決戦
トカゲ王はじっと目の前を見据えていた。
トカゲの兵隊は横一列に並び、それがいくつもの層となってジジの城のところまで連なっている。
トカゲ王の配下の兵隊も大体相手と同じ数ほどいて、トカゲ王を中心として陣を組んでいた。
辺りの大地、丘、森や川までも武器を持ったトカゲで埋め尽くされていた。
これだけのトカゲがまともにぶつかりあえばかつてなかった程の惨事となる、そのことはトカゲ王にもわかっていた。
だからできるだけ戦いは避けたかった。
…しかし話をしようと使者を送り込んでもむなしく送り返されるばかりで、向こうはただ大人しく引き返せ、そうすれば追い討ちをかけることだけは勘弁してやると、その一点張りであった。
アタリが前線からやってきて、トカゲ王に話しかけた。
「最前線の兵たちはもう完全に怒り狂ってます。早く攻撃命令を出せと、そればかり言っております。…無理もありません、この日のためにみんな辛い訓練に耐えてきたのですから。…戦いたくて仕方がないのは向こうも同じようで、ひっきりなしに罵詈雑言を投げつけてきます。それに触発されてこちらも言い返すのだからますます兵士の感情はたかぶっていきます。ところどころで軽い石の投げ合いのようなことも起きています。…トカゲ王、これ以上兵たちを抑えるのは無理でございます。どうかご決断を…」
「ふむ…」
しかしまだトカゲ王は迷っていた。
殺し、殺されることに怯えていたわけではない。
ただ、自分が命令をしてそして戦いが始まったら、自分は本当の意味で王になってしまうような気がしたのである。
自分のことを王ではないと考えていたわけではなかったし、王であることが嫌になったらどこかへ逃げてしまえばいいとも最早トカゲ王は考えていなかった。
しかしそれでもトカゲ王は真の意味で王になることを心のどこかで恐れていたのだ。
何かをはっきりと確定させてしまうことを、王は恐れていたのだ。
…自らの命令によってトカゲが動き、多くのトカゲを殺すということ。
それを実行することで自分は真の王になる。
トカゲ王はそう考えていたのである。
また、1匹のトカゲが情報を伝えるために前線からやってきた。
見ると、そのトカゲは目を血走らせ、顔を真っ赤にしている。
トカゲ王は心を落ち着かせ、そのトカゲに話をするよう促した。
「敵陣に行っていた使者がたった今殺されました。首が胴から切り離され、我々の陣へと投げ込まれました。そして敵共は彼の体を我々が見ている前で切り刻みました。最早我々の怒りは頂点に達し、今にも我先にと敵陣の中へ踊りかかっていきそうな勢いです」
そう言うとそのトカゲは地面に額を押し付けていった。
「王さま!…どうかご決断を…」
トカゲ王は瞳を閉じて深く息を吐いて、それから吸った。
もうすでに腹は決まっていた。
これ以上兵たちを押さえつけるのは無理だった。
もう後に引くことはできないのだ。
アタリをそばに引き寄せ、言った。
「戦おう」
アタリは深く深く礼をし、それから前線へと急いで戻っていった。
間もなくトカゲたちが喚声をあげて敵兵に打ちかかっていく音がトカゲ王のいる場所までもとどろいてきた。
「どうやら戦いが始まったようだね」
と、赤蛙が言った。
確かにたった今トカゲ王の兵が一団となってジジの兵へと襲い掛かったところだった。
ジジの兵も応戦し、両者共地の果てまで届くかと思われるほどの声をはりあげながら切りつけ、殴りあっていた。
「とりあえず様子を見ようトカゲ王が集団の中のどの辺りにいるのかということを見極めなくてはいけないからね」
今はまだ戦いが始まったばかりということもあって、どちらが優勢かということの判別は付けにくい状況であった。
どちらかの兵が敵陣深くまで押し入ったかと思えば今度は押し込まれた方が奮起して押し返し、そしてある程度まで行ったら今度は押し返されて最初の状態に戻る…それの繰り返しだった。
しかしその度に多くの兵が倒れ、血を流し、地面を覆う草を赤色で染めていった。
クララは早くもこの状況に耐えられなくなり始めていた。
トカゲ王とジジがなぜ戦っているのかクララにはうまく説明をつけることができなかった。
広い世界を見てきたクララには、狭い狭いトカゲの世界の頂点に誰が立つのかということはどうでもいいことのように思えた。
しかしそんなどうでもいいことのために多くのトカゲたちが戦い、命を落としていく。
しかもほとんどのトカゲは喜んで戦い、そして死んでいく。
なぜそんなことになるのか?その問いに対してクララは納得できるような答えを出すことができそうになかった。
…はるか昔にも多くのトカゲ達が戦い、命を落としていくということがあった。
しかしそれは外からやってきた大トカゲや鰐などといった化物と戦うためだった。
トカゲ達は一致団結して、ひとつの巨大な敵と戦っていたのだ。
…しかしこの戦いは何なのだろう?
同じトカゲが、よくわからない目的のために戦いあって死んでいく…。
クララには、トカゲという生き物には重大な欠陥があるように思えてならなかった。
そして自分が紛れもなくそのトカゲの一員なのだということを思い出す度にクララはひどく耐えられないような気分に陥った。
「…」
赤蛙は急に黙り、息をひそめたかと思うと身をかがめたまま横へ飛び、草むらが一際濃くなった場所へと舌を伸ばした。
草むらの中でかすかにうめき声が聞こえたかと思うとバタバタと辺りが騒がしくなった。
しかし赤蛙が顔を険しくし、舌に力をこめるとすぐにまた静かになった。
赤蛙はゆっくりと舌を戻し、また元の通り戦いの様子を見守る体勢になった。
クララはしばらく時間がたってから口を開いた。
「また偵察隊か?」
「うん…」
「どちらに属する奴だったんだ?」
「ちょっとわからないね。…でもどちらだったとしても僕らがここにいるということが知られるのはまずいからね。…心が痛むけどまあ仕方がないさ」
「…」
戦場では、まだ一進一退の攻防が続いていた。




