悩み
工房のトカゲが今までになかったような発明をする。それは…
「火か…。これはなんなのだ。手をかざせば暖かいが、それに触れることはできない…。この暖かさはまるで空で燃え盛る太陽のようだ。お前はどのようにしてこの火を生み出すことに成功したのだ?」
ヤミはにやりと笑い、トカゲ王を自らの部屋へと案内した。
王はその部屋の中に入って驚いた。
部屋の中央にはうず高く木の枝がつまれ、そこにさっきとは比べ物にならないほどに巨大な火が燃え盛っていた。
王はこの光景を見て感嘆の声をあげた。
「おお…これはまさしく、地上の太陽だ。ヤミ、お前はなんというものを発明してしまったのだ…お前はどのようにしてこんなものを…」
「いえ、大したことはないですよ。ただ1人でじっくりと考えていたら、ふと思いついただけのことです。大したことはないです」
「いやあこれはものすごいことだよ。…これの仕組みは一体どうなっているんだ?どうやってお前はこの火とやらを生み出したんだ?」
「具体的な作り方については…秘密ということにしておきましょうか。…しかしこの火は簡単に誰でも利用できますよ。いいですか、見ていてください…この元となる火さえあれば…」
と言ってヤミは近くにあった木の棒を手に取ってそれを火に近づけた。
するとたちまち木の棒の先に火が燃え移った。
それを見て王はまたもうなり声をあげる。
「どうですか?火は木や草さえあれば簡単に増やすことができます。…しかしなぜか石や土には燃え移らんのです。そして、これはとても重要なことなのですが…」
そういうとヤミは傍らに置かれていた、水のたたえられている瓶を手にとった。
そしてその水を棒の先でゆらゆら生き物のようにうごめいている火にかけた。
するとたちまち火は消えうせ、後にはぽたぽたと水の垂れる黒く汚れた棒だけが残った。
「水には弱いのです。まあ、この道具の弱点といったところですな。こういう性質を持つものですから、湿った木や草には火は移りません。…まあ説明としてはこんな感じですかな…」
工房のトカゲ達は誰かが何か新しい発明を成し遂げた時には拍手喝采して大騒ぎするのが常であったが、この時ばかりは皆静かであった。
賞賛以上に、その火のものすごさにおびえる気持ちに方が強かったからである。
先ほど少しだけとはいえ手で火に触れ、その威力を身を持って知ったトカゲ王もその気持ちは同じであった。
王は傍らの木材の切れ端を手にとって火に投げ込んでみる。
木は一瞬で燃え、火の勢いはさらに強まった。
王は改めて火のすさまじさをこの目で見て感嘆の声をあげた。
「なんと…これさえあれば…」
そんなトカゲ達の集団の後ろでじっと息を潜めて様子を伺っていたトカゲがいたが、彼が姿を現し、声をあげた。
「ははあ…これはすごい…」
そう呟いたのはドロンであった。
興奮しているトカゲ王はドロンを部屋の中へ引き入れて言う。
「ドロンか。これはすごい技術だ。…これがあれば地上の植物を全て消し去ることだって可能になるかもしれない…。俺は北の果てでクララやアカと共に竜と出会い、地上に草や木が芽生えていくのをこの目で見た。今俺はその植物を全て根絶やしにすることだってできる技術を目の前にしている…なんということだ…」
ドロンも混じり、工房のトカゲ達はヤミからさらに火の詳しい性質について説明を受けた。
しかしいくら尋ねてもそもそもどのようにしてこの火を生み出したのかということについてはヤミは一切口を開かなかった。
王がいくら尋ねてもその頑なな態度を崩すことがなかったので、皆そのことについて聞くのはやめてしまった。
ドロンなどは初めから火の詳しい仕組みなどについては興味がなかったようで、めらめらと燃え盛るその火を見てこう呟いた。
「これなら、木で出来た建物もトカゲも、一気に焼き払うことができますな」
ドロンのその言葉を聞いて工房のトカゲ達はギョッとしたような表情を見せた。
トカゲ王はただ一匹硬い表情でドロンをみすえていた。
王は口を開く。
「ドロンよ…お前の考えていることはわかるよ。ジジの城のトカゲ達を倒すために火を使いたいんだろう?しかしな、これは使うべきじゃないよ、そういうことには。話し合いで解決できる問題はやはり話し合いで解決するべきなんだ」
「いえ、もちろん俺だってそう考えていますとも。しかしジジのほうもそう考えているとは限りません。…今回は特に、かなり我々の態度に腹をたてているようですからな。万が一の時のため、というか相手に変な気を起こさせないためにも、たとえばトカゲ王の護衛兵たちに火の燃え盛る棒をもたせるなどして、相手を威嚇していた方がいいのではないか、と俺などは考えるのですが…」
「いや駄目だ。…何か嫌な予感がするんだ。これを生物に向けて使ってはいけない。そう俺の勘が言っているんだ。…ただの勘だけど、俺の勘はよくあたるんだ…」
「…まあ、王さまがそこまでおっしゃるのでしたら俺はこれ以上は申し上げません。…そもそも王さまがこの工房に通いつめることによって生み出された技術ですからな…」
そう言うとドロンは工房を後にした。
工房のトカゲ達はドロンの姿が見えなくなるとほっと息を吐いた。
工房のトカゲ達も元は墓のトカゲである。
墓の絶対者であったドロンを目の前にすると恐れ多いというか落ち着かないというか、奇妙な感覚を抱いてしまうのである。
そういう感覚は、王には決して抱かない種類のものであった。
トカゲ王はヤミに向き合って話しかけた。
いつになく王は真剣な表情だったのでヤミも思わず姿勢を正してその話を聞いてしまった。
「お前はどう思う…?火を戦いに使うということに対して…」
「別にどうも思いやしませんよ。私は工房で働いているだけです。工房で生み出したものをどう使うかは上のトカゲ達が決めればいいことです。…王さま、あんんたのようなトカゲがね。…さあさあ、私はもうちょっと調べたいことがあるんです。みなさん悪いけど私の部屋から出ていってもらえるかな…」
そういってトカゲ達は王もろともにヤミの部屋から追い出されてしまった。
王の目には今もさっき見た炎の光景が焼きついていた。
ドロンはクララの部屋を訪れていた。
「なんですか?急に…」
「いや別に…話したくなっただけさ。古いトカゲは今やお前ぐらいのものだからな。」
「確かにね…俺の昔の知り合いなんてみんな死んでいますからね。…まあそれだけ長い間俺が旅をしてきたっていうことでしょうが。」
「知り合いがいなくて寂しかったか?」
「別に。そもそも俺は周りのトカゲ達からのけ者にされていましたからね。ドロンさんが北へ旅するトカゲに俺を指名したのも俺がそこそこ優秀で、そしていなくなっても誰も困らないような孤独なトカゲだったからでしょう?…一応ドロンさんに旅の報告をしなくてはいけないから戻ってはきましたが、そうじゃなかったら帰って来たいとは思いませんでしたよ、こんな場所。」
「そうはいっても一匹ぐらいはいただろう?会いたい奴が…」
「…セイカのことを言っているんですか?そんなことを俺が思うわけないじゃないですか。…今では俺だってちゃんと理解してますよ。セイカが死んだことぐらいね」
「アタリというトカゲとはもう話したか?あいつはセイカの…」
「孫なんでしょう?一目見てわかりましたよ…だって瓜二つなんですからね。彼は大分ここでは高い地位についているようですね…。やっぱりセイカのことがあるから、引き立てたってわけですか?」
「関係ないよ…奴自身が優秀だっただけのことさ」
「ま…ドロンさんに直接罪があるというわけでもないですからね。セイカの死については」
「そうだ、確かに俺はセイカの死について責任があるわけじゃない。ただし、それは多分お前の言っている意味とは違う…」
「…なんの話です?」
「セイカはまだ生きているということだ」
クララは必死で動揺を隠そうと努力していた。
しかし顔中からだらだらと流れる汗が、小刻みに震える全身が、そうではないということを如実に物語っていた。
「しばらく会わない間にあんたも相当おかしなことを言うようになった…。そんな冗談を言って俺をからかって、一体何が面白いというんですか?」
「冗談なんかじゃないさ。…あいつはトカゲの集落に嫌気がさして、その時つがいとなっていたトカゲを連れてはるか遠くの穴倉に引きこもったんだ。卵を俺に託してな…。その卵から生まれたのがビンゴ、アタリの母親だというわけさ…。俺は嘘はつかないさ、ジジとは違ってな…」
「しかしじゃああいつはなんで俺に何も言わずに行ってしまったんです?なんであいつは…」
「それは知らんよ。自分で聞いてみたらどうだ?」
「…どこにあいつはいるんですか?」
「教えてやってもいい…しかしな、ちょっと条件があるんだ」
「条件?」
「赤蛙を連れて、トカゲの集落から出ていってくれ。そしてもう二度とここには戻ってくるな」
「…」
「トカゲ王の帰還の最大の功績者であるお前にこんなことを言うのは俺としても心苦しいよ。しかしだね、王はトカゲの世界に必要なんだ。…赤蛙はジジとの戦いが終わっ たら王にまた旅に出ようと持ちかけるつもりらしい…。今はまだ王もここへ来てから日が浅いから、そう誘われたらついていってしまうかもしれない。…だから その前にお前は赤蛙を説得し、奴を連れてこの集落を出ていってくれ…。そうすればお前にセイカの居場所を教えるよ」
ドロンは頭を下げた。
クララはうなだれ、近くの椅子に座り込んで頭を抱えた。
「今答えは出さなくてもいい。…しかしあまり時間はないぞ。お前が協力してくれないというのなら俺も別の手をうたないといけないからな…じゃあまたな」
そう言ってドロンはクララの部屋を後にしたが、クララは頭を抱えたままで挨拶もしなかった。




