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初めに竜があった  作者: 最黒福三
トカゲの時代
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「一緒にいくんだぞ」

ドロンはクララに、赤蛙を連れてトカゲの集落を離れるように持ちかける。クララは悩む。





 クララはドロンに言われたことを思い出していた。

 「集落から出て行け」、と確かにドロンはそう言った。

 そのこと自体は別に苦痛でも何でもない。

 元々俺はこの狭いトカゲの世界が嫌だった。

 長い時間を経て今俺は故郷へと戻ってきたが、依然としてトカゲの集落は狭いままだ。

 確かにトカゲの数は増えたかもしれない、支配している土地は増えたのかもしれない。

 それでもなお、ここは狭いのだ。

 すれ違うトカゲ達の表情を見ればそれがわかる。

 当然のように他者をこき使っておきながら内心ではいつ自分もその立場に落ちてしまうかわからないとびくびくしているトカゲたち。

 奴らはその内心の恐れを悟られないよう、必要以上に下のトカゲ達に辛くあたるのだ、立場の違いをわからせるために…

 しかし下々のトカゲ達も使われるばかりじゃない。

 殴られたこと、けなされたことはちゃんと覚えているのだ、その場では従順を装っていたとしても…


 俺にはわかる。

 いずれどうしようもないほどの混乱がトカゲ達の世界を襲うことだろう。

 今すぐに、ということではないだろうが。

 しかしいつかは必ず、虐げられた者たちがなんらかの形で復讐することだろう。

 その時にきっとトカゲの世界は終わるのだと思う。


 クララにはトカゲの集落への未練はなかった。

 しかし…トカゲ王を、王としてこの土地に残しておいていいのだろうか?

 そうクララは自らに問いを投げかけた。



 トカゲ王はここでの生活に満足しているようだ。

 工房ではどうやら楽しくやっているようだ。

 俺や赤蛙に見せることのなかった笑顔まで見せることもしばしばだ。

 …俺は遠くからあいつがそんな風に笑うところを何度も見ていたのだ。


 ドロンもきっと王のことを補佐し続けてくれることだろう。

 …ドロンは自分が王に取ってかわって全てのトカゲを支配してやろうとは考えていないはずだ。

 ただ本当に、王のような圧倒的な存在がトカゲ達には必要であると考えているだけなのだ。

 増えすぎたトカゲ達をまとめるためにはそれが必要であるというのは、俺にだってなんとなくわかる。

 ドロンはそのために誰よりも忠実にトカゲ王のことを支え続けてくれるに違いない。

 その点では安心だ。

 むしろ、無謀な俺やアカなどと一緒に未知の土地を旅する方が危険とさえ言えるのだ…。

 うまく行けばドロンの補佐の下、トカゲ王が集落を変えることができるかもしれない。

 もっと多くのトカゲが伸び伸びと暮らすことができるような、そんな集落を作り上げることができるかもしれない…

 しかし、そういう理想的なトカゲの世界を作り出すために、なぜあいつが協力しなければならないのか?

 なぜあいつが王でなければならないのか?


 俺が集落を離れるとして、あいつをここに王のまま置いておくのは良いことなのだろうか…

 クララは悩んだ。


 赤蛙はあくまでもトカゲ王を連れて行こういこうとするだろう。

 ドロンや俺が何を言おうと聞きはしない。

 そしてアカを押さえ込む力を持った奴はここにはいない。

 …しかし王自らがここに残りたいという意思をはっきりと見せてやればアカはあきらめるだろう。アカはそういう奴なのだ。


 そして多分…あいつは、トカゲ王は俺が説得すれば、俺が背中を押せばここに残りたいという意思を固めるだろうと思う。

 そう俺に思わせるぐらい、工房でのあいつは生き生きとしていたのだ。


 そうしたら全ては丸く収まる…あいつは王としてここに残り、俺はセイカに会いに行く…

 王が帰還し、俺は消え去る…。

 何の問題もないではないか、何の問題も…


 自分がどうするべきなのか、クララにはわからなかった。




 クララは頭を振って、立ち上がった。

 気分転換に散歩をしてみることにした。

 綺麗に磨かれた石の床を歩きながらクララは窓から城の外を眺めてみる。

 城の近くにはいくつも木や石で出来た家屋が建てられている。

 遠くの丘にも、谷底にも、見渡すことができる範囲には全てトカゲが暮らしているらしき形跡が見える。

 さらに遠くには森があり、そのさらに先に見える山脈もびっしりと木々で覆われている。

 

 以前はこんな風景ではなかった。

 城の外で暮らしているトカゲの数はもっとずっと少なかったし、草も木も生えていなかったからただひたすらに山脈まで荒野が広がっていただけだ。


 …世界をこんな風にしたのは俺や赤蛙や…トカゲ王だった。

 ドロンがどこまでこの話を信じたのかはわからない。

 しかし俺たち3匹だけはそれが本当のことだったということを知っている。

 世界の果てには竜がいて、それが世界の姿を一変させたのだ…



 セイカが、あいつが生きていたとしたらなんというだろう?

 ありえない話だとして、一笑に付すだろうか?

 それとも真面目に耳を傾けてくれるだろうか…?

 多分前者だろう。

 あいつはどこか、自分の身の回りのことしか信じないところがあった。

 目に見える範囲、手で触れることができる範囲の世界が物事の全てだと、そこで受け入れらなければ全てが終わりだと、そんな風に思いつめるところがあった。

 …だからあいつは…



「どんな物でも、すぐ傍に無いのならどこにも無いのと同じだ」


 俺はセイカの言葉を思い出していた。

 あいつはいつもそう言っていた。



 ふと、俺は不安になった。

 本当に竜はいたのか?

 本当に俺は北へ旅をしたのか?

 俺は実はセイカがいなくなってからずっとここで、何もせずに暮らし続けていたのではないか?

 俺はそんな不安にかられた。

 もう随分赤蛙やトカゲ王とは会っていない。

 …だからだろうか?こんなくだらない不安にとらわれるのは。

 


 愚かな考えだ、と思いつつも、足は工房へと向かっていた。

 無性にトカゲ王に会いたくなったのだ。

 話をしたい。

 トカゲ王や赤蛙とあって、一緒にすごした時のことを、一緒に困難を潜り抜けてきた時のことを話したい。

 クララはその一心で、いつのまにか小走りになって工房を目指していた。




 広い工房は熱気で満ちていた。

 テーブルの上や床に使い道のわからない様々な道具が置かれている。

 そして…足の踏み場もないくらいにトカゲ達が眠っていた。

 

 トカゲ王はいなかった。

 どこかへ出かけているのか?と思って工房を出ようとした時、奥の部屋から何か明かりが漏れていることに気づいた。


「なんだ…?」


 俺は部屋の入り口の脇にたって中を覗いてみた。

 中には2匹のトカゲが立っていて、その内の1匹がトカゲ王だった。

 彼らは…部屋の中央に置かれた「何か」を見ていた。

 それは今まで見たことのないようなものであった。

 うねうねと、ひたすら上を目指して絶え間なく揺らいでいる何か…

 クララはそれを見ていると、引きずり込まれてしまいそうな不安を感じた。


 そしてそれ以上に恐ろしかったのは、”それ”を眺めて笑っているトカゲ王の顔だった。

 その顔は、今までに見たトカゲ王のどの顔とも違っていた。

 王は笑っていた。

 しかしその笑顔は、何かを作り上げた時に見せる心底嬉しそうな、顔をくしゃくしゃにした笑顔とは全く違っていた。

 それはむしろ全く真逆な…



 ふと、クララの背筋は震えた。

 今見ているトカゲ王は自分の知っている王では、一緒に旅をしたトカゲではないような気がしたのだ。

 クララは知らず知らずの間に後ずさりをしていた。

 しかしその時に机か何かに体があたり、その上に置かれていた器を落として物音を立ててしまった。

 王がクララの方を向いて、その存在に気づいた。

 横を向いて、顔の半分だけがゆらゆらとうごめく物の光に照らされ、もう半分は影になっていた。

 


 王はクララに気づくとすぐにクララの良く知る笑顔に戻って言った。


「クララじゃないか!久しぶりだな。珍しいな…工房まで来てくれるなんて」


 いつもの調子だったトカゲ王に少し安心し、クララは王に近づいていった。


「ああ…たまには話でもしようと思ってな…。ところでこれはなんなんだ?」


 と、クララは恐る恐るゆらゆらと蠢く物を指差した。

 するとトカゲ王は誇らしげに笑みを浮かべてそれ、すなわち火について意気揚々と説明をした。

 クララは何のことだかよくわからなかったが、とにかくものすごい発明だということはわかった。

 そして、これが使いようによっては大いなる破滅をもたらしてしまう物になりうるということも。



 クララはトカゲ王と並んで燃え盛る火を見つめた。

 その近くはひどく熱く、むせ返るほどであった。

 しかしその絶え間なく揺らぐ火は、いつまでも見ていても飽きなかった。

 クララは火をずっと眺めているばかりで、なかなか話を切り出せずにいた。

 するとトカゲ王が部屋の中にもう一匹いたトカゲに目配せをした。

 するとそのトカゲは軽く礼をしてから部屋を出て行き、扉を閉めた。

 部屋には燃え盛る火と、クララとトカゲ王だけとなった。

 トカゲ王がクララの方を向いて言う。


「なあクララ」


「な、なんだ」


「お前は竜のことを覚えているか?」


「もちろん覚えているさ…」


「俺は旅をしている間も時折考えていたんだ。…あの竜のことについて。竜が空から光をまいてそれが植物になった時、俺は竜が秘めている力に驚き、同時に恐れた。だから俺たちは横たわった竜をそのままにしてそそくさとその場を後にした…」


「まあそうだったな。みんな何も言わなかったけれど、やはり多少は怖がっていたんだな…竜の圧倒的な力を…」


「俺はな、あの時竜の体をよく調べもせずにあの場を離れてしまったことを今とても後悔しているんだ。…俺はあの時よりもずっと多くの知識と技術を身につけた。信頼できる仲間もいる。…今なら竜のことについてもっと深く知ることができると思うんだ」


 王は目を輝かせてそう言った。


「しかし、あの竜は死んだんじゃなかったか?」


「動かなくなったのは確かだが、死んだのかどうかはよくわからない。それさえよく確かめずに俺たちはその場を後にしてしまったからな」


「確かに…そうだったか」


「俺はな…いずれ工房の奴らを引き連れて北へ向かいたいと思っている。…竜の体をもう一度調べるのもそうだが、俺の住んでいたあの竜の楽園も今どうなっているのか見てみたいんだ。きっとあの頃できなかったことが今ならもっと出来るようになっていると思うんだ。なあクララ、俺は今なら、何でもできるような気がしているんだ。…竜が言っていた”太陽も元々は俺が作り出したものだった”という言葉を覚えているか?」


「そんなこともたしか言っていたな…」


「俺は竜の言葉が本当だと、今なら確信できる。見ろよ、この、目の前で燃え盛っている火を。これはまさしく小さな太陽じゃないか!俺たちのようなちっぽけなトカゲでもこんなことができるのなら。あの強大な竜ならそりゃ太陽ぐらい作れるだろうよ…」


「それで、あの竜は何者なのか、知りたいと思うようになってきたというわけだな」


「そうさ。そしてそれができるんだ。今は色々と忙しくて無理だろうが…。ジジとかいう奴とのゴタゴタを解決できたらすぐにでも俺は旅の準備を進めるはずさ。信頼できる奴を集めてな!」


「ああ…」


「もちろんお前やアカも一緒にいくんだぞ、クララ!」


 そう言うと、勢いよくトカゲ王はクララの肩を叩いた。

 さして強くもなかったのに、クララはよろけてしまった。

 それを見てトカゲ王は意外そうな声をあげた。


「おいおいどうしたんだ?少し体がなまっているんじゃないか?そうだ、お前も工房で働いたらどうだ?頭も体も鍛えることができるぞ?どうだ?」


「いや、いい。遠慮しておく。…俺は俺なりのやり方で…以前の俺を取り戻すことにするよ。…邪魔したな、俺はそろそろ行くよ」


「そうか。いや、実は俺もぶっつづけで働いていたところだからな、そろそろ休みたいと思っていたところなんだよ。じゃあまたたずねてきてくれよな。そしたら今度はもっとゆっくりと話そう」


 2匹は抱き合って別れの挨拶をすませた。

 トカゲ王が工房の隅でトカゲ共に混じって寝息を立てるのを見届けて、クララは工房を後にした。



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