戦いの中断
トカゲ王の軍とジジの軍との戦いは、一進一退の攻防が続いていた。しかしもう耐えることに我慢することができなくなったジジの要請を受け、テンは全軍に本気を出して攻め込むよう指示を与えた…
ジジの兵は命令を受けると一気に前進していった。
トカゲ王の兵はいきなり強力になった相手の圧力に面食らった。
互角だと思っていた相手が本気でなかったとわかった時の絶望は激しい。
実際にはジジの兵も死力を尽くして戦っていたのだが、トカゲ王の兵はまだまだ相手は実力を隠しているのだ、余裕があるのだと判断してしまった。
それがたとえトカゲ一匹一匹にとっては一瞬の気の迷いだとしても、全体で見てみればそれは明らかな勢力の後退となる。
やがて、明らかにトカゲ王の兵はジジの兵に押され始めた。
アタリはなんとか軍の体勢を立て直そうと汗だくになって指揮をしていた。
しかしトカゲ王の兵の方が劣勢であるということが目に見えるようになってくると、兵の士気の低下を押しとどめるのは困難になってきた。
相手はどんどん勢いに乗って攻め込んでくる一方、味方の中には武器を捨てて逃げ出す者まで現れるようになってくる。
そういう流れの中ではいくら指揮官1匹が大きく声を張り上げようと、戦況を大きく変えることはできなかった。
トカゲ王は早くもこの状況を理解していた。
前からどんどん兵が逃げてくる。
指揮官が叱咤激励してなんとか戦わせようとするが、逃げてくる兵は増えるばかり。
トカゲ王は箱の中からその光景を眺めていた。
そして何事か考えるようにしばらく目を瞑った。
めまぐるしく状況が移り変わる戦場の真ん中で、トカゲ王はじっくりとゆっくりと考えた。
外のさまざまな叫び声、轟音、肉が裂け骨が折れる音はトカゲ王の耳には入ってこなかった。
石のようにじっと黙って、動かずにトカゲ王は考えていた。
やがてトカゲ王は目を開いた。
そしてその後の王の動きは実に迅速であった。
トカゲ王はまず近くのトカゲに話しかけ、ドロンに合図を出すように命令した。
そのトカゲはすぐに走り去っていった。
彼は見晴らしのいい丘に立って待機していたトカゲのところまで行き、指示を出した。
指示を受けたトカゲはすぐに旗を取り出し、事前に決められたようにそれを動かした。
するとそこから遠く離れたところにいたトカゲがその旗の動きを確認した。
そのトカゲも同じように遠く離れたトカゲに向かって旗を振り動かした。
やがてその合図は遠い山のところまで実に短い時間で到達することであろう。
トカゲ王はというと命令を出した後すぐに箱から飛び出し、大きな声でこう言った。
「みんな!もう少しだけ耐えてくれ!俺たちは必ず最後には勝つ。俺を信じてくれ!」
そう言うとトカゲ王は武器を手に取り、猛然と前線に向かって駆け出していった。
たちまち敵兵の前に躍り出たトカゲ王はすぐさま1匹倒し、2匹倒し、返り血でその体を真っ赤に染めた。
いきなりその身を危険にさらしたトカゲ王に驚いたアタリはすぐに何匹かのトカゲを引き連れて王を守るように囲った。
自ら武器を手にとって戦うトカゲ王に勇気付けられ、逃げ出しかけていたトカゲ王の兵たちも、もう一度敵に向かって駆けていった。
ジジの兵は急に勢いを取り戻した敵兵に戸惑いはしたものの、それでも一度強く持った「勝てる」という印象はぬぐいさられはしなかった。
だからトカゲ王の兵の押し返しもある程度のところで止まった。
むしろまたじりじりとトカゲ王の兵は後退を始めていった。
トカゲ王は汗だらけになりながら声をはりあげていた。
アタリはなんとかトカゲ王を守ろうと懸命に傷だらけになりながら戦っていた。
しかしそれでも明らかにトカゲ王の兵が押されていることは明白であった。
戦いの推移を赤蛙とクララはひと時も目をそらすことなく見つめていた。
トカゲ王が最前線に躍り出た時などはアカは思わず飛び出そうとしたが、すぐに味方の兵たちに守られるのを確認してなんとか思いとどまった。
トカゲ王が前に出てきて明らかに戦況は変わったけれど、しかし時間がたってまたトカゲ王の兵たちは押され始めていた。
赤蛙はクララの方を向いて言った。
「トカゲ王だ!あんな箱の中に隠れていたんだ!…戦いも激しくなって、どのトカゲがどっちの陣営に属するのかということや、誰が誰だかということが段々わからなくなってきた!クララ!行こう!今戦場に出ていってトカゲ王を連れてこのトカゲの世界から永久におさらばするんだ!」
「わかったよ。行こう…」
アカはクララを背中に乗せると、隠れていた草むらの中から飛び出し、ものすごい速さで戦場まで駆けていった。
ある程度のところまで近づくと、すぐにその巨体は戦場の兵たちに気づかれた。
しかし兵たちが気づき、声をあげるころにはすでにアカは戦場にたどり着いていた。
戦場では混乱が起きた。
トカゲ王の兵は赤蛙の存在はかろうじて知っているが、しかし完全な味方だと考えているトカゲは少なかった。
だからトカゲ王の兵は警戒し、武器を構えた。
一方ジジの兵の方の混乱はすさまじかった。
まず彼らが考えたのは、トカゲ王の兵の勢いが弱まったのは罠だったのかもしれないということだった。
わざと後退し、敵を味方の陣地深くまで誘い込み、そして頃合を見計らって切り札の化物を登場させ、一気に敵を倒す…。
そういう作戦に、自分たちはまんまと引っかかったのではないかと彼らは考えたのである。
ある者は腰を抜かし、ある者は逃げ、とても統制などはとりようがなかった。
それほどにアカの姿は巨大で、恐ろしかったのである。
そんな風に前線の兵たちのおびえようもすさまじかったが、戦場で一番アカの登場に驚いていたのはテンだった。
彼は地面に尻をつき、がくがくと身を震わせて現れた化物を凝視していた。
「あ…ああ!いた、やっぱりいたんだ!罠だったんだちくしょう!」
「な、なんだテン!あの化物は…わしは聞いてないぞ!」
驚きと焦りと怒りがないまぜになったジジの叫びも、恐怖におびえたテンの耳には届かなかった。
ぶるぶると身を震わせていたテンはやがて思い立ったように立ち上がると、そのまま駆け出していった。
ジジはぽかんと口を開いてその背中を見つめていた。
やがてテンが「逃げた」ということに気づくと、今までになかった程の大声を張り上げ、叫んだ。
「テンの奴逃げやがった!この大事な時に。捕まえろ!捕まえろ!」
しかしこのジジの叫びはどちらかといえば逆効果であった。
テンが逃げたということをその言葉で知った一般の兵たちは、自分たちが罠にかかったのだという疑いをさらに強く持った。
優勢だと思っていた自分たちが実は劣勢に立たされていたのだと気づいた時の絶望は激しい。
すぐにジジの兵たちは混乱し、陣形は崩れ、あちこち逃げ惑う者たちが続出した。
ジジは声が枯れるほどに叫び、態勢を立て直そうと努力したが兵たちの混乱はますます激しくなる一方であった。
トカゲ王の兵も、逃げたジジの兵を追う者、赤蛙に怯えて逃げ出す者、あるいは武器をとって赤蛙に立ち向かう者…様々であった。戦場は全くの大混乱状態に落ち込んでしまった。
その中で赤蛙はトカゲ王がどこにいるのか、ということだけを気にしていた。




