トカゲ王
大トカゲを捕らえ安心したのも束の間、鰐がトカゲ達の下へ攻めてくる。
鰐はトカゲには興味がなくなったような体でいたものの、その実情報収集だけは怠っていなかった。
川や水路を伝ってあちこち移動するついでにトカゲ達の隠れている場所をチェックしたり、何匹かのトカゲをスパイにして鰐に情報を持ってこさせたり、鰐は色々なことをやっていた。
そんなわけで、鰐もかなり早い段階で大トカゲが捕われてしまったということは知っていた。
にも関わらず大トカゲを助けにくるのが遅れたのは迷っていたからだ、大トカゲを助けるべきかどうかということを。
結局ここで大トカゲを見捨ててしまったら自分は蛇と同じになってしまうという意地が、鰐の重い腰をあげさせたのであった。
鰐は隠れもせずにのしのし歩いて大トカゲが陣取っていた山のあたりまでやってきた。
そこは今や何匹ものトカゲ達が守備する砦となっていた。
見張りのトカゲが鰐がやってきたことにまず気付き、そのことを他のトカゲに知らせ、その中で一番足の速いトカゲが、大トカゲが捕まっている穴のある場所にいたドロンの下に知らせにきたのだ。
砦は地下空洞とも通路でつながっていたので、かなりたくさんの数のトカゲが砦のあたりでたむろしていた。
鰐の恐怖に打ち震えるトカゲたちは砦の通路を通って地下通路に避難していったが、あえて鰐に立ち向かおうとするトカゲもかなり多かった。
次から次へとトカゲ達は鰐に襲いかかっていった。
しかし鰐はそれをものともせずに蹴散らし、砦は無視してさらに歩いていった。
鰐は真っ先に大トカゲが捕われている穴のところを目指していた。
すでにスパイからの情報でどこにそれがあるのかということはちゃんと知っていたのだ。
別に急ぐでもなく、時々襲い掛かってくる血気盛んなトカゲを血祭りにあげながら鰐は進んでいった。
鰐が襲ってきた、ということを聞いてむしろドロンの闘志はめらめらと燃えに燃えた。
「望むところ!返り討ちにしてやる!」
走り去ろうとしたドロンの腕をつかみひきとめ、ジジは言った。
「まあ待ちなさい。あんた1匹で行ってもなんにもならん。ただ無残に殺されるだけだ。わしらは何のために大トカゲの処刑をとりやめたんじゃ?まさにこの時のために戦ってもらうためじゃろうが。さあさあ鰐がここまでやってくる前に早く大トカゲを穴の上まで引き上げることにしましょう。鰐と正面向き合って戦うのは大トカゲに任せるとして、わしらは隠れて援護と行きましょう。さすればきっと勝機も見えてくることでしょう。」
そういうとジジは部下のトカゲ達を指揮し、何匹も連なって穴の底近くまで垂れ下がらせた。
大トカゲはそれを手がかりに穴の上まで登ってきた。
まさか鰐がやってくるとは思っていなかった大トカゲはすっかりと塞ぎこんでしまっている。
それを鰐との戦いに備えて静かに闘志を燃やしているのだと解釈したドロンは大トカゲの足に抱きつき、こう激励の言葉を送った。
「ありがとう、大トカゲよ。君はもう完全に立派な我々の仲間だ!少しの間だけ踏ん張っていてくれよ。必ずや鰐の隙を見つけて加勢に回ってやるからな…」
ぐずぐずしていると鰐がやってくるとびくびくしているジジはドロンをぐいぐい引っ張りながら言った。
「さあさあはやく隠れましょう。我々トカゲなんてのは鰐の前ではちっぱけなほこりみたいな存在なのですからな。」
いつまでも別れを惜しむドロンをなんとか引き剥がし、ジジはどこかへと行ってしまった。
ドロンは最後まで大トカゲを名残惜しそうに見つめていた。
そして穴の開いた見晴らしの良い場所にはただ大トカゲが残されるばかりとなってしまった。
やがて砂埃の彼方から鰐の姿が見えてきた。
大トカゲはついに選択をしなければならなくなってしまった。
あくまでもトカゲのために鰐と戦うか、それとも再度鰐のしもべとなってトカゲ達を虐殺するか。
はっきりいってどちらが有利なのかといえば鰐の方だ。
いくらトカゲ達の力が強くなり、賢くなったといっても鰐に比べればまだまだちっぽけなものなのだ。
自分と比べても鰐は圧倒的に強い力を持っているのだ。
生き残ることを最優先にするのならば鰐の仲間になるのが一番いいに決まっているのだ。
大トカゲはここで目をつむって考えてみた。
鰐は確かに強大だ。
しかしそれは大トカゲの力を特に必要としていないということだ。
大トカゲが味方につこうがつかまいが、鰐にとってはきっとどうでもいいことなのだ。
しかしトカゲ達はどうだろう?
ドロンは自分が味方について戦ってやる、と言ったとき涙を流して喜んでくれた。
ジジはどうも抜け目のないトカゲだが、それでも自分の力を必要としているのは間違いがない。
ここで鰐のために戦えば、もし仮に負けて殺されたとしても、きっとトカゲ達は悲しんでくれるのではないだろうか?自分を仲間と認めてくれるのではないだろうか?
鰐の側についてトカゲ達と戦ってトカゲを滅ぼしても、残るは空虚さばかりではないのだろうか?
大トカゲはあれこれ考えた末、結局トカゲ側について戦うことに気持ちを固めた。
間違った選択かもしれないが、少なくとも自分で決めた道だ。
わけもわからずにとにかく生き残ることだけを目的として流され続けてきた大トカゲがした最後の大決断であった。
鰐は大トカゲの目の前までやって来ると歩みを止め、こう声をかけた。
「さあ俺のしもべの大トカゲよ。助けにきてやったぞ。」
大トカゲは恐怖と迷いをふりきるようにがむしゃらに鰐に襲いかかった。
鰐の不意をついて空高く飛び上がり、鰐の背中に飛びついき、全力でもって首を絞めた。
鰐はわずらわしそうに身をよじらせているが、大トカゲも必死なのでなかなか外れない。
鰐は大トカゲがトカゲの味方をするかもしれない、ということは当然予測していた。
しかしそんなことは鰐にはあまり重大なことではなかった。
「まあ仕方がないな。お前も元はトカゲなんだからな。こういうことになるかもしれないとは思っていたよ。ただ俺は自分のしもべを裏切りたくなかっただけさ。なあ、俺はちゃんとお前を助けにきたぜ?一応義理は果たしたからな…」
鰐の後の関心はどれだけ大トカゲを傷つけずにこの場を離れるかということだけであった。
もうトカゲにも興味をなくしていたので川を伝ってどこか遠くの場所へ行こうと鰐は考えていた。
しかしそのためにはまずこのしがみついている大トカゲを振り払わないといけない…
仕方なく鰐は少し力を込めて暴れた。
ものすごい鰐の力に耐え切れず大トカゲは吹き飛ばされてしまった。
鰐はかなり力を抑えたがそれでも大トカゲはかなり傷を負ってしまった。
大トカゲはその場に仰向けに横たわり、動くこともできなくなってしまった。
傷だらけの大トカゲを見下ろして鰐は言う。
「俺はこのままこの土地を去るよ。もう飽きたんでね。お前は俺を裏切ったから連れてはいけない。お前が先に攻撃をしかけてきたんだからそれも仕方のないことだよな?まあ、それだけわかってくれればいいよ。じゃあな、もう会うこともないだろうがな。」
そう言うと鰐はのしのしと来た道を戻っていき、見かけた手ごろな川の中にずるずると入っていった。
鰐が去ってからしばらくすると、あちこちからわらわらとトカゲ達が現れてきた。
あるトカゲは岩陰から、またあるトカゲは地面に開いた小さな穴から。
ドロンもジジも傷だらけの大トカゲの元に駆け寄ってきた。
ドロンはぼろぼろ泣きながら大トカゲの体に抱きついて大トカゲの奮闘を称えた。
「俺はずっと見ていたぞ!強大な鰐に立ち向かう勇敢なお前の姿を!もう誰にも何も言わせない!大トカゲよ、お前は俺たちトカゲを救ったんだ。これで全ての脅威は去った。トカゲ達はまた平和な暮らしをすることができる。なあ大トカゲよ、頼みがあるんだ。これからは君がトカゲの王となって新しいトカゲ達を率いていってくれ!君は俺なんかよりもずっとトカゲ達のリーダーとしてふさわしい…」
ドロンは千の言葉を費やして大トカゲの偉業を褒め称えた。
その他の大勢のトカゲ達もひっきりなしに歓声を上げ続けている。
大トカゲは傷のせいで朦朧とする意識の中、ただ、今までに味わったことがないような、とても気持ちのいいことが自分におきている、ということが理解できただけであった。




