第一話 神様の正体見たり二つ山
空は黄金色。足下を覆うは多量の雲。
そんな中、一人ぽつんと佇む老人、その名を静力 善海と言う。
彼はつい先程下界で天寿を全うし、そして気が付いたらこの不思議な地へやって来ていた。
「ここは、一体どこじゃ?」
そう一人呟き辺りを見回す。
彼、ゼンカイはなんとなく自分が死んだということまでは覚えているのだが、その後の記憶がはっきりしないのだ。
「静力 善海さんですね。ようこそ天界へ」
ふと誰かの声が、ゼンカイの上方から聞こえてくる。
男の声だが、まだ声変わりしていないような少年的な感じである。
ゼンカイが首を擡げ上を見ると、そこには頭に光り輝く輪っかを浮かばせ、背中に白い羽を生やした男子がいた。
「う、浮いておる。と言うか……まさかお主は天使なのかのう?」
「はい。仰る通り、私この天界で務めさせて頂いております天使のボブでございます」
そう言って天使はゼンカイの前に降り立った。
ボブはかなり小柄で子供程の身長しか有してないが、その前に立つゼンカイもそれに負けないぐらい低いので、お互い目線の位置はあまり変わらない。
「のう? お主が目の前にいると言う事はもしかして――」
ゼンカイの言は全てを語っていなかったが、その表情からボブは察したようで、憂いの表情を浮かばせ口を開く。
「はい……貴方は下界でその生命を全うした為ここに呼ばれました。命を亡くされたのは残念かと思いますが――」
するとゼンカイ、顔を伏せ肩をぷるぷる震わせ始める。
「お爺さん……」
そう言ってボブはその肩にそっと触れようとする。
慰めようと思っての所為かも知れない。が――。
「ひゃっ! ひゃっほぉおおぉおううぅうう!」
突如爺さんそんな奇声を上げ、握った拳を天界の上空へ突き上げ飛び上がった。
そして着地後もひゃほひゃほ叫びながらボブの周囲で奇っ怪な踊りを繰り広げる。
正直これが下界だったら、即医者に見てもらうレベルだ。
「あ、あのお爺さん?」
ボブ、首を傾げ踊る爺さんに問いかける。
「転生じゃな!」
「え?」
「これはもう、わし異世界転生決定じゃろう? そうじゃろう?」
どうやらこのゼンカイ、死んだことで自分はこれから異世界に転生できると信じきってるらしい。
中々思い込みの激しい爺さんである。
「え? い、異世界ですか?」
両目を血走らせ詰め寄るゼンカイにたじろぎながら、ボブが述べる。
するとゼンカイ、首が取れるのでは無いかと心配になるほどの勢いで、うんうんと頭を上下させる。
「は、はぁ、ちょっと僕ではその辺は……詳しくは神様に聞いた方が早いと思いますよ」
「神ちゃんじゃと!」
友達か! と突っ込みたくなるほど呼び方が馴れ馴れしい。
「えぇ、あ、ほらあそこに雲の壁があるでしょう? もうそろそろ神様が現れるので……」
そう言ってボブはゼンカイを壁の前まで連れて行く。
目の前にそびえ立つ壁は、遥か上方まで伸びていた。ゼンカイは首を擡げ目を凝らすが天辺が全く見えない。
「これだと巨人が現れても平気そうじゃのう」
「何を言ってるんですか?」
ボブが不思議そうな顔を浮かべる。
「ふむ。しかしこの雲は抜けたりせんのかのう?」
今になって急に心配そうにするゼンカイだが。
「大丈夫ですよ。滅多なことじゃ抜けたりしませんから」
ボブの答えに納得したように安堵の表情を浮かばせた。
「さて、そろそろ神様が現れますからしゃんとしていて下さいね」
「おお! ついに神ちゃんとご対面か!」
ゼンカイの立ち振舞に一抹の不安を覚えつつも、ボブは正面の壁を見据える。
すると目の前の雲の壁が突如大きな音と共に左右に広がり、眩いばかりの光がゼンカイの視界を奪う。
ゼンカイはあまりの眩しさからか額の傍で手を翳した。
雲の壁は左右に分かれた後徐々に雲散していき、その光も段々と薄れていく。
ゼンカイの視界に映るは、まずは大きな影。そして徐々にその様相を露わにしていく。
「ボブ。休日を割いてまでわざわざありがとう。感謝するわ」
ふと上空から聞こえるは淑やかで麗しい声音。
しかしその声はまるでお風呂場で口ずさむ鼻歌の如く、反響して二人の耳に届いた。
「お、おぉぉおおううぅ」
ゼンカイはそのあまりの見姿に言葉を失い、目を見張っている。
しかしそれも当然といえば当然かもしれない。
目の前に現れた神様は正しく神々しい光を放つ絶世の美女……つまり女神だったのだ。
細いまつげの下には、くりっと大きな碧眼。
サラサラで金髪のロングヘアーに整った顔立ち。
身体には少しゆとりの感じられる透明感のある羽衣を着衣し、輝石の散りばめられた豪華な玉座、いやこの場合は神座と言うべきだろうか、それにゆったりと腰を下ろしている。
しかしゼンカイが驚いたのは、その見姿だけでは無い。
何故ならその女神。非常に巨大なのだ。
流石は神と言うべきなのか、今座っている座席部分だけ見ても、ゼンカイが生前暮らしていた築100年木造二階建てのマイホーム程度であれば、すっぽり収まるんじゃないかと思える程である。
「お前が静力 善海だな」
女神は凛とした表情でそう言って述べた。
若干感情の起伏が乏しくも思えるが、恐らく神から見れば人間などとてもちっぽけな存在であろう。
声を掛けて頂けるだけでもありがたいと思うべきかもしれない。
「お、おおぅ」
ゼンカイは少し身体を震わせながら一歩二歩と前に進む。
女神を見上げながら思うは現世の後悔か。今にも泣きそうな様相で、
「おっぱいじゃあぁあああぁああ!」
違った。そんな崇高な考えこのゼンカイには無縁だったようだ。
それどころか、罰当たりとも言えるとんでも無いことを口走りながら、打ち上げロケットもびっくりな勢いで、その身を射出させる。
爺さんに失敗の二文字は無い。
「は、速い!」
ボブが思わず一番手っ取り早い方法で爺さんの凄さを表現した。
とは言え確かに速い。光の如き速さである。
そして爺さんの狙う所は勿論一つ。
少し開けた羽衣からするりと覗かせる夢の楽園。
白い巨塔ならぬ白いきょ――が、しかし夢かなわず。除夜の鐘を彷彿させる打音が辺りに響いた。
見れば爺さん、女神の二つ山まであと僅かと言った所で、何かに妨害され、そのまま見えない壁のような物に頬を擦りつけながらずりずりと下っていく。
その様子を冷静な表情で見続けている女神。
全く表情を崩さず落ち着いた相は流石神と言える。
雲が突き抜けたような音と共にゼンカイの身が落下する。
ボスンという柔らかい音が辺りに響いた。
「ゼンカイさん大丈夫ですか!」
「う、う~ん。おっぱいがぁ。わしのおっぱいがぁ。何が、一体何が起きたんじゃ」
爺さんは、駆け寄ってきたボブの手を借りて立ち上がり、頭を振る。
「全く無茶ですよ。神様に近づこうとするなんて。あの周りは見えない障壁で囲まれてるんですから」
「しょ、障壁じゃと!」
その瞳にボブが一瞬たじろいだ。爺さんは興奮すると目が血走るため少し怖いのだ。
「ボブ、一体なんなんだこいつは?」
静かな、それでいて酷く冷たい口調でボブに女神が問いかける。が、え、え~とと天使が返答に困り口ごもった。
「ええい! 神とはいえ人を捕まえて置いてこいつとは失礼じゃろうが! わしには静力 善海という立派な名前があるんじゃ!」
「うん。それは知ってる……」
女神はやはりどこか淡々とした調子で言葉を続けていく。
「まぁいいわ。こんなことは早く終わらせたいし」
そう言って、チラリとゼンカイをみやり脇に置いてあった帳簿を眼下に手繰り寄せ、パラパラと捲る。
「で、お前はどうしてここにやって来たか判っているか?」
女神の問いかけに、ゼンカイはふふんと不敵な笑みを浮かべ堂々と述べる。
「ずばり! 異世界に連れていって貰うためじゃ!」
遥か上方の女神に向かって自信満々の表情で指を突きつける。この所為一つ取っても罰当たりな事この上ない。
「……異世界?」
「異世界じゃ!」
言下に爺さん胸を張る。すると女神が、ふぅ、と嘆息一つ吐き出し。
「とりあえず状況だけ伝える。静力 善海。お前は本来なら199歳まで生きる予定であったが、今日140歳と言う年齢でここに来ている――」
その言葉に、爺さんの眉間の三つ皺が伸び上がる。
「ほら見たことか!」
突然怒鳴る爺さんに、目を丸くさせるボブ。
これが人間界で言うところの更年期障害か、と勝手に推測するが、爺さんは鬼の首でも取ったかのように更に胸をはり威張ってみせる。
「これがあれじゃ! 知っておるぞ! あれじゃ! お前ら神とやらが、あ、ごめん、うっかり間違ってぇ~とか言ってあっさり殺しちゃうという例のあれじゃろ!」
得意気に、間違いないと言わんばかりに口を回すゼンカイ。
「違う」
しかし女神は爺さんに向かってあっさりその予想を否定した。
いつのまにか豪奢なテーブルの上で頬杖を付き、小生意気な女上司って雰囲気を醸しだしている。
「お前が死ぬ予定じゃなかったのは事実。だけどそれが狂ったのはお前の行動が原因」
はっきりとそう述べる。口調は変わらずどうにもとても事務的だ。
女神はどこか冷めた瞳を下に向け、再び帳簿に目を通す。
「神でも予想外の行動までは制御出来ない。これを見るとお前の死因は『お餅を口いっぱいに頬張りながら、仍孫の少女のおっぱいに目を奪われ、そのまま餅を喉に詰まらせて140歳で窒息死』とある」
女神は読み終えた帳簿を再び閉め、フンッ、と鼻で笑った。
その眼はゼンカイの事を馬鹿にするような冷ややかな物であった。
しかし、恐るべきはこの爺さんである。
よもや140歳とはそれだけで驚きである。
死因に関しては馬鹿馬鹿しい事この上ないが。
「だから天界としても困っている。本来の予定より大幅に早い死だからな」
「だったらとっとと異世界に送らんかい!」
「……何を言っているんだお前は?」
女神の綺麗な額に皺がよった。身体が大きいぶんよく目立つ。
「だから異世界じゃ! さっきも言ったじゃろうが! あるんじゃろ? い・せ・か・い」
人差し指を左右に振りながら、まどろっこしく語る。
その仕草が何とも腹ただしい。
「……異世界か」
女神はどこか含みのある雰囲気を醸し出しつつ呟いた。
勿論、静力 善海(140)はそれを見逃さない。伊達に年を重ねてきたわけではないのだ。
「やっぱりあるんじゃな異世界! ひゃっほぉおおおぃ! これで転生じゃ! 異世界転生じゃ!」
「ちょ、ちょっとゼンカイさん落ち着いて」
ボブが、場もわきまえず燥ぐ爺さんを鎮めにかかる。
「え~いボブ! これが落ち着いていられるかい!」
ゼンカイじいさんはもう異世界に行けるものと決めつけてしまい、わけのわからない踊りのような物を再び披露しだした。
「確かに異世界はあるが――どうしても行きたいなら手続きで最低250年はかかるぞ」
ピタッと爺さんの動きが止まった。
ギギギッと軋んだような動作で首を回し、女神をみやる。
「な、なんでじゃん! なんでじゃん!」
一昔前の若者言葉で駄々をこねても見苦しいだけである。
「言った筈。お前は本来死ぬ予定ではないのに死んでしまった。その後処理だけでも大変。確かにお前をここに呼んだのは希望を聞く為もあるが、自分の立場を理解して貰うためでもある」
「そ、そんな! わしの老後の異世界ライフの夢が! 異世界でチーレムの夢がぁあ!」
がっくりと膝を落とし涙をながす。
口にしていることはとんでも無いが、悔しいのは確からしい。
「えぇい! そもそもあんた神様じゃろう! いたいけな老人の頼みじゃ! その権力でなんとかせい!」
頭を上げ、到底頼んでるとはいえない物腰で騒ぎ立てる。
「まぁまぁ。大体ゼンカイさん。天国とかの方が暮らしやすい(行ければ)ですよ」
「そんな無難な選択は嫌に決まっとるじゃろう! 異世界であーるぴーじーの世界に行くのは男のロマンじゃ! 魔法じゃ! ファンタジジィーじゃ! 冒険者じゃ! ハーーーーーーレムジャアアアアァアアア!」
とりあえず先程からの話で、メインがハーレムだという事だけは良く判った。
しかしこの年令でハーレム希望とは、飛んだ色ボケいや元気な爺さんである。
「はぁ。RPGですか」
ボブが妙な所に食いついた。すると爺さんは何かを思い出すように遠くを見つめ、語りだす。
「そうじゃ。懐かしいのぉ。復活の呪文を間違うと――」
ボブはしまったという顔を見せた。この年の人間の思い出話は長いのだ。
しかもゼンカイ爺さんの取り出した思い出はあまりに古すぎる。
カセットの裏をふぅ~って吹いてのぉ、なんて話をされてもボブにはさっぱり判らないようだ。
彼の頭の輪っかに○ONYと刻まれてる辺りがFC世代で無いことを証明している。
「あのぉ~もうそろそろその辺で……」
女神が目でさっさと話しを終わらせろと合図してきてるので、ボブはなんとか爺さんの思い出話を止めようとする。が、爺さんときたら突然ビシッと背筋を伸ばし、何かを口走る。
「じゃ~ん! じゃかじゃんじゃんじゃ~ん! じゃ~ん! じゃかじゃんじゃんじゃ~ん! じゃ~ん! じゃかじゃ~ん! じゃかじゃ~ん! じゃかじゃ~ん! じゃかじゃ~ん! じゃかじゃんじゃんじゃ~ん!」
あまりの事にボブも女神も両耳を塞いだ。
女神は歯茎を露わにしながら、ゼンカイの方へ顔を向け、
「今すぐこの酷いのをやめなさい! 早く!」
と命じるが、爺さんは止めるどころかノリノリである。
どうやら本人はエスニックみたいな名前の会社が出したRPGのBGMを奏でてるつもりらしいが、右手を左右に振る動きはまるで軍歌のソレである。
「じゃっかじゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃ~ん♪ じゃっかじゃ~んじゃ~♪ じゃかじゃじゃんじゃ~ん――」
爺さんの興奮はいよいよここに来てクライマックス。音響もさらに大きくなる。
「ボブ! 早く止めなさい!」
女神が再びボブに命じる。
「わ、わかりました~!」
と慌てたように応じ、ボブは爺さんの肩を揺すった。
「ぜ、ゼンカイさん! もうその辺で――」
すると何とゼンカイ爺さん。ピタッと口も動作も停止させる。
生きていたなら突然死を疑うレベルだ。
「良かった。聞き届けて頂けたんですね……」
ホッと胸を撫で下ろすボブ。しかし――。
「じゃ~ん! じゃかじゃじゃ~ん!
じゃ~ん! じゃかじゃじゃ~ん!
じゃ~ん! じゃかじゃ~ん!」
「こ、こいつ! まだ動くぞ!」
ボブが驚愕の表情を浮かべ、女神は、いい加減にしなさい! と叫びながら耳を塞ぐ。が――。
「じゃかじゃ~ん! じゃかじゃ~ん!
じゃ~ん♪ じゃ~んじゃじゃんじゃんじゃんじゃん♪ じゃんじゃかじゃんじゃんじゃん……」
はて、気のせいか途中からリズムが代わり全く違うメロディーに変わっている気がする。
そう、確かこれは――。
「じゃ~んじゃ~んか♪ じゃんじゃんじゃんじゃん♪ じゃんじゃかじゃかじゃかじゃん♪ じゃかじゃかじゃか――」
「止めろ!」
突然の女神の怒声。先ほどまでのクールビューティーぶりは何処へやら、額に浮かび上がった血管が波打ち、尋常でない怒りを露わにしている。
「ちょ! ゼンカイさん今のはまずいです……それ下界の結婚式で流れてるアレですよね?」
ボブが大慌ててで爺さんの動きを止めに入り耳元で囀った。
ほぼ抱きしめるような形でいくものだから、何故か爺さん頬を赤らめる。
「や、やめんかい! わしにそんな趣味は無いぞ!」
「ち、違いますよ! そうじゃなくて。結婚とかちょっと神様も微妙な年頃なので」
「ボブ、余計な事は言わなくていい――」
小さな怒りが渦巻くその言葉に、はいぃいいい! と返事し、ボブが背筋をピンと伸ばした。
「静力 善海――」
「うん? 何じゃ? 異世界に送ってくれるのかいのう?」
一体どこをどう考えたらその結論に至るのか不思議である。
「いや。お前は異世界にも天国にも連れて行かない。地獄に落とすことにする」
な、何じゃとぉお! とゼンカイは顎が外れるぐらいに驚いて見せる。
「か、神様それはいくらなんでも……」
ボブが顔をひくつかせながら、勇気を振り絞って進言した。
「ボブ。私が良いと言っているんだ。逆らう気なのか?」
切れ味の良さそうな瞳で女神がボブを睨みつけた。だけどボブ負けてはいけない。爺さんの運命は君にかかって……。
「あ、はいそうですよね。わかりました」
負けた。この天使ときたらあっさり権力に謙った。もうこれで爺さんに打つ手は無い。
「いいわけないじゃろが!」
と、ここで文句を言うは火中の人物、静力 善海である。
顔を真赤にさせながら両手をぶんぶん振り回し脚をどすどす鳴らしている。
「さっきから聞いていれば勝手なことばかり言いおって! お前らは年寄りを労るということを知らんのか! 何が地獄じゃ! そんなとこわしは絶対にいかんぞ!」
「そんな事言っても遅い。私が決めたのだからお前は地獄。もう決まり」
しっしとまるで野良犬でも追い払うかのように女神が右手を振る。その態度にいよいよ爺さんの怒りが爆発。
「許さんぞ小娘! わしは怒ったぞぉぉぉおおぉおお!」
突如爺さんの周りから何かオーラのような物が吹き出た気がした。
すると爺さん再び宙へと飛び上がり、先ほどと同じく女神めがけて一直線に突き進んだ。
「無駄。この障壁がある限り、私には指一本触れられない」
女神の顔は絶対の自信に満ち溢れている。
そしてその言葉通りゼンカイは障壁にその突撃を阻まれた。
「あぁ~やっぱり無理だったか……」
何故かボブが肩を落とす。
だがどうだろう。
ゼンカイが負けじと見えない壁に両手を掛け、まるで蜥蜴のように張り付いて見せる。
「わしを舐めるなよ小娘!」
そう言うが早いか、なんと爺さん見えない壁に噛み付き、がりがりと鼠の如く削り始めた。
「そんなの……無理。いいかげん往生際の悪い事は……」
爺さんの思いがけない行動に狼狽する女神。
だが爺さんの歯撃は収まらない。
ガジガジガジと猛烈な勢いて障壁に歯を食い込ませ――そして遂に、パリーンっとガラスが砕けような音が鳴り響き、ゼンカイがくぐり抜けられる程の穴が穿かれる。
「げ、下界の爺さんはバケモノか!」
ボブが驚愕の表情を浮かべて叫んだ。
「ボブ馬鹿な事言ってないで、さっさと止めなさい!」
「もう遅いわい!」
そう言った爺さんの瞳がキラリと光った。目標は既に決まっている。
そう、もし人に、何故其処までするのか? と問われれば彼はこう応えるだろう。
「わしは行く! そこに山がある限りぃいいいぃいいい!」
そうなのだ目標が高ければ高いほど爺さんは燃える。いや萌えるのだ!
爺さんは遂に人間弾頭とかし、女神の持ち山へと飛びかかる。
目指すはうっすらと雪化粧の残る二つの巨山。いや寧ろその間で全てを飲み込む深い谷。
スポン! と心地良い快音を耳に残し、遂に爺さんが女神の園へ突入した。
ここに来て露出したやんごとなきおっぱいが仇となったのだ。
そして爺さんと来たら、入り込むや否や、あちらこちらと動き出し、思わず女神も、はぅん……と一声上げ立ち上がり、身体をくねらせ身悶える。
「ちょ! ど、何処触って!」
「むほほぉぉお! 最高じゃ! この弾力! 手触り! 艶! どれをとっても一級品じゃぁああ!」
「な、ダメよ! そんなと、あ、あん」
女神の声に若干の喘ぎが混じりはじめている。だが、その強気な表情はまだ崩れない。だが、それがいい!
「ちょ、ボブ、あ、ん、なんとかなさい!」
女神が叫び命じるも、肝心のボブと来たら何故か股間に両手をあてたまま、もじもじとして動かない。いや動けない。
そう天使と言えど、ボブだって一人の漢なのだ!
「ぬほほほぅ! 最高じゃ~さぁこれからが本番じゃ! ほれ、いくぞ!」
突如鼻歌混じりに爺さんさらにごそごそと蠢きだす。
「ほ~れ、やるぞ! まいるぞ! ふん! ふん! おお! みっぎ~のちっくび~が真っ黒」
「まっくろ!?」
「ひだりのちっくび~は山吹色!」
「やまぶきいろ!?」
ボブときたら一々ゼンカイの言葉に驚き辺りを跳ねまわっている。
「ちょ! 何言ってるのよ! ボブまで一緒になって何言って――あ、だ、そこは、ち、ちょ! いい加減に――」
「おお! ふたつとも良い山じゃぁ。みぎとひっだりでむちむちだ~」
「いやだ……ちょ! そんなとこに変な物挟まないで! 駄目よ! 駄目駄目!」
女神は首を左右に振りながら親指を噛んだ。
堪えるように閉じられた瞼とその表情が何とも言えない。
「爺さん最高!」
拳を高く突き上げるボブはとても生き生きしている。
もう仕事なんてそっちのけだ。
「うんしょっと……おお! 絶景かな絶景かな~ここはどこじゃ? おお山の先端に新たな山が!」
「て、そこは山じゃなくて、私のちく、ぴゅぅん!」
女神はピーッンと背中を張り、息も荒くなって来ている。
既に限界が近いのかもしれない。
「女神様! 我慢しては身体に毒ですよ!」
ボブ、天使にしておくには惜しい男である。
「さぁこの山はどうなんじゃ? うん? うん? ほ~れほれほれ」
「う、ん、いや、もう駄目ぇええ! 判ったわよ! 異世界でもどこでも送って上げるからぁあああん、もうやめ、て、ああぁああぁあ!」
ついに女神が観念し絶叫を上げた。だがその瞬間、女神の上と下から勢い良く何かが噴出する音が響き渡る。
「おお! こ、これは!」
「女神様!」
ゼンカイとボブが同時に声を上げ。
「お、温泉じゃぁああ! 白い温泉が噴き出おったぁあああ!」
とゼンカイが叫び拝み、
「こ、こっちは湖が! 女神様の足元に湖がぁああ!」
とやはり拝むポーズを取り。
「ばんざーーーーーぃぃいい!」
「ばんざぁあーーーーぃいぃい!」
「ばんざぁあーーーーーいぃい!」
何故か歓喜のあまり万歳三唱する二人なのであった――。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
女神が妙に顔を紅潮させて、息を荒立てている。
「何かえろいのぉ」
「だ、誰のせいだと思ってる――」
潤んだ瞳で女神が叫んだ。こんな爺さんに汚されるなんてと歯を食いしばる。だがその姿もなんとも悩ましい。
「で? 異世界には転生させてくれるのかのぉ?」
「……判った。私の負け。神たる以上、言った事は守らないと行けない」
「おお!」
ゼンカイの瞳がまるで若かりし日の少年の頃のようにきらきらと光りだす。
「それに、もうさっさと出て行って欲しい……」
軽くそっぽを向くようにしながら、女神はぼそりと呟いた。
「うん? 何かいったかのぅ?」
「何も言ってない。それより早くここに来い」
女神はゼンカイ爺さんを手招きする。
机の前まで来いという事らしい。無論障壁の外側って事であろうが。
「ところであれじゃのう、転生したら当然若返らせてくれるんじゃろうな?」
「判った。若返らせればいいのだな」
その返答に、おお! と拳を握りしめ、爺さんの顔にぱっと花が咲いた。
「だったらあれじゃ! 勿論チートと言うのも貰えたりするのかのぉ?」
爺さんは正直かなり図々しい。が、女神はこれにも、はいはい、とどこか投げやりな対応で事を済ましている。
「もういいか?」
「おお! いつでもどんと来いじゃ!」
ゼンカイは随分と張り切った様子で胸を叩き、いつでもよいぞと両手でカモーンのポーズを取った。
「じゃあ。はい行ってらっしゃい」
頬付をつきながらそう述べ、女神は机の横にある赤いボタンを押した。
すると何と爺さんの下にぱっかりと一つ穴があき、何じゃ!? と疑問の声を上げた瞬間には、まるで吸い込まれるようにゼンカイ爺さんはその場から消え失せたのである。
穴が再び閉じ、安堵の表情を浮かべる女神。何はともあれこれでゼンカイも無事異世界に行くことが出来たのであった。
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