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初めに竜があった  作者: 最黒福三
トカゲの時代
74/78



 一方その頃地下迷宮で待機するトカゲたち。



-----------------------


「ドロンさま!伝令の者がこちらにむかって走ってきます!これは…合図が出たのでは?」


「うむ…」


 ドロンはゆっくりと立ち上がり、そしてヤミの方へと顔を向けた。


「準備はできているか?失敗は許されないぞ…。合図が来たということはかなりトカゲ王は追い込まれているということなのだからな」


「まあ最善は尽くしますよ…」


 そう言ってヤミはごそごそと準備を始めた。

 ヤミは木の棒を持ったトカゲ達を自分のまわりに集めて、なにやら指示を飛ばしていた。

 ヤミ自身は巨大な壷のようなものを大事に抱えていた。

 何かがおさめられているようであったが、カンにはよくわからなかった。


 やがてドロンがカンやヤミたちの方を向き、話し始めた。


「さあ、行くぞ…。俺がまず先頭をいくから、ヤミたちは後からついてくるんだ。カンは最後尾について後ろから攻撃されないよう気をつけてくれ。どこに敵がんでいるかわからないからな、くれぐれも気をつけるんだぞ」


「自分の命は大切ですからね。最優先にしますよ…」


 くっくっくと笑いながらそう言うヤミをドロンは実に冷たい目で見た。

 その目で見つめられてすっかりおびえてしまったヤミはもうたわ言を口にしなくなった。

 ドロンは最後に皆のことをぐるりと見渡し、気がゆるんでいないか確認してから言った。


「さあ行こう」



 まず角を曲がり、地下空洞の入り口まで駆けていった。

 一旦そこで止まり、ドロンとカンが通路から少しだけ顔を出し様子を伺った。

 地下空洞は静かで、ひんやりとした空気が満ちていた。

 いくつも見える通路も、先ほどカンが見た時と様子は変わらなかった。

 大体反対側の位置に見える大きな木の扉だけが異様な存在感を放っていた。


「行くぞ」


 その声を合図として、ドロンが駆け出した。

 そのすぐ後から木の棒を持ったトカゲ達に囲まれたヤミがついてくる。

 カンはそのさらに後からついていった。

 

 空洞の丁度半ばあたりまできても、一行は誰にも襲われなかった。

 ただ自分たちだけの足音と息遣いだけがやけに大きく聴こえた。

 しかしドロンもカンもほんのちょっとも警戒心を緩めることなくそのまま駆け続け、やがて大きな扉の前までたどり着いた。


「…ここまで敵には襲われなかった。しかしこの扉の向こうにはさすがに守備兵が控えている可能性が高い。…あるいは敵は俺たちのことを挟み打ちにしようとしているのかもしれない。…しかしひるむわけにはいかない。前進あるのみだ…カン、一緒に体当たりをしてこの扉を打ち壊すぞ」


 カンは頷き、前に出てきた。

 そしてドロンと共に満身の力をこめて扉に体当たりした。

 一度では倒れなかったが手ごたえはあった。

 そのまま二度、三度と体当たりを続け、四度目でついに扉は枠ごと外れて向こう側に倒れ、ものすごい音を立てた。

 ドロンとカンは敵の攻撃を予期して即座に構えたが、辺りには誰もいなかった。

 

 扉の先は狭い通路となっていた。

 上り坂になっていて、ところどころ木の板で補強されている。

 ドロンはさらに様子を伺い、敵がいないことを確認すると駆け出していった。

 その後ろからヤミたち、カンがついていった。


 傾斜は緩やかで、しかも一向に敵が現れないのでドロンたちはほぼ全力の速さで進むことができた。

 間もなく通路の先に穴が見えた。

 まず先頭のドロンがその穴から外に出た。

 後から続いてヤミもカンも穴から飛び出た…


 穴の外に出ると、そこは小部屋のようになっていた。

 柱があり、ところどころにジジの姿を模した石像があり、明らかにここはもうジジの城の内部であった。

 部屋には今出てきたばかりの穴以外には扉が1つしかなかった。


 ドロンが立ち止まり、言った。


「この扉の向こうには大広間がある。…そこにいる守備兵は俺とカンがひきつける。その間にヤミたちは作戦を速やかに決行するんだ」


「わかりました、では準備をしましょう…。では皆さん、この壷の中にその木の棒を…」


 ヤミに言われた通り、トカゲ達が持っていた木の棒を次々と壷の中に差し入れた。

 カンは「何をしているのか?」と一瞬訝ったが、すぐにその表情は驚きに変わった。

 壷から引き抜かれた木の棒の先端には、赤く、ゆらゆらと動き続ける不思議な物体がまとわりついていたのである。

 カンは思わずヤミが持っていた壷の中を覗き込んだ。

 壷の底ではさらに巨大なその物体が怪しくゆれ続けていた。


「これは…一体…」


「カン」


 と、ドロンがカンの肩を掴んで言った。


「説明をしている暇はない。お前はお前のやるべきことをやるんだ」


 ドロンは真っ直ぐにカンの目を見据えていた。

 そのあまりの気迫に、カンはただ頷くことしかできなかった。


 やがて全てのトカゲの木の棒に赤い物体がまとわりついた。

 トカゲ達は高々と木の棒を掲げ、ドロンの前に整列した。


「準備は出来たようだな、では…ん?物音がする…こっちへ誰かくるぞ!みんな構えろ!」


 カンは咄嗟に動き、皆を守るように扉の前に立った。

 それと同時にすごい勢いで扉が開き、小部屋の中に1匹のトカゲが入ってきた。

 それはカンのよく知るトカゲであった。

 それはアカの姿を見て恐怖に打ち震え、戦場から逃げ出してきたテンであった。



 カンはテンの顔が恐怖でぐしゃぐしゃにひん曲がっていることにまず驚いた。

 それはどうもたった今ドロンとカンに遭遇したから、というわけではなさそうだった。

 

「兄さん…」


「お、お前らどうしてこんなところに…まさか抜け穴から…」


「どうもこいつとは縁があるようだな…」


 一歩前に出て、ドロンが言った。


「しかしお前一匹か?俺たちのことを待ち受けていたわけでもなさそうだし…」


 ドロンは手を伸ばしテンの首をつかみ、そして壁に押し付けた。

 テンは唾を口の端から垂らし、苦しそうに声を漏らした。


「ぐ…ぐうう…」


「守備兵はいないのか?ここにくるまで俺たちは1匹もお前らの兵と出会わなかったぞ?もし何か罠があるならここで言っておけよさもないと…」


 ドロンは腕に力をこめた。


「ぐ…ぐぐぐ…。守備兵はいない。全部戦場に回した…。ジジさまの命令で…」


「ふん…やはりそうだったか。愚かな奴め。では、お前はなぜここにいるんだ?」


「…あ、あいつが現れた!あの化物が…。お、お前達ちくしょう…あの化物をぎりぎりまで隠していやがったな…。やはりあの化物はお前たちの味方だったのだ。あいつがトカゲ王を飲み込んでしまったのも芝居だったのだろう!」


「化物?飲み込んだ?お前の言っていることはよくわからんが…。戦争のあまりの凄惨さに混乱してしまっているのだろうな。ふん、腑抜けめ」


 そう呟くとドロンはテンを床に向かって乱雑に投げつけた。

 テンは床にうずくまりながらげほげほと咳き込んでいる。

 カンはどうしていいかわからず、せわしげにドロンとテンの顔を交互に見つめていた。

 ドロンがそんなカンに声をかけた。


「カンよ。そいつのことはお前に任せる。お前の判断で、殺すか、生かすか決めるんだ。どうする?」


「すいません…。私にはどうしてもテンを殺すことは…」


「それならそれでいいさ。ただし絶対に逃がすなよ?お前の責任でそいつは必ずトカゲ王の城へ連れて帰って来るんだ。…まあいずれにしてもこれから俺たちはちょっと仕事がある。お前はそいつを連れて地下迷宮へ行っているんだな。これからこの城では少々危険なことが起きるのでな。」


 そう言うとドロンは今度は木の棒を持った兵たちの方を向いて話しかけた。


「さあお前たち!行くぞ!」


「ド、ドロンさま…」


 と、カンが言った。

 かすかに微笑み、ドロンは言った。


「なに、お前はとりあえず地下迷宮で休んでいればいい…まあ、見ているんだな…。カン喜べ!この戦い、俺達の勝ちだ」


 ドロンはそう言うと開け放たれた扉から大広間へと飛び出した。

 後に続いて棒を持ったトカゲ達もついていった。

 

「みなさんいいですか、できるだけ乾いたところを狙って火をつけるのですよ。配っておいた枝や葉っぱを撒いてからつけるのもいいですからね。…訓練どおりやればきっとうまくいきますから…」


 そう叫びながら一番後ろからついていったのはヤミであった。



 部屋にはテンとカンだけが残された。

 カンは何か言いたかったが、言葉が見つからず黙りこんだままであった。

 テンはカンに体を掴まれていたが、顔は伏せてカンには見られないようにしていた。


 カンは開け放たれた扉から大広間のドロンたちの様子を伺った。

 トカゲ達はあちこち動き回って、何やら木の棒の先端の、赤くゆらゆらとしたものを壁や柱に押し付けているようであった。



 「一体何をしているのか?」というカンの疑問はすぐに驚愕に変わった。

 その赤い物は押し付けられた柱や壁に飛び移ったかと思うと徐々にその体を巨大化させていった。

 赤い物は絶えず動きながら柱、壁、梁、またあちこちに置かれた木製の家具などにどんどん襲い掛かっていった。

 そしてまるでそれらのものを飲み込んでいるかのように巨大化していったのだ。


「あ…あれはなんだ、一体どういうことなのだ?お、おいカン…げほっ!げほっ!」


 テンも思わずそう叫んでいた。

 赤い「それ」に侵食された柱や壁は黒く変色し、ぼろぼろになって崩れていった。

 その残骸から舞散ったかけらはカンたちがいる部屋の方まで漂ってきて、2匹をむせかえらせた。

 

「これは一体…。それにとても熱い…まるですぐそばに太陽があるみたいだ…」


 あたりにはまた、砂埃のようなものも立ちこめて、視界まで悪くなってきた。

 その埃が目に入り、カンは涙が止まらなくなった。

 

「こ、これはたまらない。兄さん、ドロンさんが言った通り、地下へ避難しよう…」


 そう言ってテンを抱きかかえ、背中におぶったと同時にドロンやヤミたちが砂埃の中からげほげほ咳をしながら飛び出してきた。


「げほっげほっ。こんなに煙がひどくことになるとは想像していなかった。火が燃え移る速度も思ったより速かったし…全く下手したら死ぬところだったぞ…。」


「はい。しかし何しろこんな巨大な建物に火をつけるのははじめてのことでしたからな。不測の事態が生じてくるのは仕方のないことです。しかし火はうまくつきました。どんどん火は燃え広がり、それほどの時間もかからずにジジの城は焼け落ちてしまうことでしょう…」


「ドロンさま…これは一体どういうことなのでしょう…私には何が何だかさっぱり…」


 呆然としているカンの肩を叩き、ドロンは言った。

 

「なんだカン。お前まだこんな所にいたのか。話は後だ。とにかくここは危険だから早く地下へ逃げよう。上の城が崩れ落ちたら地下空洞ももしかしたら無事ではすまなくなるかもしれないからな…」


 ドロンはそのまま地下へ続く穴の中へと入っていった。

 他のトカゲ達も、ヤミも続々と穴の中へと入っていった。

 カンはわだかまりを胸の中に抱えつつも彼らの後に続いてテンを背負って穴の中へと飛び込んでいった。



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