第十話 さぁステータスをよく見てみろ
「ふふん。安心しなよハニー」
アネゴに向かってマンサがそう述べた。
どうやら彼にとって女性は誰でもハニーらしい。
「ミーが」
言って黄金色に輝く髪を掻き上げ話を紡ぐ。
「そんな野蛮な事をするわけが無いじゃないKa!」
ハニー達に向かって身体を斜めに向け、今度は逆から髪を掻き上げる。
彼はどうも自分の事を格好いいと思っているようだが、所為が一々鼻につく。
一度良く鏡を見てみたほうがいいだろう。
「じゃったら一体何で雌雄を決しようというのじゃ?」
マンサの横からゼンカイが問いかける。
「フッ、ノープロブレム! ユーのステータスを見せて貰えればそれでオーケーさぁ。その値がマイハニーとトゥギャザーするのに相応しかったらミーもオールバックするYO!」
「ふむ……」
ゼンカイは納得したように頷くが、実のところあまりに奇っ怪な言葉遣いに全てを理解できていなかった。
つまり殆どはノリでの対応である。
そしてこの条件は、そのままではゼンカイに取って不利である事も間違いない。
「ちょ、ちょっと! それは卑怯でしょう! あんただってお爺ちゃんが今日冒険者として登録したばかりだって知ってるくせに!」
「マイハニー。クール、ヘッドクール」
恐らくは、そんなに興奮しないでとでも言いたいのだろう。
「ミーだってそれぐらいは判るさぁ。でもね、例えレベルが低いにしてもそれなりの能力を持ってなければ納得が出来ないってわけだYO!」
「ふ~ん。あっそう」
ミャウは腕組みし、うっすらと両の瞼を閉じながら、不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあ。レベルが低くても能力が高ければ良いってわけね。判ったわ。お爺ちゃんステータスと装備の確認は判るわよね?」
マンサへ自信あり気な言葉をミャウが返し、そして顔をゼンカイに向け確認する。
「任せんしゃい!」
爺さんはそう張り切りながら、例の魔法を日本語として唱えた。
するとステータスと装備品の一覧が宙に浮かんで表示される。
「ホワット!? クエスチョン! 一体これWa……」
「ふふん。判りやすいように日本語で表示したんじゃ!」
威張るゼンカイに、目を瞬かせるマンサとマゾンの二人。
「こ、こんなシークレットがあったとは……ふっ中々やりますNe!」
眼鏡の真ん中を軽く押し上げながら、マンサは敬意を示す。
「てかこれ結構便利だな」
「おお! 俺も出来たぞ!」
「これすげぇ発見だぜ! やるな爺さん!」
周りから賞賛の声を受け、ゼンカイは照れくさそうに後頭部を擦った。
「くっ、あまり調子に乗るなよ! メインはそのステータスなんだからNa!」
言ってまじまじと、ゼンカイのステータスを見る二人だが……。
「知力ゴブ……プッ、Ahaha!――」
最早異世界人にとって、それは鉄板ともいえる笑いのツボであるようだ。
「何がおかしいんじゃ!」
この返しももはや定番である。
「ふぅ、ふぅ。中々笑わせてくれますねえ。しかし……駄目ですねこれZya!」
再び眼鏡をくいくい押し上げながら、ノーを突きつける眼鏡。
「な、何じゃと! 一体何が不満じゃと言うのじゃ!」
ゼンカイは両の拳を強く握りしめ、反論する。
「オールですよ。大体装備品だってなっちゃいない。とても冒険者と言えるような物じゃないしアタックもディフェンスも貧弱すぎる。これじゃあマイハニーのお供なんてとてもとても任せられNai!」
今回の場合むしろお伴してくれるのはミャウの方だが、そんな事をいったところで納得してくれるわけでは無いのだろう。
「ねぇ。お爺ちゃん。あれ見せてあげなよ」
「あれ?」
小首を傾げる爺さん。流石に察しが悪すぎる。
「だから、ア、レ」
何ともいやらしい言い方である。
「おお! そうじゃった!」
「ふん。何を思いついたか知らないが今更何を見せたところで……何!?」
ゼンカイは口の中からアレを出して右手に構えた。
見た目は中々シュールだが、それによってゼンカイのステータスが更新される。
「ば、馬鹿な! 攻撃力170だと!」
マンサが驚きの声を上げた。
そして周囲の冒険者達も口々に、
「LV1でこの数値か……」
「流石トリッパーは一味違うな」
「てかあれでどう戦うんだ? 挟むのか?」
等と囁き合う。
「どう? これで判ったでしょう? これだけ攻撃力が高ければ文句も……」
ミャウがいい加減話を終わらせようと説いてみせるが……まだ諦めていないのか声高らかにマンサが笑い出す。
「あっはっはっは! 確かに凄い攻撃力だがまだまだだね! ソー・グッド? 聞いて驚け! なんとミーのアタックは……」
ゼンカイが入れ歯をはめなおし、ごくりと固唾を飲み込んだ。
「なんと! 173だ!」
「な、なんじゃとぉおおぉ!」
爺さん相当驚いているが3しか違いが無い。
「ふっ。驚いたか。だがな隣のマゾンも他の仲間も、俺よりもうちょっとアタックが上なんだZe!」
「てかあんたリーダーの筈なのにそれでいいわけ?」
呆れた様子でミャウが突っ込む。
「ふん! 舐めるなよ小僧! わしだってこれで本気の50%ぐらいじゃ!」
突如爺さんが凄いことを暴露した。
なんと、まだ本気を出していないと言うではないか。これには正直周りもびっくりである。
「さぁ! そのステータスとやらでよく見てみるのじゃ!」
そう言ってゼンカイ。腰を落とし入れ歯を抜いた後、握った拳を顔の左右に持っていくや、もぬぬぬぬ! と歯のない口をもごもごさせて力を込め始める。
「こ! これは!」
「み、見ろ! 攻撃力が!」
「170……170……170」
「全く……」
「変わっていないな……」
そんな爺さんに、何馬鹿な事やってんのよ! とミャウが上から殴りつけた。
「あれぇ? おかしいのう。何だかいけそうな気がしたんじゃが」
歯をはめなおし、頭を擦りながら首を傾げる爺さん。
そもそもそんなに簡単に能力が上がるなら、誰の犠牲も必要ないだろう。
「A-HAHAHA! 所詮ユーの力なんてそんなものさ! 大体マイハニーの攻撃力は180! ユーの攻撃力じゃアンバランス!」
またもや色々話が変わってきている上、それでいったらこの男もアンバランスである。
「お、お主ミャウちゃんの攻撃力を知っておるのか!」
爺さんが指をわなわな震わせながら、また面倒になりそうな質問をした。
「ふ、攻撃力だけじゃない、ミーはマイハニーのオールデーターをパーフェクトマインドしてるのSA!」
髪を掻き揚げ、眼鏡を押し上げ、そしてなんと、マンサは空でミャウのステータスから装備品、手持のアイテムやスキル、剰えスリーサイズから現住所に至るまで……。
「ちょ、ちょっと! なんであんたそこまで知ってるのよ!」
「バスト78とは控えめじゃのう」
「黙れ!」
ミャウはダッシュで爺さんを殴り飛ばしながらも、歯牙を剥き出しにマンサを問い詰める。
「ふっ。マイハニーの事は全てインサイトさ。なにせその全ては」
そこまで言って口を閉じ、ふふふん、と軽く鼻でメロディーを奏でながら、マンサは【アイテム:マイハニーブック】と唱えた。
すると彼の手の中に一冊の本が現れる。ワインレッドカラーの表紙にはマイハニーのデーターと書かれていた。
「これにマイハニーの情報が網羅してあるのだよ。正直ここのギルドブックなんかよりずっと詳しい情報がペンしてあるからNe!」
そう言って誇らしげに哄笑を決めるマンサ。しかしやってる事はストーカーに近い。
「……【アイテム:ヴァルーン・ソード】」
静かに囁くと、ミャウの手の中に一本の小剣が現れる。
「ま、マイハニー……一体何を……」
「【フレイムブレード】!」
続けてミャウが唱えたと同時に刄が灼熱の炎に包まれた。
そして剣を振り上げ、静かにマンサまで近づき、その瞳を尖らせる。
「ひ、ひぃいいいいい! ごめんなさIiiii!」
床に腰を付け、両手で顔を庇うマンサ。
だが、無情に振り下ろされた斬撃はマンサ――では無くその手に持たれた【マイハニーブック】を一刀両断に切り裂いた。
「へ? あ、あぁああぁあ! ミーの! ミーのベストコレクションがAaaa!」
叫び、慌てたように羽織ってたマントを脱ぎ捨て、燃え上がる本に被せ必死に消火しようとするが、既に大方真っ黒焦げになってしまっておりどうみても手遅れである。
すると大切な宝物を失い、既に意気消沈といった具合に惚けるマンサの前にミャウが立ちニッコリと微笑む。
「ま、マイハニー」
懇願するようにハニーへ手を伸ばすマンサ。だが――。
「あんた、今度そんなふざけた物作ったら別なもんも斬り捨てるからね!」
表情を一変させミャウが彼へ死の宣告を行った。
そして足下の燃えカスを憎々しげに踏みつけ、侮蔑の表情でマンサを見下ろすと、
「あとあんたとは絶対に組まない! それじゃあさようなら」
と吐き捨てるように言い捨てその身を翻した。
「ちょっと可哀想じゃ無いかのう?」
哀れみの目で述べる爺さんに、ぜんぜん、とミャウが膠も無く返す。
「それよりもお爺ちゃん。そろそろ行くわよ。ちょっと時間食いすぎちゃったけど」
「うん? 行くって何処にじゃ?」
「依頼よ。い・ら・い。実績を上げたいんでしょう? 実はお爺ちゃん向けの丁度いいのがあったのよ。ここからそんなに遠くないし今から行っても暗くなる前に戻ってこれると思うわ」
ミャウの思いがけない話に、おお! とゼンカイは興奮して見せるのだった。




