一番重要なこと
本気を出したジジの兵がトカゲ王の兵を圧倒し始めた。トカゲ王自ら前線へ出て行って一旦は持ち直すものの、それでも時間がたつごとにトカゲ王の兵の劣勢は明らかになっていった。しかしそこに赤蛙とクララが現れ…
赤蛙はついにトカゲ王の姿を見つけ、ものすごい勢いでトカゲ王に近づいていった。すぐに護衛の兵がトカゲ王の前に集まって武器を構えたが、彼らは赤蛙がちょっと腕を振ると木の葉か何かのようにあっさりと吹き飛ばされてしまった。
「赤蛙…」
トカゲ王は困惑した表情を浮かべていた。大混乱の中で一瞬の静寂が訪れた。戦ったり逃げ回ったりしていた兵たちの誰もが、今はトカゲ王と赤蛙のことを見つめていた。これじゃあ混乱に乗じた意味がなかったな、とクララは思った。
「赤蛙…お前は…」
トカゲ王は何か言おうとしたが、最後まで言い切ることは出来なかった。赤蛙が大きく開いた口の中に入れてしまったからである。赤蛙の口の中に無理やり入れられたトカゲ王は、先に口の中に入っていたクララと目を合わせた。
「よお」
とクララが言った。
「クララ…」
トカゲ王を口の中に入れてしまうと蛙はものすごいスピードで戦場を走り去ってしまった。後には兵士たちだけが残されてしまった。しばらく静寂が続いていたが、やがてどの兵士たちも現状を意識するようになった。彼らが意識した現状とはこういうものであった。
「トカゲ王は赤蛙に食われてしまった」
ジジの兵たちは活気を取り戻し、さっき以上の勢いでもう命令も何もなくトカゲ王の兵たちに攻め込んだ。トカゲ王の兵たちの混乱はちょっと言葉に出来ないほどであった。トカゲ王を失い、すっかり兵士たちは総崩れになってしまった。
テンもトカゲ王が赤蛙に飲み込まれたのは目撃していた。しかしテンはあまりにも赤蛙に対する恐怖が強かったため、本当に赤蛙がトカゲ王を飲み込んでこの戦場から消えてしまったのだと信じることは出来なかった。これも何かの罠ではないか?とテンは考えた。だからもう1度兵士たちの先頭に立って指揮をする気にはなれなかった。
(とにかく安全な城の中に戻って様子見だ…)
そう考え、草むらの中に身を隠しながら慎重に城の中へと戻っていった。
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テンがいなくなり、完全に統率を失った兵士たちは次々にトカゲ王の兵を虐殺していった。ジジは「殺せ!殺せ!」とただわめいていたが、その声を気にするトカゲはいなかった。
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戦場から、いや、トカゲの世界そのものから少しでも離れた場所へ行くために赤蛙は全速力で駆けていた。そんな赤蛙の口の中ではトカゲ王とクララが何を話すでもなくただお互いの顔を見つめていた。
しかしその沈黙を破ってトカゲ王が言葉を発した。
「おい、赤蛙!とまってくれ。話をしよう。…聞こえないみたいだな。おい、クララ、手伝ってくれ」
トカゲ王とクララは「おい!とまれ!」と叫びながら赤蛙の口の中を叩いたりつねったりした。長い時間をそれを続けているとようやく赤蛙が気づいて止まってくれた。
「どうしたんだい?ここはまだまだトカゲの世界だよ。トカゲたちの世界から離れるためにはもっともっと走り続けなくちゃいけないのに」
「赤蛙。お前は私とお前とクララの3匹でまた旅を始めるためにあんなことをしたんだな?」
「もちろんさ!トカゲ王もそれを望んでいたんだろ?」
「私やクララと一緒に遊ぶことの出来る時間が少なくなる一方だったから…それが嫌だったからあんなことをしたんだな?」
「もちろん!よくわかってるじゃないか!トカゲ王もあんな争いだらけのトカゲの世界にはうんざりしていたんだろ?いや、君はもうトカゲ王なんかじゃない。名もないトカゲに戻ったんだ。そうだろ?」
「すまない。お前の気持ちに気づいてやれなくて。いや、気づいていたのかもしれない。気づいていて気づかない振りをしていたのかもしれない。結局私が私の考えを言葉にしてこなかったのがいけなかったんだ。だから今、ちゃんと私の思っていることを言葉にすることにするよ。赤蛙、すまない。私はお前たちとは一緒には行けない」
「行けないって…。僕たちと旅をすることは出来ないってこと?どうして?」
「私はもうトカゲ王になってしまったのだ。トカゲ王として戦争の命令も出してしまった。今更私は名もなきトカゲに戻るわけにはいかないのだ」
「どうして?どうして戻るわけにはいかないの?3匹でまた旅をしたいとは思わないの?」
「正直言うと何もかも捨ててまたあの頃のように旅に出たいと思うこともあるよ。しかし今となってはどうしても工房のトカゲたちや、私の命令で戦って死んでしまったトカゲたちを見捨てる気にはなれないんだよ。頼む、赤蛙。わかってくれ」
「どうして?どうして…。また3匹で一緒に旅することが出来ると思ったのに…」
「もういいだろう。赤蛙。トカゲ王の気持ちもわかってやれよ。お前の力でもどうしようもないことがあるものなんだよ。トカゲ王がお前と違うことを望んでいるからって、トカゲ王を食い殺すわけにもいかないだろう?」
クララが赤蛙の頬を撫でながらそう言った。
「そんなのは絶対に嫌だよ!」
「永遠の別れってわけじゃない。世界を旅して、またトカゲの世界に戻ってきてもいいと思えるようになったら、トカゲ王に会いにくればいいじゃないか。そうだろ?」
赤蛙は何も答えなかったが、自分の言っていることを赤蛙が理解してくれているということがなんとなくクララにわかった。クララは今度はトカゲ王に向き合って言った。
「ま、なんとなくこうなる気はしていたよ。そもそもの最初から、トカゲたちに排除された俺とはお前は違っていたっていうことだな。トカゲたちはお前を受け入れて、お前もトカゲたちを受け入れたんだから。お前はトカゲ王にふさわしい存在だったっていうことだったんだろうな」
「ありがとう。クララ」
「礼なんか言われるようなことは何もしていない。本当に何もしていないんだ。さ、赤蛙。トカゲ王を戦場に連れ帰ってやることにしよう。俺たちがここまで連れてきてしまったんだから、俺たちが連れて帰ってやるのが筋ってもんだ」
「でもまだ戦争が続いているんじゃないの?戦争が終わって安全になってからでもいいんじゃないの?」
「それをトカゲ王は望まないんだろ?」
トカゲ王は頷いた。仕方なく赤蛙はクララとトカゲ王の口の中へ入れ、戦場へ向かってまた駆け出した。
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赤蛙の口の中で、トカゲ王とクララは色々な話をした。その一部を少し紹介する。
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「私は愚かなことをしているのだろうか?」
トカゲ王が言った。
「俺はトカゲにほとほとうんざりしてしまったトカゲだからな。俺はもうトカゲであることをやめるよ。俺はただのクララさ。そんな俺から見たらやっぱり愚かに見えるよ」
「すまない」
「謝ることじゃないさ…。少なくともお前が謝ることじゃない」
「お前に出会わなければ私はずっと竜の楽園で孤独なままだったんだ。こうしてトカゲの世界に戻ってくることも出来なかったんだ。私にとってはお前が全ての始まりだったんだ。なあクララ。トカゲであることをやめる前に、最後に1つ、トカゲらしいことをしてみないか?」
「トカゲらしいこと?」
「卵を産むのさ」
「今、ここでか?」
「今、ここでさ」
さらに声をひそめてトカゲ王が言う。
「私だって今回の戦争を生き延びることが出来るかどうかということはわからない。これが最後になるのかもわからないのだ。私も自分の意思を受け継ぐ者を残してみたいのだ。トカゲの世界を離れて、広い世界で生きる者を。」
「わかったよ。お前がそんなに言うんだったらな。俺が卵を産むんだな?」
「ああ、頼む」
「名前はどうする?何か案があるか?」
「アダム」
「何か意味があるのか?」
「そんなものないよ。ただ思いついた言葉を適当に言っただけのことさ」
「さて、じゃあこれからアダムを作ることにするか…」
「初めてだからな…うまくできるかどうか」
「それは俺も一緒さ」




