ボラとアンナ
卵を生めば死んでしまうほどにトカゲたちの力は弱まった。その結果トカゲたちは卵を生まなくなってしまった。
母なるトカゲのいる場所からはるか遠く、それより先には荒野しか広がっていない、という丘に1つのトカゲの集団が住んでいた。
この集団もやはり他の集団と同じように交尾して卵を生むと生んだトカゲたちが死んでしまうという異変に苦しんでいた。
生むと死ぬとわかっているから誰も卵を生みはしないし、誰にも卵を生ませはしない。ついには「誰も決して卵を産んではいけない」という掟まで作られるようになって、「死んでしまってもいいから卵を産みたい」というトカゲたちまで交尾して卵を産むことが許されてなくなってしまった。
とはいえ、今ここにいる集団だけで楽しくやっていければそれでいいじゃないか、と集団に所属するほとんどトカゲがそう思っていた。
しかしそう思わないトカゲもいた。
ボラとアンナという名前のトカゲがいた。
ボラもアンナも卵を生みたかった。
生んで、新しい仲間と出会いたかった。
集団が卵を生まなくなってもう随分時間がたっていたので、集団にいるトカゲとはほとんど顔見知りだった。
彼らとはもうあらゆる遊びをし尽くした。
あらゆる話をした。
だからひらたく言ってボラもアンナも集団に飽きていた。
だから別の集団をたずねたこともあった。
しかしどこの集団も事情は同じなようであった。
何も知らない無知な若者が生まれてこないから何かを他者に教えるという喜びも、無知ゆえに生まれる意外性のある遊びもトカゲの集団からは失われてしまっていたのだ。
そのことに気付いたボラとアンナはこの停滞から抜け出すためには新たに卵を生むしかない。
そう結論づけたのである。
しかし集団のトカゲたちは新しく卵を生むことを許さない。
だからボラとアンナは集団の暮らす丘を下って荒野に足を踏み入れた。
あたりは川も流れない、山もまわりにない。
大地はからからに渇いてひびわれている。
2匹とも何度もけつまずいて転んだがその度にお互いを助け起こした。
随分遠くまで歩くと、大地の真ん中に穴が開いているのを見つけた。
のぞいてみると足場があり、それが緩やかに傾斜しながら奥に続いているようであった。
ボラとアンナは穴の中に入っていった。
足場を進んでいくとやがて大きな空洞に出た。
空洞には入ってきた道のほかにもたくさん道が伸びていた。
2匹は来た道がわからなくなってしまわないように入ってきた道の脇の壁にしるしをつけた。
そして空洞の真ん中あたりで休んだ。
「随分遠くまできちゃったね。」
と、ボラが言う。
「でも、ここまでくればもう誰にも邪魔はされない。私たちは交尾して、卵を生むことができる。」
と、アンナが答える。
「…卵を生んだら僕たちは死んでしまう。それでもやっぱり卵を生むべきだと思う?」
アンナは頷く。
「新しい卵が生まれなくなって、みんなギスギスしてしまった。私たちはそんなトカゲの集団が嫌になったからあそこを飛び出した。仲間同士でいがみあいながら生きていくんだったら、死んだ方がまだましだよ。あなたはそうは思わない?」
「思う」とボラは言った。しばらく2匹は黙っていた。その後でまたボラが口を開く。
「でも今すぐ卵を産まなければならない、というわけでもないはずさ。とりあえず歩いていけるところまでは歩いていくことにしようよ」
アンナは頷き、そしてまた2匹で歩き始めた。




