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初めに竜があった  作者: 最黒福三
トカゲの時代
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行き止まり

墓における反乱はアタリによって未然に防がれた。一方ドロンとカンは谷の抜け道を進んでいた。




 カンとドロンは谷の中の道を歩いていた。

 2人とも何も喋らず、ただひたすら前へ前へと歩を進めていた。

 カンは辺りを警戒しつつ、ドロンは墓からただ1つ持ち出したトカゲ王の像をなでながら歩いていた。


 段々と道は細く、そして繁みが深くなっていった。

 カンの表情はどんどん険しくなっていく。

 微かだが、何者かの気配を感じているのだ。

 姿勢を低くし、這うようにして歩いていく。

 ドロンも流石に機敏に動いてカンについていく。

 しかしドロンには敵に対する恐れは全くないようであった。


 やがて、カンは完全に歩みをとめた。

 敵がいるということを確信したのだ。

 前方にもいるし、後ろからも来ている。

 囲まれているのだ。

 辺りは鬱蒼とした繁みに囲まれていて容易には位置を判別することはできなかったが、それは相手も同じだった。

 カンは首をあげ、崖から上へ上がることができないか見てみる。

 崖は傾斜がきつく、簡単に登ることはできなさそうであった。

 腹をくくったカンはドロンに相談をする。


「ドロンさま。申し訳ございません。囲まれてしまいました…」


「うむ…。」


「逃げ道はありません。かくなる上は正面突破するしか方法は残されていません。」


「構わんさ。それしか方法がないならやるしかないだろ。それで駄目ならそれまでだったというだけのことだ。」


「申し訳ございません。ドロンさまを安全な場所へ送り届けたらいかなる責めも甘んじて…


 ドロンは手を振り、話を打ち切った。

 カンは頭を下げ、そして前を向いた。

 1つ呼吸を整えていから、ドロンに目配せをした。

 そして姿勢を低く保ったまま繁みの中を駆け出した。

 

 間もなく、潜んでいた敵が攻撃をしかけてきた。

 カンはそれをすんでのところでかわして逆に敵の喉を爪で切り裂いてやった。

 ドロンも1匹仕留めたようであった。

 カンとドロンはその後もできるだけ足は止めず、避けきることができないトカゲだけ仕留めて前へ進んでいった。

 しばらく進むと敵は潜むのをやめ、一斉に遅いかかってきた。

 カン達も流石にこれには参ったが、2匹でなんとか協力し合って囲みを抜けた。

 すると急に敵が襲ってこなくなった。

 敵が潜んでいた地帯が終わったのだ、とカンは思ったがまだ油断はできなかった。

 この先にも敵が潜んでいないとは限らないからだ。

 緊張を緩めず、カンは前へと進んでいった。


 そしてしばらく進んでいき、カンは伏兵よりもずっと恐ろしいものを見た。

 道が岩石でふさがれていたのである。

 崖崩れによってできた岩石ではない。

 道は明らかに作為的にふさがれていた。


 カンは立ち止まり、途方にくれた表情で目の前の岩石の山を見た。

 そして後ろからトカゲの兵たちが近づいてくる音が聞こえてきた。

 カンは振り返り、そしてさらにさらに意外な物を見た。

 

 トカゲの集団と、蔓で手をしばられたトンがそこにはいたのだ。

 トンの顔には痛々しい傷がついていた。

 カンと目が合うと、悲痛な声でトンは言った。


「すまないカン。敵に脅され、この道のことを話してしまったのだ。奴らは先回りして、道をふさいでしまったんだ。…カンお前はドロンさまを連れて逃げろ。お前ならなんとかドロンさまを連れ、岩石を伝って谷の上まで上がっていくことができるはずだ。」


「そうはいかないさ…」


 そういいながら群れの中から1匹のトカゲが現れた。

 それはテンであった。

 テンはするどい爪をトンの首につきつけて不敵な笑みを浮かべた。


「さあカン。ドロンをこちらへ引き渡すんだ。そうしなければ父さんを殺す。」


 カンはだらだらと汗を流し、目の前の父と兄を交互に眺めていた。

 一瞬、目の端でドロンのことをちらりと見たが、ドロンはこんな時でも平然としていた。


「そ、そんな兄さん、冗談を言っているのだろう?」


「冗談なものか。なあに、ドロンさえ引き渡してくれれば父さんもお前の命も必ず助けてやる。助けるどころか、お前には城の中でのしかるべき地位を用意してやろう。…元々俺はお前の実力は認めていたんだ。さあ、貧乏くさい墓での生活なんて捨て、城で楽しくやろうじゃないか…。」


 そう言ってテンは一歩前に出た。

 呼応するかのようにカンは一歩下がったが、すぐ後ろには岩石の山が迫っていて、もうそれ以上下がることはできなかった。

 ドロンはいつのまにか岩石の1つに腰を下ろしていて、何か考え事でもしているかのように空を見ていた。


「カン、私のことは気にせず、ドロンさまを連れて逃げるのだ…」


 しかしそう言われてすぐに逃げることができるほどカンは薄情な性格ではなかった。

 ドロンと父と、どちらかを選ぶことを迫られて、すぐに決断することができるような性格ではないのだ。

 もちろんトンとテンはカンのそんな性格を熟知していた。


「カン。」


 カンを正気に戻したその声は、ドロンが発したものであった。


「気にすることはない。俺を引き渡せばいいさ。」


「しかしそれでは、ドロンさまが…」


「しかし俺を助けるためにはお前はお前の親父を見捨てなければならない。俺はそんなことをお前にさせてまで生きていたいとは思わない。…まあこいつらだって今すぐに俺のことを殺すことはしないだろう。きっとジジのところまで俺を連れていくはずさ。そうだろう?テン。」


 話しかけられたもののテンは答えず、やはり不敵に笑みを浮かべるばかりであった。


「ま、殺される前までにはは誰かが助けにきてくれるだろうさ。そうでなかったとしても構わないさ。なんといっても俺にはトカゲ王がついているのだからな…」


 ドロンが話しを終えてもカンは身動き1つとらなかった。

 ただ手足をぶるぶると震えさせてトンとドロンを交互に見るばかりであった。

 しまいにはカンは瞳に涙を浮かべてしまった。

 ドロンはため息をついて立ち上がり、自らテンの下へと歩いていった。


「ドロンさん!」


 自ら捕らえられようと敵の下へ歩いていくドロンの姿を見て、頭が真っ白になったカンは無我夢中になってドロンに声をかけた。

 そしてそれと同時に、カンの頭上に巨大な岩石が落ちてきた。

 カンの姿は岩石におしつぶされ、見えなくなってしまった。

 ドロンは驚いて振り返り、そして岩石の山の上を見た。

 そこには何匹かのトカゲがいて、身振り手振りで誰かに合図を送っているようだった。

 やり取りをしている相手は、どうやらテンのようであった。

 テンは笑って、そのトカゲ達に向かって手を振っていた。

 どうやら上の連中がカンめがけて岩石を落としたようであった。

 これは罠だったのだ。

 ドロンは怒りの表情を顔に浮かべながらテンの方を向いた。


「俺を引き渡せばカンの命は助けるのではなかったか!」


「ふん!それだけ私はカンの力を恐れていたということさ。カンは、どんなに追い込まれてもその状況を覆すことができるだけの力を秘めている。味方なら頼もしいこと限りないが、敵としては最悪だ。早急に仕留めてしまうのに限るのさ、そういうのは。」


「むう…」


 ドロンはトカゲ王の像に額を押し当てて、ぶつぶつと何かを呟いた。

 テンや、他のトカゲたちはその姿を見てあざ笑った。


「そんなことをして何になるというのだ…」


 言いかけてテンは止めた。

 カンを押しつぶした岩石がぐらぐらとゆれていたような気がしたからだ。

 見間違いかと思って、目をこすってもう一度見たがやはりゆれている。

 見る見る内にそのゆれ方ははげしくなっていき、不意に揺れは止まった。

 その直後透き通ったような音があたりに響き、岩石にひびが入った。

 ひびのところから岩石は真っ二つに割れ、下からカンが立ち上がった。

 ところどころ血にまみれていたが、しっかりと自らの足で立ち、しっかりとテンを見据えていた。

 瞬間、その異様な姿に恐怖を抱いたテンは兵たちにカンに攻撃をしかけるよう命じた。

 この号令を合図に次から次へとカンにトカゲ兵たちが襲いかかった。

 また、岩石の隙間や、崖の上からも次から次へと兵が現れてカンに襲い掛かった。

 しかしここでテンに隙が出来た。

 伏兵たちにカンを攻撃するよう命令するのに夢中で、トンに対する注意がおろそかになったのだ。

 ドロンはその隙を見逃さず、見事にトンを救い出した。

 カンは目の端でしっかりとそのことを見ていた。

 だからカンは遠慮することなく暴れることができた。

 襲い掛かってくるそばからカンは兵をなぎ倒していった。

 ドロンもトンを守る一方でそれに加勢した。

 暴れている内に昔のことを思い出し、どんどん我を忘れて戦いに没頭していった。

 しまいには抱えていた銅像でもって兵を殴りつける有様であった。


 かなり時間はかかり、またボロボロになってしまったものの、カンとドロンはテンと、その数匹の護衛以外の全ての兵を倒してしまった。

 しかしドロンはすでに疲れ果て、もう立ち上がることもできないほどであった。

 カンも血まみれで、体力をかなり使い果たしていた。

 それでもテンと、あと数匹の護衛兵程度ではどうにもできない、ということはその場にいた誰もが知るところであった。

 いつのまにか配置は逆転していた。

 テン達の方が岩石の山を背にして、カンがそれと向き合っているという格好だったのだ。

 カンはテンに声をかける。

 カンの後ろにはぴったりとトンが寄り添っていた。


「兄さん、あなたの負けです。…僕もあなたを手にかけたくはない。これ以上私たちに手を出さないと約束してくれれば、見逃してあげます。約束してくれますか?」


 テンはしばらく俯いていたが、やがてくすくすと笑い始めた。


「いや実際いつかはこんな日がくるんじゃないかと思っていたよ。お前はなんといっても城にいたころから毎日厳しい訓練をしていたからな。たった1人で!」


「僕は兄さんと違って頭はよくなかった。だから体を鍛えるしかなかったんだ。」


「そうだ。そしてそれも全て父さんに愛されるためだ。…違うか?」


 カンは目を伏せ、質問には答えなかった。

 テンは構わずにさらに話を続ける。


「お前は父さんに愛されなかった。お前自身はあれだけ父さんを愛していたのにも関わらずな。一方俺は父さんに愛された。目をかけられ、期待された。俺は父さんの下で父さんのやり方を隅から隅まで学ぶように言われた。父さんの下でいい思いもいっぱいしたさ!…なぜだかわかるか?」


 カンは何も言わない。

 しかしテンの目を見ている。


「それはな、俺がずっと愛される努力を続けてきたからなんだ。お前は愛されるために父さんを愛した。俺は違う。ただ愛されることを当然と受け入れ、父さんがこれからも俺を愛するにはどうすればいいのか、ということを考えた。ただそれだけのことだ。つまりな、俺は父さんのことを理解しようとしたんだ。父さんに何をしてやれば本当に喜ぶのか、父さんが何を本当に欲しているのか、俺は真剣に考えたんだ。お前とは違ってな。お前は愛されないのは自分に原因があるのだと考えた。俺は一方父さんが俺を愛するのは父さんに原因があるのだと割り切って考えた。それが違いなんだよ!…そして、その違いが俺たちの本当の勝敗を分けるんだ!さあやるんだ、父さん!」


 テンがそう叫んだのと同時に、カンの胸に激痛が走った。

 カンの胸からは血塗られた杭が突き出ていた。

 そしてそれをカンの胸に突き刺していたのは、他でもないトンであった。

 汗だくの表情で杭を握り締めるトンの顔を、ただただ驚愕しながらカンはしばらく見つめていた。

 しかしやがて力尽きてその場に倒れこんでしまった。

 血だらけになって倒れるカンの姿を、全身をぶるぶると震わせながらトンは眺めていた。

 ドロンも一連の光景を流石に驚いた表情で見ていたが、傷と疲れで立ち上がることはできなかった。

 その中でテンだけが冷静で、立ち上がって冷静にトンの下へと歩いていき、トンの肩を叩いて言った。


「よくやった父さん!」


「まあ、流石に心が痛んだがね…しかし城における地位のためなら仕方がないな。」


「その通り、これは仕方のないことだ。俺は父さんの望むものを与えることができる。だから父さんが俺の言うことを聞くのは当然のことだ。」


「そうさ。俺はとにかく多くのトカゲ達の上にたって、そいつらを動かして、何か大きなことをしたいんだ!安全で、満ち足りてはいるが退屈な生活なんてものはいらないんだ!」


「さすがは父さんだ。老いてもそれだけの向上心を持つことができるトカゲはなかなかいない。城に戻ればすぐさま昔の感覚を取り戻すことだろう。…そして俺に匹敵するほどの勢力を城で築くことだろう。」


「当たり前だ!それぐらいのことは簡単だ!ああ楽しみだ。俺の命令1つであちらからこちらへとトカゲ達が動き回り、様々な秘密の行動をすることを見るのがな!俺はきっと部下をたくさん増やし、別の城をもう1つ作るんだ、そしてそこで俺が、俺自身が長となってトカゲたちを従えてるのだ!」


「そうだ、それでこそ父さんだ。俺の目に狂いはなかった。父さんが城へやってくればきっと俺を脅かす存在になるだろうと予想した俺の目に、狂いはなかった!」


 そう叫ぶとテンはトンに襲い掛かった。

 テンはトンを地面に転ばせ、その上に覆いかぶさって首を絞めた。


「ぐええ…。な、何をするんだ。…や、やめてくれ、やめてくれええ…」


「父さんを城にはつれていけないよ…!何しろ俺は一度父さんを裏切っているからね。その憎しみはなかなか簡単にはれることはないさ。俺はちゃんとわかっているんだ!そんな父さんをそばに置いておいたらいつ寝首をかかれるか、わかったものじゃないさ。だからここで殺しておくのが一番なのさ!」


「き、きさま…ぐぅぅぅ…。」


「に…兄さん、やめてくれ。父さんを、殺さないでくれ…」


 かすれた声で話したのはカンだった。

 血を吐きながら、涙をぽろぽろとこぼしながら、胸に杭を刺したままでカンはテンに顔だけ向けて懇願した。

 テンはトンの首を絞める力は緩めず、顔だけカンの方にむけて言った。


「まだ生きていたのか!大した生命力だ。…しかしお前、父さんを助けてほしいというのか?こいつはお前のことを殺そうとしたんだぞ?お前は城からずっと父さんを背負って逃げ、墓にたどり着いてからもそれからずっと甲斐甲斐しく世話をし続けてきた。愛してもらいたい一心でな。しかしこいつはそんなお前をいとも簡単に裏切ったんだぞ!ただトカゲ共の上でもう一度ふんぞり返りたいと、それだけのためにな。そんな奴を助ける必要などあると思うのか?こいつは殺されても当然な奴だと、そうは思わないのか?」


「頼む、頼むよ兄さん。父さんを助けてくれ…。何と言われようとも僕には父さんを恨むことはできないよ。兄さんは知らないんだ…愛されたことのない者の気持ちが。」


「そんなん知るか!…まあどうでもいいさ。父さんを殺したらお前にもとどめをさしてやるさ。そうしたらどうせ全て終わるんだ。そうしたらドロンを墓につれていく…。ドロンを失った墓など、簡単に攻め滅ぼすことができるだろう。そうなれば墓は俺のものさ!はははは!さあ、そのためにも父さん、はやく死ぬんだ!」


 テンはトンの首を絞める手にさらに力を込めた。

 見る見るうちにトンの顔は青ざめて、声はか細くなっていく。

 ひたすらテンにトンを殺さないでくれと懇願するカンの顔からもどんどん生気は失われていく。

 少し離れた場所でそれらの絶望的な光景を眺めていたドロンは、今までにないくらいに強く像に額を押し当て、そしてはっきりとした声でこう言い放った。


「トカゲ王さま、どうか哀れな俺たちをお助けください!」


 丁度そのときだった。

 ドロンの目の前に、崖の上から3つの物体が落ちてきたのは。

 あまりにも不意を突く出来事だったので、その場にいた全てのトカゲが落ちてきた物体の方を見た。

 1つはとても大きく、他の2つはそれよりも小さい。

 小さい方は丁度一般的なトカゲの背丈の大きさぐらいである。


 間もなく、それらの物体がもぞもぞと動き始めた。

 やがて、3つの物体の中から、それぞれ巨大な見たことのない化物と、それから2匹のトカゲが姿を現した。

 それらの生物は周りにいるトカゲ達には気にせず、会話を始めてしまった。


「全く、赤蛙が後先考えずにどんどん前に進んでいってしまうから…」


 そう言ったのは2匹のトカゲの内の一方である。

 それに対して巨大な化物が口答えをする。


「仕方がないじゃないか!まさかこんなところにでかい谷がぽっかりとあいているとは思わないよ!」


「まあまあ、無事だったんだからいいじゃないか。俺が作ったこのマントのおかげでみんなかすり傷程度ですんだんだから…」


 もう一方のトカゲが、さっきまで彼らの体を包んでいた物体をつまみあげながらそう言った。

 それから3匹は早口でまだ何やら会話を続けようとした。

 しかしそれをさえぎったのはドロンだった。

 

「お前は…クララじゃないか!」


 3匹の内の1匹がドロンの方を向いて、驚いた表情で言った。


「ドロンさまじゃないですか!なぜこんなところに…」


 ここでようやく化物と、もう一方のトカゲも自分たちの周りにトカゲがたくさんいるのに気付いたのであった。

 テンもトンもカンも、一体今何が起きているのか判断できず、口を半開きにしたままドロンの下にかけよるそのトカゲの姿を見つめているばかりであった。



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