第一〇四話 悪趣味
天井も金。壁も金。床も金。その部屋は全てが黄金で包まれていた。
その部屋を構築する素材だけではない。天井に飾られたシャンデリアから調度品にまで全てが金なのである。
そのせいか、部屋は僅かな明かりであっても、眩しすぎるぐらいに感じられ、同時にひどく悪趣味にも思える。
そんな金ピカの部屋に男が一人……いや、壁際にも凭れ掛かるようにしてる男も一人いるので合計二人。それと少女が一人。
部屋はかなり広いが、その中心で男の一人は少女を見下ろしていた。
「ふふっ。中々いい格好だね」
下品な笑いを浮かべ男がいう。部屋と同じような金色の髪はパーマが掛けられているようでそれほどの長さはない。
年齢は見た目には四十代ぐらいにも見える。
眼は細めでそこだけ見れば人の良さそうな雰囲気も感じられるが、広げた口から覗かれる金歯のせいで、やはりどこか下品といった表現の方がぴったりくるか。
そして勿論着ている服も上から下まで金色がふんだんに使われたものであり、ここまでくると最早中毒に近いものも感じられる。
そんな男に、床に膝を付けた状態の少女が言い返す。
「わ、わらわにこのような事をして、只ですむと思っておるのか! 貴様など、死刑じゃ! 死刑なのじゃ!」
キツくした瞳で男を睨めつける。だがその姿を見下ろし、男は更に口元を歪めた。
「中々強気なものだねぇ、エルミール王女。ただねぇ。御自分の立場をもう少し理解した方がいいと思うよぉ」
顎を擦り、ニタニタとした瞳で、王女の上から下まで舐め回すようにみやる。
「クッ! み、見るな! こ、このような格好をさせて! 無礼じゃ! お前は無礼なのじゃ!」
エルミールは更に声を尖らす。そんな彼女の首には金色の首輪が付けられていた。
そして王女は、右手と左手で、自らの大事なところを隠すようにしながら身を捩らせる。
「何を言っているのかなぁ? これでも私は優しい方だと思ってるんだよ? だって一応着るものは着せてるわけだしねぇ」
「な、何がだ! こんなもので……」
憎々しげに、男を見上げる。
確かに男の言うとおり、王女は上部にも下部にも身につけているものはある。
だが、金色のブラジャーのように思えるソレも、履かせられている同じく金色のショーツも、表面積に乏しく、大事なところを申し訳なさげに隠している程度でしか無い。
「別にそこまでして隠すようなものでもないだろうにねぇ。特に上は、あってないようなものなんだし」
男は王女の僅かにだけ膨らんだ、ソレを見ながら、ククッ、と笑った。
「な!? こ、この、無礼者が! 死刑じゃ! 死刑なのじゃ!」
気丈な声音を王女がぶつける。
この状況においても、王女の気の強さは相変わらずである。
「アハッ! でも安心してね。私はそれも好きだから」
言ってペロリと上唇を舐める。その姿に、王女は肩を震わせた。
「キ、キモいのじゃ! お前! キモイのじゃ!」
「キモい? 全く。困ったものだねぇ。君は本当に自分の立場を理解していないんだねぇ。例えばほらぁ」
言って男は、パチンと指を鳴らした。すると床の一部がせり上がり、そこから透明な檻にいれられた勇者ヒロシが姿をあらわした。
「ゆ、ゆうしゅやひろしゅしゃまぁ!」
王女の口調が瞬時に変わる。
「あははは。この勇者に王女が惚れてるって話は本当だったんだねぇ!」
男が腹を抱え身を捩らせた。
「お、おみゃぇ! ゆうひゃしゃまに、にゃにゅを~」
勇者の姿を見つめながら王女が叫ぶ。その視線に映る彼は、瞳は瞑ったままピクリとも動かない。まるで剥製にでもなってしまったかのようである。
「くぷぅうぅ! その表情! 口調! 実にそそられるよ! で、彼がどうしたかって? 大丈夫。ちょっとした力で眠って貰ってるだけさ。だけど、私の胸先三寸で永久に眠ってもらうことは可能なんだよ? 判るかな? この意味?」
男の言葉に、王女は涙を浮かべ身体を震わせた。悔しいという思いと、勇者を助けたいという思いが交じり合ったような、そんな表情も浮かべている。
「ふふん。判ってくれたかな? それじゃあとりあえず、その手を放して、四つん這いになってもらおうかな? 折角特性の首輪もしてあげてるんだしね」
「にゃ。にゃにをびゃかな……」
「おや? いいのかな? どうしようかなぁ。勇者ヒロシだっけ? あぁ思わず、ぽっくり、と、か?」
ニヤリと口角を吊り上げ、男は王女の顔を覗き込む。
「……わ、わきゃっひゃにょじゃ、りゃから、りゃから」
うん、とニッコリと男は微笑み。
「勿論私のいうことを聞いている限りは、彼は無事だよ」
両手を広げそう宣言した後、男は暫く王女エルミールを弄び続けた――。
そして、
「うん。まぁもういいかなっと。じゃあまた今度遊んであげるからね」
と男が言うと、部屋に数人の配下の者がやってきて、ヒックヒックとむせび泣く王女の首輪に繋がれた鎖を引っ張った。
「大事なお客さんなんだから丁重にね」
「へい! 勿論でさぁ!」
男の部下と思われる者が、そう返し、ほらこい! と鎖を引っ張りながら部屋を去っていく。
「ふぅ。楽しかったなぁ」
王女が部屋からいなくなったあと、エビスは何かを思い出したように恍惚とした表情を浮かべる。
「全く悪趣味だなぁ。エビス」
すると、壁に寄りかかっていた男がここにきて初めて口を開いた。
「アスガも混じりたかったかい?」
「趣味じゃないな。俺はもっとこう、ボン! キュッ! ボン! の方が好みだ。それにそうじゃなくてもお前とは趣味が合わない」
アスガは頭を振るようにしながら、そう言いのける。
「贅沢だねぇ。私なんかはどっちもいけるからね。彼女みたいのも実にいいと思うんだぁ」
ソッチの方が贅沢だろ、とアスガは呆れたように述べ。
「でもなぁ、人質なんだろ? いいのかあんな事して?」
右手を差し上げアスガが聞く。
「あんな事? 寧ろあれぐらいは楽しませて貰わないとねぇ。折角の君のプレゼントなんだし。それに、これでも優しくしてる方だと思うよ。他のと違って一線は超えてないし。ちょっと首をしめて気絶させて起こしてを繰り返したり、髪の毛掴んで引きずり回したり、私のしょう――」
「判った判った。思い出すと飯がまずくなる。たく、大体てめぇが一線超えた時は相手は破壊されちまうだろうが。この拷問マニアが」
アスガの言葉に、ふふん、と悪魔の笑みを浮かべるエビス。
「でもなぁ、これは王女を黙らせるのに本当役に立ったよ。全く良く出来た偽物だよね。何これ? 魔法?」
「いや。魔法だと長くは持たないからな。なんでもダミーガムとかいう魔道具らしい。まぁそれを更に改造してるから、見た目には殆ど違いがわからないだろうな」
へぇ、と声を上げ。
「面白いねこれ。今度部下に頼んで大量に買ってきてもらおう」
「贅沢だな」
「金には困ってないしね」
エビスの言葉にアスガが肩をすくめる。
「さて、じゃあ俺はそろそろいくか。データーは集まってるか?」
「うん? あぁ薬のか。ほらこれだよ」
エビスは一枚の紙をアスガに手渡した。
「ふ~ん。やっぱこれ以上キツイ魔薬だと、持たねぇか」
「だねぇ。アスガ自身になら問題にならないんだろうけど、人を堕落させて、それでいて徐々に凶暴性を上げていくとなるとね。でもこれのおかげでずいぶん私も儲かってるよ。能力だけじゃなくて、ちゃんとした収入源があるのは助かるしねぇ」
「別に俺はボランティアでやってるわけじゃないからな。きっちり流通の方も頼むぜ」
「勿論すでに王都にも出回り始めてるしね。おかげで金を借りる奴も増えて玩具に困らないよ」
言ってエビスが身体を揺さぶり忍び笑いをみせる。
「全く。お前は本当に悪趣味だな。まぁいいか。じゃあ部下に薬は渡しておくからまた頼んだぜ。【過度な裕福のエビス ヨシアス】さんよ」
「……その二つ名、あんまり好きじゃないな」
こうして、エビスの不満が篭った声を背中に受けながら、アスガは右手をヒラヒラと振り、部屋を立ち去るのだった――。




