第一二〇話 魔獣ゴルベロス
扉が開かれた事で、六つ目にも見えた巨大な影が、冒険者たちの待つ舞台に姿を現した。
ソレは顎門が前に突き出た生物で、上顎の両端からは長く内側に湾曲した牙を生やしていた。
その見た目は狼に近く、顎の先端に鼻が備わっているようで、先程からヒクヒクと動かし続けている。
双眸はナイフのように鋭く、一部の頭は一行を今にも跳びかかってきそうな飢えた瞳で見下ろしてきている。
その数は一つの頭に付き左右一つずつではあるが、この化け物は胴体からは太く逞しい四肢とは別に、真ん中と左右に首と頭が一つずつ、つまり一つの身体に頭が三つあった。
全長は七~八メートルクラスで、高さも三メートル以上はある。ドラゴン程ではなくても、かなり巨大な部類に入るのは間違いないだろう。
しかし、一行はソレとはまた別の特徴にも目を奪われているようだった。
何故かというと、この化け物は全身に生える毛がいや、牙さえも黄金色であったからだ。
「これってケルベロス? でも頭の数も多いし……それに金色って――」
ミャウが考察するようにしながら疑問混じりの声を発する。
「あっはぁあぁ! 中々いい線いってるよぉお~。確かにそれの元はケルベロスさ。それをオボタカちゃんに頼んで僕好みに改造してもらったんだよねぇ~」
両手をどうだと言わんばかりに広げ、エビスが自慢気に話す。
「ケルベロス? 改造?」
「むぅ、これだけ金ピカじゃと、素材もそうとう高価なものが取れそうじゃのう」
ミルクが疑問の言葉を述べ、ゼンカイは少ない頭で皮算用を始める。
「てかオボタカって確か七つの大罪の力を持ってるって言うのの一人よね?」
「は、はい! ブ、ブルームさんが、い、一度あったと、い、言ってました」
「いろいろ話してるところ悪いけどねぇ~」
一行の話を中断するように、上からエビスの声が降り注いだ。
「こっちも実践で試すのは初めてだから、とっとと見てみたいんだ~ちなみにそのペットの名前はゴルベロス。レベルは……70だよ! さぁあまりあっさり死なないでくれよ~、やれ! ゴルベロス!」
エビスがそう命じると、檻から放たれた魔獣が、待ってましたと言わんばかりに冒険者達に飛びかかる。
「チッ!」
「ミルク! ヨイちゃんを守って上げて! そして出来るだけ散開して戦おう!」
言いながらミャウが回避行動に走り、ミルクもヨイを一旦持ち上げ、力強く後方に飛び跳ねた。
ゼンカイも、やられはせんぞ! と叫び上げながら、飛びかかってきたゴルベロスの下をゴロゴロと転がりながらくぐり抜ける。
ズシャァァーー! と地を滑る音。そして着地した魔獣の牙は、先ずは目の前のミルク達に狙いを定めた。
低い軌道で跳躍し大口を開け、二人纏めて喰らいつこうというのだ。
多量の涎を迸らせながら、床ごと貪る勢いで、その牙が迫り来る。
だがミルクはヨイを背中に回した状態で横に飛び退いた。歯と歯のぶつかりあう音だけが耳に届く。
「はん! レベルが高かろうが攻撃を喰らわなきゃ――」
ミルクがそう強気な発言をこぼした直後、ブン! という重苦しい風切音と共にその身が吹き飛ばされた。
避けたミルクに、魔獣の前肢が振られたのだ。その太さはまるで巨大な丸太だ。
彼女の身体はまるで小さな小石でも蹴飛ばしたがごとく、勢い良く吹き飛び床に強く叩きつけられた。
「ミルクちゃんや!」
思わずゼンカイが叫んだ。心配する気持ちが強いのか心痛な面持ちでそちらに目を向けているが。
「お爺ちゃん! ミルクならアレぐらい大丈夫よ! それより油断しないで!」
そう忠告しつつ、ミャウはヨイ目掛け跳ねるように突き進んでいた。
ミルクが攻撃をくらい吹き飛ばされた事で、完全に無防備な状態に陥っているからだ。
「あ、あ――」
震えるヨイを見下ろし、三つの頭が同時に長い舌を唇に這わせた。
そして、ガァアァア! 吠えあげ、か弱い幼女にその牙を伸ばす。
「【サンダーブレイク】!」
魔獣の背後からミャウがスキルを発動させた。刃に付与した雷の力が発動したのだ。
ミャウのもつヴァルーンソードから稲妻が迸り、斬りつけると同時に何本もの雷槌がゴルベロスの身体を跳ねまわる。
「ヴ、ギャガギャァアァアア!」
魔獣は上半身を仰け反らすようにしながら、苦しみに悶た。
その隙に、ミャウがヨイの下へ着地し、抱きかかえ、同時に付与させていた風の力で一気に跳躍し、距離を取った。
「わしも負けてられんぞ! ねぜはじゃぁ!」
グルゥ、と唸りながら首を振る魔獣目掛け、炎に包まれたゼンカイの入れ歯が突き進み、そして頭の一つの横っ面にその跡を刻んだ。
その一撃により、魔獣の四肢が浮き上がり、そして傾倒した。
ズシーン! と重々しい響きが各人の耳朶に届き、軽く床が振動する。
「やったのじゃああぁああ!」
戻ってきた入れ歯を口に含み、ゼンカイが勝利の雄叫びを上げた。腰を前後左右に振りながら喜びのダンスを披露している。
「お爺ちゃん油断しないで! まだ生きているわよ!」
ミャウの指摘に、ピタリとゼンカイが動きを止めた。
と、同時に魔獣がムクリと起き上がりだす。
その瞳は怒りに燃えていた。
「ミルク大丈夫?」
「あぁ。でも我ながら情けないねぇ」
首を振りながらミルクが立ち上がり、悔しそうに歯噛みした。
「むぅ! 何じゃ!」
ゼンカイが何かに気づいたのか、声を上げ、眉を顰めた。
「これは、なにか来るわね――」
ミャウとミルクもそれに目を向け、そして身構えた。
ゴルベロスの三つの口からは身体の色と同じ黄金の光が漏れていた。
そして目標を定めるように其々の首が動き、そしてその口を大きく広げる。
刹那――金色に輝く多量の息吹が四人に向け吐出された。
ゴオォオォオオ――と大気をかき回しながら、突き進む。
だが、手練の冒険者達はその息吹をすんでのところで躱した。
しかし、直後、ひぃいいぃいいい、という恐れ戦く声がミャウの耳に届く。
躱しながらもミャウが首を声のする方へ向けると、そこはミャウたちが入ってきた入り口があり、格子の隙間をあの黄金の息吹が突き抜け、裏切り者のギリとモンを襲ったのだ。
黄金の息吹が完全に収まると、その中から現出したのは、黄金の像に成り果てた二人の姿であった。
な!? と思わず絶句するミャウだが、頭上から醜悪な笑い声が降り注ぐ。
「ギャァアアッハァアア! どうだい私のペットのゴールデンブレスは! それを食らうとねぇ。どんな生物でも私の大好きな金に姿を変えるんだよぉぉお。素晴らしいだろう? 最高だろうぅうぅう!」
歓喜とも狂気ともとれるエビスの叫びを聞きながら、ミャウは像と化した二人に目を向け憂いだ、
裏切り者の彼らは正直自業自得とも言えるが、それでも僅かな間とはいえ仲間だった二人である。
「ちょっとあんた! 仲間がこんな目にあって他に言うことはないの!」
瞳を尖らせ、ミャウが怒気の篭った声をエビスにぶつけた。
が、エビスは顔を眇め不可解そうに口を開く。
「仲間? 確かにふたりとも私に寝返ってくれたけどねぇ。私にとっては駒みたいなものさ。使い捨てのねぇ。大体こんなことでヤラれてしまうなら使い物にならないしね。余計な出費を抑える事が出来てむしろ喜ばしいよ」
ミャウの眉間に深いシワが刻まれる。ミルクの瞳は忌々しげに尖り、ヨイでさえもムッとしたように口を結んだ。
「全く、本当に最低な奴みたいじゃのう。おかげで容赦なくぶっ飛ばせそうじゃわい」
ゼンカイもエビスの醜悪な顔を見上げながら、不愉快を露わにした表情で言い切った。
「ふん! クソジジィが! 私をぶっ飛ばす? あははぁあ! その前にまず目の前の相手をどうするか考えるんだね! まぁいつまでもゴールデンブレスから逃げきれるとは思えないけどね! でも安心してよ。三人の女は私の部屋でオブジェとして飾ってあげるからね。ジジィはゴミとして捨てるがな!」
どうやらゼンカイは相当エビスに嫌われたようだ。
「どんな生物でも金に……」
ミャウはひとりつぶやくと、ハッとした顔でゴルベロスをみた。
そして、皆! と声を張り上げ何かを手で示す。
「ふん! 何を企んでるか知らないけど無駄なことさ! さぁやってしまえゴルベロス!」
エビスの命令で魔獣が吠えあげ、そして再び黄金化の息吹を立ち向かう冒険者達に向け吐き出した。
だが、四人はそれを躱しながら部屋の中を駆けまわる。
だが三つの首から発せられるゴールデンブレスによって、少しずつお互いの距離が縮まっていき……遂には四人が壁際に追い詰められた。
「あっはっはっははぁあぁあ! いよいよ年貢の納め時だねぇ。そこまでいったらもう終わり! ジ・エンドだね!」
腹を抱え愉快そうに笑うエビス。既に勝利を確信したような顔で、四人を見下ろした。
だが、今まさにゴルベロスの三つ首から一斉に黄金化の息吹が発射されようとしてる直前、互いが顔を見合わせ頷きあった。
「サンダーブレード解除! ウィンドブレード! 追加!」
ミャウがスキルを発動し、その直後ヨイを抱えたミルクとゼンカイが左右に散った。
だがミャウはその場に立ち尽くしたままで、三つの首から同時に吐かれたゴールデンブレスは淀みなくミャウに襲いかかる。
「仲間一人を犠牲に自分達だけ助かるってかい? いやいや、いい手だと思うよ! じゃあとりあえず猫耳黄金像の完成かなぁ~」
エビスが心の捻れた歪みを表情にあらわすが、その黄金化の息吹がミャウの身体を包み込もうとしたその時。
「ハリケーンブレイク!」
張り上げた声と共にミャウの周囲に激しい風が吹き荒れ中心へと集まっていく。
この効果によって魔獣の息吹もミャウの身体に触れることなく、その嵐にも近い風に巻き込まれその周りを回転する。
「な、た、竜巻だと……」
エビスが驚愕の表情で呟いた。
その言葉の通りミャウを中心に激しい竜巻が起こり、天井近くまで巻き上がっていく。
「これは中々の絶景じゃのう」
「えぇ。綺麗ですわね」
「す、凄い……」
三人が感嘆の声を上げながらその光景に見とれていた。ゴルベロスの放ったゴールデンブレスを巻き上げる事で、ミャウが起こした竜巻は黄金色に染まり上がっている。
「さぁ! 決めるわよ!」
叫びあげ、ミャウが風の付与を二重に重ねたその剣を、ゴルベロスの居る方向目掛け振るった。勿論位置的には刃の届く間合いではないが、その斬撃に反応するように黄金色の竜巻が唸りを上げ、まるで獲物を狙う巨大な大蛇の如く、首を擡げ、魔獣ゴルベロスの身体に降り注ぐ。
「グ、グガァアアァアァアァア!」
黄金の竜巻に飲み込まれ、断末魔の悲鳴が辺りに鳴り響いた。
そして、ミャウの放った竜巻が完全に消え去ったその場には、黄金の毛並みを持つ魔獣から、黄金の身体へと変化した魔獣ゴルベロスの像が出来上がっていたのだった――。




