対話
面会の際のドロンの護衛として、カンというトカゲが抜擢された。
ドロンとジジの面会場所は、墓と城の丁度中間あたりにある小高い山の上ということに決まった。
そこの頂上にはちょっとした堂が建てられていて、膝を突き合わせて話しをするのには丁度よかった。
しかしそれ以上に、兵を埋伏させておけそうな場所がたくさんあったのが、双方にとって都合がよかったのだ。
ドロンは護衛は1匹で十分と言っていた。
護衛は確かにそれでいい。
しかし万が一の時のため、あちこちに兵を隠しておくことをアタリはやめるつもりはなかった。
こちらがどんな気持ちでいようともジジの方は護衛をたっぷりつけ、兵もあちこちに隠すに決まっている。
そんな状況でこちらが丸腰で向かっていったら攻撃してくれと言っているようなものだ。
無用な戦いを避けるためにも兵は必要だ…
アタリはその手配に大忙しであった。
やがて、面会の日がやってくる。
ドロンは墓を出発する時からすでに護衛は1匹でいい、誰もついてくるなと言い放った。
アタリはあれこれ言葉をつくしてせめて山の麓まではしかるべき数のトカゲで護衛させてくださいと嘆願したが、ドロンは聞く耳を持たなかった。
道案内すらいらない、とドロンは言った。
「俺を見くびるな。かつてはこの大地を狭しと駆け回ったこともあったのだ。このあたりの地形など、全て頭に入っている。」
と、取り付く島もなかったので最後にはアタリもカン一匹だけを連れて出発することに同意する。
アタリはカンをそばに呼び寄せ、ドロンの護衛の仕事をしっかり果たすように言いつけた。
急遽1匹だけでドロンを護衛することになったカンは多少緊張しているようだったが、アタリは心配していなかった。
ひ弱そうに見えるが、腕は確かなのだ。
2匹を見送った後で、アタリは兵たちに指示を飛ばす。
あちこちに兵は潜伏させている。
しかし念には念を入れておく。
相手はあの狡猾なジジなのだ。
いくらドロンが他者を信頼しても、その心を変えることはできないのだ。
アタリはそのように考えていた。
ドロンとカンはゆるい起伏の続く草原をゆっくりとしたペースで歩いている。
遠くにはちょっとした林や、丘も見える。
花もところどころに咲いていて、風景に鮮やかな色彩を与えている。
ドロンはそれらを楽しそうに見つめた後でカンに話しかける。
「この辺も昔は荒野だった。ただ岩と、土くれがあるばかりの寂しい土地だった。しかしあの時はそんなこと考えもしなかった。なぜなら大地はどこもそんな感じだったからな。ただ巨大な岩や、洞窟や、山脈などそんな物を眺めているだけでも結構楽しかった。今はそんなものを面白いと思う奴はいない。…空から降ってきた光の玉は確かに大地を実り豊かにしたが、一方でそのせいで失われてしまったものもある、と俺は思うのだが、お前はどう思う?」
カンはそんなことを聞かれて戸惑った。
生まれた時からすでに大地は草木に覆われていた。
だから、大地のほとんど全てが荒野だった時のことなど、聞かれても答えようがない、というのが本音だった。
仮に失われた物があったのだとしても、最初からそれが失われていたのなら、無いのと同じだ。
ドロンはカンのそういう気持ちを察してか、カンが答える前に自分で話しを続けた。
「トカゲの数もかなり増えた。しかしそのせいでトカゲ同士の争いも増えた。…我々が地下空洞で、少数のトカゲで鰐や、大トカゲの襲来におびえていたときはみんな肩を寄せ合って慰めあっていたんだがな。…それもはるか昔のことになってしまったな。カン、お前は元々は城にいたんだったな?なら城の地下に空洞があるということは知っているだろう?」
「はい。入ったことはないですが、それが存在しているということぐらいは聞いたことがあります。」
「あそこでな。俺たちは暮らしていたんだ。それで毎日、どうやったら大トカゲを倒せるかってことについて話し合っていたんだ。辛いことももちろんあったが、あの時はがむしゃらだったな…」
カンは、ドロンがこんなに饒舌に喋るのを内心驚きながら聞いていた。
ドロンが薄暗い自分の部屋で祈る姿は何回か見たことがある。その時の背中を丸め、ぶつぶつと何かを呟いている姿とはうってかわって、青空の下草原を軽やかに歩くドロンの姿は実に生き生きとして見えた。
ドロンはこのように気ままに青空の下を歩き回りたかったのかもしれない、とカンは思った。
護衛が身の周りを固めていては好き勝手動くことはなかなかできない。
だから護衛はいらないと言い出したのだ。
初めて無邪気に歩き回ったり喋ったりするドロンの姿を見て、カンはドロンに対して抱いていたイメージを大幅に変更せざるをえなくなった。
カンは、緊張がほぐれたのをいいことに、ドロンに前から聞いてみたかった質問を投げかけることにした。
「ドロンさま。1つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「ジジさまのことについては、本当はどのように考えていらっしゃるのですか?」
ドロンは多少歩く速度を緩めた。
「というと?」
「ジジさまのやり方はあまりにもひどすぎます。自らにこびへつらうトカゲだけ近づけ、耳の痛いことをいうトカゲは遠ざける。そして極々少数のトカゲだけで富をわけあうのです。そんなやり方をするジジさまがトカゲの長としてふさわしいとは思えないです。」
「それで?」
「城から逃げて墓へやってくるトカゲもどんどん増えています。…私もその内の1匹です。みんな心の底では、ドロンさまにジジさまをこらしめてやってほしいと思っているのです。聞いたことがあります。はるか昔にはドロンさまがトカゲの長で、ジジさまを従えていたというではないですか。」
「確かにジジのやり方は正しくないさ。そしてジジにトカゲ達のことを任せたのは俺自身だ。だからジジが多くのトカゲ達を痛めつけているというのなら、その責任は俺にあるのかもしれない。でもな、…あの時俺たちトカゲの中で一番聡明で思慮深かったのがジジだったんだ。それはあれから長い時を経た今でも変わってはいないよ。仮に俺がジジを無理やり今の地位から引き摺り下ろすことは出来たとして、じゃあその後誰がトカゲ達を率いていけばいいんだ?」
「ドロンさまが自ら長になればいいのですよ。みんなきっと納得することでしょう。」
「俺にはそんな能力はないよ。それにする気もない。そんなことをするぐらいだったら俺は地底で眠っているトカゲ王に少しでも長く祈り続けていたいね。」
カンは納得がいかなかった。
ジジに長をやめさせるのはともかく、苦言を呈することすらドロンはしなかったのだ。
ただ薄暗い部屋の中で祈り続けていただけだ。
トカゲ王がいたから今のトカゲ達があるというのはわかる。
だから感謝の気持ちをこめて祈り続けないといけないというのもわかる。
だけどもうちょっと現実のトカゲ達の声に耳を傾けてもいいのではないか?
カンはそう思った。
ドロンはカンの憮然とした表情を見て取った。
そして諭すようにこう言った。
「お前の言うことはわかるよ。決定的な行動はおこすことはできなくても、もう少し緩いやり方をおこすことはできるんじゃないか?と思っているんだろう。確かにそれをすれば、墓のトカゲ達は、俺が決してトカゲ達のことを全く考えていないわけじゃないんだ、って希望を持つことができる。しかしな、墓で暮らすトカゲもここまで増えてしまうとだな、簡単に行動は起こすべきじゃないんだ。…俺がちょっとジジをたしなめようとする素振りを見せれば、それを門番の奴らは大げさに拡大して、すぐに本格的な戦いを城のトカゲ達にしかけるだろう。違うか?」
カンは口をつぐんだ。
確かに、常々城のトカゲ達に対して不満を抱いている彼らならそうするかもしれない。
「ちょっと何かのバランスが崩れれば、もうそれは元に戻すことはできない。どちらかがどちらかを殲滅するまで戦いは続くだろう。そうなったら、どちらが勝利するにせよ、今よりも状況はひどくなると思うぜ?墓のトカゲだって、城のトカゲ達とそこまで違うように俺には思えないね。そうは思わなかったか?」
確かにそれは、カンも感じていたことだった。
門番を頂点として墓のトカゲ達はやはり位付けされていた。
城のトカゲ達ほどそれはひどいものではなかったが、でも基本的な構造は同じだった。
上の者が下の者を見下す。
下の者は上に行くためならなんでもする、自らの親を裏切ることすらも。
「…今更俺が門番たちにやり方を根本的に改めろと言っても聞きはしないだろう。無理に変えようとすれば消されるのはむしろ俺のほうだ。…もうそれぐらいに、墓の規模も大きくなってしまったんだ。」
「でも…それじゃあ、私たちは一体どうすればよいのでしょうか?」
カンは俯きながら、悲痛な声でドロンに問うた。
「決まってるだろ。やる事は1つさ。」
と言うと、ドロンは立ち止まった。
遠くに目的地の山が見えていた。
「祈るんだ。大丈夫、トカゲ王の復活は近い。王が復活しさえすれば、全ての問題は片がつくんだ…」
風が、2匹の間を吹きぬけた。




