待機
地下空洞へと至る洞窟の道を、ドロン達はなおも歩いていた。
道は狭くなったり広くなったり、昇ったり降ったりしていて、
自分たちが今どこにいるのかということがまったくわからなかった。
先頭を歩くのはドロンであった。
分かれ道などもたくさんあったが、ドロンは迷わずに道を選んで進んでいった。
カンも歩きながら道を覚えてみようとしたが、あまりにも複雑で無理だった。
「よし…このあたりにも目印を置き、そして1匹残していこう。…そうだな、そこのお前、来てくれ」
と、ドロンは足の速いトカゲの内の1匹を引き寄せた。
「いいか、さっきまでと同じように1つ前の目印のところまで歩き、そしてそこで待機しているんだ。道はちゃんと覚えているな?…小さい目印もおいてきたから大丈夫だろう。…そして前の目印から伝言のためにトカゲが走ってきたらお前もこの場所まで走ってくるんだ。…そうしたらまた次のトカゲが走るからな…。頼んだぞ、しっかり仕事を果たしてくれよ」
と、ドロンはそのトカゲの肩をたたいて送り出した。
そのトカゲが見えなくなってからまたドロンは振り返って歩き出した。
しばらく歩いてから思い出したように言った。
「行こうか」
足の速いトカゲの数はあと残り少なくなっていた。
カンはこのままでは伝言隊の数は足りなくなってしまうのではないかと心配していたが、ドロンはまったく気にせずに早足で歩き続けた。
1匹1匹と足の速いトカゲは減っていき、ついに最後の1匹しか残らなくなった。
しかしそれからしばらく歩いているとふいにドロンが立ち止まり、最後のトカゲに前の目印まで戻るよう指示をした。
そのトカゲが去るとドロンとカンと、ヤミと呼ばれたトカゲとそれから少数の護衛だけとなった。
それからちょっとだけ歩くとドロンは角のところで止まった。
ドロンは角から少しだけ顔を出し、先の通路の様子を見てからまた振り返り、言った。
「よし…この角を曲がればもう地下空洞だ」
伝言隊の数はぴったりだった。
おそらくドロンは頭の中で計算しながら配置していたのだろう、とカンは思った。
カンは改めてドロンの頭脳の明晰さに心の中で感心した。
ドロンはカンに言った。
「いいか、カン…この角を曲がれば真っ直ぐの通路があり、そこをずっと進むと地下空洞に出る。…相手がどこまでここの守備に兵を割いているかわからない。少し偵察にいってきてくれないか?少し見た感じでは、地下空洞までは守備隊はいないようだが…」
「わかりました」
カンは角から顔を出し、とりあえず様子を伺った。
確かに通路の先には巨大な空洞が広がっているようだった。
少なくとも空洞のところまでは兵はいないようである。
カンは息をひそめ、足音をたてないようにゆっくりと歩いていった。
そして手前から空洞の中の様子を伺った。
空洞は静かで、誰かいるという気配を感じ取ることはできなかった。
空洞からはいくつも通路が延びているようで、カンが今いる通路もその内の1つのようであった。
その通路のどれかに兵が身を潜めているという可能性もなくはなかったので空洞へ出るのは少しためらわれた。
しかしどうもトカゲの気配を感じることはできなかった。
通路の内の1つに、木でできた扉がとりつけられているものがあった。
カンはそれがきっとそこがジジの城の地下へと通じる道なのであろうと見当をつけた。
しかしそこにも守備の兵がいるような気配は全く見られなかった。
とりあえずカンは戻り、ドロンに報告をすることにした。
「ふむ…守備兵はいないか…。地上の戦いに残らず兵を投入しているのかもな。こんなところから兵を送り込んでくるわけがないと高をくくってな。だとすれば好都合だが…」
「わかりません。…たくさんある通路のどれかに潜んでいるのかもしれません」
「どうだろうな…。まああえて危険を冒す必要もないだろう。…合図があるまでここで待とう。合図があったらカン、お前を先頭にしてあの扉のところまで一気に行く。扉を壊し、坂を上っていけばすぐにジジの城の地下に出るはずだ。…その辺りにはさすがに何匹かの兵が待機していることだろう。それらを蹴散らすのが俺とお前の仕事だ」
「わかりました…少数の兵ならばきっと打ち倒すことができるはずです…」
「期待しているぞ…」
そういってドロンはその場に座り込み、目を閉じた。
他のトカゲ達もドロンに続いて座り、休憩をしだした。
ヤミだけは1匹離れてこそこそと何かをしていた。
どうやらずっと肌身離さずに持ち歩いてきていた箱の中のものの様子を見ているようだった。
遠くにいるので、その箱の中に何が入っているのかということはわからない。
懐から何かを取り出しては箱の中に入れ込んでいるようだった。
ヤミが何をしているのか、カンには見当もつかなかった。
カンはなんだか座り込む気になれず、うろうろと辺りを警戒しながら歩いていた。
するとドロンが声をかけてきた。
「まあそんなにそわそわしなくてもいいじゃないか。ここに座って少し休んだらどうなんだ?」
カンは頷き、ドロンのそばに腰を下ろした。
カンはドロンが何か話をするのかと思ったが、ドロンはじっと黙ってうつむいているばかりであった。
沈黙に耐えることができず、カンは口を開いた。
「ドロンさんはさすがにこの辺りの道に詳しいですね?かつてはこの地下空洞を拠点として大トカゲと戦ったとのことですが」
「ああ…」
と、近頃めっきり見せなくなった柔和な笑みを顔に浮かべてドロンは言った。
「そうなのさ。大トカゲは俺達がたった今やってきた岩山の麓に陣取っていてさ…。この通路を通って俺達は奇襲を仕掛けたのさ。…懐かしいな。そもそもここの道があの岩山に通じているということを発見したのはジジなんだぜ?」
「そうだったんですか。それは初耳です。…しかしそれならこことあの岩山がつながっているということはジジさまもよく知っているはずなのに、なぜ守備の兵を1匹も置いていないのでしょうか?」
「さあな…。そんなことすら忘れても不思議じゃないくらい時間がたってしまっということなのかもな…」
そうつぶやくドロンの顔は、どことなく悲しそうにすら見えた。
カンは思わず見てはいけないものを見たような気がして、目をそらしてしまった。
「本当になあ…。どうしてこんなことになあ…」
ドロンの呟きにカンは答えることができなかった。
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ジジはテンに向かって叫ぶように言った。
喚声があちらこちらから聞こえてきて、そうでもしないと声がかき消されてしまうからである。
「おい!さっきから全然戦況が動いていないじゃないか!にらみあうばかりで、どうなっているんじゃ一体?」
「これでも両方かなりの兵を消耗したのです。戦場では何が起きるかわかりませんからな…下手に動いて隙を見せればそこを突かれることもありえますからな…」
「何を!そんなことを言っていてはいつまでも勝てんじゃないか。…いいか、なんとしてでもトカゲ王とドロンの首を取るんじゃ!そうしたらその勢いに乗じて一気に奴の城まで攻め込むんじゃ。そうしたらわしがこのトカゲの集落のまぎれもない支配者となるのじゃ…」
…実はテンは、実際にぶつかってみてやはりこれなら敵を打ち倒すことができるという感覚を得ていた。
今は膠着状態だが、本気を出して一気に兵を突撃させれば相手を押し込んでいくことができると確信していた。
しかしそれにも関わらず突撃の指令を出すのをテンがためらっていた理由は、例の化物がいるかどうかについてまだはっきりとした情報をつかむことができていなかったからであった。
(あいつはいるのか?いないのか?)
偵察隊はかなりの数放っている。
それらはすべてがきちんと報告を持ってくるわけではない。
相手の偵察隊と鉢合わせになって殺されてしまうということもあるからだ。
しかしそれでも多くの偵察隊が情報をテンの下へ届けていて、そしてそれらの中に赤蛙を見かけたという情報はなかった。
…あれだけ図体がでかく、しかもこれだけ多くの偵察隊を放っているのだ。
さすがに戦場に来ているのなら情報が来てもいいはずだ…。
しかしそれがないというのなら…。
「奴はこの戦いには参加していないと考えていいのか…?」
しかしそれでもテンはなかなか決断することができなかった。
それほどにテンの脳裏には赤蛙に襲われた時のことがこびりついていたのである。
「あいつがいたらちょっとやそっとの優勢などすぐに覆されてしまうぞ…」
「何をぶつぶつ言っているんだ!なぜもっと一気に攻め込まんのじゃ?わしの兵の力はこんなものなのか?ええ?」
ジジはとにかくこのどっちつかずの状況が嫌なようであった。
できるだけ早く戦いを終わらせたいのだろう。
戦場の空気に早くもうんざりしてきているということもあるのだと思う。
「なぜ黙っているんだ?なんで指示を出さないんだお前は!…ふん、もういい。お前が指示を出さないならわしが出すわ!」
「お待ちください…」
そろそろ限界だ。
それにそろそろ攻め込んでもいい頃合だった。
テンはもう一度新たに舞い込んできた情報を調べ、化物がいないということを確認した。
するとテンは息を深く吐いて吸い、そして目を見開いて全ての兵に対して指示を出した。
「全軍突撃!」
すると、ものすごい音をたててジジの兵はトカゲ王の兵に打ちかかっていった。




