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初めに竜があった  作者: 最黒福三
竜の時代
21/78

勝利

蛇は赤蛙の後を追って蛙の王国までやってきた。




 



 蛇は蛙が楽園の近くまでやってくると、先回りして楽園に侵入していたのであった。



 蛇は物陰に身を隠しながら気付かれないように進んでいった。途中で屋上に蛙が突っ立っているのを見つけた。どうやら蛙は川に気をとられているようだった。川を見ていて何がそんなに楽しいんだか。しめしめと思いながら蛇は壁をつたって上へと登っていった。そしてこっそりと屋上へあがり、背後から蛙に襲い掛かったのである。


 蛇は一撃でかなり深い傷を蛙に食らわせた。蛙はそれでその場に倒れこんだ。これでもう反撃はできまい、と蛇は思った。それからにたりを笑みを浮かべて2つ、3つと蛙の体を自慢の爪で裂いていった。そして丁度8つ目の傷を蛙の体につけたとき、赤蛙が扉を開けて屋上へと入ってきたのである。それまで声もあげずにただ悲しそうな目で蛇を見つめるばかりであった蛙は、赤蛙の姿を見るといきなり声を張り上げていった。


「こっちへ来るんじゃない、逃げるんだ!」


 赤蛙は声をあげることもできずにがたがたと震えていた。目の前には蛇も、あの黒蛙を食べてしまった鰐もいる。蛇や鰐が自分を追いかけてここまでやってきたなどということはつゆにも知らない赤蛙はなぜ?どうして?と混乱するばかりであった。


 蛇はしばらく赤蛙のことをにらみつけた後で首だけ動かして鰐に指示をした。鰐はすぐに察して赤蛙に近づいていった。赤蛙はその場にへたりこんでがたがたと震えるばかりである。


 しかしその時意外なことが起きた。血だらけになって倒れていた蛙が起き上がり、蛇のことをいきなり殴りつけたのである。不意打ちを食らった蛇はその場に倒れこんでしまった。


 そして蛙は駆け出して鰐にしがみつき、赤蛙に向かって言った。


「すぐに逃げるんだ!さあ!」


「で、でも…」


 暴れる鰐を蛙はすごい力で押さえ付ける。しかし恐怖におびえた赤蛙はなかなか動き出しはしない。じれた蛙王は必死の形相で叫ぶ。


「はやく行くんだ!!僕はもういいんだ。十分なんだ!はやく!」


 瞬間、弾かれたように赤蛙は駆け出した。最後の蛙の言葉を考える余裕も今はない。逃げようとする赤蛙の姿を見た蛇はふらふらになりながらも赤蛙の前に立ちふさがろうとする。しかし赤蛙は進行方向を急に変え、屋上から川めがけて飛び降りた。蛇は咄嗟のことにあっけにとられ、しばらく身を乗り出して川を眺めていた。しかし一向に赤蛙が浮き上がってくる気配はない。

 


「死に急ぐとは、馬鹿な奴め。」


 

 そう呟くと蛇は赤蛙に対する興味をなくしてしまった。



 蛙はきっと赤蛙が生きてどこかへ逃げてくれたのだと信じていた。ただ赤蛙が生きていてくれさえすればそれでいい。僕のことはもうどうでもいいんだ。でも黒蛙はどうしたんだろう?もう蛇か鰐にやられてしまったのだろうか?ごめんね、僕がふがいないばっかりに。許してくれるかな…そう考えたところで力尽きた蛙は意識を失った。土壇場の底力というものは永遠には続かない。もう蛙王には蛇や鰐に歯向かう力は全く残っていなかった。



 蛙の戒めから逃れた鰐は怒り狂っていた。蛙のせいで自分は蛇の命令を果たすことができなかったからだ。鰐の目は血走り、口の脇からはどろどろと涎がこぼれている。鰐は大きく口をあけ叫び声をあげてから蛙王に食らいついた。蛙王はただ「むう。」とか細い声を無意識にあげるばかりであった。



 鰐は蛙の肉をむしゃむしゃもぐもぐとたいらげていった。蛙は巨体だったので黒蛙のように丸呑みというわけにはいかなかったが、それでもちょっとずつ小分けにして食べていき、ついには骨も残さなかった。自分の行動を邪魔した蛙を腹の中に収めると、鰐は少しは気分が晴れたような気がした。


 

 この光景を蛇はじっと見ていた。そしてあることを考えていた。それは蛙王がいなくなってせいせいした、ということではなかった。もう抵抗できなくなっていた蛙に対する興味を蛇はとっくに失っていた。


 蛇は鰐に蛙を食い殺せとは一言も命令していない。もちろん後になって命令はしただろう。しかしまだ命令はしていなかった。それは蛇にとって重要な違いであった。


 鰐は蛙に邪魔をされた。それで怒り狂って蛙王を自らの意思で食い殺した。鰐が初めて蛇の命令なしで行動したのである。蛇はそのことを非常に不快に感じたのだ。

 一度あることは二度あり、三度目もすぐにやってくる。鰐はこれから命令以外のことを勝手にやり、やがては命令を聞かなくなり、そして最後には自分に歯向かうようになるのではないか。蛇はそう思ったのだ。


 それにもうめぼしい敵はいない。ならば今ではこんなに強くなった鰐をそばにおいていても自分にとって災いになるばかりだ。蛇はそう結論づけ、そして心の中でこう決意した。


(こいつは用済みだ。消してしまおう。)



 蛇はとにかく行動がはやい。蛇は気付かれないように鰐の背後に忍び寄っていった。鰐はあたりにちらばる肉片や血を懸命になめとっていた。蛇は両手の拳を握って頭上高く振り上げる。そして全く躊躇なしに満身の力をこめて鰐の頭めがけてその拳を振り下ろした。その一撃は見事命中し、鰐は何が起きたのかわからずにその場に倒れこんだ。蛇は念のために鰐の眉間に蹴りを何発か入れた。これで鰐は完全に立ち上がることができなくなってしまった。しかしまだかろうじて意識はあった。


 蛇はぐったりとした鰐を抱えて屋上の縁へ行き、鰐を川めがけて投げ入れた。鰐は川に向かって落ちていく途中、屋上の上でにやにや笑う蛇の顔を見た。そして理解した。蛇が自分を攻撃し、川に投げ入れたのだなということを。別に悲しいとか悔しいなどといった感情はともなっていない。ただ事実を認識しただけであった。


 

 鰐の巨体は川面におちると「ドボン!」というすごい音とともに水しぶきをあげた。蛇は目をこらしても鰐が川面に上がってこないのを確認して満足した。もう生きてはいまい。蛇はそう確信した。




 邪魔者は全て死に、今この世界には自分しか残っていないということを考えると蛇は心底嬉しくなった。はるかに見える山脈も、流れる川も、この荘厳な建物も、遠くにあるもう一つの楽園も全て自分のものである。そう考えると蛇は心の底から笑い出したい気分になった。 


「ははは!俺の天下だ!」


 蛇は高笑いの声はいつまでもいつまでもそのあたりに響いていたが、それを聞くことができたのは蛇1匹だけであった。

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