トカゲの異変
始まりのトカゲたちはどんどん卵を生み、また生まれたトカゲも卵を生み、トカゲの数はどんどん増えていく。
トカゲたちは卵を生み続ける。
新たに生まれたトカゲも卵を生み続ける。
卵を生む度にトカゲの力は卵に分け与えられる。
そうして個々のトカゲの力は弱まっていったが、数はどんどん増えていった。
最初のトカゲたち。最初の雌トカゲと雄トカゲもどんどん卵を生んで、どんどん力を弱めていった。
しかしさすがにある段階で周りのトカゲが「もう卵を生むのはおやめください。」と言って最初のトカゲたちが卵を生むのを差し控えさせた。
だから始祖のトカゲ2匹は周りのトカゲよりも力は上だった。
それは確かだったが、その差は圧倒的というほどのものでもなくなってしまった。
大量のトカゲが生まれたので大量の名前が生まれた。
最初のトカゲ。最初に卵を産んだトカゲは「母」と、その伴侶であるトカゲは「父」と呼ばれた。最初のトカゲは自らのことを決して「父」とは呼ばせなかった。父という言葉から自らを省みなかった竜のことを連想したからである。だから新たに「母」という名前を作り、自らに与えたのだった。
トカゲ王が最初に生んだ卵から生まれたトカゲはトカゲ王がずっと「君」と呼んでいた。
他のトカゲの名前というとかなりいい加減なものであった。
山で一番目に生まれたトカゲはヤマイチ、川で二番目に生まれたトカゲはカワニ、といった具合に非常に単純につけられた。
なにしろ次々にトカゲは増えていくので、凝った名前を考えている余裕がなかったのだ。
当然トカゲ全体で見れば重複する名前も相当に多かった。
しかしトカゲはいつからかいくつかの集団ごとに別れて生活するようになったので、それぞれの集団の中で個々のトカゲの区別がつけばそれでよかったのだ。
集団、といってもみんなで集まって遊ぶことをするという程度のものだった。
人気の遊び場は水辺や小高い山の頂上などだったが、そういう場所は当然限りがある。
やがて人気の遊び場をめぐって集団同士の小競り合いなども起きるようになった。
敗北した集団は仕方なくまとまって移動し、新たな遊び場を探すことにした。
大地は広大なので旅を続ければやがて遊び場は見つかる。
そしたら集団はそこに定住し、卵を生んで数を増やした。
数が増えれば1つの集団はまた複数の集団にわかれ、遊び場をめぐって小競り合いが起きて、負けた方はまたそこを移動して…といった具合にトカゲは移動しながら数を増やして、を繰り返していたのだ。その結果辺りはトカゲでいっぱいになった。
ちなみにトカゲが繁殖していく方向であるが、母なるトカゲ、すなわち最初のトカゲが旅をしてきた方向にはトカゲは繁殖していかなかった。
母なるトカゲがそっちへ移動することを禁止したからである。
普段は優しい母であったが、その方向へ行くことだけは険しい顔になって禁止したのだ、「そっちには何もないから」と。
だからトカゲたちは今まで母なるトカゲが進んできた方向に向かってひたすら数を増やしていったのだ。
最初のトカゲはトカゲたちの母になったあたりから移動するのをやめてしまった。
しかしトカゲの集団そのものは拡大することで旅を続けていた、とも言うことができる。
さて、トカゲ達の小競り合いは一向になくならなかった。
なにせ小競り合いに勝利し、遊び場を確保した集団すらも大量に卵を生んで数を増やしていくつかの集団に分かれてまた小競り合いを始めてしまうのである。
次々と新しい集団が生まれ、移動するのでもう四六時中あちらこちらで小競り合いが起きているという状態である。
なぜ争いが起きることがわかっているのに数を増やすのか?
トカゲたちにも色々と言い分はあるだろうが、結局のところ小競り合いが彼らにとっては楽しいのである。
それが一番の遊びだから、数を増やすことをやめることができないのであった。
トカゲたちの力が有り余っている頃はそれでもよかったが、先にも述べたとおりトカゲたちの力も大分弱まっていった。
一度小競り合いが起きるとそれに参加した集団はどれもかなりの時間休まないと移動することすらできなくなっていたのだ。
自然とトカゲの繁殖拡大のペースも落ちていく。
そしてついに異変は起きた。
卵を産むために交尾をするとトカゲが死んでしまうという事態が起きたのだ。
母なるトカゲもその異変にはすぐに気付いた。
身の回りに控えるトカゲの中にも、卵を生んで息絶えるものが続出したからである。
色々調べたが、やはり個々のトカゲの力が弱まっているのが原因であるらしかった。
「私はこの世界で恐れるべきものは孤独だとずっと思っていた。だからトカゲの数を増やす卵を生むという行為を称え、自ら率先して卵を生み続けてきた。しかしそのことがトカゲたちの力を弱めてしまったのか…私のやってきたことは間違っていたのだろうか。」
落ち込む母なるトカゲに父なるトカゲは慰めるように声をかけてあげる。
「そんなことないわよ。確かにあなたはみんなに卵を生むことを勧めてきたわ。でも、みんなあなたが言ったから、やったからじゃなくて、結局それが自分にとって一番いいことだと思ったから卵を産んだのよ。あなたがそんなに落ち込むことはないわよ。それに、卵を産んで、仲間を増やしてみんなで遊んで楽しかったじゃない。きっとみんなも楽しかったはずよ。みんなそのことを知っているから卵を産むのをやめないんだと思う。あなたが最初に卵を産まなかったらその楽しさもなかったはずよ。ね、だからそんなに自分を責めないで…」
そう言って父なるトカゲは母なるトカゲを抱きしめた。
母なるトカゲは自分の夫の優しさに涙を流してしまいそうになったが、それでも心に泥のようにこびりつく罪悪感は洗い流すことはできなかった。




