蛙のおねだり
蛇は亀の気持ちを揺さぶる。とはいえ一旦蛇は竜のところに戻ることにする。
蛇は随分遠くのところへ行っていたので戻ってくるまでには随分時間がかかった。
そして蛇も亀もいない間に好き勝手やっていたのは蛙であった。
「パパ、パパ。ここは本当に気持ちのいい泉だね!本当にパパってすごいや!」
「そりゃあそうさ。俺が丹精こめて作り上げた遊び場だからな。お前はいつでも好きな時にここへ来て遊んでかまわないんだぞ。なんてったって俺の愛する子どもなんだからな。」
もちろんこの泉は亀が竜のために汗水たらしてこしらえたものだった。
泉なんて言葉でイメージされるようなちっぽけな場所ではない。
ここは一つの巨大な山を長い時間をかけて亀が造成して作り上げた。
複雑に張り巡らされた洞窟はあるし、滑り台もある。
見晴らしのいい展望台のような場所もある。
山頂の方にはいつでも雲がかかっていて雨が降っているので水は豊富に供給される。
全く楽園のような場所だった。
というか亀が竜のために適切な場所に楽園を作り上げたのだ。
「本当にすごいよパパ。ここでなら僕たちは永遠に楽しんで暮らしていくことができるよ。まさに楽園、竜の楽園さここは!」
「そうか?ここは楽園か。確かに言われてみればそうだな。ふふふ、竜の楽園か。いい響きじゃないか。それならお前は楽園の名付け親だな…」
竜と蛙は水をばしゃばしゃかけあいながらはしゃぎはじめる。
それから二匹はかくれんぼをし、鬼ごっこをし、相撲をとった(竜はうんと手加減をした。)
そうしてどんどん二匹の絆は深まっていった。
少なくとも竜はそう思っていた。
「ねえ…パパ。」
とびきり甘えた声で蛙は竜に話しかける。
「なんだ?」
「ここは最高の楽園だよ、多分地上で一番の。でもここはあくまでも竜の楽園だね?」
「そうだな、お前がさっき名づけてくれたようにな。」
「ということはこの楽園の中ではパパが絶対だね?ここにいる奴はパパに絶対的に服従しなければならないよね?何一つパパに口答えしてはいけない、常にパパに感謝していなければならな、今僕がこうしているみたいに。」
「うん?まあそういうことになるかもな…?」
竜はほんちょっとだけ何か変だな?とは思ったが親ばかになってぼやけた頭では深く考えることができなかった。
「僕もね…そういう楽園が欲しいんだ。僕もそこでは絶対的になれるような楽園が。つまり蛙の楽園が。」
「お前の楽園?お前の楽園か、うーむ…」
さすがにこれには竜も腕を組んで考え込まざるを得なかった。
絶対的?絶対的とはどういうことだろう?大地の支配者として今まで好き勝手やってきた竜にはいまいちそこのところがぴんとこなかった。
満たされているものは自分が何によって満たされているのかということがかくの如くわからない。
蛙は竜が迷っているのを見て勝負に出た。
「ねえお願いだよパパ!僕にも楽園頂戴!僕にもくれなきゃやだ!僕も憧れで大好きなパパみたいに僕専用の楽園が欲しいんだよ!くれなきゃ嫌いになっちゃう…」
駄々をこねる蛙を見てほんのちょびっとだけ竜は「うざっ」と思ったけれどその程度の嫌悪は愛情のスパイスにしかなり得ない。
竜は蛙に嫌われてしまうのは嫌だな、と思ったのでこう答えた。
「わかった、わかった。作ってやるよ楽園。亀が帰ってきてからな…そういえば亀は遅いな。一体何をやっているんだ全く。」
「どうして亀が帰ってきてからなの?今作ってよ今!この楽園だって作ったのはパパなんでしょ?」
「え?え、いや…。そ、それは亀が帰ってきてからあいつに手伝わせた方が結果的に早く完成させることができるからさ。さすがに1人では時間がかかってしまうからな。ま、まあ亀は俺の指示の通りに動くだけのことさ…」
「ふーん、そうなんだぁ。」
蛙のきらきらした瞳(竜にはそう見えた)から目をそらすように竜は向こうをむいた。
そんな竜の背中にすりよって蛙はさらに甘い声で話しかける。
「それならパパ。今すぐにでもパパができることを、お願いしていいかな?」
「なんだ?俺ができることならなんだってやってやるぞ。」
蛙は天真爛漫無邪気そのものの声でこう言った。
「僕とまったく同じ姿形の蛙を何匹か産んでよ!」