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初めに竜があった  作者: 最黒福三
竜の時代
37/78

若いドロンと老いたジジ

トカゲ達は奮闘の末に大トカゲを捕らえることに成功する。





 大トカゲは目を覚ました。

 しばらくは頭がぼやけていて何も考えることができなかったが、段々と自分はいきなりトカゲ達の攻撃を受け、挙句の果てに捕らえられてしまったのだということを思い出した。

 穴は深く、とても上までよじ登ることはできなさそうだった。

 今も何匹かのトカゲが穴を覗き込んで大トカゲの様子を伺っていた。

 トカゲ達は大トカゲが目を覚ましたことに気付くと口々に大トカゲに向かって罵声を浴びせかけた。


「ちくしょう!今まで散々俺たちの仲間たちを食い殺しやがって!ざまあみやがれ、お前はそうやって地の底ではいつくばっているのがお似合いなのさ!」


 そういうとそのトカゲは石を穴の底で横たわる大トカゲに向かって投げつけた。

 石はこつんという音をたてて大トカゲの額に当たった。

 それを見ていたほかのトカゲ達も次々と罵声とともに石を大トカゲに向かって投げつけた。

 大トカゲからすれば屁でもない攻撃であったが、うるさくて仕方がなかったので一応反論してみることにした。


「ふん。確かに私はお前たちの仲間をたらふく食ったさ。そしてこれだけ大きくなった。それはまあ言い逃れのできない事実さ。しかしそれはそもそも鰐の命令だった。鰐の命令を聞かなければ私が殺されていただろう。そういう事情も考慮してもらえないものかね?」


 と、大トカゲは言ったが、言い方が尊大だったのでトカゲ達をさらに怒らせるだけであった。

 その後もトカゲ達はとっかえひっかえ大トカゲに向かって罵声と石を投げつけるということをやめなかった。

 これには少し大トカゲも参ってしまった。




 しかしうるさかったトカゲ達がある時途端に静かになってしまった。

 大トカゲが「なんだ?」と思っていると、トカゲの群集をかきわけてドロンが現れた。

 傍らにはぴったりとジジを引き連れている。

 ドロンは他のトカゲ達に命令してその場から離れさせた。

 穴の上にはすぐさまドロンとジジしかいなくなってしまった。


 ドロンは大トカゲに話しかける。


「大トカゲよ、長きにわたる闘争の末についに我々トカゲはお前を捕らえることに成功した。お前はあまりにも我々の仲間をたくさん殺しすぎた。我々は他のトカゲの集団の長とも相談した結果、お前を処刑することにした。何か言い訳したいことはあるか?」


「言い訳?ふん。そんなことを言ってもどうせお前たちは聞いてくれないだろうさ。なんせお前たちには寂しい荒野の中に打ち捨てられた卵から生まれたトカゲの気持ちなんてわからないだろうからな。…それに私が最初訪れた時の集落はひどいものであった。みんなぐうたらで、ただひたすら岩の上で寝て、遊ぶことしかしていなかった。私は自分がトカゲであるということを恥じた。だから蛇や鰐に協力してトカゲの集落を滅ぼそうとしたのさ。しかし絶滅の危機に直面してようやくトカゲの顔つきはまともになった。みんな機敏に動いて、協力しあって、ついにははるかに強大な私のような存在をも捕らえることができるようになった。全く素晴らしいよ。ただ惜しむらくは私がその仲間に入れてはもらえないということぐらいのものだなあ…」


 そう叫ぶ大トカゲにドロンははっきりいって同情していた。

 集団を率いるものにはこの他者の哀れさにとにもかくにも共感するという資質が求められるから仕方のないことだったかもしれない。

 また、まだまだ心動かされやすい若者だったということも関係しているかもしれない。

 ドロンは傍らのジジに相談をしてみた。


「なあジジさん。なんていうか、俺はあの大トカゲを許してやりたい気持ちになってきたよ。そうだよ、あいつだって元々はトカゲだったんだ。話し合ってわからないということがあるだろうか?」


 しかしジジは首を振る。

 他者の身の上話に好奇心を持つことはあっても同情は決してしないという性質は老いた者特有のものである。


「いけませんね。この大トカゲだけは殺さねばなりません。確かに少々の悪者ならば、許してやれば慈悲深いリーダーとしての名声を高めることもできるかもしれない。しかし大トカゲはわしらの仲間を殺しすぎました。わしらはみんな大トカゲを憎み、その復讐心を核として連帯しております。そんな諸悪の根源、全ての災いの素みたいな奴を許すのだけはなりません。いいですかなドロンさん。世の中には「何が何でも」ということがあるんです。疑問を持つことすら許されないようなことというものがあるのです。大トカゲを殺すということはその最たるものです。こやつを殺すということはもう絶対的にわしらがしなくてはならないこと、いや、わしらトカゲの全てと言ってもいいようなことなのです。どうかそのことは忘れないでいただきたいものです…」


 と、ジジが嗜めたのでうーんとドロンは悩みこんでしまった。

 大トカゲは意外と真剣に悩むドロンの姿を見て、もしかしたらもうちょっと押せば自分は助かるかもしれないと思い、さらにあれこれ話しかけてみた。


「あんたら、考えてもみてみなよ。私を捕らえたとしてもまだ鰐が控えているんだ。確か鰐は最近大人しくみえるかもしれない。でもそれは私という配下がいて、トカゲの虐殺は任せることができたからなんだ。私がトカゲに捕らえられたことを知ったらきっとまた鰐は暴れまわることを始めるだろうね。鰐が本気を出したらもう私が可愛く見えるようになるだろうね。それぐらい鰐は大きな力を秘めているんだ…」


 大トカゲは鰐が今更トカゲの虐殺に乗り気になるとは思っていなかったが、とにかく今処刑を逃れるために嘘をついた。

 この大トカゲの言葉を聞いて考え込んでしまったのは今度はジジだった。

 ジジは昔、鰐が暴れて逃げ回るトカゲ達を次から次へと食い荒らしていく光景に立ち会ったことがあった。

 自分だけはなんとか命からがら逃げてきたが、仲のよかったトカゲ達が無残に食い荒らされていく光景は今でも目に焼きついていた。

 ジジはその恐怖の光景を思い出して思わずぶるぶると震えてしまった。

 ジジの様子が変わったことを見てとった大トカゲは畳み掛けるようにいった。


「鰐は水辺から水辺へとすごい勢いで移動することができる。さらに私よりも隠れているトカゲを見つけることは得意なんだ。お前たちが隠れている場所なんてすぐに見つけてしまうだろうね。そうなったらきっとひどいものだよ。この私を捕らえていい気になっているお前らなんてあっというまに全滅させてしまうだろうね…」


 ジジは自分たちが凶暴な鰐に殺されてしまう姿を鮮明にイメージしてしまった。

 思わずジジはその場に座り込み、頭を抱えてしまった。

 ドロンがジジの肩に手を当ててはげますが、効果はなかった。


「ああ、そうじゃった。まだ鰐がいた、鰐がいたんじゃ!どうすればいいんだ…」


「なあ、そこで相談なんだ。処刑を取りやめ、私をこの穴から引き上げてくれれば私がお前らの味方となって鰐と戦ってやるよ。私との訓練を通じて強く賢くなったお前たちトカゲと、この私が協力すれば勝機も見えてくるはずだよ。」


 その大トカゲの誘いを聞いてジジは顔をがばりとあげた。


「あの大トカゲがわしらの味方になるのか、なるほど、それなら確かに鰐に対抗しうるかもしれない!」


 さらに大トカゲはドロンに向けて言った。


「私がこんなことを言うのも罪滅ぼしのためなのだ。こんなことで許してもらえるとは思っていないがな。私はこんなに巨大で凶暴になってしまったが、それでも根っこのところではお前らトカゲと同じなのだ。鰐と戦うことでお前たちの仲間に入れてもらえるのなら、命でもなんでも捧げても惜しくともなんともないさ!」


「ああ、そうさ。俺はわかっていたさ!お前がずっと戦いをやめて俺たちトカゲの仲間に入りたがっていたことに!そうだ一緒に戦おう!いけないのは全て鰐なのだから!」


 ドロンは涙ぐんでそう言った。

 柔軟なのは若者の特徴だ。

 それが美徳か悪徳なのかということは置いておくとしても。


「鰐の恐ろしさにはどんな原則もくつがえされてしまいますわい。大トカゲの処刑をとりあえず取りやめるのも仕方のないことですな。」


 そうジジも言った。

 老いた者を騙すのにはあいまいな不安をあおるのが一番である。

 大トカゲはやった!これでなんとか私の命もつながったぞ、とほっと胸をなでおろした。

 鰐は実際はトカゲ達に対する興味など失くしている。

 そもそも大トカゲだって鰐にもうずっと会っていないのだ。

 だから鰐と正面きって戦うなんてことにはまずならないだろう。

 後は適当に時々「鰐が襲ってきそうだ!」などと嘯いてジジの不安をあおっておけばそこそこ悪くない生活をトカゲ達に混じってすることができるぞ!

 と大トカゲは都合よく考えていた。


 しかしそんな目論見は直後に見張りのトカゲが恐怖で顔をぐちゃぐちゃにさせながらドロンの下にやってきて、そしてつっかえつっかえしながらもなんとか言い切ったこの一言の前に脆くも崩れ去ることになる。


「大変ですドロン様!鰐です!鰐が攻めてまいりました!」

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