滅亡
ドロンはトカゲ王がいなくなってしまったことを知り、衝撃を受ける。
地下空洞から無数に伸びる通路の内の一本。ヤミはその通路の壁のさらに小さな隙間から通じる細い道を進んでいた。
ヤミは1匹ではなく、目の前をずりずりと進んでいく影の後について歩いていた。
その影は小さく、おまけに手足がなかったが器用に這って進んでいた。
やがて行き止まりに突き当たり、影は振り返ってヤミの顔を見た。影はにやにやと笑いながらヤミに話しかけた。
「さすがにここまでくれば話を聞かれる心配もないだろう…」
ヤミがそれに答える。
「あなたがこんなに早く姿を現すとは思っていませんでしたよ」
「まあな…お前とどうしても早い内に会っておきたかったんでな」
「確かに戦争が終わったら会いに来るとは言っていましたが、こんなに早くとは思いませんでしたよ」
「ふん…俺はせっかちなのさ。1つの仕事が終わったらすぐに次の仕事に取り掛かりたいのさ。…現にたった今だって1つ仕事を済ませてきたところさ。…全く予想外の仕事ではあったがな。…くくく」
「?…まあ何のことだかはわからないですがね。それよりねえ、私はちゃんと役目を果たしましたよ。だからそろそろ種火の作り方を教えてくださいよ。あなたは私に火を授けてはくれたが、その作り方はまだ教えてくれていない。戦争でトカゲ王に火を使わせればその作り方を教えてくれると言ったじゃないですか…」
「ああ、そのことか…。いいさ、教えてやるよ。雷を使うんだ。真っ黒な雲が空を覆いつくすような時には雷が落ちるな?それが木や草なんかに落ちると、それが燃え出すんだ。その火を消えてしまわない内にくすねると、種火となるというわけだ」
「雷ですか…。なかなかお目にかかれないものですね」
「なあに、確かに何かを強く求めている時にはそれはなかなか現れないものだが、何でもない時にひょっこり現れるものさ。それが現れた時に即座に反応して掴み取ることができるかどうかということが問題なのさ。何でもそうさ」
「そういうものですかね…」
「そういうものさ…。まあこれで火の作り方をお前は覚えたわけだ。これでお前はいつでも俺のことを裏切ることができるというわけだ…。くくく」
「いやあ、そんなことはしませんよ…。嫌なことを言うなあ、全く…。ところでわざわざ私に直接会ってまで話したかったこととは何なんですか?」
「ああ、それはね…」
その時、ヤミは頭に強い衝撃を感じた。
薄れていく意識の中、ヤミは目の端で自分の後ろに誰かがいつのまにか立っていたことに気づいた。それがどうやらトカゲであるらしいことはヤミにもなんとかわかった。しかしそれが誰なのかということは全くわからないままにヤミは気を失ってしまった。
「お前はもう用済みだということを言いたかったのさ」
地面に倒れこんだヤミに向かって影は呟いた。
そのトカゲは倒れたヤミをもう2発ほど殴りつけた。
ヤミの頭はぱっくりと開き、そこから血が流れてあたりを浸した。
影はその光景を見て、舌を出しながら笑った。ヤミが死んだことは明らかだった。
「よくやったトン。随分年老いているのに、なかなか機敏に動くじゃないか」
ヤミを殴り殺したトカゲはカンとテンの父であるトンだった。
「ふん…。コツを心得ているだけじゃ」
トンは手に持っていた棒を捨てながら言った。
「くくく…。全くこのヤミというトカゲは火の作り方を教えろ教えろとうるさかったからな。若い奴というのはここがいけない。とにかく素晴らしい物は何でも誰かが与えてくれると思っている…。だから利用して、あげくに殺されることになるのだ」
「ふん、わしも用済みになったら殺すのじゃろう?」
「それが最初からわかっているのなら対策もしやすいだろう?」
「…」
トンは影を睨み付けた。
「そう怖い顔をするな。まだしばらくは俺たちは仲間でいられるということは確かだろ?利害が一致しているからな…。とにかくお前はきちんと仕事を果たしてくれよ?そのために火の作り方を教えたんだから…」
「わかっておる…」
「頼んだぜ…」
そう言うと影は手足のない体を這わせ、壁の隙間からどこかへと行ってしまった。
後に残されたトンはぼそりと呟いた。
「化物め…。蛇とかいったか。あいつの思うようにはならんぞ」
それからトンは、ヤミの死体には目もくれずにそこから立ち去った。
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赤蛙は戦場へトカゲ王を届けるために疾走していた。しかしあと少しで到着するという時になってトカゲ王が声を張り上げ、赤蛙を停止させた。
そしてトカゲ王は「ここで別れよう」と言った。クララは「そうか」とだけ言った。赤蛙はまだ名残惜しそうであった。
クララとトカゲ王はいつまでも見つめ合っていたが、やがてトカゲ王の方が振り返り、戦場へ向かって歩いていった。その背中をクララと赤蛙はいつまでも名残惜しそうに見つめていた。もう見えなくなってからもしばらくクララと赤蛙は地平線の彼方を見つめていた。しかしやがて2匹は振り返り、トカゲの世界は全く違う方向を目指して駆けていった。
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「ジジはいないのか?ジジを探せ!奴を見つけた者はたんまりと褒美がもらえるぞ!」
燃え盛る城の近くでトカゲ王の兵たちがそう叫びながら駆け回っていた。
あちらこちらに肉が裂け、骨が砕けたトカゲの死体があった。
生き残った者たちも多くは深い傷を負って地面に横たわっていた。
痛みを訴える嘆きの声は止むことなく、血の臭いはむせ返るほどに濃厚に辺りを満たしていた。
そしてそれら悲惨な光景の真ん中でジジの城が轟音をたてながら燃え盛っていた。
最後まで頑なに降伏することを拒絶していた集団は限界まで追い込まれるとなんと燃え盛る城の中へと駆けていった。
自らを鼓舞するかのように大声を上げ、最後の抵抗を試みてから一気に城の中へと駆け込んでいったのだ。
トカゲ王の兵たちもさすがにそこまでは追いかけることはできなかった。
それまでとは違う、肉の焦げるいやな臭いが前線には漂ってきた。
トカゲ王の兵たちはどうにももやもやとする思いを胸に抱えながら、それでも武器から手を離した。
とにもかくにも戦いは終わったのだ。
最早抵抗する者は1匹としていなかった。
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ただ茫然と立ち尽くしているドロンとアタリ。2匹のところに最前線から兵がやってきて現在の状況を伝える。ジジの兵は戦意のある者は全滅し、残った者は皆降伏したとのことだった。
「必死になって探してはいるのですが、ジジの姿が見当たりません。まさか城の中へ突っ込んでいった集団の中にジジがいたのでは…」
「かもしれないな。姿が見当たらないということはそういうことなんだろう。いずれにしても戦いは終わった。俺たちの勝ちだ…」
アタリが兵にそう返答する。しかしドロンはじっと黙って虚空を見つめるばかりだった。
しかし突如、ドロンは何かに突き動かされるように走り出した。燃え盛る塔を目指して走り出したのであった。疲れ果てたアタリにはそれを止めることが出来なかった。ただ燃え盛り、崩れ落ちる城の中に飛び込んでいくドロンを見つめていることしかできなかった。




