名も無きトカゲの決断
蛇は出会ったトカゲを背中に乗せてトカゲの集落までやってくる。そこでたくさんのトカゲがいるのを見て驚く。
蛇は用心深かった。
だからいくらトカゲ達の力が矮小だったとしても、罠があるかもしれないと勘繰ってなかなかすぐに攻め込もうとはしなかった。
だからとりあえずは様子見として連れて来た名前もないトカゲを送り込むことに決めた。
蛇はトカゲの肩をつかんで言い聞かす。
「おい、あの狭い崖に挟まれた道があるだろう?あそこをお前は進んでいくんだ。しばらくいくとお前はたくさんのトカゲにきっと会う。そこはトカゲ達の集落なんだ。しかし勘違いするな、そいつらはお前の仲間なんかじゃない。そいつらはお前のことを捨てた奴らなんだ。だからお前の味方ではない。お前の味方はこの俺だけだ。だからお前はトカゲ達の集落に罠が仕掛けられていないか調べて、それからここに戻ってきて俺に報告するんだ。いいな、決して俺のことを裏切るんじゃないぞ…」
トカゲは頷き、崖に挟まれた道を目指して歩き出した。
蛇は舌をちろちろ出し入れしながらそれを見送った。
トカゲは崖に挟まれた道を進みながらこんなことを考えていた。
蛇は恐ろしい。
だからできれば蛇の下へは帰りたくない。
たとえ蛇を敵に回すことになったとしてもトカゲの仲間がいるのならばきっと一緒に戦ってくれるはずだ。
しかし蛇の言うことにも一理ある。
自分は確かにトカゲ達に捨てられたのかもしれないのだ。
でなければあんな寂しい場所に卵が放置されていないじゃないか。
…本当のところはわからない。
わからないから、自分の目で見て自分で決める。
トカゲ達につくか、蛇につくかを。
そうトカゲは決意した。
崖の道を抜け、トカゲ達の集落に入る。
しばらく歩くと1匹のトカゲが近づいて声をかけてくる。
「よう、見慣れない顔だな。お前名前はなんていうんだ?あ、俺はジャリっていうんだ。」
「名前?僕には名前なんてないよ。」
「名前がない?ふーん、珍しいね。名前がないならナナシくん、ってところかな。おいナナシ、ところでお前はどうも向こうの道からやってきたように見えたんだが?」
と、ジャリは崖に挟まれた道を指差した。
「そうだよ?それがどうかしたの?」
「どうかしたの?じゃないよ。あそこの道を越えていくことは固く禁じられているじゃないか。確かに駄目だといわれて言ってみたくなる気持ちもわからないではないけど、お前があの道を越えて禁じられた方角に歩いていったと知ったらミズミさまはきっとものすごく怒るぞ。」
「ミズミって誰?」
と、何も知らないナナシのトカゲは当然のように聞いた。
「ええっ!?ミズミさまを知らない?…お前はちょっと怪しい奴だな。ちょっと俺についてこい…」
そういうとジャリはトカゲの腕をつかんで引っ張っていった。
痛い痛いといってトカゲはその手を離そうとしたが駄目だったのであきらめた。
トカゲは連れられるままにトカゲ達の集落の様子を眺めてみた。
みんな岩の上で寝転んだり、湖にぷかぷか浮かんだり…
なんというかものすごくだらけていた。
僕なんて今までずっと過酷な旅を続けていたり、怖い怖い蛇に出会ったりなんて目にあっていたのに。
トカゲはちょっとだけ目の前のトカゲ達に反感を覚えた。
ジャリはやがて巨大な洞窟の前までやってきた。
そしてトカゲの腕をしっかりとつかんで離さないままその洞窟の中に入っていく。
洞窟の奥には1匹のトカゲがいて、その前まできてようやくジャリはトカゲを解放してくれた。
「ミズミ様。怪しいトカゲがいたのでひっ捕らえてまいりました!」
「ふーん?ごくろうさん、ジャリ。ご褒美に今日は大きな湖で遊んでも構わないよ。」
「やった!今日はくたくたになるまで遊ぶぞ!」
そう言うとジャリは飛び上がって喜んだ。
たしなめるようにミズミがジャリに話しかける。
「それで、どの辺が怪しいの?」
「こいつ、まず名前がないというんです。だから俺はこいつをナナシと名付けました。」
「それは妙な話だね…」
「それだけじゃないんです。こいつはなんとあの崖に挟まれた道から歩いてこのトカゲの集落に入ってくるのを俺は見たんです!」
「な、なんだって?」
ミズミはしばらく腕を組んでじーっと考え込んでいた。
それから顔を上げてまずジャリに話しかける。
「ちょっとジャリ。君はもういいから僕とこのナナシくんの2匹だけにしてくれないか?」
勢いよく返事をしてからすぐにジャリは駆け去っていった。
それを確認してからミズミはトカゲに詰め寄って話しかけた。
「ナナシくん。君はどこで生まれた?生まれた時そばにトカゲはいたかい?」
「いや、いなかった。ただ同じように卵から生まれたばかりのトカゲがいるだけだった。僕が生まれたのはすごく寂しいところだった。崖に挟まれた道を越えて、もっとずーっといったところだったよ。」
ミズミは目の前のトカゲが、自らが荒野に捨てた始祖のトカゲたちの卵から生まれたトカゲだと確信した。
まさか生きてこの集落までたどり着いてしまうとは、これは困ったことになったぞ、とミズミは頭を抱えしまった。
すごく困った顔になったミズミを、トカゲは不思議そうに眺めていた。
「ねえナナシくん。君は生まれてからどうしていたの?どうやってこの集落にたどり着くことができたの?」
トカゲはちょっと悩んだ。
この段階で蛇のことを話す気にはどうもなれなかった。
というのもどうも集落のトカゲ達は頼りなかったからだ。
なまけて、だらけていて、蛇に立ち向かうことなんて夢のまた夢みたいな連中だった。
正直蛇についた方がいいのかもしれない、という方にトカゲの気持ちは傾いていた。
しかしまだ完全には決めかねていた。
だからこう答えた。
「いや、ずっと大地をさまよっていたよ。それでたまたま崖に挟まれた道にさしかかった。そこを越えると1匹のトカゲ、さっきのジャリってのに出会ってここまで連れてこられただけだよ。」
「ふーん、そうか…」
ミズミは今この目の前のトカゲの口を封じてしまえば何も問題はないではないか、と思いついた。
ジャリが1匹のトカゲをこの洞窟まで連れてきたことなんて誰も気にしちゃいないだろう。
ここでこいつを殺してこっそりどこかへ埋めてしまえば誰にも気付かれない。
そうだ、そうすれば何の問題もなく自分はこの地位に居座り続けることができる…
ミズミは決意し、そして行動した。
「ねえ、ナナシくん。実は君に大事な話があるんだ。だからもっと近づいてよ。もっと耳を近づけて。もっとだよ、もっと。あのね…」
十分間合いを詰めたところでミズミはいきなりトカゲに殴りかかった。
しかし不覚にもさっきジャリに腕をつかまれここに連れてこられてしまったことを恥じていたトカゲは警戒していた。
それに運もあったのだろう、とにかくトカゲはミズミの攻撃を避けることができた。
攻撃を避けられてミズミは体勢を崩して転び、その隙にトカゲは一目散に逃げていった。
ミズミはあわてて追いかけて、他のトカゲ達に声をかけた。
「みんな!あのトカゲを捕まえるんだ!あいつは僕を殺そうとした!とっても悪いトカゲなんだ!」
久しくなかった事件にトカゲ達は沸き立ち、皆率先してこの鬼ごっこに参戦した。
しかしトカゲはうまくあちこちに姿を隠しながらなんとか集落の果ての崖に挟まれた道までたどり着くことができた。
「ミ、ミズミさま。あいつはあの道に入っていってしまいました。」
「う、うーむ…あそこに逃げられてしまっては仕方がない。みんな、追うのはここでやめだ。しかし、今度あいつを見かけたらすぐに捕まえてくれよ…」
殺さなくても逃げていってくれたのならそれでいいかと思い、ミズミはトカゲのことは忘れてしまうことにした。
ミズミは集落内のトラブルを解決するときもこんな感じであった。
何か面倒くさいことが起きればそれを目の届かないところにおいておき、後は知らんぷりをする。
そういうものは後で引きずり出しておそるおそる見てみるととりかえしのつかないことになっているのがほとんどなのだが、たまたまミズミは運がよく、なんとか小さなトラブルは大きなトラブルに成長せずにいてくれた。
しかし今回の事件も今まで同じように知らず知らずのうちになかったことになってくれるのか?それはミズミにわかるはずもない。
わかりたくもないだろうし、知りたくもないだろう。
ミズミはそういうトカゲだったのだ。
大部分のトカゲと同じように。
ナナシのトカゲは逃げながら固く心に決めていた。
自分は蛇につく、ということを。
この集落は自分を受け入れてはくれない。
恐らく蛇の言ったことが正しかったのだ。
理由はわからないが、とにもかくにもトカゲ達は卵を捨てたのだ。
捨てられたものにも意地がある。
僕は僕なりに彼らの気持ちに答えよう。
きっとそうすることが一番すっきりした、しっくりくる答えなのだ。
目指す先では、蛇が世にも楽しそうな顔で笑っていた。




