トカゲの果て無き旅
蛇は赤蛙、蛙、鰐を倒し、蛙の王国で高笑いをあげた。
蛇が王国で高笑いを続けている間、そこよりもはるか遠く。
竜の楽園よりもはるかはるか遠くを歩いている一つの影があった。
強い日差しにも打ち付ける雨にも吹き付ける風にも負けずただひたすらどこかを目指して歩き続ける者、それはトカゲであった。
竜は全部で7つの卵を生んだが、4番目に生んだ卵から生まれたのがこのトカゲであった。
トカゲはなんとか竜に懐こうとしたけれどもその時竜は蛙に夢中でトカゲのことはほとんど省みなかった。
かなりはやい段階で色々なものを見切ってあきらめたトカゲはとにかく竜や蛙、蛇などのことを考えなくてもいいぐらい遠くへ行こうと思ったのだ。
トカゲの歩みは亀ほどではないが遅かった。
それでも時間をかけてちょっとずつ歩いてきたので随分遠くまで来ることができた。
しかし果てはまだまだ先である。
延々と続く荒野をぬけたと思ったら深い山脈に出る、その山脈を抜けたらまた果てのない荒野に出る…そんなことの繰り返しであった。
「とにかく遠くへ行くんだ。遠くへ、もっと遠くへ。なあに時間はたっぷりあるんだから。」
孤独に旅を続けていて、もちろんトカゲは寂しかった。
しかしそれはどこか「開かれた」寂しさだった。
例えばトカゲに竜と楽しく過ごした時期があったなら、そしてそれから孤独に旅をすることを強要されたとしたなら、きっとトカゲは旅の間中ずっと竜のことを考えていただろう。
どんな風景も目に入らず、どんな考えも思いつかず、ただただ失われた思い出を求めるばかりであっただろう。
それはいわゆる「閉じた」寂しさだ。
トカゲの行動や思考をあらゆる点でしばりつける鎖のような寂しさだ。
しかしトカゲにはそんな思い出はなかった。
なかったからトカゲは自由だった。
振り返る場所を持たない者にはただ前に進むことしかできない。
それがトカゲが他の誰も選ばなかった道を選んだ理由であった。
寂しさを紛らわせるためには誰かがそばにいないといけない。
しかし竜だの蛇だの蛙だのといった連中はこちらから願い下げだった。
となれば新しい仲間を見つけるしかないということだ。
そしてそれはこの世界ではつまり
「私も早く卵を生みたいな、もう寂しさも限界になってきたよ。」
自ら卵を生むということだった。
しかしトカゲは卵の生み方がわからなかった。
丁度よさそうな丘や洞窟を見かけてはそこに寝そべってふんばってみる、などということは旅をしている間何度もした。
しかし一向に卵が生まれる気配はなかった。
「私には一体何が足りないのだろうか?いや、しかしいつかはきっと生まれるはずさ。私だってお父さんの子どもで、似たような体ではあるんだ。いつかはきっと私も生むことができるはずさ…」
あまり深く悩まずに、気楽に地道にトカゲは旅を続けた。
トカゲは谷沿いをずっと歩き続けていた。
ここのところずっと雨が降っていて、谷底の水位はかなり上がっていた。
しかしまさかあふれることはあるまい、と考えてずっと谷のそばを歩いていたのだ。
「しかしこの雨は止まないな。一体どうしたというのだろう。」
トカゲは不思議に思いながらも歩みは止めなかった。
それからさらに歩くと、トカゲは何かが唸るようなものすごい音を聞いた。
トカゲはあちこち見回すが異変はない。
異変といえばこの降り止まない雨ぐらいのものだ。
トカゲはなんとなく谷底を見た。
そして目玉が飛び出すほどに驚いた。
川の水位はもうあふれる寸前まで上がっていた。
というか見ている間にも水位はあがり、トカゲのすぐそばまで水が忍びよってきていたのだ。
トカゲは無我夢中で水から逃れようとした。
しかし水はトカゲよりもはるかに速いスピードで移動し、トカゲの足をぬらした。
水位はさらにあがり、ついにトカゲは全身水につかってしまった。
トカゲはがぼごぼと水を飲んだ。
必死で水を吐き出そうとしたがどんどん水が入ってくる。
トカゲの体内はすっかり水で満たされて、そしてついに気を失ってしまった。
洪水はなおもその勢いを増し、辺り一体を完全に水没させてしまった。
それからかなり時間がたって、ようやく水が引いた頃。
元いた谷よりも遠く離れた場所にトカゲは横たわっていた。
死んではいない、さすがにそこまで生命力は弱くない。
トカゲはやがて目を覚まし、ふらふらになりながらも立ち上がる。
ああ、ひどい目にあった、と思う。
そしてすぐに自分の体の中の違和感に気付く。
トカゲはのたうちまわりながらその違和感に耐える。
そして心の底から願う。
その違和感を体の外へ排出してしまいたいと。
願いは驚くほど簡単にかなえられた。
トカゲの体から卵か1つぽろりと出て、違和感はなくなった。
トカゲは初めはそれが何なのかわからなかったが、触ったり耳をあてたりしてようやくそれが卵だということに気付いた。
卵にはやがてひびがはいり、そして割れた。
中から出てきたのは自分と全く同じ姿形のトカゲであった。




