鰐と大トカゲ
蛇とトカゲは集落の征服を開始した。しかしその途中で湖からいきなり鰐が現れ、蛇は手足を食いちぎられてしまう。
名も無きトカゲは、いとも簡単にあの強大だった蛇が手足を喰われてしまったのを見て、鰐の獰猛さ、そして強大さに恐れおののいた。
歯向かう、などということはひとかけらほどにも頭には浮かばなかった。
ただ、この場をどうすれば生きて切り抜けることができるのか、ということだけがトカゲの関心であった。
だから名も無きトカゲはとにもかくにも鰐の前にひざまずき、言った。
「鰐様。ただ今私はあなたの力を見て感服いたしました。どうか私をお連れください。きっとお役に立ってみせます。」
声をかけられ、鰐ははじめてトカゲの存在に気づいた。
舐めるようにトカゲの全身を見て、食っても大して腹の足しにはならないと判断してからこう言った。
「ま、俺は来る者は拒まず、っていうのが方針だからね。好きにするといいさ。…さて、俺は蛇がやりかけてたトカゲの集落の征服ってのをやろうと思うんだがね。…お前、トカゲって何か知っているか?」
トカゲは鰐に色々なことを教えてあげた。
トカゲとは自分と同じ姿形をした者たちであること、その集落は自分に名前も与えず、物寂しい荒野に捨て置いたこと、自分はだからトカゲであるにもかかわらず集落に復讐したいと考えている、ということなどを。
鰐はトカゲの話を親身になって聞いた後でほろりと一粒涙を流し、こう言った。
「なるほどね。お前も結構辛い目にあってきたんだな。わかるぜ。俺もなかなか親に恵まれていたとはいえないからな。…よし、こうなったらもう徹底的にトカゲの集落の征服に協力してやるぞ!お前を見捨てたトカゲ共なんてのは1匹残らず根絶やしにしてやるさ!そうすればお前は名前なんていらないんだと思うようになるだろうよ。なんせ世界にトカゲが1匹しかいないのだったら名前なんてものは意味をなさなくなるのだからな。」
トカゲは鰐を嗜めることもできず、ただ平伏するばかりであった。
もうここまできたら流れに身を任せるしかない。
自分が生き残るか、自分以外のトカゲが全滅するか、2つに1つだ!と半ばやけくそになってトカゲは決意した。
それから鰐の虐殺が始まった。
鰐はとにかく手当たり次第にトカゲ達を食い殺していった。
鰐に従うトカゲは岩の陰や、大地の小さな裂け目などにひそむトカゲ達を目ざとく見つけ出し、鰐に報告していった。
こうして最初のトカゲの集落はいとも簡単に全滅した。
しかしトカゲ達はいくつもの集団の分かれてそれ以外の土地でもたくさん生活していた。
今度は鰐はそのトカゲ達も征服していくことに決めた。
最初の集落が全滅すると鰐という奴がトカゲ達を食い殺しまくっているという噂はあちこちに広まったので、警戒したトカゲ達はもっと慎重に身を隠すようになった。
その結果、最初の集落ほどには鰐は楽にトカゲ達を殺すことができなくなった。
しかしこつこつと根気よく鰐と名も無きトカゲはトカゲの集団をつぶしていった。
鰐が来ると、トカゲ達は「鰐が来た!来た!」などといって一目散に逃げ出すようになった。トカゲ達はかつて始祖のトカゲたちがやってきた方角とは反対の方角へ、鰐と名も無きトカゲから逃げ出すために死にもの狂いで逃げていった。
鰐はせっせとトカゲを食い殺していたが、トカゲ達は鰐にとってはあまりにもちっぽけな存在で、実に張り合いがなかった。
食べてもあまりうまくない、その割りに隠れているのを探すのはちょっと面倒くさいというので鰐はトカゲを襲うのに正直飽きてきていた。
そこで鰐は少し案じて、それから自らのしもべである名も無きトカゲを呼び寄せた。
「おいお前。お前も少しトカゲを食ってみないか?」
トカゲはさすがに顔を引きつらせて遠慮した。
「え?い、いや、私はそういうのはちょっと…」
「まあそう言うな。食えばお前の体は大きくなる。他のトカゲなんかよりもずっと強大で恐ろしい存在になることができるぞ。俺のようにな。いやあ正直言うとな、時々お前と他のトカゲを間違えて食べちゃいそうになっていることが時々あるんだ。やっぱり俺は鰐だからな。トカゲを見分けるのは得意じゃないんだな。だから俺のしもべであるお前さんには体だけでも大きくなって、他のと見分けがつくようにしてもらいたいってわけさ。まあ無理にとは言わないがね。…しかしその代わり俺に食べられても文句は言うなよ?」
半ば脅しの勧めを受けては、トカゲはトカゲ達の肉を食わないわけにはいかなかった。
初めは喉を通らなかったが、無理に押し込んでいるうちに段々と食べることができるようになった。
トカゲはおかげでぐんぐん体が大きくなっていき、他のトカゲとは全く違う外見になることができた。
その見違えたトカゲの姿を見て鰐は言った。
「ああ、お前は立派になった。俺に比べたらまだまだだが、かなり強そうになったじゃないか。お前のような奴をトカゲなどと言うことはできないだろう。お前は大トカゲさ。この鰐様の第一のしもべ大トカゲと、これからお前は名乗るがいいさ。」
大トカゲは巨体であちこち飛び跳ねてみた。
確かに以前よりもはるかに力は強くなったし、すばやく駆けることができるようになった。
それだけでなく、力を手にして大トカゲは以前は多少は感じていたトカゲ達に対する罪の意識を全く感じないようになった。
自分はトカゲなどという矮小な存在とは全く違う。
だから自分はトカゲを捕食し、気まぐれに殺しても何ら気にする必要はないのだ。
そう、自分は鰐と同じように弱々しいものを虐げてよい存在なのだ!
そう思うようになった。
そんな大トカゲの心境の変化を見通して鰐は言った。
「それだけ強大になったのならお前も自分1匹でトカゲの集落を征服することができるようになったはずだ。俺はその征服という仕事を全面的にお前に任せようと思う。そもそもはお前のために始めたことだからな。こういうのは自分でけじめをつけたほうがいいと思うんだよ。うん。決して俺が面倒臭くなったわけじゃないぞ。俺もちゃんとこれからも気が向いたら手伝ってやるからな…」
大トカゲは自分の力を使いたくてうずうずしていたのでそれを了承した。
鰐はそれからはあまり積極的に征服には参加せず主に川や湖などの水辺で昼寝などをして暮らすようになった。しかしのこのことやってきたトカゲを捕食したり、暇になったら運動代わりにトカゲの征服に参加する、などということはやっていた。
鰐の活動は縮小したとはいっても、その分大トカゲが活躍するようになったのでトカゲ達にとっての脅威が少なくなったわけではなかった。
むしろ大トカゲは鰐以上に執拗にトカゲの隠れている場所を探し回るので、トカゲ達にとっては鰐以上に厄介な存在であった。
その上油断して水辺などに近づくと鰐がいきなり顔を出してばくりと食べられてしまう。
トカゲ達はこの鰐と大トカゲという2匹の巨大凶悪生物にほとんど絶滅寸前まで追い込まれていた。
しかし残されたトカゲ達はへとへとになりながら少しでも安全と思われる方角へと逃げていった。
大トカゲや鰐に殺されてもう大分その数は減っていた。
しかし希望がないわけではなかった。
逃げるトカゲ達は大量の卵を抱えていたのである。




