逆転
ジジの城に火をつけるという計略は見事成功する。
一方戦場。トカゲ王がいなくなってしまったことによる混乱は続いている。
テンが逃亡したので、全体の指揮はジジが行っていた。しかし兵士はジジの指揮などほとんど無視してとにかく本能の赴くままにトカゲ王の兵士をなぶり殺しにしていた。
統率は完全にとれていなかったのであるが、ジジは自軍の兵が相手の兵をどんどん倒していくのを見て小躍りした。トカゲ王がいなくなった今、後はドロンとアタリさえ殺してしまえばトカゲの世界は完全に自分のものになる。もうジジはそのことしか考えていなかった。
ジジの顔からは思わず笑みがこぼれた。
兵たちが巻き上げたこの砂埃、これが収まったらきっとわしはドロンが兵たちに八つ裂きにされている光景を拝むことができるに違いない。ジジはそう妄想した。
…しかしなかなか砂埃はやまなかった。
今のところジジの周囲に走っているトカゲはいない。にもかかわらず砂埃はなくなるどころかますます激しくなっていた。
そして何やら妙な匂いもする、と思い始めたところで砂埃がとても変な色をしていることに気づいた。
「なんだこの砂埃は…?ひどく黒いぞ?ここらの地面はこんな変な色はしていないのに…」
ジジの周りのトカゲもざわつきはじめ、そしてジジの後ろの兵がさっき赤蛙を見かけた時よりもさらに絶望的な声をあげた。
その声につられて振り返ったジジは驚くべき光景を見た。
「なんだあれは!わしの城から…何か真っ黒いもやのようなものが出てるぞ!」
トカゲ王の城の下の方の階はすでに真っ黒なもやで覆われ、それが流れてジジたちのところまで来ているのであった。
城に何か異変が起きているのは明白であった。
「お…おい、お前ら何をぼおっと突っ立っているんじゃ。早く様子を見に行ってこんか!」
トカゲ王の怒号を受けて一応周囲に残っていた何匹かのトカゲが走り出していったが、そのもやを吸い込むと咳が止まらなくなるようで、とても近づくことができなかった。
前線の兵たちもジジの城の異変に気づいたようで、ジジの兵もトカゲ王の兵も皆何事かとジジの城を眺めていた。
「トカゲ王め!これはきっと奴らの罠に違いないわ…」
ジジはそう悪態をついた。
そしてまた自分の城の方を向いたのだが、すでに次の異変が城には起きていたのである。
火はあっという間に城を取り巻いていった。
城が煙に取り巻かれている段階では何が起きたのか?とただ見つめていただけだったジジの兵も、城が火に取り巻かれていくのを目にすると声をあげて逃げ惑い始めた。
あの赤い、城を取り巻いている化物のような物の正体はジジにはまだわからない。
しかし相手が自分たちの本拠地であるジジの城に何らかの奇襲をしかけ、それがどうやら成功してしまったようだ、ということはわかった。
今までものすごい圧力で攻撃を仕掛けていたジジの兵は散り散りになり、地面にはいつくばって降伏の意を示す兵まで現れた。
すでに火は城の半分以上を取り巻いている。
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トカゲ王がいなくなってから、トカゲ王の兵の指揮をとっていたのはアタリだった。アタリは敵の本拠地が火に取り巻かれているのを眺めながらこうつぶやいた。
「トカゲ王の計略が成功したのだ。トカゲ王はいなくなってもなお、私たちのことを守ってくださっているのだ」
そしてアタリは残っている兵をまとめあげ、ジジの軍を攻撃させた。ただでさえ混乱していたジジの兵はどんどん殺されていった。
辺りはトカゲの兵の死体で満ち満ちていた。
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地下空洞に避難してきたドロンとカンとテン。火の手の届かないところまでやってきてようやく一息ついた。カンがドロンに訊ねる。
「あれは一体何なのですか?あの赤い…」
「あれは工房で発明した「火」と呼ばれる新しい兵器さ。このヤミが発明してくれたんだ。ん?ヤミがいないぞ…」
ドロンは辺りを見渡してヤミを探す。そんなドロンにカンはさらに訊ねる。
「しかしあれはあまりにも…。一瞬で城が崩れ落ちてしまうほどの威力の兵器なんて。あれが敵の手に渡ったらどうするんです?」
「敵なんてもういなくなる。城はもうないんだ。後は戦場にいるジジさえ殺してしまえばもう歯向かうトカゲはいなくなる。そうなったらついにトカゲ王が全てのトカゲを統率する時代がやってくるのさ。長かった…。あの巨大で獰猛な鰐という怪物から最初のトカゲ王が我々を守ってくださってから一体どれほど長い時が経ったことだろう…」
テンはドロンのその言葉を聞いてはじかれたように笑った。
「なんて間抜けな奴だ!トカゲ王はもういない!あの巨大な化け物に食われてしまったからな。そんなことも知らなかったなんてな」
怒りに打ち震えた目でドロンはテンのことをにらみつけながら言った。
「巨大な化け物とは赤蛙のことを言っているのか?でたらめなことを言うなよ…」
「でたらめかどうかは自分の目で確かめてみるがいいさ」
「どの道戦場へ行けばわかることさ…。カン、お前はここでテンを見張っておけ」
そう言ってドロンは兵を引き連れ、地上の戦場を目指して走っていった。地下空洞にはカンとテンが残される。
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戦場にて、アタリが叫ぶ。
「敵の本拠地を制圧するというトカゲ王の作戦が成功したぞ!ジジの兵たちよ、最早お前たちに帰る場所はないのだ。それでもまだ戦うというのか?今降参すればお前たちの命を奪うことまではしないと約束するぞ…」
このよく響き渡る大声を聞き、大半のジジの兵はひざまずいて額を地面にこすりつけ、降参します!我先にと叫んだ。
少数の兵が後退し、後方のある場所に固まった。
おそらくあそこにジジがいるのだな、とトカゲ王は見当をつけた。
「よしみんな!最後の戦いだ。あそこに固まっている奴らを倒せば戦いは終わり、そして勝利が訪れる。ジジの城はすでに使い物にならない!数も今となっては俺達の方が優勢だ!みんな最後の力を振り絞るんだ…」
アタリが全て言い切る前に、兵たちは奇声を発して敵へと向かっていった。
今までずっと劣勢にたたされていて、トカゲ王の兵たちも鬱憤がたまっていたのだろう。
彼らはそれを晴らすかのように1匹また1匹とジジの最後の兵たちをなぎ倒していった。ずっと指揮をとっていたアタリは疲労困憊し、思わずその場に膝をつきそうになる。それを兵の1匹が支える。
「アタリさま。あなたが前線で指揮をとる必要はもうありません。この戦いは我々の勝ちです。どうぞ後方で休んでいてください」
「なんのこれしき」とアタリは言おうとしたが体は言うことを聞いてくれなかった。結局護衛の兵に守られ、アタリは後方へと連れられていった。トカゲの兵たちが殺しあう音。火に包まれたジジの城が崩れ落ちていく音。そういう音を聞きながらアタリはただただ無心で空を眺めていた。
「アタリ」
の声でアタリは正気に戻った。アタリに声をかけたのはドロンだった。
アタリは立ち上がり、頭を下げる。
「ドロンさまがジジの城を破壊したおかげで敵は完全に士気を喪失しました。この戦い、我らの勝利です」
その言葉をほとんど無視し、ドロンは言った。
「トカゲ王は?トカゲ王は…どこにいる?」
アタリは絶句し、うつむいた。その様子を見てドロンはテンの言っていたことは本当だったのだということを察した。




