名前
テンとトンの罠は失敗する。ドロンはクララに話を聞こうとする…
ドロンが近くの大きな瓦礫のひとつによりかかりながら言った。
「さあ、みんな悪いがこっちへ来てくれ。…俺は疲れきって身動きが取れないんだ。すまないな。クララ、カンを助けおこしてやってくれ…」
しかしカンはなんともないように一人で立ち上がり、ドロンの下までやってきた。
トンに負わせられた傷はもうなんともないようであった。
「…不思議です。もう駄目かと思いましたが、もらった団子を食べるとたちまち傷が治ってしまいました。かえって前より体調がよくなったくらいです。」
「なんと。すごいな。その団子のことについても聞かなくてはさあさあ、こちらへくるんだ。…集まったか?ではクララ、話をきかせてくれないか…お前が北へ旅をしている途中、どんなことが起きたのか…」
「うーん。こいつはなんか偉そうだなあ。命令するのに慣れきってしまってる、って感じだ。」
そう独り言のようにつぶやいたのはアカだった。
それを聞いたドロンはなんともいえないような表情をして顔を赤らめ、頭をかいた。
クララがアカをたしなめる。
「実際に偉いんだよ。この方は。…まあ、今からちょっと話をするからお前は余計な口をさしはさまないでくれよ…」
クララはそれまでの旅で経験したことをひとつひとつ話していった。
卵の殻を見つけたこと、北の果てで巨大な建造物を見つけたこと、そこで一匹のトカゲや、巨大な化け物すなわちアカに出会ったこと、その建造物で竜に会ったこと、世界に植物が満ちたこと…できるだけかいつまんで話すようにしたが、それでもすべて話しきるのに長い時間がかかった。
ドロンは、あまりにも自分の理解を超えた話の連続に、すっかり目を丸くしてしまっていた。
「いや、とても信じられない。驚きの連続で、何から驚いていいかわからないくらいだ。…俺のちっぽけの頭ではとても処理しきれない。」
「細かく話せばもっと長くなるがね…特にここまで帰ってくる途中、多くのゴタゴタがあったからな。その話を始めると、時間が無限にあっても足りないくらいだ。…まあ色々寄り道したおかげで世界の植物のことについてはだいぶ詳しくなったがな。カンの傷を治した団子も、ここより遠く離れた森の奥に生えていた草の根をすりつぶして丸めたものなんだ。しくじって深い傷を負った俺のために、こいつが作ってくれたものなんだぜ。」
そう言って、クララは傍らのトカゲの肩をぽんと叩いた。
心なしか誇らしげにそのトカゲは笑った。
「草や木には様々な種類がある。生物の傷をなおすものもあれば、傷をつけるものもある。危険な物もたくさんあるが、それらの性質をよく分析して研究すれば、とても便利な道具になるぜ…」
ドロンは、楽しげに旅の途中で出会った様々な植物についての話をするそのトカゲを、真剣なまなざしで見つめていた。
やがてその視線に気づき、トカゲが言った。
「…ドロンさんと言ったか。そんなに見つめるのはやめてくれないか。…照れてしまうよ。それとも何かが俺の顔にでもついているかい?」
「話の流れを切ってしまって悪いが、俺はずっとあなたのことが気になっていたんだ。さっきの話によれば、あなたはトカゲ王と共に北の地で生まれ、ある険しい山の麓で別々の道を歩むことを決めたと、そういう話でしたな?」
「あいつがトカゲ王なのか、つまり、あいつが俺と別れた後トカゲの集落へ行き、そこで大トカゲとなり多くのトカゲを食い殺したが改心し、その後鰐を退治したトカゲと同じなのかどうかはわからない。しかし、状況から考えてその可能性は高い、ということさ。」
「いや、あなたが生まれた時にそばにいたトカゲ、それは間違いなく後にトカゲ王となったトカゲに違いない!そして、あなたはきっとそのトカゲと兄弟か、あるいはもっと近しい関係だったに違いない!」
「なぜそう言い切れるんだ?」
「この像を見なさい!」
そう言うとドロンは手に持っていたトカゲ王の像をそのトカゲの目の前に差し出した。
「この像はトカゲ王が死んだ時、その姿形を忘れないよう、まだ記憶に鮮明に残っているうちに作ったものだ!いや、本当は像すらいらないんだ。俺の頭には鰐に懸命に立ち向かったトカゲ王の姿がはっきりとこびりついているんだ!…あんたは全く、トカゲ王にそっくりな姿かたちをしている!」
「あまり似てなくない?」
そうひそひそ声で隣のクララに言ったのは赤蛙だった。
クララもそう思ったが、何も言わなかった。
ドロンが今までどれだけ強くトカゲ王のことを強く求めていたのかということを知っていたからだ。
長い間待ち望んでいたトカゲ王に関する手がかりなのだ。
多少無理やりでもトカゲ王と関連づけようとする気持ちを、クララは理解することができた。
あるいはドロンは本気でそう思っているのかもしれない、クララはそう思った。
だから何も言わなかった。
ドロンは尚も語り続ける。
「そう、あなたは王と最も近しい存在なのだ。いや、王の生まれ変わりと言ってもいい。そうだ、長く王を待ち望み、毎日欠かさずに続けてきた俺の祈りに答えて、あなたは王として生まれ変わって今まさにここに現れてきたのだ!そうに違いない!」
「ちょっと待ってくれよ。いきなりそんなわけのわからないことを言われても俺はそんな…」
「あなた、お名前はなんとおっしゃる?」
「名前?…名前なんてない。俺は名も無きトカゲだよ…」
「名前がない?名前がなくてどうしてお互いを識別することが出来るのだ?」
「僕らはずっと3匹で行動していたからね。僕には赤蛙という名前があって、クララにはクララという名前があって、トカゲは単にトカゲと呼んでいたね。3匹だけだったから、それで事足りたんだね」
ぼそぼそと補足するようにアカが言った。
しかしどうも誰もアカの話は聞いていないようだった。
「確かに近しい者たちの間でだけ生きるのならそれでもいいだろう。しかし、多くのトカゲの中で生きるのなら名前は必要だ!我々はトカゲであるだけでは駄目なのだ、それ以上の何かであるために、名前というものは必要なのだ。…しかし、名前という物を必要としないトカゲが一匹だけいる…つまり、王だ。トカゲの頂点に君臨する者。いや、トカゲという種族そのものとも言っていい!王には名前など必要ない。王と呼びかければそれで済んでしまうのだから。…あなたには今まで名前がなかった。それは誰もつけてくれなかったからではない!つける必要がなかったからなのだ、すなわちあなたが王だから、名前をつける必要がなかっただけのことなのだ!」
ドロンは立ち上がり一歩そのトカゲに近づいた。
トカゲは戸惑うように後ずさった。
「あなたはこれからトカゲ王と名乗りなさい。…そしてトカゲ達を率いて、彼らにこれから歩むべき道を指し示すのです。俺は王の第一のしもべとしてどのような命令にも従うということをここに誓います。」
そういうとドロンは地面にひざまずき、地面に額を押し立てた。
さすがにカンはその光景を見て驚いていた。
あれほど威厳のあるドロンが誰かに跪く光景など、もちろんカンは今まで見たことがなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ…おい、お前ら、ちょっとこっちに来てくれ…」
そう言って名も無きトカゲはクララと赤蛙を呼び寄せた。
「い、一体なんなんだ。あのドロンという奴は、俺をどうしたいというのだ。」
トカゲの問いに、クララが答える。
「…どうもこうもないさ。お前に王になってもらいたいということさ。ドロンさんはずっと王が復活するのを待ち焦がれていた。そしてついにそっくりなお前に会うことができた。しかもお前はかつてのトカゲ王がやってきたといわれている北の世界からやってきたんだ。ドロンさんがお前のことを王の生まれ変わりと見なしてしまうのも無理がないと思う…」
「王になれっていうのならなってあげてもいいんじゃない?要するにふんぞり返ることができるってことでしょ?いいじゃん。しばらく王になって楽をして、そんで飽きたらまた3匹で気ままに旅を始めればいいよ。」
アカはそう言った。
トカゲはクララの方を向いて聞く。
「お前はどう思うんだ?」
「…ドロンさんは本当に長い間王と再会することを待っていたんだ。俺はドロンさんの期待を裏切ってほしくはない…正直な。やはり俺も墓で生まれたトカゲだから…。でも王になるかどうかはお前が決めることだ。俺はお前が王になるというのならここにとどまるし、それがいやだというのならまた一緒に旅をするさ。」
「僕も同じ気持ちだよ…」
トカゲは考えた。
王になるべきかどうかということを。
竜の楽園でずっと一匹で暮らしていたときのことを思い出した。
気ままだけれど孤独な生活。
何より、自分が何者なのか、ずっとわからずにいた。
しかしクララとアカと出会ってからはずっと彼らと一緒だった。
彼らと一緒にいると、孤独ではなくなった。
そして自分が何者か?などということは考えなくなった。
しかし心の底ではどこか、名前を持っていたクララとアカのことをうらやましがっていたような気がする。
自分は名前のないトカゲにすぎない。
代わりに様々な珍しい植物に名前をつけた。
しかし、自分で自分に名前をつけることはためらわれた。
それはどこかむなしい行為のように思えた。
自分は捨てられていた卵から生まれた。
暗い殻を破って外に出たとき、まわりには荒野が広がっていた。
あの時の悲しい気持ちを思い出す。
でも、そういう辛い経験も、王になるための試練だったのだ、といわれると、どこか納得ができる気がしてくる。
あいつのことも思い出す。
生まれた時、そばにあった卵からほど同じ時に生まれてきたあいつ。
生まれたてで、体力がない状態でも旅をすることができたのも、あいつがいたからだ。
俺とあいつは分かれ道で別々の道を進んだ。
あの時は、俺もあいつも名前のないただのトカゲだったな。
あいつはトカゲの集落で暴れた後、鰐とかいう化け物を退治して死んで、そして王と崇められた。
今、俺はあいつの生まれ変わりとして、トカゲ達の王として認められようとしている。
王になることで、なんというか、あいつと再会できた気持ちになることができるかもしれない。
なんとなくそう思った。
様々な考え、思い出が浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。
しばらく目を瞑り、心を無にした後で、俺はその場にいる者全員をしっかりと見据えて、こう言った。
「わかった。俺は今から、トカゲ達の王になる。」
こうして、名無しのトカゲはトカゲ王になったのだ。




