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初めに竜があった  作者: 最黒福三
トカゲの時代
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工房

トカゲ王は墓に帰還し、そしてその瞬間から墓はトカゲ王の城となった。一般のトカゲ達は初めはトカゲ王が現れたことに戸惑うが、ドロンやアタリなどがあくまでもトカゲ王を崇める態度を見せたので、トカゲ達も王を王として認める決心をする。





 トカゲ王はドロンのいた部屋に行き着いた。

 そこにはところ狭しとトカゲ王を模した石像が並べられていた。

 ドロンはそれらの石像に近づいていって、がらがらと乱暴に部屋の隅へと追いやった。


「最早偶像などにすがりつく必要もございません。こうして生きている王が戻ってきたのですからな。じきに片付けますから、今は狭いのはご辛抱ください。」


 部屋にいるのはトカゲ王とドロンとアカだけであった。

 それなりに部屋に空間を作ると、ドロンはトカゲ王に向かって言った。


「さてさてトカゲ王。ここが今日からあなたの部屋でございます。欲しいものがあればなんでも言ってください。すぐに用意をいたしますので…」


「いや、いいよ…。欲しいものは自分で取りに行くさ。それよりここははじめて来た場所だからね。まずは色々と探検してみたいな。」


「はい、どうぞ好きなだけ…」


 そう言われたので、トカゲ王はアカを引き連れて部屋を出ていった。

 しかししばらく歩き、ドロンも自分の後にぴったりついてきているのに気づき、こう言った。


「ドロンさん。悪いけれどね、あなたはついてこないでくれないか。自由に歩き回りたいんでね。」


「それが命令なら…、承知いたしました。」


 と言ってドロンは背を向けてどこかへ行ってしまった。

 赤蛙がトカゲ王に言う。


「追い払われてあいつ、随分悲しそうな顔をしていたよ。」


「確かにね。ちょっと心苦しいね。でもあのトカゲの近くにいるとどうも窮屈でね。最初ぐらいは自由に探検したいと思ったのさ。さあ、行こう…」




 竜の楽園にかつて住んでいたトカゲ王にとってはこの建物はそこまで大きいとは思えなかった。

 しかしやはり驚いたのはトカゲの数の多さだ。

 とても顔など覚えきることができないほど多くのトカゲがいる。

 まともな知り合いは赤蛙とクララだけだったトカゲ王にとっては、やはりそれは一番驚いたことであった。

 とにかくトカゲ王は、色々なトカゲとまずは話をしてみたいと思い、アカと共にあちこちの部屋に顔を出した。

 しかしトカゲ達としてはいきなり話題のトカゲ王に訪問されても戸惑うばかりで、ろくに話をすることなどできなかった。

 苦笑いしながら挨拶する者や、遠巻きに眺めているだけのトカゲがほとんどだった。

 遠ざけられているなと感じたらトカゲ王はすぐにその部屋から離れ、別の部屋を訪れてみた。

 しかしどこの部屋に行ってもきちんと話してくれるトカゲに出会うことができないので、王は段々と寂しい気持ちに襲われていった。



「なんかみんな冷たいねえ…王様ともっと遊んでくれてもいいのにねえ…」


 廊下を歩きながら赤蛙がそう呟いた。


「うーん、俺の振る舞いに何かトカゲ達を寄せ付けないところがあるのかもしれないが…うん?なんだかとても巨大な部屋があるぞ…。」


 トカゲ王と赤蛙はある巨大な部屋に通りかかった。

 そこはいわば工房とでも呼ぶべき場所であった。

 その中には様々なトカゲがひしめきあい、木を組み立てたり削ったり、粘土をこねあげたり、草をすりつぶしたり、色々なことをしていた。

 この工房で、トカゲ達の生活に必要な様々な道具が作られていたのである。


 無論作られていたのは生活に必要なものだけではなかった。ジジとの戦いにそなえた武器なども作られていた。ただこの時代が作る武器というのは、木々を削った棒の先端に石をとりつけた簡単な槍だとか、あるいは枝と蔓とで作った弓だとかそんな程度のものであった。


 トカゲ王は長年の旅の間に植物にはとても詳しくなっていた。

 そして自分なりに植物を使った道具をたくさん発明していた。

 以前カンに与えてその傷を治した薬もその発明の一つである。

 植物の性質を観察して見極め、それを使って何かを作る、ということがトカゲ王は好きだったのだ。

 だからこの工房には王は大変に興味を持ったのだった。





 トカゲ達はそれぞれ仕事を持っていて、随分忙しそうにしているようだった。

 トカゲ王はそれらの光景をとても面白いものと思った。

 トカゲ王は引き寄せられるように部屋へ入っていき、作業をしているトカゲ達のそばにいつのまにか近づいて、作業をじっと眺めてみた。

 見られているトカゲはどうも落ち着かなかったが、「どっか行ってください」とも言えないので我慢しながら作業を続けた。

 トカゲ達の気まずい気持ちも知らず、トカゲ王はあれこれトカゲ達の作業に口を出した。

 初めはトカゲ達は王のその助言を軽くあしらっていたが、段々とトカゲ王の知識の多さ深さに感心するようになった。

 初めはご機嫌取りのつもりで王の助言をふんふん聞いていたトカゲ達も、段々と実用的な理由のために王の話を聞くようになっていった。

 これこれこういう道具を作るのにもっとふさわしい植物はないか、この植物をもっとうまく食べる方法はないか、もっと効率的に作業を進める方法はないか…などなど。

 王は自らの知識を惜しみなくトカゲ達に与えた。

 トカゲ達は知識を与えられる度に他のトカゲ達が感じていた王に対するよそよそしさのようなものを失くしていった。

 「物作り」ということを通じて王と工房のトカゲ達の心は通じ合ったというわけである。

 

 

 すっかり発明が癖になっていたトカゲ王は、構想するだけで実現していなかったアイデアをたくさん持っていた。

 トカゲ王はこれだけ多くのトカゲがいるのなら、実現しようと思ってもできなかったあれやこれやの道具を作りだすこともできるかもしれない。

 トカゲ王の胸に、これまでにないほどのやる気が芽生えていた…



 こうしてトカゲ王は工房に腰を落ち着けてしまった。

 ちまちまと手を動かして何かを作っているのを見てるのもアカにとってはつまらなかったので、アカは一匹であちこち見て回るのを続けることにした。

 赤蛙はトカゲ達に比べてあまりに強大すぎて恐ろしかった。

 だから王以上にあからさまに赤蛙はトカゲ達に避けられ、恐れられてしまった。

 城のどの部屋を訪れても嫌な顔をされるので、しまいにはアカは拗ねてしまった。


「なんだいなんだい。トカゲなんていっぱいいるけど面白い奴なんてほとんどいないじゃないか。ちっとも僕と遊んでくれやしない。これだったらまだ旅をしている方が面白かったよ…」


 と、呟いていたが、赤蛙を恐れて近づく者は一匹としていなかったのでその呟きを聞き取った者もまたいなかった。




 一方その頃、屋上近くの階の廊下ではドロンとクララがばったりと顔を合わせていた。


「ああドロンさん探しましたよ。ドロンさんの部屋にみんないるのかなと思ったけれどいないから。…でもトカゲ王がいないですね?」


「うむ、王はしばらくご自分だけでこの城を見回りたいと申されたのでな。多分どこかの部屋にいるだろう。」


「まあ初めての場所ですからね、あいつにとっては。あいつは長いこと1匹だけで生き続けてきたから、窮屈なのが嫌いなんでしょうよ。」


「…ふむ…。」


「こんなこといまさら言うのもなんですがね、あいつはドロンさんのようにトカゲ達を率いていくのは向いてないですよ…。植物のことについて眺めたり、なんか作ったりしてるほうが性に合ってるんですね。…まああいつはお飾りの王さまっていうことで好き勝手やらせておいて、実質的にはドロンさんがトカゲ達のリーダーとして命令を与える、という今までのやり方を続けていくのが一番…」


「なあクララ、ちょっといいか?」


「なんです?」


「…トカゲ王は北の土地で生まれ、それからここへやってきた。そしてあの赤蛙という化け物…あれもなにやらわからないがトカゲの世界で生まれた者ではない。そもそも姿形からして我々とはかけ離れているからな…。つまり、あの方たちは我々とは違うんだ。だからこそ王を王と崇めることができるのだ。…しかしなクララ。お前は違う。お前は墓で生まれ、墓で育ったトカゲだ。いくらトカゲ王たちと長い間一緒にいたからと言って、その事実が変わることはない。」


「…何が言いたいんです?」


「これまでのように王に慣れ慣れしくするのはやめろということだ。トカゲ達は皆王に対して敬意を持って接しなくてはならない。いいか、王は全てのトカゲ、すなわちジジのところのトカゲたちも含んだトカゲの頂点に立たなければいけないお方なのだ。そういう方であるためには、我々下々のトカゲが軽々しく話しかけることができるようでは困るのだ。常に気高く、強力で、有無をいわせず命令をトカゲ達に与える…そういう方になってもらわなくてはならないのだ。」


「…」


「なのに、お前がトカゲ王になれなれしく話しかけていては一般のトカゲ達に示しがつかない。もちろん俺も不快だ。だからお前はこれからは安易に王に近づき、話しかけるのをやめるんだ。…もちろんお前の能力の高さは十分承知している。これからも俺と共にトカゲ王を盛り立てるために協力してもらいたい。しかし、王とお前の「格」の違いはよく理解し、王との接し方についてよく考えてほしいのだ。トカゲの世界の統一のためにな。…それができないというのであるなら…」


「あるなら?」


「…追放だ。」


 クララはどういう顔をすればいいのかわからなかったので、とりあえず笑っておいた。

 しかしドロンがにこりともしないを見て、急に気の抜けた表情になった。


「もちろんお前が北へ行き、トカゲ王を連れ帰ってきてくれたことには感謝している。しかしだからといって特別扱いを許すわけにはいかない。我々トカゲは王の下に皆平等でなくてはいけないのでな。」


 ドロンがそう言ったが、クララは上の空で聞いていなかった。

 ただとりあえずドロンとの話を切り上げる挨拶の代わりとしてこう言っただけであった。


「ま、考えておきますよ…」


 そしてクララはドロンに背を向けた。




 一方その頃、ジジは巨大な城の最上階の窓から辺りを見渡していた。

 すると、遠くの方から何匹かの傷ついた泥だらけのトカゲの一団がジジの城を目指して歩いてくるのを見止めた。

 ジジはその一団の先頭にいるトカゲの顔を見て、苦々しげに呟いた。


「テンめ。いまさらのこのことどの面さげて帰ってきたのじゃ…」


 ジジはそう吐き捨てると、側に控えていたトカゲを呼び寄せ、こう命令した。


「もうすぐここにテンがやってくる。奴に伝えろ、下の大広間で待っているとな…」


 そのトカゲは深く頭を下げてから命令を実行するために走り去っていった。

 ジジはもう一度ちらりと窓の外からテンの姿を見た。

 彼らはゆっくりとゆっくりと、ジジをいらつかせるのに十分なぐらい遅々とした速度で歩みを進めていた。

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