護衛はいらない
ドロンとジジは久々に面会することになっている。トカゲ達はみなその準備に忙しい。
1匹の小柄なトカゲが木で出来た家の扉の前に立っていた。
トカゲは脇に食べることのできる草や花をたくさん抱えている。
家は小高い丘の上に建てられていた。
その丘の上から見ると、巨大で荘厳なトカゲ王の墓をよく見ることができた。
トカゲは扉を開け、家の中に入った。
板を張った床の上にやせこけた1匹の老いたトカゲが横になっていた。
老いたトカゲは小柄なトカゲが入ってきても何の反応も示さなかった。
小柄なトカゲは抱えていた草花を老いたトカゲの脇に置き、話しかける。
「お父さん。食べ物ですよ。さあどうかこれを食べて元気になってください。」
話しかけられて初めて老いたトカゲは小柄なトカゲの顔を見た。
そしてこう言った。
「カンか。すまないな。」
カンと呼ばれたトカゲは首を振る。
「いいえ、当然のことです。あなたは僕のたった1匹のお父さんなのですから…」
そういうとカンは父の体を助け起こした。
そして草を手にとって父の口に持っていく。
父はもぐもぐと口を動かし、少しずつその草を食べていく。
「うむうまい。これはとても上質な草だ。こんなものを食べることができるようになるとはな…」
「はい、僕たちが”城”から逃げてきたばかりの時には考えられないことでした。しかしなんとか僕も頑張って少しずつ”墓”における地位をあげていき、ついにアタリさんというとても偉い方に目をかけていただきました。…前も話しましたが、今度のドロンさまとジジさまの面会において、僕はドロンさまの護衛隊の一員として従うように命じられました。光栄なことです。アタリさんはその仕事が成功したらさらに私の地位を引き上げると約束してくださいました。そうすればもっとお父さんに良い物を食べさせてあげることができます。そうなればきっとお父さんも元気になりますよ…」
カンはそう言って父の背中をいたわるようにさすった。
「…それもこれも全てはお前のおかげだ。私は感謝しているぞ。お前は本当に父思いのいい子どもだな。それに比べてテンときたら…」
カンの父は肩をぶるぶる震わせてその名前を口にした。
「兄さんですか…きっと一時の気の迷いだったのです。兄さんは本当はとても優しいのです。きっといつか必ず自らの非を認めて、お父さんに侘びにやってくるはずです。そうしたらまた3匹で仲良く暮らしましょう…」
「ふん…気休めはよせ。テンは能力の高いトカゲだった。だから私も期待をかけて色々なことを教え込んだ。奴は私などよりももっともっと城の高い階まで行くことができる資質の持ち主だった。実際確かに奴は私よりもはるかに出世することができた…私を城から追放することによってな!…っげほ、げほっ!」
カンの父は興奮のあまり咳き込んでしまった。
カンは父の背中をさらにさすり、さらに綺麗な色をした花をとって父の口にあてがった。
カンの父はそれをむしゃむしゃと食べた。
すると多少発作はおさまったようだった。
父は息を整えてまた話し始める。
「…テンはこともあろうに私と対立するトカゲの側に味方し、私を追いやったのじゃ。…そのトカゲも後にテンに裏切られ城を追放されたそうじゃがな…。そうやって奴はどんどん城の上の方まで上り詰め、今ではジジに最も信頼されるトカゲの内の1匹になっていると聞く。確かにテンは能力が高かった、私の目には狂いがなかった。しかし実の父をないがしろに得た地位などというものに何の意味があるというのだ、ああ悔しい…」
何も言わず、何と言っていいのかわからずにただカンは父の体を優しくさするばかりだった。
「追放された私を助けてくれたのはカン、お前だった。テンよりも能力が劣ると思って私はお前のことを今まで省みることもなかった。しかしお前は私の一大事にかけつけ、そしてこの墓まで連れてきてくれたのじゃ。全くお前には感謝してもしきれないよ。」
そういうと父はカンの頭をなでた。
するとカンは世にも嬉しそうな表情になった。
「ありがとうございます。これからも頑張ってお父さんにもっと楽をさせてあげられるようにしますから…」
その時窓から風が吹き込み、床に重ねてあった草花が散らばった。
しかしカンはそんなことは全く気にしなかった。
アタリはドロンの部屋にいた。
アタリは戸惑ったような表情をしながら、確認するようにたった今ドロンが言った言葉を繰り返した。
「ジジさまとの面会の時、護衛は1匹もいらないというのですか?しかしそれではあまりにも…」
ドロンは俯いていた顔を上げ、アタリの目を見て言った。
「危険だと言うのか?心配ないさ、ジジだってそんなに馬鹿じゃない。何匹ものトカゲが見ている中で俺を殺そうとしたりはしないよ。それにそもそも俺たちは仲がよかったんだ…」
アタリはドロンの目を見て、本気でそれを言っているのだということを確信した。
こうなったらもうドロンは自分の言葉を撤回することはない。
どうしたものかとアタリは悩んだ。
「護衛をつけたくない理由が何かあるのでしょうか…?」
「うむ…俺だって墓と城のトカゲ達の間に小競り合いが起きていることについては悩んでいたんだ。俺は考えたんだが、原因はやっぱりジジが疑い深くなってしまっているところにあると思う。墓のトカゲ達が城にいつか攻め込んでくるんじゃないかってな。そんな中でジジが久々に俺に会いたいと言い出したということは、ジジもやはり何かを確かめたがっているのだと思う。もちろん俺は城に攻め込もうなどということは思っちゃいない。しかしなかなか口で言ってもそれは伝わらないだろう。だから俺は護衛をつけないで、身ひとつであいつに会うことによって自分の気持ちを伝えようと思っているのさ。」
ドロンの話はわからないでもない、とアタリは思った。
しかしあまりにも無謀すぎる。
なんとか少々の護衛だけでもつけることをドロンに認めさせることができないか、アタリは考えた。
「ドロンさま。そうは言いましてても、やはり護衛は最低でも1匹はつけた方がいいと思われます。」
「なぜだ?」
「ドロンさまほどのトカゲなら、護衛をつけるのが普通でございます。にもかかわらず護衛を全くつけない、ということになれば逆にジジさまは不審に思われます。怪しい、これは何か罠があるのではないか?と。」
「うむ…そういうものかな。」
「はい。ドロンさまは頭もよく、体力もあるのでいざとなれば自分の力でどうにかすることができるとお思いのことでしょう。しかしドロンさまよりもはるかにか弱いジジさまのこともお考えになってください。護衛がなくても外を出歩くことも不安になることでしょう。そしてジジさまは自分のそんな弱さを基準にしてなんでも物事を考えるのです。護衛をつけずにドロンがやってくるのを見たらジジさまは必ずや何か裏があるとお思いになることでしょう。だから形だけでも、1匹だけでもいいので護衛はおつけくさだい…」
「わかった。お前がそこまで言うならもう何も言わんよ。しかし護衛はできるだけひ弱そうに見える奴を頼むぞ。」
「それならうってつけの者がおります。カンというのですが、小柄ながら明るく優しく、また腕も立ちます。きっと会えばドロンさまも気にいるかと思います。」
それを聞いて大きく頷くと、ドロンはもう話はいいという風に手を振って言った。
「わかったわかった。全てお前に任せる。…しかしいいか、これだけはわかってくれ。我々は争っている時ではないのだ。早急に我々トカゲは1つになり、トカゲ王に対して心から祈らなくてはならないのだ…。ジジが俺の気持ちについて何か誤解をしているというのなら、その誤解はできるだけ早い内にといておきたいんだ。…無用なことをして奴の疑いをさらに深めるなどということはしてはいかんぞ。」
ドロンは釘を刺すように言った。
よもやジジを暗殺するなどということは考えるなよ、と言っているのだとアタリは思った。
アタリはもちろんそんなことは考えていない。
しかし他の門番のトカゲたちがどう考えているのかはわからない。
特にかつては城で暮らしていたズナなんかは…
アタリは動揺をできるだけ隠しつつ、ドロンにたずねた。
「ドロンさまは近頃しきりに墓のトカゲも城のトカゲも1つになってトカゲ王に祈るべきだということをおっしゃられますが、何か特別な理由でもあるのでしょうか?」
トカゲはそばに何体も置かれている石でできたトカゲ王の像を手に取り、強く握りながらこう言った。
「トカゲ王の復活が近いのだ。私にはわかるのだ。」
これも本気で言っている、アタリはドロンの目を見てまたも確信したのだった。




