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初めに竜があった  作者: 最黒福三
トカゲの時代
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親子

ドロンとジジの面会は表面上は何事もなく終わったが…




 

 面会を終えたジジは大勢のトカゲ達を引き連れて山を降りていく。

 傍らにはぴったりとテンがついている。

 彼はジジの耳元に口を寄せ、こそこそ話しかける。


「さてジジさま。いかがいたしましょう?当初の予定通りドロンさまを襲撃しますか?それとも今回は攻撃は見送りますか…?」


「… やめておこう。ドロンはやはり曲者じゃ。長い間部屋にこもって祈り続けているからすっかりボケているかと思いきや…全く隙がない。肉体にも精神にもな。下手に攻撃をしかけても返り討ちにあうだけのことじゃ。それに、あのドロンの傍らにいたトカゲ、あれは相当腕が立つぞ。…なあテン。お前はどう思った?」


「あのトカゲですか?私は特に腕が立つようには思えませんでしたが…」


 そうテンが言うと、いきなりジジはテンの顔を引き寄せた。

 そして顔を強張らせ、さらにひそめた声で言った。


「しらばっくれるなよ。あいつがお前の弟だということは調べがついているんだ。確かにお前は有能だ。しかし何でもかんでも隠し事ができるとは思うなよ。わしだって伊達に長く生きているわけじゃない。このぐらいのことは調べがつくんだ。…あいつはお前の弟で間違いないな?」


 冷や汗がテンのこめかみに一筋流れた。

 テンは1つ咳払いをして気持ちを落ち着け、それから言った。


「…確かにそのとおりです。あれは私の弟で、カンと言います。ドロンさまの護衛として私の弟がついているということをジジさまが知れば、無用な不安を抱かせてしまうだろうと思い黙っていました。申し訳ございません。」


 そういって軽くテンは頭を下げた。


「お前はこのことを以前から知っておってのか?」


「とんでもございません。私もあの部屋に入って初めてそのことを知ったのです。…弟が父を連れて墓へ行ったということは聞いていましたが、まさかドロンさまの護衛をつとめるほどに出世していようとは、夢にも思いませんでした。」


 そう言ってさらに深々と頭を下げるテンを、ジジは苦々しい顔で見つめた。


「お前の言っていることを全て信じることはできんが…まあいいさ。隠し事はしたければすればいいさ。しかしな、わしはお前がしている以上にわしだって色々なことを隠しているし、お前が隠し通せていることのほとんどはわしは知っているんだ。わしは今までお前が追い落としてきた奴らのように甘くはないのだということさえわかればいいのだ…。とにかく、襲撃はなしだ。作戦は練り直しだ…」


「せっかくこの山にずっと前から潜ませておいた伏兵も、無駄になってしまいましたな。」


「ふん。伏兵がいることぐらい向こうだって承知だったろうさ。…しかしドロンのそばにあれほどのトカゲがついていて、しかもそれがお前の弟なのだということがわかったことは今回の面会の収穫といえるだろうな。」


 そう言うともう一度ジジはテンの顔をぎろりとにらんだ。

 テンはもう一度恐縮するように目を伏せた。


「また、今回の面会ではっきりした。間違いなくドロンは何かを隠しておる。トカゲ王の復活などというたわけたことを言って…。きっとドロンは「何か」が起きることを確実に知っておるんだ。奴はそれを知っている。おそらくそれに対する準備も怠ってはいないだろう。しかしわしの方では何の準備も出来ておらん。こんな状況で不足の事態が起きればトカゲの世界はあっという間に奴の手に落ちてしまう。…ドロンが情報を差し出す気がないということがわかった以上、残された手はただ一つ。ドロンを殺し、墓をもわしの支配化におくことだけじゃ。そうすればたとえ何がおころうと問題はない…。そうだな?テン。」


「その通りでございます。」


「それがわかっているならドロンを殺すための良い作戦を1つでも多く進言しろ。思いついたことは何でも話せよ。実現できなさそうなことでも、別の作戦のヒントになるかもしれないからな。」


「そのことでございますが私は少し作戦を思いつきました。弟がドロンさまの護衛としてそばについているということがわかりましたからな、そこを利用するのでございます。」


「どのように?」


「弟はとにかく父を愛し、信頼しております。一方で父はとにかく権力欲に取り付かれているトカゲでございましてな。…両者のその想いのずれをつけば、おのずと隙は見えてくるはずでございます。」


「ふん、詳しい話はいい。考えがあるならいいんだ。それを実行し、とにかくどんな手を使ってもいいからドロンを殺すんだ…。わかったな?」


「わかりました。では早速作戦に取り掛かるといたしましょう…」


 テンはジジを取り巻くトカゲの集団から離れ、どこかへ去っていった。

 それを身ながらジジは、他の誰にも聞こえないように呟いた。


「全くテンめ。初めの内はわしにおべっかを雨あられのように浴びせかけてきた。わしはすっかり奴のことが気にいってしまって第一の側近というところまで引き上げた。奴の進言のままに大した証拠もないままにトカゲ達を城から追いやったことも何度もある。その結果がどうじゃ?奴はいつのまにか子飼いの部下を増やし、わしでもうかつに手を出せないほどまでにその勢力を増してしまった。わしを慕うものもまだまだ多いから奴も今すぐに反乱を起こすということはしないだろうが…。いずれにせよ気にくわん。とはいえドロンを殺すためには奴の才覚が必要となってくる…今は辛抱じゃ。ドロンさえ殺し、見渡すかぎりの大地をわしの支配下に入れることができたら、あんな奴いかようにでも料理してくれるわ。」


 ぶつぶつ独り言を言うジジを、周りのトカゲたちは決して気にしたりはしない。

 何か言って機嫌を損ねたら城を追放されてしまうからだ。

 とにかく自分たちはジジの言うことだけを忠実に聞いていればいいのだ。

 進言なんて大それたことができるのは今やテンぐらいのものなのだ…


 


 そのテンであるが、山を一足はやく降りた彼は今どちらかといえば墓の領地に近い荒野を歩いていた。

 しばらく行くと、どこからともなく身のこなしがただものでないトカゲが数匹あらわれ、テンを護衛するかのように囲んだ。

 これはテンの手足となって護衛をしたり諜報活動をしたりするトカゲなのだ。

 自らテンが能力のある者の中から選別したトカゲ達なので、とても有能な上に忠誠心のあるトカゲたちだった。

 こういうトカゲ達を、テンは何匹も配下に置いていた。

 しかも、このことはジジも知らないことであった。


 テンはそれらの護衛に守られながら、丘や平野を目立たぬように進んでいく。

 そしてやがてテンはトカゲ王の墓を望むことのできる小高い丘の上までやってきた。

 丘の上には一軒の小屋が建っている。

 テンは護衛を1匹だけ連れて小屋の中へと入っていった。

 中には1匹の年老いたトカゲ、すなわちテンとカンの父であるトンがいた。

 ここはカンとトンが暮らしている小屋だったのだ。


 小屋に入ってきたのはカンだろうと思い、特に振り返りもしなかったトンは、自分の正面にまわってきたトカゲがテンであるのを見て心の底から驚いてしまった。


「き、きさまは…テンじゃないか。ど、どうしてここに。」


 テンは床に腰を下ろし、できるだけ親しみさを声にこめて言った。


「いやあ父さん、久しぶりだね。元気にしていたかい?」


 トンは顔を真っ赤にしてとにもかくにもテンに殴りかかろうとした。

 ずっとそのことばかりを考えていたのだからそれも当然だ。

 何しろトンがみじめな生活をする羽目になったのも、全てこのテンが原因なのだから。

 しかしテンの傍らにぴったりと護衛が寄り添っているのをすぐに見つけ、怒りをぐっとこらえて殴るのは取りやめた。

 そして姿勢を正してこう言った。


「何をしにきた?…俺を殺しにきたのか?俺なんかを殺して今更何になるというんだ…。」


「そう早合点をするのはよくないぜ父さん。全く逆だよ。俺は罪滅ぼしに来たのさ…。」


「どういうことだ?」


「つまりだね、こんな寂れた小屋でみじめな生活をしている父さんに、この生活を抜け出す機会を提供しようと思ってきたんだよ。」


「…。ふん、まあ話だけは聞かせてもらおうか。」


 そう言うとトンは多少身を乗り出して話を聞く体勢になった。

 テンはにやりと笑った。

 自分がどういう類のことを話そうとしているのか、うすうすとトンはわかっているのだろうな、とテンは思った。

 テンは口を開く。


「…風の噂で聞いたけれど、カンは結構頑張っているそうじゃないか。今ではドロンさまの直接の護衛をたった1匹で勤めるほどの地位になっている。この調子ならきっともっと出世することは可能だろうね。」


「ああそうだ。あいつはよくやってくれている…。こうやって何不自由なく俺が暮らすことができているのもあいつが頑張ってくれているからだ…。」


「そうだね。このままいけばカンは墓の高い地位のトカゲとして権力を振るうことができるようになるだろう。そして父さんはそのおこぼれで何不自由なく暮らしていくことができる…。でもね父さん、それで本当に満足かい?墓の中で高い地位にいるのはあくまでもカンで、父さん自身はその恩恵でもって生きていくことに、本当に満足できるのかい?」


「何が言いたい?」


「ふっふっふ。俺が何が言おうとしているのかもう察しのいい父さんならわかっているんだろう?墓を裏切り、城へと戻ってくるんだ。そうすれば父さんは城の中で、以前よりもはるかに高い地位についてふんぞり返ることができる!」


 ここでテンはトンの表情を伺った。

 感情を悟られないようにトンは無表情を装っていた。

 しかしこめかみから流れる一筋の汗が、さすがに動揺しているということを表していた。

 やがてトンの方が先に口を開いた。


「高い地位とはどれくらいだ?」


「俺と同じくらい、まあすなわちジジさまの側近、ということだな。」


 一瞬トンの顔はほころんだ。

 それは本当にささいな変化で、それもすぐに元に戻ってしまったが、それをテンは見逃さなかった。


 カンも墓で高い地位についている。

 しかし高い地位についているのはあくまでもトンではなくカンなのだ。

 トンはあくまでも自ら権力を持って他者に対してふんぞり返りたいのだ。

 おそらくカンは父のそういう性質をきちんと理解はしていまい。


 俺は理解している、とテンは思った。

 何せずっとトンの近くにいて、トンのやり方を、性格を見てきたのだ…


 トンは間違いなくこちら側につくな、とテンは確信した。


「まだ判断はできない…しかし、もう少し詳しい話を聞こうか。そうでなければ判断はできない…」

 

 テンは微笑み、少しトンに体を近づけ話を始めた。



「実はね、墓の中にはすでにかなりの数の内通者が紛れ込んでいるんだ。彼らは合図があればいつでも反乱を起こすことができるようになっている。」


「ふん、城のトカゲ共ならそれぐらいのことはやるだろうな。」


「まあ、かなりの数といっても、それだけで墓全体を崩壊させることができるほどじゃない。事を起こしても、せいぜい激しい動揺を与えることができる程度の結果に終わると思う。」


「ふむ…で、わしは何をすればいいんだ?」


「カンにそのことを伝えてほしいんだ。墓の中には大勢の内通者がいるとね。」


「ばらしてしまっていいのか?」


「いいのさ。どうせちゃんと裏切ってくれるかどうかの保障もないような連中なんだ。本来の役割を果たせないのなら、せめて有効活用しないとね…。で、内通者がいる、という証拠はこちらが握っている。もちろん本物の証拠だ。だって奴らを送り込んだのは我々城の人間なんだからね。その証拠をカンに見せれば、きっと内通者がいるということはカンも信じてくれるだろう。だって正真正銘、本物の証拠なんだからね。」


「しかしそれでは、内通者たちが処罰されて終わり、ということにならないか?」


「そこが父さんの腕の見せ所なのさ。カンに内通者がいるということを説明する際、実際よりも内通者がはるかに多く墓に潜んでいるとカンに信じ込ませてほしいんだ。本物の証拠に混ぜた、偽者の証拠を使ってうまくね。いつ反乱が起きてもおかしくなくて、下手に逃げてもドロンさまはすぐに捕まってしまう…墓の内部にはそれだけ多くの裏切り者がいると、そうカンに思わせるんだ。」


「ふむ…簡単ではなさそうだが…。出来なくはなさそうだな。何しろカンは俺のことを完全に信じきっているからな。しかしそれをしてどうするというんだ?実際には大した数の内通者はいないんだろ?」


「墓はドロンさまにとって危険だとカンに思わせたら、ドロンさまを連れて逃げるようにカンを説得するんだ。父さんの話をカンがうまく信じてくれさえすれば、きっとカンは墓の他のトカゲに見つからないようにうまくドロンさまを連れて逃げてくれるはずだ。その際に、こちらの指定した抜け道を通って逃げてもらう。その逃げ道の途中に兵を隠しておけば…」


「なるほど、そこでドロンを殺すことができるというわけか。…しかしな、はっきりいってカンは強いぞ。ちょっと腕が立つ程度の奴らではとてもカンを抑えることはできぬ…」


「なあに、どんな強い奴にも弱点はあるさ。」


「カンの弱点?なんだそれは?」


「あんたさ、父さん。」


「俺だと?どういうことだ?」


「つまりだね、父さんを人質にとるのさ。カンがドロンさまを連れて抜け道を歩いていると、途中で兵に捕まっている父さんを見かける。兵たちは父さんを助けたければドロンさまを殺せ、と迫る。もちろんカンは即座にどちらを選ぶことはできまい。…しかしそれでいいのさ。カンが戸惑って、普段の動きが出来なくなっている隙に隠れていた兵がドロンさまを殺す…。その目的さえ達成できればあとはこっちのものさ。」


「お、俺が人質になるのか…」


「安心してくれよ、あくまで振りをしてくれるだけでいいんだから。」


「し、しかし。カンが俺を見捨てて、ドロンを助けることを選択したら…」


「そんなことはないと思うがね…。まあ仮にそうだとしても本当に父さんを殺すことはしないから安心してくれていいさ。あくまでも人質の振りなんだからね。」


「そうか…それを聞いて安心したぞ。よし…この作戦を成功させれば俺は本当に城でジジの側近としてまたふんぞり返ることができるのだな?」


「ああ、間違いないさ。ドロンさまを倒した功労者ということになれば、きっとジジさまも喜んで褒美をくださるだろうよ…」


「よし、やってやる…やってやるぞ…!」


 テンはそれとなくトンの顔を覗いてみた。

 トンの顔は目が血走り、唇をぷるぷると震わせながら笑みを浮かべていた。

 それは、トンが真剣になった時に見せる表情だった。

 その表情を見てテンは確信した。

 トンがカンを裏切り、こちら側へ寝返ってくれることを。

 トンのようなトカゲの気をひくために必要なのは愛情などというくだらないものではない。

 心を内震わせるような権力という褒美、ただそれだけなのだ。


「ふふ。じゃあ父さん、やってくれるんだね?」


「ああ、やってやるさ。なに、多少危険なことなど何の問題もないさ。また他のトカゲの上に君臨してあれこれ出来ることを思えばな…」

 

「さらに詳しい手はずについては連絡役をこっそりとこちらに遣わす。指示をよく聞いて、決してへまをやらないように気をつけてくれよ父さん…」


「何を言っているんだ!俺を誰だと思っているんだ…」


「まあそれならいいんだ。頼んだぜ。親子ともども、城の中でふんぞり返ることができる日を楽しみにしているぜ…」


 そう言い残してテンは小屋の外へ出て行った。

 テンはこの作戦が必ずしもうまくいくとは考えてはいなかった。

 しかし、策はまだ他にもある。

 とにかく色々試すべきだ。

 とにかく何かやれば、何らかの収穫を得ることはできる。

 それをあきらめずにかき集めていけば、きっといずれ大事をなすことはできる。

 テンはそういう考え方の持ち主だった。


 それはトンのそばでトンのやり方をずっと見ている内に、自然とテンの身についていた考え方であった。


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