第十一話 初体験はダンジョンでスダイムやゴブリン相手が無難でしょう
「なんだか悪いのぅ」
「まぁ、あのままじゃ攻撃はともかく、他の装備がちょっとアレだったからね」
ミャウの目の前で頭をぽりぽり掻くゼンカイ。彼の出で立ちは先程から一変していた。
少し黄ばんだ白シャツは、獣の皮をなめし作り上げられたレザーアーマーで程よく隠され、それでもチラリと覗かせる汚れは寧ろ往年の冒険者の風格を滲み出させる。
見た目にも見苦しかったステテコは上からカーキ色のズボンを履かせ、更に足にレザーブーツを履く事で野暮ったさを無くし、ちらちら見せるすね毛でスタイリッシュさを醸し出す。
腕にはレザーグラブを嵌めることで大人っぽさを強調。
そして決め手に、キラリと光る禿頭をレザーヘルムで隠し、まるでその中身はふさふさなのでは? という錯覚を引き起こす。
こうしてミャウの見立てにより全身革装備にコーデされ、見事ゼンカイはワイルドなちょい悪親父に変貌したのだ。
ちなみにこの冒険者にとって基本とも言える革装備だが、勿論タダではなくその費用はミャウが立て替えてくれた物であった。
当然借りたものは後で返す必要はあるのだが、ミャウは親切にもゼンカイにいつでもいいよと言ってくれたのだ。
ミャウの心の広さにゼンカイも頭が下がりっぱなしである。
さて、こうして少しは冒険者らしさが出てきた爺さん。
張り切ってすぐにでも冒険に向かうかと思いきや……。
「しかしえぇのう。決まっとるのぅ。ナウじゃのう」
とミャウに出してもらった姿見を眺めながら一人にやにやしていた。
街中でそんな所為に至ってるものだから、道行く人の視線が少し痛い。
「もういいでしょ? しまうねそれ」
言ってミャウは【ストレージ:全身鏡】と唱え姿見を消し去った。
このまま放っておいては、いつ依頼をこなせるか判ったものでないからだ。
「それもわし使えるのかのう?」
アイテムをどこぞへしまうミャウを見て、ゼンカイが興味ありげに尋ねる。
「えぇ。使えるわよ。まぁこれから行く先で嫌でも使うことになるでしょうから、その時にでもやり方とか教えてあげる」
ミャウの返答に、楽しみじゃのう、と子供のように燥ぐゼンカイ。
それも当然だろう。長くニホンという国で平凡な人生を過ごしたゼンカイにとって、冒険と言える事など精々、ちょっとあの子太いけど、あのおっぱいならわしいける気がする! というチャレンジ以外に皆無だったのだから。
待ち受ける本当の冒険に逸る気持ちも判るというものだろう。えぇ多分。
因みにミャウの話によると、受けた依頼はこの街を出て西へ一時間程歩いた先にある洞窟での魔物討伐との事であった。
そこは良く魔物が繁殖する洞窟の為、事ある毎に依頼が舞い込むらしい。
増えすぎた魔物の駆除というのが正式な内容だ。
ただ現れる魔物はレベルが低く、駆け出しの冒険者が受ける依頼としては定番となっているらしい。
「魔物を倒せば戦利品も手に入るしね。それを売ればお金にもなるわ」
「おお! それで早く稼いでミャウちゃんに立て替えてもらった、4410エンを返さないといけんからのう!」
「まぁ。それは本当いつでもいいけどね」
中々細かい金額ではあるが、この世界の貨幣の単位はエン。流通してるのは全て紙幣である。
その為最初ゼンカイは、ゴールドでないのか、と残念がったものだが、金は希少な物なので貨幣としては使われなかったそうだ。
ちなみに紙幣の種類は10,000エン・1,000エン・500エン・100エン・10エン・5エン・1エンの7種である。
「その洞窟とやらは歩いていくのかのう」
ゼンカイは、もうすぐ街の出口というところで、そんな事を聞いた。
未だに面倒くさい等と思ってるのかもしれない。
「えぇ。この依頼で転移石とか馬車を使ったら確実に赤字だもの。それに今回のメインはお爺ちゃんなんだからね。もう冒険者なんだから甘えてちゃ駄目よ」
尤もな意見である。
ミャウは若い……といえば若いと言える年齢であり、かなりしっかりしている娘のようだ。
そんなミャウの後ろ姿をゼンカイは孫でも愛でるような目で眺め続けていた。
そしてふと空を仰ぐ。
その瞳は慈愛に満ちており、アイリ……、とゼンカイは一言呟いた。
それはきっと、生前に愛した孫の一人の名前なのかもしれない。
ミャウの後ろ姿をみて、かつての思い出が頭を過ったのだろう。
「お爺ちゃん。ほら早く」
ミャウに促されゼンカイもその脚を早めた。
そして途中再度一人呟く。
「あの娘おっぱいは最高じゃったなぁ……」
一体何を思い起こしてたんだこの爺さん。
ミャウのいう西の洞窟までは特に苦もなく到着する事が出来た。
途中の道も起伏があまり無く、一時間という距離はあったものの、ちょっとしたハイキング気分でたどり着くことが出来たのだ。
街道を歩いていても、出てくるのは小動物かせいぜい中型犬ぐらいの大きさの生物ぐらいで、しかも人には襲いかかってこない。
ゼンカイは若干肩すかしな部分も感じたが、あまり途中で厄介な出来事に巻き込まれて時間がかかるよりはいいだろう。
「しかし流石にこれまでとは少し違う雰囲気じゃのう」
目の前で大口を開ける洞窟を眺めながら、ゼンカイは声を顰め呟く。
闇穴の奥からは低く唸るような音が漏れだしており、それが一段と不気味さを際立たせていた。
「もしかして怖いの?」
言ってミャウが口元に手を添え、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「そ! そんな事はないぞい! た、楽しみで仕方ないわい!」
両手をぶんぶん振り回しゼンカイが語気を強めた。
どんな年齢に至っても女性の前では格好つけたいと思うのが男ってものである。
「まぁ心配はしてないけどね。言ったでしょ。ここの魔物はレベルが低いしめったに表に出てこないのが多いからね。ただ放っておくと際限なく増えちゃうから、こうやって時折駆除する必要が出てきちゃんだけど」
ミャウは親切丁寧にゼンカイに説明した。
「さて、私この先は殆ど見てるぐらいになると思うけどお爺ちゃん頑張ってね。勿論危なくなったら助けるけど」
再びゼンカイに笑顔を向けるミャウ。
一緒に来たはいいが、基本的にはゼンカイ一人で仕事をこなさなければいけないとあって、表情に若干の緊張の色が灯った。
「中は基本一本道だからお爺ちゃんが先に行ってね。私は後ろから照らして付いて行くから」
ミャウはアイテムと唱えランタンを一つ出現させた。
ゼンカイがじめじめとした洞窟の中を慎重に進んでいくと、宣言通り後方からミャウが前を照らして歩いてくる。
光は中々強く、暗い洞窟も結構先まで見渡せる程である。
ランタンの灯りも魔道具によるものなので途中で光が消える心配も無い。
「そろそろ出るかもね」
15分程進んだ所でのミャウの囁きをその耳に受け、ゼンカイが身を引き締める。
右手を顔の前に持って行き入れ歯を抜く準備はバッチリである。
その時――二つの影が二人の前に姿を晒した。ランタンの光はその様相をはっきりと浮かび上がらせる。
「こ、これは!」
ゼンカイが少し大袈裟に驚いて見せた。
するとミャウが二体の魔物をみやり口を開く。
「あれは、スダイムとゴブリンね」
言われてゼンカイもまじまじとその姿を見つめる。
一体はゼンカイより更に背の低い魔物で、右手には岩を適当に砕いて作ったような斧が握られ、身体の上からは獣の皮を材料とした簡易な筒型衣を着ている。
やけに長い鼻と楕円形の大きな瞳が特徴の魔物だ。
顔や手足等の体色は土色で、この洞窟にピッタリとはまってる感じである。
そしてもう一体は、妙にネバネバした黄土色の魔物で形という形を呈していない。
そうあえていうならゼ――。
「あっちのはまるでゲロみたいじゃのう」
ゼンカイが折角オブラードに包んでいおうとした言葉を台無しにした。
しかもそれを聞いた黄土色の魔物は体外に白い煙のような物を噴出し始めている。
もしかしたら怒っているのかもしれない。
「しかしのう。正直がっかりじゃのう。なんじゃあのゲロみたいのは。わしはもっとこう目が大きくて可愛らしいほうが好みなんじゃが」
どうやら爺さん過去にプレイしたゲームを思い出しながら語ってるようだ。
しかしそんな事はこの魔物たちに関係ない上、散々ゲロゲロ言われた黄土色の魔物は更に興奮したように煙を噴出させる。相当怒っているのだろう。
「なんか湯気が出たゲロみたいで更に気持ち悪いのぉ」
それが引き金になったのか、黄土色の魔物は声のような擬音のような、何ともいえないメロディーを奏でゼンカイに突っ込んできた。
「甘いわい!」
言うが早いかゼンカイはその突撃を躱し、右手で入れ歯を握り、魔物を横から殴りつけた。
ゼンカイの攻撃力はやはり並ではないのだろう。
見事に迎撃されてしまった魔物は洞窟の壁に叩きつけられ、そのまま黄色の染みと化す。
今更ではあるがゼンカイの入れ歯の威力は相当に強い。
「るぅおうじゃむいだかあずぃのじごるぁ!」
「どうじゃみたかわしの力! て言ってるのね」
ミャウは、ゼンカイの入れ歯無し言葉を完璧に理解したようだ。
さすが手練の冒険者である。
「さて残りは一体ね」
ミャウは一人ガッツポーズを取るゼンカイを眺めながら独りごちるのだった。




