第一〇五話 迷いの森
何もない筈の草原に突如、青白く発光する魔法陣が刻まれ、そしてその中心部に六人の姿が顕になった。
勿論それは、スガモン、ゼンカイ、ブルーム、ミャウ、ミルク、ヨイの六人であり、正しく今一行の目の前に広がるは、不気味な雰囲気漂う迷いの森である。
「なんだか見るからに妖しいって感じよね」
メンバーの中で先に第一声を放ったのはミャウである。
そんな彼女の目線は森へと向けられているが、彼女のいうようにまるで森全体を覆うような霧が広がっており、いかにもといった不気味な雰囲気を醸し出している。
「森全体をダークエルフの魔法によって作られた霧が覆ってるんや。勿論只の霧やないで。何をしても消えない文字通り魔法の霧や」
ブルームが霧の方を見据えながら、そう説明する。
「いかにも強力な魔物が潜んでるって雰囲気だね。なんだか武者震いが起きちまうよ」
ミルクはそう言って、早くも愛用の武器を両手に現出させた。表情には笑みが浮かんでいるが、これからの戦いの予感に胸高鳴るといったところなのであろう。
やはり彼女は根っからの戦士なのである。
「で、出てくるのが、ア、アンデッド、とかなら、た、多少は役立てると、お、思うのですが」
ヨイが両手を祈るように握りしめながら言う。
「な~に、どんな敵が現れようと、わしの入れ歯でコテンパンにのしてやるのじゃ!」
ゼンカイも相当気合が入っているようで、顔もどことなく引き締まっている。
こうしてみてみると、最初に比べれば大分頼りがいが出てきたとも言えるかもしれない。
「さて。本来ならわしも同行したいところなのだが、ブルームの言葉を借りると、逆に目立ってしまうようじゃからのう。心苦しいが、お主らに頼るしかないわけじゃ」
蓄えた髭を擦りながら、スガモンが告げる。だが勿論これは一行も承知のうえだ。
「スガモン様には、ここまで送ってもらえただけでも十分です」
ミャウが微笑みながら言う。
「まぁそうやな。本来なら王都から徒歩で10日以上かかる距離や。それがこんな短時間でこれたんやからな」
言ってブルームがホウキ頭を擦る。
「ふむ、そう言って貰えるなら嬉しいがのう。くれぐれも気をつけるんじゃぞ。一応王都からでもこの辺りの様子は探っておく。じゃが森とアルカトライズはちと無理じゃからのう。無事戻ってくるのを信じておるよ」
スガモンの言葉に、
「まぁここから先はわしがいるから大丈夫じゃ! 大船に乗ったきで待っておかんかい」
とゼンカイが胸を叩いた。
「……お主の場合どうも頼りがい半分、心配半分って感じなのだがのう」
半開きにした目でスガモンが心配そうに呟く。
するとミャウが、クスリと笑い。
「確かに気持ちは判りますが、お爺ちゃんはかなり力を付けてます。だから私もちょっとだけ安心感があるんですよ」
その言葉はどうやら本心のようだ。当初に比べれば信頼度も大分上がってきてるのだろう。
「あたしは勿論、ゼンカイ様ほど頼りになる方はいないと思ってますので!」
ミルクが何かに対向するように述べる。かなり力強くゼンカイを推しているが、ミルクの場合は常にゼンカイ寄りな為、これはいつものことなのである。
「さて、ほな、そろそろいくとしまひょか」
ブルームの言葉に、は、はい! とヨイが頷き、他の皆も同調する。
そして先頭は案内人となるブルームが立ち、一行は森に向け歩き出した。
その後姿を眺めながら再度ギルドマスターである彼は、頼んだぞ、と呟いた。
その瞳に不安はない。きっと大丈夫だと信じる心のみがその顔に現れていた。
迷いの森には特に入り口といえる入り口などは存在しない。
街道も通っていないような森だ、それは当然だと言えなくもないのだが、それでもブルームは繁々と多量の草木が壁とかしてるソレを眺めがら、こっちや、と他の面々を導いた。
そして、木々のある一箇所で鼻をヒクヒクとさせ、しっかりついてき~な~、と音も立てずに森のなかへと消えていく。
一行は一瞬目を瞬かせた。彼の動きはやはり元盗賊なんだなと実感させるものである。
「どないした~? はよきぃや~」
再度の呼びかけ。しかし普通であればこれだけ先の見えない濃い霧の中を進むのには躊躇するものであるが、そこはそれ、情報を知ってるものの強みか。
ブルームの言葉を耳にした事で、残った面々も一人ずつ自然の壁へ飛び込むようにして埋もれていく。
「これが迷いの森の中かい。でも本当にすごい霧だね」
「全くじゃ。これじゃ何も見えんに近いじゃろ。迷ったら大変じゃ、ブルーム以外のみんなはしっかりわしの身体のどこでも握りしめておくのじゃぞ」
「はい! ゼンカイ様!」
言ってミルクがゼンカイに寄り添う。だが他には誰も彼の身体を握るものはいない。
「ブ、ブルームさん、ほ、本当に、こ、こんんな中を?」
ヨイが不安そうに尋ねる。
それに、そや、とあっさり返すブルームであったが、彼女の心配になる気持ちもわかるだろう。
何せ外からみるよりも更に、森全体に及ぶ霧は濃く、ある程度固まるように歩かなければ、お互いがお互いを見失ってもおかしくはない。
視界でいっても数m先の木々の輪郭が辛うじてわかるか? といったところである。
「まぁしっかりとついてきてや。はぐれでもされたら、流石に構ってはられへんからのう」
そう言ってブルームがどんどん先に進んでいく。まるで霧のことなど眼中にないようだ。
「ほれ。はよきいやぁ」
その言葉に一行も脚を早め後に付き従う。
「でも、ここって距離はどのくらいあるの?」
ミャウがブルームに問いかける。するとホウキ頭の輪郭が揺れ、ブルームが返事する。
「直線でいったらまぁ7、80㎞ってとこや。じゃが、ルートを辿って行くとなるとそりゃ、一日がかりになるで」
ミャウが、そう、と一言だけ返す。簡単に言ってはいるが、この霧のお陰で時間の感覚も、朝か夜かもつかめない。ましてや何が潜んでるかも知れぬ森である。ほぼ休みなしに歩き通しになる事は目に見えているだろう。
それから暫くは皆も周囲に警戒しつつ、ブルームの後を追った。
幸い、これといった魔物が襲ってくることもなかったが、これはブルームの進むルートが間違っていない証明かもしれない、と皆は思いはじめていたことだろう。
しかし、随分と歩いた気はする。しかも景色は濃霧のおかげではっきりせず、果たして上手く前進できているかも推し量ることが出来ない。
ブルームは平気そうな顔で歩いているが、体力の乏しいヨイなどには疲れも見え始めていた。
かと言ってそうそう休むわけにもいかない。
「ねぇ。エビスってどんな奴なの?」
沈黙を破ったのはミャウであった。流石にこの状況で何も喋らずにいたら、疲れは溜まるばかりである。
それを危惧しての発言だったのかもしれない。何かしら会話していれば、気も紛れるものである。
「そうやな。わいも直接あったわけやないが、そいつは半年ほど前から突然現れてあっと言う間にアルカトライズを牛耳る程にのし上がったんや。奴はとにかく資産を豊富にもっておった。いや、これはいい方がちゃうな。資産を自由に作ることができたらしいんや」
ブルームの発言に、自由に? とミルクが問い返す。
「そうや。知っての通り、あの墓場の連中の話やとエビスも奴らの仲間や。だから多分それも奴のチート能力なんやろ。七つの大罪ちゅうやつかのう。何せ奴は手持ちのバックに手を突っ込めば、いくらでも金を生み出す事が出来るらしいからのう」
そんな事が、とミャウが呟き。
「なんとも羨ましい事じゃのう」
とゼンカイが腕を組み頷く。
「アルカトライズっちゅう街は結局は金が全てちゅうとこもある。実際奴は裏ギルドの連中を金の力で寝返らせ、次々と乗っ取っていったんや。それで勢力を拡大し、今にいたるちゅうとこやな」
成る程ね、とミルク。
そこでまた沈黙がおとずれ、歩みを進める。
「ヨイちゃん大丈夫?」
ミャウは大分疲労が溜まってきているヨイに声を掛けた。気丈にも、だ、大丈夫、で、です、と返すヨイだが、そっと顔をのぞき込むと息も上がり肩も大きく上下している。
「ねぇ? ちょっとだけ休まない。霧が濃くて落ち着かない気もするけど――」
ミャウが前を歩くブルームにそう告げる。流石にこれ以上は無理だと判断したのかもしれない。すでに一行は半日以上歩き続けているのだ。
「そうじゃのう。皆も疲れが出ておるじゃろ。少しは休憩を取ったほうが寧ろ効率が良かったりするものじゃ」
ゼンカイもミャウの意見に同調し、当然ミルクも、私もそう思ってました! とゼンカイに従う姿勢を示す。
が、ブルームは何も言わず前進を続ける。
「ちょ、ブルーム聞いてるの!」
思わずミャウの声が尖った。いくらなんでも無視は無いだろうという思いからだったのかもしれないが――そこで彼の動きがピタリと止まった。
「休憩を取る気になったかい?」
ミルクが訪ね、疲れの見えるヨイをミャウが支えた。
「……あかん」
なにげに発せられたブルームの声に、一同が、え? と声を上げた。
そして――。
「あはは。あかん。どうやら迷ってもうたみたいや」
ホウキ頭を擦りながらブルームが振り返り、苦笑混じりに、全く笑えない事実を突きつけるのだった――。




