老いたることは素晴らしい
大トカゲは傷を負いながらもなんとか鰐を追い返すことに成功する。
大トカゲの偉業を称えることを全くやめようとしないドロンをなだめてジジは言った。
「まあまあドロンさんその辺で。大トカゲさんもまずは傷の手当をしなければいけないでしょうからな。みたところかなり深い傷を負っていらっしゃる。はやくしないと手遅れになってしまいますぞ。それにドロンさん、あんたにはまだやるべき事がありますぞ。地下空洞でぶるぶる震えて暮らす大多数のトカゲ達にもう脅威は去っていったのだということを伝えなくてはいけません。彼らはまだ鰐という脅威が永久に去ったということをまだ知らずにいるのですからな…」
「しかし…」
「さあさあはやく。傷の手当てのうまいわし直属の部下だけ残してくれればここは十分です。下手に見物人がいても邪魔なだけですからな。さあさ、行った行った。」
「うむ…。よし、ジジの言うとおりにしよう。確かに今はまだ俺がリーダーだからな。トカゲ達にはやくこのことを知らせてやらなければいけないというのも一理ある。よしみんな地下空洞へ行くぞ!ジジ、大トカゲのことはお前に頼んだぞ!」
ジジは深々と礼をして、ドロン達がその場を離れていくのを見送った。
みんなすっかり去ってしまったのを確認するとジジは部下のトカゲ達にこう命令した。
「さ、さ。早く大トカゲを穴に放り込むんじゃ。大丈夫、みんな協力すればすぐ終わる。なんといっても穴はすぐそこなんじゃからな。」
ジジとその部下のトカゲは協力してずりずりと大トカゲの巨体を押していき、ついに例の大トカゲが捕われていた穴に再度放り込んでしまった。
「早く早く。土をかけて穴を埋めてしまうんじゃ。ドロンさんは大層この大トカゲを気にいってしまったからの、すぐに戻ってくるぞ。その前になんとしてでも埋めてしまうんじゃ。」
大トカゲは朦朧とした意識だったから自分に何が起きているのかわかっていなかった。
ただ、自分の体の上に降り積もってくる何かが気持ちいい、あたたかい、と感じることができるばかりであった。
まもなく大トカゲは眠りについた。
だから生き埋めになっても大トカゲは全く苦しむこともなく死んでいくことができた。
自らもせっせと穴を埋めるのを手伝いながらジジはこんなことを考えていた。
大トカゲをわしらトカゲの王にじゃと?とんでもない!
こやつが一体どれだけの仲間を食い殺したと思っているのか。
ドロンは若く、忘れっぽすぎるのだ。
若い内は殴られても謝られればけろっと忘れて相手を許してしまうことができる。
しかし年老いた自分はそうはいかない。
ぼろぼろになって荒野をさまよったこと、目の前で次々に仲間が殺されていったこと。
そういうことをわしは全部ちゃんと覚えているんじゃ。
そういう味わった苦しみは、大トカゲがちょっと心を入れ替えたからといってはいそうですかと許せるものとは違うのじゃ。
それに若いトカゲだって今は興奮しているから大トカゲを英雄だなんだと崇め奉っているが、冷静になって考えてみたら疑問を覚えるに決まってるんじゃ。
仲間を誰よりも多く殺した大トカゲがなぜ我々の王なのか?とな。
わしは長く生きてるから、そういうことがまるっとお見通しなのだ。
とはいえ大トカゲのおかげでトカゲ達は救われたのは確かだ。
だからほどほどのところで妥協する。
つまり、大トカゲのことは許し、その英雄行為を称える。
その代わり大トカゲには息を引き取ってもらう。
それならば大トカゲをトカゲ王として認めてやってもいい。
どんな悪事をはたらいた奴でも死んでしまえばいくらかは許せる気になってしまう。
不思議なものだ…
なんとか穴を埋め立て終えたところで丁度ドロンが戻ってきた。
「ジジよ!大トカゲの具合はどうだ?大トカゲはどこにいる?」
ジジは精一杯悲しみにくれた表情を作ってこう言った。
「ドロンさんや。落ち着いて聞きなされ。大トカゲさんは先ほど負った傷のせいで死んでしまわれたのじゃ。わしらも色々手はつくしたんじゃがな…」
ドロンはその言葉を聞いてその場にへたへたと倒れこんでしまった。
「なんと!駄目だったのか!…無理もないか、あんなに深い傷を負ってしまっては。俺は我々を救ってくれた英雄にろくに礼を言うこともできなかったのか…なんという恩知らず!ああ、俺はリーダー失格だ…」
「大トカゲさんは死の間際に自分が死んだら穴に放り込んで埋めてくれと言ったんじゃ。死に顔をあまり多くのトカゲに見られたくなかったんじゃろうな。まあそんなに落ち込みなさんな。大トカゲさんも言っておったよ、トカゲ達をたくさん殺した自分を許してくれてありがとう、ドロンさん、とな。」
それを聞くとむしろドロンの嘆きはさらに深くなった。
「ああ、そんな!礼を言うのはこちらなのに!思えば俺たちトカゲは誰も大トカゲと一緒に鰐と戦わなかった。せめてリーダーの俺だけでも戦うべきだったんだ!…こんなんじゃリーダー失格さ。俺はもうトカゲ達を率いていくことはできないよ。」
「何を言ってるんじゃ。脅威の去った今こそ大事な時じゃないか。大トカゲと鰐のせいでわしらトカゲも大分数を減らしてしまった。こんな時にはトカゲ達を束ねる誰かが必要なんじゃよ。そんな時にあんたがそんなのでどうする?」
ドロンはがっくりとうな垂れ、それからゆっくりとジジの方を向いて言った。
「ジジよ。残ったトカゲ達のことはお前にまかすよ。俺はこの、大トカゲが埋められた場所のそばで暮らし、彼にずっと謝り、感謝しつづけるよ。今の俺たちトカゲがあるのは大トカゲの、いや、トカゲ王が鰐を退治してくれたおかげなんだってことを忘れないためにね。」
ジジはその言葉を聞いてさすがに戸惑ったが、少し考えた後で真面目くさった顔つきでこう答えた。
「まあ、そこまで言うのでしたら止めはしないわい。わしでは力不足かもしれないがなんとか頑張ってトカゲ達を束ねていくことにしますわい。…ここであんたは本当にずっと暮らしていくつもりかね?」
「ああそうだ。」
「だったら後に何匹かトカゲ達をやって、そこの大トカゲが埋まっている場所の上に石を積み上げて墓を作らせることにしましょう。そこをちょっと寝泊りできるように広く作れば、あんたの住む家にもなって丁度いいでしょう。」
「悪いね、頼むよ。」
「わしは今まで通り地下空洞にいることにするんで何かあったらいつでもたずねてきてくだされ…」
ドロンはもういいという風に手を振った。
ジジはそれを別れの合図として受け取り、その場所から引き上げることにした。
ドロンはひたすらに大トカゲの埋められた場所を見つめながら何事かぶつぶつと呟いていた。
ジジはまさかこんなことになるとは思っていなかった。
自分ももう随分長く生きている。
それこそジジは一番最初のトカゲ王がいた頃から生きているのだ。
それからミズミがトカゲの長となった。
その頃はジジは全く集落の端っこの方でどうしようもないくらいみじめな毎日を過ごしていた。
鰐が襲ってきてミズミが殺され、トカゲ達はどんどん殺されていった。
ぼろぼろになりながら逃げ回って、なんとか地下空洞に逃げ込んだ。
しかしそこにいるのは若いトカゲがほとんどで、ジジのような老いたトカゲは肩身の狭い思いをしなくてはならなかった。
もういい加減に卵を生んでしまえばいいのではないか?という視線にも耐えて生きながらえてきた。
しかし最後にはこうしてわしはトカゲ達の長になることができたのじゃ。
それ見たことか!
鰐たちが襲ってきたせいで若く、力に溢れる後先のことを考えないトカゲこそが素晴らしい、という考え方があまりにも今までは広がりすぎていた。
しかしこれからは違う。
もう脅威は去った。
わしは何の気兼ねもなくこう高らかに宣言してやるぞ、「老いたることは素晴らしい!」と。




