第一一六話 レッサーデーモンとの戦い
「レッサーデーモン……」
ブルームの発言をミャウが繰り返した。
格子の先に見えるは、彼のいう魔物が二体。左右に分かれ扉の前を守っていた。
レッサーデーモンは紅い皮膚を持ち、背中には蝙蝠のような皮膜を生やし、湾曲した野太い角を頭から二本伸ばした悪魔系の魔物である。
魔物は丸みを持った顔に口からは数本の牙も生やしている。身体はとても雄々しく、活火山の如く隆起した筋肉には血管が波打ち、今にも噴火してしまいそうな程である。
この悪魔に流れる血が人と同じ赤であっても、それはきっとマグマの如き熱を持ってその内を巡っているのだろう。
「あいつらはこっちで何とかするしか無いのかのう?」
「へい! ここは常にアレが見張ってるので……」
ほうか、とブルームが顎を擦った。
「レ、レッサー、デ、デーモンがいるって事は、も、もしかして?」
「あぁそやな。【デビルサモナー】が、どっかに潜んどるっちゅう事やろ」
「だとしたら、召喚者倒さないと意味が無いんじゃない?」
「いえ。召喚者は近くにはいないはずです。なので倒してすぐに別なのが現れるという可能性は低いかと……」
ギルが声を潜めて言った。
「デビルサモナーちゅうのは強いのかのう?」
ゼンカイが首を軽く傾けながら尋ねる。
「ジョブとしては闇ジョブの四次職やからな。ただ召喚者本体が強いわけやない。召喚する悪魔が厄介やちゅう話や」
成る程のう、とゼンカイが納得を示すが。
「あの魔物で、レベル40ぐらいかい確か?」
ミルクが確認するように口を開く。
「やな。まあ言うても倒すだけならそれほど問題はないやろ」
ブルームの軽い発言に、ミャウが顔を顰めた。
「そんな単純じゃないんじゃない? 第一あまり派手にやったら潜入がバレちゃうじゃない。少ないと言っても見張りは他にもいるんでしょ?」
「はい。外と中を守ってるのが。レッサーデーモンがいるのでここはあまり顔出しませんが、何かあれば駆けつけてくるでしょう」
「そうよね……こういう時ヒカルがいれば良かったんだけど……」
「なんでだい?」
ミルクが眉を押し上げるようにしながら問う。
「ヒカルなら【サイレント】の魔法が使えたからね。あいつぐらいの力なら、部屋全体の音が外に漏れないよう遮断出来ただろうし」
「ほうほう。やはり魔法は便利なものじゃのう」
ミャウの言葉にゼンカイが感心したように頷いた。だが、そのヒカルも今はいない。
「大丈夫や」
え? とミャウがブルームを振り向く。
「これがあるからのう」
言ってブルームが一つの玉を取り出す。
「何それ?」
「サイレントボムや。これを投げ込めば少なくともこの部屋の中で暴れても音は漏れへん」
その説明にミャウが額を押さえ溜め息を付いた。
「そういうのがあるなら早く言いなよ。もう」
カッカッカ、とブルームが笑い。
「せやけどな。これは発動してから10分しか持たへん。一個しかないしのう」
玉を手の中で弄びながらブルームが言う。
「10分……」
考察するようにミャウが顎を押さえ視線を軽く下げる。
「フンッ! 問題ないだろ? 10分もあるんだ」
ミルクは自分に任せろと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「わ、私も、あ、悪魔系になら、つ、使えるスキル、あ、あります」
プリーストであるヨイは、祈りの力で悪魔が持つ能力を抑える事が可能なようだ。
「やったら、まずここを開けて、わいがコレを放り込んでヨイちゃんと広間に飛び込む。ヨイちゃんにはそのまま離れた場所で祈っててもらい、続いてあんさんらも来てくれや。そして一気に叩くで!」
ブルームの提案に意を唱えるものはいなかった。
「ほな、行くで!」
言ってブルームが格子を開け、眼下に見える床に魔道具であるサイレントボムを叩きつけた。
その瞬間空気の波のようなものが放射状に広がり、心なしか静けさが増した気がした。
そして先ずブルームが飛び降り、そして綺麗に床に着地を決め、両手を広げた。
直後にヨイの小さな身体が降って来たため、ブルームが見事受け止めお姫様抱っこのような状態になる。
それにヨイは頬を紅くさせたが、余韻に浸っている暇はない。
ブルームの手を離れヨイがすぐさまレッサーデーモンとは逆方向に走って行く。
その時には、二体の赤色の悪魔も侵入者に気づき、天井に向かって叫びあげた。
魔道具の力がなければその声だけでも、見張りに気づかれていた事だろう。
だがその声が外に漏れる事はなかった。
道具に込められた風の魔法の力で、部屋の中以外は完全に音が遮断されているからだ。
しかし効果は10分間。のんびりしている暇はない。続いて三回着地の音が広間に響いた。
ミャウ、ミルク、ゼンカイの三人も天井裏から広間に場所を移したのである。
そして着地するなりブルームを含めた四人が、弾けるように動いた。
ミャウと共にブルームが、ゼンカイとミルクがそれぞれ一体ずつレッサーデーモンを相手する形をとっている。
そして更に案内役だった三人も着地を決め、彼らに関してはヨイの前に移動した。彼女の身を守る役目を担うためだ。
「グウゥウウォオオ……」
ふと、二体のレッサーデーモンが苦しそうに呻きだした。
後方では床に跪き、祈りを捧げ続けるヨイの姿。
どうやらそのヨイの祈りが効いているようである。
「よっしゃ! ナイスやヨイちゃん!」
言いつつブルームがクロスボウの矢をレッサーデーモンめがけ連写する。
その間にミャウは武器に聖と光の属性を付与した。
これによりレッサーデーモンに与えるダメージは相当に増大する。
「ゼンカイ様! あたし達も!」
「当然じゃ!」
声を張り上げ、左右に分かれた二人が、Vの字を描くようにレッサーデーモンめがけ突っかかる。
だが、敵もそう安々とやられてくれるわけもない。祈りの効果で怯んではいるが、戦意を失っているわけではないのだ。
レッサーデーモンが両手を胸の前で合わせ、そして手の中に空間を作り出す。
その空間内に炎の玉が浮かび上がり、そして握り拳二つ分ほどの大きさまで膨張した。
「ギシャアァアァ!」
叫びあげ、レッサーデーモンがミルクめがけ炎の弾丸を投げつける。
放たれたのは地獄の炎。生まれた灼熱の弾丸は、ソレ自体が意志を持ち敵に襲いかかる。
「ミルクちゃんや!」
思わずゼンカイが叫んだ。だが、ミルクは現出させた大斧を構え、薄い笑みを浮かべる、
襲いかかる炎が、その口を大きく広げた。意志を持った炎弾が、ミルクの身体にそのまま喰らいつこうというのである。
「うぉおおぉおおおぉおっらぁあぁ!」
魔獣の咆哮にも似た叫びを上げ、僅かに横に身体をずらしつつ、その斧を、広げられた灼熱の大口めがけて振りぬいた。
地獄の炎に対して本来このような所為は無謀とも言えるが、ミルクに躊躇っている様子などなく、また斧が途中で溶けることも、動きが止まることもなく、ありえないほどの力任せの一撃で、見事炎の弾丸を真っ二つに切り裂いた。
ジュウウゥウゥウウ――という鋼鉄の焼けるような音だけが、彼女の耳朶を刺激する。
しかし、彼女はそこで動きを留めることもなく、素早くレッサーデーモンの近くまで駆け進み、そして大きく息を吸った。
「【テラーハウリング】!」
スキルを発動させ、耳を劈くような雄叫びを上げた。思わずゼンカイも目を見はる程だが、その声にレッサーデーモンの心に僅かな恐怖が生まれた、
悪魔族は本来恐怖とは無縁の生き物であるが、先の祈りがその心にまで及び、結果的にミルクのこのスキルの効果を僅かに与える結果となったのだ。
だが、その僅かが命取りである。
「ゼンカイ様!」
「うぬ!」
心に怯えが生まれ、生まれた隙をゼンカイは見逃すこと無く、一気に間合いを詰め、入れ歯による居合を何十発と叩き込む。
しかもその間に、ミルクもスキル【フルチャージ】を完了させ。レッサーデーモンの頭上へと飛び上がっていた。
「【ハイパーグレネードダンク】!」
グレネードダンクよりも、更に数倍強力なスキルを、ミルクがその赤い頭骨目掛け叩き込む。
ゼンカイの居合により、完全に動きが止まってしまっていた悪魔に、ソレを阻止する術など無く、脳天から股ぐらまで一刀両断に引き裂かれ、絶叫と共に炎に包まれる。
レッサーデーモンの血液は、死の瞬間に燃え上がるというが、これがまさしくその現象なのであろう。
そして炎も消え去り、後に残ったのは足下の黒いシミだけであった――




