帰還
名も無きトカゲはトカゲ王となることを承諾した。
王になると宣言したトカゲは、実際王というものがどんな存在なのか、ということはよく知らなかった。
ただ、昔アカから蛙の王様についての話は聞いたことがあった。
その話によれば、王様はアカのわがままをよく聞いてくれて、遊んでくれて、そしていざというときには守ってくれる、そんな存在だったらしい。
その話を聞いていたトカゲ王は、おぼろげながら王という存在をそのように認識していた。
しかしその認識は、ドロンのそれとは必ずしも同一ではなかった。
ドロンは王という存在を、トカゲ達の上に絶対的に君臨するものであると認識していた。
数が増えすぎて、収拾がつかなくなってしまったトカゲ達をもう一度まとめあげるには、はるか昔にトカゲの集落を荒らしまわった、あの大トカゲのように強大な力が必要だとドロンは考えていた。
ドロンは王に、そういう強大な存在になってほしいと考えていたのである。
もちろんドロンの目の前のトカゲ王はそんなドロンの気持ちなど知るべくもなかった。
「しかし…王になるとは言ったが、さしあたって何をすればいいんだろうか?遊べばいいのか?」
ドロンが一歩前に出てきて、その問いに誰よりも早く答えた。
「何をしてもいいのです。全てのトカゲはトカゲ王の物でございます。今あるトカゲの世界は、全て先代のトカゲ王がその身を犠牲にして守ったものなのです。だからその生まれ変わりであるトカゲ王は、大地に満ち満ちたトカゲ達の命を自由に使ってよいのでございます。」
「なんか大げさだな…。なあクララ、トカゲ王は一体何をすればいいんだろうな?」
「まあ…ここにいても仕方ないし、とりあえず墓に戻るべきなんじゃないか?」
「クララの言うとおりです。まず墓に行き、トカゲ達に王の帰還を知らせなくてはなりません。今やトカゲ王の下、全てのトカゲはひとつになったのだということを知らしめなくてはなりません。そしてその後は城へも行き、ジジにもそのことを知らせるのです。そうすればきっとジジも全てを理解し、王に平伏することでしょう。その時にこそトカゲの世界の真の統一がなされるのです!」
ドロンは身振り手振りを大きくしながら鼻息を荒くして話した。
王も含め、その場にいた誰もがドロンの気迫に押された。
「さあ、今こそ帰りましょう!トカゲ王の墓へ!」
「まあ…僕らは元々クララの故郷に行ってみようってことで旅をしていたんだ。とりあえずその墓ってところに行ってみてもいいんじゃないかな。クララがかつて住んでいたところなんだろ?そこは。」
アカがそう言い、トカゲ王とクララがうなずいて話しはまとまった。
一行は墓を目指してとにかくこの谷を抜けることにした。
意気揚々と先導するドロンの後について、一行は歩き始めた。
谷を抜け、森を抜け、ついに一行は墓を一望できる丘までやってきた。
久々に自分の故郷を見たクララがつぶやいた。
「へえ、随分大きくなったんですね。やっぱり木材を使って増築したんですか?」
ドロンが答える。
「その通りだ、お前が旅立ち、そして大地に草木が生えてから様々な変化が起きた。木々を使って墓は頑丈になり、草や木の実を食べることによってトカゲは死と引き換えに卵を産む必要もなくなった。トカゲの数も以前とは比べ物にならないくらい増えたからな…」
「でしょうね…。かなり目立たない道を通ってきたはずなのにそれでもいくつかの集落を見かけましたからね。やはり何もかもが様変わりしているようだ…」
「そうだ、あの日から何もかも変わったさ。…しかしその大地の変化にもお前たちが関わっていたとはな。北の大地では俺の理解を超えた出来事が次々と起こるようだな。…竜などというのがいた、という話はさすがに信じることはできないがな…」
「信じようが信じまいが、確かに竜はいて、そいつが空を飛び回るのを僕たちは確かにみたんだから。ま、確かに実際に見ていなかったら僕も信じていなかっただろうけどね。」
アカはそう言ってから、墓の全貌を眺めた。
「…確かに大きいけれど、竜の楽園ほどじゃないね。今思い返してもあれはすごかった。なんせ一つの山ぐらいの大きさはあったからね。」
そう感想をもらしたのはアカであった。
口には出さなかったが同じようなことをトカゲ王も思っていた。
何せトカゲ王はその竜の楽園で長い間1匹で暮らしていたのだ。
目の前の建物を楽園と比べてしまうのも仕方ないことだったろう。
「北の果てには竜がいて、おまけにそんな建物があるのですな…機会があれば俺もいつか拝見してみたいものです。」
ドロン達がそんな感じで雑談を交わしている頃、墓の屋上であたりを見張っていたトカゲが近くの丘に立って墓を眺めているトカゲの一行に気づいた。
そのトカゲ達の顔をよくよく眺めてみると、どうやらその内の一匹はドロンのようであった。
見張りのトカゲはそのことをアタリに報告した。
アタリはすぐに屋上にやってきて、確かにそれがドロンであるということを確認した。
「おおお…無事に帰還されたのだ!ドロンさまがついに戻ってきた!カンはきちんと役目を果たしたのだ。大手柄だ!これからは私とカンとでドロンさまの一番の側近となって支え続けよう。そうすれば城の連中など目でないわ!…しかし見知らぬ者どもも何匹か一緒にいるな…。なんかものすごい化け物みたいなのも一緒にいるし…。まあしかしいずれにせよドロンさま帰還のために協力してくれた者どもに違いない。手柄に応じて褒美くらいはくれてやらなくてはな。さあさあとにかくドロンさまをお迎えしなくては!」
アタリはそう言うと墓の門の前にトカゲ達を整列させ、ドロン一行がやってくるのを待った。
ドロンもトカゲ達が整列していることに気づいたようで多少早足で近づいてきた。
まだ随分遠くにドロンがいる頃からすでにアタリは跪き、頭を下げてドロンを迎えていた。
ドロンが近づき、アタリの肩に手を置き、まず頭を上げよと声をかける。
その声を聞いて初めてアタリは顔を上げてドロンの顔を見た。
ドロンは今までに見せたこともないような顔で笑っていた。
ドロンは今までどんな時でも憂いというか、わだかまりのような感情を顔に浮かべていた。
しかし今目の前のドロンの表情からはそれらの感情が消えていた。
一点の曇りもない青空が持つような恐ろしさを、アタリは感じずにはいられなかった。
アタリは恐れ故の身震いを感動故のそれと見せかけながら、また深々と礼を繰り返した。
「ドロンさま!墓を滅亡させようと攻め込んできたトカゲ達は殲滅し、一度は墓を裏切ったものの改心したトカゲには再度服従を誓わせました。処置が手ぬるいというのならば今一度疑わしいトカゲは全員処刑する準備もできています…」
アタリの話を手で遮り、ドロンが話し始めた。
「ありがとうアタリ。…しかしどんなことよりも先に話さなくてはならない重要な話があるんだ。それを先にさせてもらってもいいだろうか?」
「もちろんでございます。話とはなんでしょうか?」
ドロンは背筋を伸ばし、胸に息をたっぷり吸い込んで辺り一帯にとどろくような大声でこう言った。
「たった今!長い長い旅路の末にトカゲ王が帰還された!したがってここは最早死んだトカゲ王を悼む墓ではなくなり、王が住まわれる居城となる。俺も墓守の地位を返上する!王が帰還された以上全てのトカゲは王のしもべとして平等だ!これからは皆それぞれ王の命令に従い、精一杯王のために尽くすように、以上!」
それだけ言うとドロンは後ろに退き、トカゲ王を前に出した。
「こちらの方がトカゲ王だ。」
今までに見たことないくらい大勢のトカゲを前にして多少緊張していたトカゲ王は戸惑っていたがそれでもなんとか二言三言話をした。
「あ、どうも、俺が新しくトカゲ王となったトカゲです。みなさんどうかよろしくお願いします。」
もちろんアタリ以下その場にいたトカゲは目の前の状況をほとんど理解することができなかった。
死んだトカゲ王が復活することが実際に起きるなんて、ドロン以外のトカゲは全く考えていなかったのである。
にもかかわらずいきなり見知らぬトカゲが連れられてきて、それがトカゲ王で、これからはそのトカゲの命令を聞くように、と言われてしまったのである。
戸惑うのも当然であった。
しかし戸惑うアタリ達をよそに、ドロンはどんどん行動を先に進めていった。
「さあトカゲ王。ではまず居城の中を案内いたしましょう。もちろんこの城は全て王の物ですから好きな部屋を使っていただいて結構でございます。まあ、さしあたっては俺が使っていた部屋を使っていただくとしましょう…」
そう言って、ドロンはトカゲ王を連れて中へと入っていってしまった。
アカもその後からついていく。
アタリはいまだ呆然とした表情でその光景を見送っていた。
そのアタリの下にカンがやってくる。
「カンか…一体これはどういうことなのだ?トカゲ王とは…?一体避難した先で何があったというのだ?」
カンは谷間で起きた出来事をかいつまんで話した。
しかしその話を聞いてもアタリはいまいち納得することができなかった。
ただ似てるというだけでなぜ初めて会ったトカゲを王の生まれ変わりだと言い切ることができるのだろう?
ドロンは一体何を考えているのだろう?
「お前はどう思うんだ、カン?」
「私は…ドロンさまの命令に従うだけでございます。そのドロンさまが王だというのなら、きっとあの方は王なのでしょう。そう思うことにしました。…それに私はあの方のおかげで命を救われてもいますから…」
「うーむ…」
アタリは考え込んだ。
今や墓の中で心の底から信じることができるトカゲは少ない。
それこそドロンとカンぐらいのものだ。
その2匹があのトカゲを王と認めるのなら…
自分も少なくとも今の時点ではそれを認めてもよいのかもしれない。
アタリはそう思った。
「よしわかった。私も腹をくくったぞ。これからは気持ちを一新して、いちトカゲとしてトカゲ王に仕えることとしよう。もう上司も部下もない。みんな思い思いに王に何ができるのか、考えるのだ…」
そのアタリの決意を聞いて、周りのざわついていたトカゲ達もどうするかを決めた。
すなわち、ドロンに言われた通りこれからはトカゲ王を崇め、王の命令を聞いて生きていくことにしたのである。
とはいっても直接王に下に行き、王の話を聞いて行動しようと考えているトカゲは少なかった。
ほとんどのトカゲはアタリとかドロンとかを通じ、王の命令に従おうと考えていたのである。
要するに心の底では皆劇的な変化は求めなかった。
今までどおり、目上のトカゲの言うことを聞いて、ささやかだけれど平和な生活を送ることができればいいと考えていたのである。
ところで、あわただしく動き回るトカゲ達の中でアタリの姿をじっと眺めていたトカゲが一匹いた。
それはクララだった。
クララはアタリに近づいていき、話しかけた。
「あんた…父の名前はなんていうんだ?」
いきなりそんなことを聞かれて怪訝な顔をしたものの、アタリは一応質問に答えた。
「私の父の名はビンゴだ。あなたはトカゲ王と共にいたトカゲだったな?どうしてそんなことを聞くんだ?」
「…では、セイカという名のトカゲに聞き覚えはないか?」
「それは私の父の父の名だ…」
「そうか!ではお前はセイカの孫というわけか。どうりでよく似ていると思った…」
「あなたは祖父のことをご存知なのか?」
「ああ…色々あったんだ。今はちょっとたてこんでるからな、時間がとれたら今度ゆっくりとお前と話がしたい。覚えておいてくれよ…」
そう言って、クララはちょっと前まで墓だった場所、今やトカゲ王の住処となった建物の中へと入っていった。
アタリはやや疑わしげな目でその背中を追っていた。




