねぇ、私がわざわざ手をだす事はないよ。そんな事しなくても……グフフッ、さて、次に披露するは私の最後の力さぁ」
「最後の? まだ何かあるって言うの!」
ミャウが右手を横に振るい叫びあげる。
「だ、大丈夫じゃ! 今度こそハッタリに決まっておるわい!」
握りこぶしを前に突き出し、ゼンカイも語気を強め言う。だが――。
「……言っておくけどねぇ。この最後の力はジジィ、てめぇに関係してる事なんだよ!」
エビスの口調が突如豹変する。声が一気に低くなり、脅しつけるようなドスの効いたものに変わった。
そしてその言葉に、わ、わしじゃと? とゼンカイが両目をパチクリさせて立ち竦んだ……。




