敗北
蛇の命令を受けてトカゲは集落へ偵察へと向かう。そこで仲間のトカゲのぐうたらさを目の当たりにし、その上命まであやうく失いそうになった結果、蛇に味方して集落を攻撃することを決意する。
トカゲは蛇に報告をした。
「集落には罠は仕掛けられていませんでした。奴らは腑抜けそのものです。今すぐ攻め込んでいってもよもや負けることはないでしょう。」
蛇は嬉しそうに笑った。
「ならば俺はこれからトカゲの集落に攻め込む。お前も名も無く、集落から見捨てられたとはいってもトカゲであることには変わりはない。それでも俺に味方してもよいというのだな?」
「あのようにだらけた者どもは私の味方などではありません。奴らを駆逐することに私は何の躊躇も覚えません。」
ちろちろちろ、と蛇は笑った。
「よし。それなら何十匹かのトカゲは生かしておいてやろう。そのトカゲ達をお前は奴隷とし、お前はトカゲの王となるのだ。王には名前などない。逆にいえば名前のないお前には王となる資格があるということだ…」
トカゲは深く蛇にむかって礼をした。
そして蛇とトカゲは少しばかり体勢を整えてからトカゲの集落へと至る崖に挟まれた道を進んでいった。
その道の出口では何人かのトカゲが張り込んでいた。
ミズミに命じられて誰もその道から集落へ入り込んでくるものがないように配置された者たちであった。
「なんだ?お前たちは…あ、お前はさっきミズミ様が見つけたら捕まえろと言ったトカゲではないか!みんな来てくれ!こいつをひっ捕らえるぞ!」
そう勇ましく言ったトカゲがまず初めに血祭りにあげられた。
蛇はそれから瞬く間にその場にいたトカゲを全員そのするどい爪で切り裂いていった。
あたりは血の海に染まった。
その惨劇を遠巻きにして見ていたトカゲ達は悲鳴をあげて逃げていった。
蛇の後ろからそれを見ていたトカゲは少し怖気づいたがここまできたらもう自分はあくまでも蛇についていくしかないとむしろ決意して前に進んでいった。
そしてトカゲの案内の下、ミズミがいた洞窟を目指した。
蛇は移動する間にも見かけたトカゲ達を次々と殺していった。
あたりには血の匂いが満ちた。
それは始祖のトカゲが初めてこの地で暮らすようになってから1度たりとも起きなかったことであった。
洞窟の中にはミズミはいなかった。
「どこかに逃げたのかもしれません。すぐに外に出て探しにいきましょう。」
そう蛇を急かすトカゲを制止して、蛇は目を閉じて耳をすませた。
「どこからか風のぬける音がする。この洞窟をもうちょっと探してみよう。抜け穴があるのかもしれないぞ。」
あちこち触ったり叩いたりして、ついにミズミが寝起きしていたとみられる大きな石の裏側に外へと通じる穴を見つけた。
そこから外に出ると小道が延びているのが見えた。
曲がりくねったその道を歩いていくと、やがて小さな湖に出た。
そのほとりでミズミはぶるぶると震えていた。
蛇はミズミの前にたち、振り返ってトカゲに訪ねる。
「こいつが今のトカゲを束ねるミズミとか言う奴か?」
「間違いありません。私はこいつに殺されかけたのです。」
「ふん…こいつを殺し、その死体をトカゲ共に見せればあいつらもきっとお前を新しい王と認めるだろう。よし、ミズミはお前が殺すんだ。俺の忠実なしもべのトカゲよ。」
そう言うと蛇はトカゲの腕をつかんでミズミの前へ引き寄せた。
ミズミはなおもぶるぶる震えている。
トカゲは躊躇したが、ここまできたらもう引き返すことなどできないと心の決め、ミズミの首に手をかけようとした…
その時、ミズミは恐怖のあまり暴れまわった。
いきなりのことで一瞬たじろいだトカゲと蛇の隙をついてミズミはすぐ後ろの湖へと飛び込んだ。
蛇は鼻で笑いながら湖をのぞきこみながら言った。
「馬鹿め、こんな小さな湖に飛び込んだとして、一体どこに逃げることができるというんだ。見てろよ、どうせすぐに観念して顔を出すさ。その時の恐怖に引きつった顔を、是非俺たちであざ笑ってやろうじゃないか。お、どうだ、もう顔を出すぞ…」
水面から出てきたのはまず手だった。
厚くごわごわとした皮で覆われ、指には世にもするどい爪が何本もついている。
そして次には口が出てくる。
それは長い口で、口の中にはこれまたよく尖った牙が何本も生えていた。
それからもう一本の手が出てきて、世にも巨大な体がずるずると湖の中から這い出してくる。
しっぽだけは長く、まだ湖の中にその大部分が残っている。
それを見ている蛇の顔はというと、たった今湖から這い出してきた者を驚愕の目で見つめていた。
そしてぶるぶると震える口でこう呟いた。
「お、お前は、鰐。」
ぜーぜー息を吐きながら、鰐は蛇へとにじり寄っていった。
蛇は後ずさりをするが、やがて大きな岩にいきあたってそれ以上後ろへ行くことができなかった。
鰐がはじめて口を開く。
「やあ、湖が他の場所とつながっていて残念だったな。あんたが思っているよりもこの大地の川や湖は様々な太さの水路でつながっているんだ。俺もあんたに突き落とされて、それから川を漂っているうちにそういう水路のいくつかに迷い込んでそのことを知ったよ。
なんでそんな水路があるのかは知らんがな…。まあしかしそんな水路のおかげで俺はこうして育ての親と再会することが偶然にもできたわけだからまあ感謝しないといけないな…」
さらににじりよる鰐を手で制止し、蛇は言う。
「ま、待て。俺は今トカゲ達の集落を征服している最中なんだ。そうだ、俺はお前をずっと卵のころから育て、鍛えてやったじゃないか。今こそお前はそのことに恩返しをする時なんだ。わ、わかったら俺の言うことを聞くんだ。」
にこにこ笑って鰐は言う。
「もちろんじゃないか。あんたは俺を容赦なく殴り、引き裂き、挙句の果てには後ろから川に突き落とすなんていうことまでして鍛えてくれたじゃないか。そのことは全く忘れていない。もちろん協力するよ。トカゲね、トカゲの征服。うんわかったよ。…しかしね、蛇様に一つだけ頼みがあるんだ。なあに、大したことじゃないんだ。」
「な、なんだ?お、俺にできることなら何でも言っていいぞ。」
「俺はね、長いこと川を流れてきたからものすごく疲れているんだ。それでね、俺は随分昔の話だが、あんたの命令で蛙共を食った時、体中から力が漲ったことを覚えているんだ。ついさっきも湖の中でちっぽけなカスみたいな奴を食ったが、少しは力が回復したよ。…でもまだ足りないんだ。だからな、蛇様。あんた俺のために一肌、いや、一手足めぐんでくれやしないかな!」
蛇が何か言う前に鰐は大きな口を開いて蛇の手足にかぶりついた。
そして蛇が大声をあげてわめくころにはもう鰐はそれを食いちぎってもぐもぐやっていた。
それをいとおしそうに飲み込み、満足そうな息を吐いてから鰐は言った。
「ふう、さすがは蛇だな。あんたの手足を食って大分力が回復した。感謝するぜ。…信じてもらえないかもしれないが、別にあんたを恨んでるわけじゃないのさ。だからあんたを殺しはしないさ。わかってくれよな?食べなきゃ俺が死んでいたんだからな。これは仕方がないことなのさ。ああ、トカゲの征服はきちんとやっとくから安心してくれよ。」
しかし鰐のそんな言葉を蛇は一切聞かずに悔し涙を流しながら鰐に向けて呪いの言葉を吐いていた。
「ちくしょう…俺をこんなみじめな姿にしやがって…これじゃあ俺は地面を這って移動することしかできないじゃないか。ああ、あの何でも切り裂くきらめく爪を返せ!風よりも速く駆けることができた足を返せ!ちくしょう…いつか絶対にお前に復讐してやるからな…」
鰐はやれやれという風にため息をついて蛇に諭すように言った。
「すぎたことを今更言っても仕方がないじゃないか。あんたは何はともあれその姿で生きていかないといけないんだ。命があるだけいいじゃないか。さあ早く、みじめに這ってでもこの場を離れるんだ!俺だって満腹ってわけじゃないんだ。いつまでもここにいるようなら俺は遠慮なく…」
蛇はその言葉を聞いて驚いて飛び上がり、一生懸命なれないやり方でその場を急いで移動していった。
これ以来、蛇は手足を失くしてしまったのだという。
しかし元来が器用な蛇であるから、すぐにその這う移動のやり方も慣れ、まるで生まれた時からそうやって移動し続けていたんじゃないかというぐらいに上達した。
その姿があまりにも様になっているので、しまいには蛇自身すら時々自分に手足があったことを忘れてしまうぐらいであった。




