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初めに竜があった  作者: 最黒福三
トカゲの時代
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反乱

カンはズナの部屋で盗み聞きをした結果、反乱は確かに起きるのだという確信を得た。カンは父と相談し、ドロンを連れて秘密の抜け道を通って逃げることを決める。





 カンは墓に行くと、真っ先にアタリの部屋を尋ねた。


 盗み聞きした話によれば唯一城側に寝返っていないトカゲであったし、また最も信頼していたトカゲでもあったからだ。

 険しい顔で部屋の中に入ってきたカンを見てこれはただ事ではないな、とアタリは一瞬で判断した。

 カンは周囲にトカゲの気配がないことを確認し、アタリに話を始めた。

 ズナを中心として墓は裏切り者だらけだと言うこと、ドロンの命が危ないということなど。

 カンはあわてていたので少し要領を得ないところもあったが、なんとかアタリはカンの話を理解した。


「カン、話はわかった。確かに前々からズナさんには少し怪しいところがあると思っていた。そして私は君のことを信頼している。お前の話は信じるに値すると思っている。…しかしやはり確証がないことには完全に信じることはできない。」


 カンはアタリのその言葉を聞いてがっくりとうなだれてしまった。

 唯一の味方とも言えるアタリに信用してもらえないのではどうしようもない。

 かくなる上はたった1匹でもドロンを連れて逃げるか…

 そんな風に思いつめたカンの表情を見て、なだめるようにアタリは言った。


「まあそんな険しい顔をするな。何が起きるかわからないから、とりあえずドロンさまはお前が安全な場所に避難させてやってくれ。私はしばらく様子を伺う。」


「様子を伺うと申しましても、反乱が起きれば真っ先に狙われるのはアタリさんです。何かが起きてしまってからでは遅いのでは…」


「いや何。私はこういう時のためにズナの直属部隊にスパイを紛れ込ませておいたんだ。何か怪しい動きがあれば報告してくることになっている。もし反乱が間違いないということがわかったら先手を打って兵を出してズナの部隊を殲滅する。…いや、もっと巧妙な手を使うか…。まあとにかく何とか手は打つさ。機先をこちらが制すれば気が変わって反乱をやめる奴らも出てくるかもしれない。それならなんとか持ちこたえることができるかもしれない。そこでドロンさまを連れてお前が戻ってきてくれれば形勢逆転さ。」


「なるほど…」


「とにかくドロンさまさえ無事ならなんとでもなる。あの方の求心力は並ではないからな。そのためにもお前にはしっかりとドロンさまを護衛してもらわないといけない。頼むぞ。」


 カンは深く礼をしてその指令を受けた。

 その後細々としたことについて打ち合わせをアタリとし、それからカンはドロンの部屋へと向かった。

 ドロンは相も変わらず像を握って祈り続けていた。


「ドロンさま。重大なお話があります…」


 ドロンは特に反応もせずにぶつぶつと祈り続けていた。

 しかしカンは気にせず話を始めた。

 祈りながらでもドロンはちゃんと他者の話を聞くことができることをカンはわかっているのだ。

 カンは墓に危機が迫っていること、自分と一緒に安全な場所へと逃れてしてほしいことを手短かに話した。

 話終えてもドロンはしばらくそのままだったが、やがてカンの方を向いて口を開いた。


「わかった。今すぐ出発しよう。」


 カンはいささか驚いた。

 自分は祈るのに忙しいからここにいるとか、自分の命などどうでもいいとか言ってカンについていくことを断るかもしれないと思っていたのだ。

 カンのそんな驚きを見抜いたのか、口元に笑みを浮かべながらドロンは言った。


「俺自身の命なんてものはどうでもいいんだ。しかしな。トカゲ王の声が聞こえるんだ。お前についてここを離れろ、とな。きっと何かが起きるぜ…」


 その笑顔は、今までカンが見たことのないような表情だったので、カンは思わず身震いをしてしまった。



 ドロンとカンは墓の裏口からこっそりと抜け出していった。

 森や谷底など、目立たないところを進んでいき、2匹はトンが教えてくれた抜け穴の入り口にたどり着いた。

 その辺りは一面木々に覆われた深い森しかないように見えた。

 しかしトンが言っていた目印の大木のところから中に入っていくとそこは坂になっていた。

 その坂を下っていくと谷底にたどり着いた。

 そこは不思議な地形で、まさに何かにえぐりとられたかのように地面がくぼんでいた。

 谷の両脇から生える木々の枝葉が生い茂っているので周りからは森があるようにしか見えない。

 おそらく山などの高い場所から見てもここに谷があるなどということはわからないだろう。

 ここはまさに抜け道と言っていい場所だ、とカンは思った。


 地面にはかすかに小川が流れていて、ぬかるんでいた。

 カンは一応あたりを警戒しながら抜け道を進んでいく。

 ドロンは何も言わずにカンの後からついていった。





 ズナはアタリの部屋へ向かって歩いている途中だった。

 自分はこれから直属の兵を墓の外の丘に率いて、そこで訓練をするつもりだ、ということを伝えるためだ。

 その丘の上でズナの部隊が反乱ののろしをあげるのが墓の内部の内通者たちが一斉蜂起する合図なのだ。

 城の諜報部隊の例のトカゲからズナはそう作戦を説明されていたのだ。

 アタリだけは裏切り者でないので、訓練なのだということを前もって伝えておかなければならない。

 そういうわけでズナはアタリの部屋を訪ねようとしているのだ。


 部屋の中にアタリはいた。

 1匹だけで、椅子に座ってぼーっと窓の外を見ていた。

 しめしめ、これから反乱が起きるなどということは夢にも思っていないんだろうな、とズナはほくそえんだ。

 ズナはアタリの背に声をかける。


「やあアタリくん。どうもお疲れのようだね。」


「ズナさん。どうも、最近大きな仕事を抱えていましてね。」


「そうかい。まあたまには休むことも必要だよ。」


「いや、もうすぐ片がつきそうですから…ところで何か御用ですか?」


「いやね、ちょっと久々に私の兵士たちの訓練をしようと思ってね。それで私直属の兵たちを向こうの丘の上へまとめて連れていこうと思うんだ。まあ、他の門番に何も言わずにまとまった数の兵を動かすのもどうかと思ってね。君に伝えておこうと思ったわけさ。」


「なんだそんなことですか。精がでますね。わかりました、他の門番の方には私の方から伝えておきますよ。」


「うむ、頼んだよ…」


 そう言ってズナはアタリの部屋を出て行った。



 ズナは歩きながら、これからのことに思いをはせた。

 つまり、反乱を成功させた後のことだ。

 城で多くのトカゲを配下にふんぞりがえっている姿を思い浮かべる。

 城での生活の豪華さは、墓での生活のそれとは比べ物にならないほどすごいのだ。

 ズナは今まで墓で耐え忍んできた途方もないほどの時間を思い起こした。

 その苦労がようやく報われるのだ。

 最後の最後ではやはり私のような地道でこつこつと頑張ってきたトカゲが報われるのだ。

 ちゃんとジジさまは私の努力を見てくださっていたのだ!

 そんなことを考えていると、自然とズナの足取りは軽くなっていった。



 それからズナは墓の門のところへ行った。

 そこにはすでにズナの部隊が整列して待機していた。

 ズナはその先頭に立ち、兵を前進させた。


 

 ズナは丘と墓との丁度中間あたりの地点で一度立ち止まった。

 ざわざわと騒がしい兵たちを落ち着かせ、そして声を整えてこう演説を始めた。


「君たち!実は我々はこれから訓練にいくのではない。われわれは戦いにいくのだ。相手は何か?…それは墓だ!つまり墓に対して我々は反乱を起こすのだ。」


 こうズナが言うとどよめきは強くなった。

 ズナは全員に聞こえるよう、さらに声を張り上げてこう言った。


「無謀じゃないかと言う者もいるだろう!しかしそれは浅はかな考えというものだ。すでに門番の内、アタリ以外は城に寝返っているのだ。つまり反乱を起こす我々の方が実は圧倒的に有利なのだ。君たちはただ私について戦うだけで、城における高い地位が保障されるのだ!私についてこないという手はあるまい?」


 そこまでズナが言うと、どよめきは収まっていった。

 ズナの口ぶりがあまりにも自信満々だったので、兵たちも本当に反乱は絶対に成功するのだと思い始めてきたのだ。

 ここぞというところでさらにズナは反乱の容易さ、成功したときに手に入れることができる物の大きさなどを語り始めた。

 するとみるみる内に兵たちの士気はあがり、すっかり気分は勇猛な反乱軍、というところであった。

 士気の上がった兵たちの様子を見て満足し、ズナは最後に兵たちに尋ねた。


「ふむ…私の言いたいことはわかってもらえたと思う。では逆に、何か質問がある兵はいるかね…?」


 そう問いかけると、部隊の後方にいたトカゲがすっと手を挙げた。

 ズナはそのトカゲを指差し、発言を許可した。


「ズナさまが今言ったことはつまり、我々はたった今から反乱軍になったということですね?」


 生意気なその言い方に多少いらつきながらもズナは答えた。


「だからさっきからそう言っているじゃないか。」


「反乱とはすなわちドロンさまアタリさまを殺し、墓をまるごと城に明け渡すということでございますね?」


「さっきからずっとそれを言っているんだよ。そして君たち兵士は城で今まででは考えもつかなかったような贅沢ができる身分になるんだよ。何だ?何か文句あるのか?」


「最後に1つだけ。反乱を取りやめるつもりはないのでございますね?」


「あるわけないだろう。…おいお前、なんかおか…」


 ズナが最後まで言い切る前に、そのトカゲは空に顔を向け、舌を伸ばして空の彼方、地の果てまでも届きそうなほどのかん高い声で鳴いた。

 ズナも周りの兵たちも、そのトカゲがいきなり何をし始めたのか判断がつかずに戸惑っていた。

 しかしその意味はすぐに理解できるようになった。

 まるでその鳴き声に呼び寄せられでもしたかの如く、辺りの草むらや岩陰、それから地面の下などから、次々とトカゲの兵たちが現れたのである。

 それらの兵は完全にズナの部隊を包囲していた。

 罠だ、とズナが思った時には一斉に攻撃を受けていた。

 ズナの部隊を囲んだ兵はまず重い石を投げつけ、それから手に持った蔓や棒で攻撃をしかけてきたのだ。

 不意打ちだったので、ズナの部隊はなすすべもなく一気に半数以上がやられてしまった。

 もちろんズナに質問をしていたあのトカゲも、ズナの兵に攻撃をしかけていた。

 彼がスパイだったというわけだが、もはやズナにはそんなことを気にする余裕もなかった。



 しかしさすがにズナはこの部隊の隊長なので、精鋭たちが彼の周りを囲んで必死に守っていた。

 敵のトカゲ達もなかなかに攻めあぐねているようで、戦況は膠着しはじめた。

 もしかしたら助かるかもしれない、とズナが思い始めた時、砂埃の向こう、墓の方から何やらトカゲの兵の一団が近づいてくるのが見えた。

 ズナはぴんと来た。

 味方だ!私の兵が攻撃を受けているのを墓から見て、きっと内通者の内の誰かが助けにきてくれたんだ!

 すっかりズナはそう思い込んでしまった。

 そして飛び跳ねながら両手を掲げ、自分はここだ!ということをその兵たちに示した。

 その兵たちはズナがそこにいるということを知り、近づいてきた。

 これでもう大丈夫だ、自分は助かったとズナが思った時、その兵たちの先頭にいたトカゲの正体がわかった…


 それはアタリだった。


 アタリは自慢の棍棒を振り回してあっとういうまにズナを守っていた精鋭たちを蹴散らしてしまった。

 ズナは力を失い、へなへなとその場に座り込んでしまった。

 アタリは険しい顔でズナを見下ろし、声をかけた。


「残念ですよ。ズナさん。あなたがこんな馬鹿げたことをしでかすなんて。反乱なんて馬鹿げたことを…」


 ズナは答えず、しばらくぶるぶると震えていたが、やがてアタリを見上げてにらみつけて、こう言った。


「ふん、私は初めから城側のトカゲだったのだ!お前に私の気持ちがわかるか!敵地にたった1匹で潜入し、長年耐え忍ぶことの辛さが…」


 アタリはズナの話を聞き終わる前に棍棒を持った手を振り上げ、それを躊躇なくズナの頭めがけて振り下ろした。

 ズナの頭は粉々に砕け、彼は最早何も喋ることはできなくなった。


「これで仕事は片がつきましたよ…」


 それだけ言うとアタリは死体は配下のトカゲに任せ、自らは戦場を振り返った。

 すでにズナの部隊は全滅しているようだった。

 それを確認するとアタリは墓の方を見た。

 すでにこの戦いには墓のトカゲたちも気付いているようだった。

 墓の門のあたりには大勢のトカゲがつめかけて、アタリ達の様子を伺っていた。

 戦意は全くと言ってなさそうであった。

 アタリは作戦を変え、士気が高いままのこの兵たちを率いて墓の近くまで行くことにした。

 

 ズナの兵を殲滅したアタリの兵が墓の方へ向かってくるのを見て、他の門番たちはあわてた。

 彼らは反乱のことなど何も知らない。

 ただ墓の2大勢力であったズナとアタリが争い、アタリがズナを滅ぼしてしまった光景だけははっきりと見た。

 そのことが意味することは明確であった。

 もう墓の中でアタリに対抗できるような勢力はない。

 残った門番たちは協議した結果、とにかく争いの詳しい理由は尋ねずにアタリに服従する意思を示そうということになった。

 そうと決まったら急いで門番たちは墓の外に出てきて、アタリを迎えた。


 アタリは反抗の意思を全く見せない門番たちの姿を見てこう判断した。

 私があまりにも鮮やかにズナの部隊を蹴散らすところを見て、反乱する意思をなくしたのだな、と。

 反乱する意思をなくした者たちを無理やり責めることもあるまい。

 そう思い、居並ぶ門番たちに向かってアタリはこう言った。


「お前たちのやったことについてはもう何も言わない。これからは二度とドロンさまから受けた恩を仇で返すような真似をするなよ。」


 門番たちはアタリが何を言っているのかよくわからなかったが、とにかく今は服従すると決めていたので、とにかく深く頭を下げてこう言った。


「アタリさまの言うとおりにします。これからは何事もアタリさまの指示を仰いでするようにします。」


 自分に向かって跪くトカゲの集団を見てさすがにアタリはたじろいだ。

 しかし今はドロンがいないのだから、自分に権力が集中してしまうこともやむをえないな、と思って今の状態をアタリは受け入れた。

 アタリは遠くの空を見て、誰にも聞こえないような声でそっと呟いた。


「カン。後はお前がドロンさまを連れて帰るだけだぞ…」


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