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初めに竜があった  作者: 最黒福三
竜の時代
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小さな竜

竜は翼をはためかせて空へと飛び上がった。そして大地には光輝く小さな玉が降り注いできた。





 蛇はとある岩陰で休んでいた。

 手足のない体で這って移動するのも大分慣れた。

 しかし体は慣れても心の方はそう簡単にはいかない。

 じっと目を瞑って休んでいると鰐に対する憎しみの心はむくむくとわきあがってきた。


「くそっ、鰐の奴め。育ててやった恩を忘れて俺をこんな姿に…いつか絶対に復讐してやらなくては気がすまない。」


 勇ましく言った後でため息をつく。


「とはいってもこんな体で一体何ができるというのだろうか?みじめに地面を這いまわることしかできないじゃないか。それに何よりも嫌なのは、俺自身がこの体に慣れ始めているということだ。風よりも速く大地を駆けていた昔のことは、もう記憶の彼方でおぼろげになってしまっている。」


 もう俺は終わりなのだろうか。

 嘆こうと思って見上げた空を、何かが飛んでいるのを蛇は見た。

 雲ではない。

 それは翼をはためかせて空を我が物のようにして飛んでいる…。

 あれは、竜だ!


 思った瞬間、空から光輝く小さな玉が降り注いでくるのを見た。

 その玉は次から次へと降り注ぎ、地面に落ちていった。

 蛇は直感した。

 竜がこの光の玉を降らせているのだと。

 こんなことができるのは竜の親父以外にはいない、蛇にはそうとしか思えなかったのだ。

 何よりも勇ましかった頃の竜のことを知っている蛇には。


 蛇は岩陰から出て行き、その光の玉を一心に浴びて言った。


「あの力を失ってボロボロになったと思った親父でもこんなものすごいことができるのだ!そうだ、俺だってまだ終わっちゃいないんだ!」


 体をくねらせ興奮する蛇の周りの地面には無数に玉が落ちていた。その内の1つにひびが入ったが、そんなことにも気付かないほどに蛇は興奮していた。





「ジジさま!またです!小さな玉が割れて細くて、うにょうにょとした物が出てきました。あ、こっちの玉も割れた、そっちこのも、あっちのも!なんかすごいことになっているぞ…」


 叫ぶ部下のトカゲの横で、トカゲ達の長のジジもその光景を見ていた。

 空からいきなり無数の光り輝く小さな玉が落ちてきたかと思ったら、今度はそれが次々と割れて、中から細長く、曲がりくねった柔らかい棒のようなものが延びてきたのだ。

 棒の根元には、皮のようなものが2枚くっついていた。

 それはゆっくりとゆっくりと、真上へと登っていった。

 空へたどり着くことを望んでいるかのように。


「これは一体何なんだ…」


 ジジは地面に手をつき、その少しずつ成長していくものをじっと眺めていた。





「うーん。じっと眺めていてもこれが一体何なのかということは全くわからないな。」


 と、ボラは言った。

 ここは世界の果て、海のそば、そんなところにまで光の玉は降り注いでいた。

 アンナはボラに言う。


「どんどん成長していくわねこれ。棒みたいなものはどんどん長く、太くなっていくし、その脇から同じ棒みたいなのがどんどん延びていく…そして皮みたいなものもどんどん生えていく。なんていうか、ずっと見ていても飽きないわね。こんなに変化に富むものが今までにあったかしら…」


「うーん…」


 ボラはさっきからしきりにその光の玉から生まれた棒のようなものに鼻を近づけて匂いをかいでいる。

 棒はまっすぐではなくうねうねと曲がりくねっている。

 しかも簡単に曲げることができるぐらいに柔らかい。

 腕を組んでうーんとうなり、またにおいをかぐ。

 そしてまた腕を組んでうーんとうなる。

 しばらく黙ってからボラはこう言った。


「これちょっと食べてみようかと思うんだけど…」


 もちろんアンナは静止する。


「えっ。やめなさいよ。そんなわけのわからないものを口にするのは。なんでも見境なく物を口にするのは悪い癖よ…」


 しかしボラはアンナの静止を無視して、大きく口を開けて皮がたくさんついた細い棒の部分を口に入れてみる…





「これは…うまいな。」


 空から降ってきた玉を割って伸びてきたなんとも形容しがたい物、それをとりあえず口に入れて食べてみた鰐はそう呟いた。

 一番太い棒から分岐した細い棒の一本を試しに食べた鰐だったが、そのうまさに、次々と他の棒も食べてみる。

 やがて最後に太い棒も引き抜きながら食べてみる。

 全て食べ終えると全身に力が漲るかのようだった。


 しかし食べきってしまったことを鰐は惜しいとは思わなかった。

 あたりの地面からは無数に同じような棒が延びているのだから。

 川沿いから、丘の上までびっしりと。





「うまい!うまいよこれ!ああ、食べるということがこんなにも幸せになることだったなんて!クララが最初にやってみてくれなきゃそんなことしてみようとも思わなかったよ!」


 両手に棒を一杯持ってそれにむしゃぶりついている赤蛙が言った。

 棒には様々な種類があった。

 細い棒、太い棒、曲がりくねった棒、まっすぐな棒、硬い棒、柔らかな棒…またそれら性質が複数混ざったもの…その違いを見ているだけでも楽しいくらいであった。

 

 また、棒についている皮にも様々な種類があった。

 細いもの、太いもの、尖ったもの、丸いもの…

 棒と同じく皮の形も様々であった。

 したがって、棒と皮の組み合わせで、その形はほとんど把握しきれないほどの種類に分かれていた。

 名も無きトカゲなどは、食べることよりも、その違いを色々と見定めることの方に興味を持っていた。


「これは…面白いな。この棒は固くて簡単にはちぎれないが、よくしなる。便利な道具になりそうだ。こっちの棒なんかは両手で抱えることができないほどに太くなっている。これを切り出してちょっと加工すれば、建物を作るための材料にもなりそうだ。それだけじゃないぞ、これなんか…」


 ぶつぶつ呟くトカゲの脇では、クララが細い棒の1つをもぐもぐよく味わいながら食べていた。

 目を瞑り、舌の上でころがし、よく味わってからクララは何かの加減で地面に転がったまま、まだ割れていない玉の1つを持ち上げてしげしげと見た。

 そしてそれからその玉を口に入れた。

 そしてよく味わってから、確信に満ちた声で言った。


「やはりそうだ、これは卵だ。間違いない。」


「なんだって?卵?それはどういう意味だ?」


 アカとトカゲが近づいてきてクララの今の言葉の意味を尋ねた。



「俺は前に卵を食べたことがあるんだ。…大トカゲや鰐と戦う時、どうしても体力を回復させなくてはいけない時にはそういうこともしていたんだ。これはその時の味にすごくよく似ている。」


「…もしそれが正しいのだとすれば…僕はついさっきまで生き物をばくばく食べ続けてしまったということか?う、なんだか気分が…」


「気にする必要はない…これはそのために生んだんだから。」


 背後から声が聞こえた。

 それは竜だった。


「あ、あんたか…驚かせるなよ。全く。しかしびっくりしたぜいきなり空に飛び上がったかと思ったらあんな光の玉を地上に撒くなんて…」


 クララの言葉には適当に頷きながら、竜は密集して生えた棒の繁みをかき分けて3匹に近寄ってきた。

 棒はいつのまにか背丈よりも高く伸び、あちこちに巨大で太い棒も出現しはじめていて、遠くの方もよく見通すことはできなくなっていた。

 だから竜がいつまにか地面に降り立って、近づいてきたことも気付けなかったのだ。


「俺が生んで空から撒いたのは確かに卵だ。小さな小さな卵だ。しかしそこから生まれてくるのは生き物であって、生き物でない。それは卵を打ち破るとまず首を伸ばす、このあちこち伸びている棒のことだな。棒がある程度の太さ高さになれば手足を伸ばす。これも棒のようなものだ。場合によっては手足からさらに手足を伸ばすこともある。そして手足の先端からは…翼を生やす。その皮のようなものだ。これらの竜には心はない。ただ、高く伸び、そしてまた自ら卵を生んで増えていく…それだけの生物だ。だからお前たちは気にせずにこいつらを食っていいんだ。」


「あ、あんたは何だってこんなものを地上に撒いたんだ?」


「俺なりに申し訳なく思ったのさ。この竜を食っていけばトカゲはまた繁殖を再開することができるだろう、蛇や鰐も腹が減ったとしてもこの竜を食えば満足するはずだ。なんというか、この小さな竜たちがあればもうちょっと大地はうまくいくと思ったんだ。…まあ実際どうなるかはわからないがな。」


「まあ、良かれと思ってやってくれたことならいいんじゃないの?よくわかんないけど気兼ねなく食ってもいいみたいだし。」


 そう言うと、アカは手に持っていた棒の束を食べるのを再開した。


「しかし、なぜこの小さな竜たちはその背丈を伸ばし続けることができるんだ?何か仕掛けでもあるのか…?」


 と、トカゲが聞いた。


「ああ、それには、棒の先端にたくさんついている翼が関係している。その翼が太陽の光を受け取って、それを成長のための力に変化させているんだ。」


「なんだって?そんなことができるものなのか?太陽の力を利用するなんて、むちゃくちゃなことが…」


「できるさ。」


「なぜだ?」


「太陽も元々は俺が作り出したものだったからだ…」


 ちょっと前だったら、竜のそんな言葉など一笑に付すだけであったろう。

 しかし竜が空を飛びまわり、広大な大地に小さな卵を降らせるというとんでもない光景を見たあとでは、簡単に笑い飛ばすことができなかった。

 竜はトカゲの戸惑った顔を見て、にやりと笑うように顔をゆがめた。

 しかしすぐに表情を元に戻し、心底疲れたというようにその場に臥した。

 この竜とかいう化物は何でもありなのかもしれない。

 それまでの常識だとか、感覚だとかが全く通用しない相手、そういうのが世界にはいて、そしてそれが竜なのかもしれない。

 そう一度考えてしまえば、不思議と納得することができる。

 3匹はそんな風にして自らの気持ちに整理をつけた。


 3匹はしばらくどうしていいかわからないというように顔を見合していたが、やがてアカが口を開いた。


「まあ、よくわからないけれど竜もなんか色々とよくやってくれたみたいだ。とりあえずここで横になるのも具合が悪そうだから、楽園にでも連れていってあげるというのはどうだろう?」


 トカゲがそれに同調する。


「ああ、そうしよう。地下室なんかじゃなく、上のもっといい部屋に連れていってあげようじゃないか。」


 しかし竜は首をゆっくりと横に振ってその申し出を断った。


「いや、いい。俺はどうせもうすぐ死ぬ。力を使い果たしたからな。ここに置いていってくれればいい。…ここに来たのは、お前らに伝言を頼みたいと思ったからなのだ。俺の最後の頼みを、聞いてもらえるだろうか?」


 擦れた声で竜は言った。

 

「まあそんな気弱なことを言うなよ…しかし話は聞いてやるさ。伝言ってことは伝えたい奴がいるっていうことだな?誰に何を伝えたいというんだ?」


「誰に、ということは気にしなくていい…きっと目の前にそいつが現れたらすぐにわかる。直感でいいんだ。こいつだ、こいつのことだったんだ、と思ったなら言ってやってくれ。そいつに、”お前はもう楽園に戻ってもいい”と。」


 3匹は内心、なんてふわふわであいまいなことを言うんだろう?と思ったけれど、とりあえずボロボロでよろよろの竜を安心させるために口を揃えてこう言った。


「安心してくれ。ちゃんと覚えた。そいつに会ったらきちんと言ってやるよ…」


 それを聞くと竜は安心したように目を閉じた。

 するともうどんな声をかけても、触っても何しても反応を示さなくなった。

 3匹はじっと竜の大分小さくなった体を見ていたが、やがてクララが口を開いた。


「…竜の体はどうしようか?ここに置いていってくれればいいと言っていたが…」


「多分それでいいと思う。多分竜は、本当にここに放置していってほしいと思ったんだ。なんか、なんとなくそう思う。」


 と、トカゲがいい、アカもそれに同意したので竜の体はこのままここに置いていくことにした。

 あたりに生えている棒は、その密度をさらに増したようだった。

 棒の先端から何重にも棒が分岐して、それらの棒から翼が無数に広がっていたので、太陽の光がさえぎられていてあたりは薄暗かった。

 3匹は歩いてその密集地帯を抜け出た。

 あたりを見渡すと、ついさっきまでは荒野だったはずの場所は様子が一変していた。

 ついさっきまでいたような棒の密集地帯があちこちにできていた。

 どうも、丘の上や、川のそばなんかが多かったようだった。

 背丈の高い棒が生えていないところでも、足元ぐらいまでの棒が生えている場所がほとんどだった。

 岩や土が直接露出している場所はごくわずかだった。

 竜の楽園近辺だけがこうだったのではない。

 世界中、大地はどこもそうであった。

 川や海の中にすら、その棒は生えていた。

 


 こうして、世界に植物が満ちたのであった。


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